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正餐会

リオーチェのヘイデン家への引っ越しはあっさりと終わった。特に持っていくものもなく、せいぜいが勉強道具と普段着で気に入っているものくらいだ。何せ謎にヘイデン家にはリオーチェのための部屋と恐ろしいほどの衣装まである。まああの豪華な衣装を着れる場所などそうそうないのだが。

そう思っていると移ってきた当日、忙しいはずのヘイデン侯爵が出迎えてくれ、リオーチェのために正餐会を開いてくれた。マナーをしっかり実践できるようにか、食事も少しずつ運ばれる形式のフルコースを用意するということである。

そこで侍女頭のニエラが腕まくりせんばかりの勢いでリオーチェに言った。

「リオーチェ様、正餐会ですからね。しっかり正装致しましょう。まずは湯浴みから始めます!」

「えっ、あの、私は侍女としてですね‥」

「まだクラン家のご令嬢なのですから侍女扱いはできません。『行儀見習い』と申し上げましたよね?はい、湯浴みです!ベラ!ジェナ!」


ニエラに呼ばれた侍女のベラとメイドのジェナがいつの間にかすぐ後ろに控えていた。がっしり両腕を掴まれてぐいぐいと浴室へと連行される。

「うえええ?」

あれよあれよという間に浴槽に突っ込まれ、身体の隅々に至るまで洗い上げられ、マッサージされてクリームやオイルで磨き抜かれた。髪の毛も洗いあげられタオルで蒸されトリートメントを浸みこませられた。

ヘロヘロになっているとすぐさま水分補給を促され、ドレスの着用だ。

「さて、リオーチェ様。細くていらっしゃいますがコルセットはつけますよ」

ぐいっと締めあげられその後は重たいドレスの着付け、そして化粧を施され、髪も美しく結い上げられた。

「はい、美しくできましたよ!」

正直もう正餐が入る気はしないくらいに疲れていたリオーチェだったが、そう言われて何気なく鏡を見た。

「‥うわぁ‥」

自分で見ても、普段の五割増くらい見栄えが良くなっている。薄く散っているそばかすは目立たなくなり、小さめの目もくっきりとした、それでいて派手にならないアイラインが引かれはっきりと目を際立たせているし、薄い唇には艶のあるグロスがのせられふっくらと見えるようになっている。

そしてあの艶のないパサついていた赤毛は、しっとりと潤いが保たれ艶を見せており、リオーチェの顔の周りを華やかに見せていた。

「じ、侍女の方って、こんなスキルもあるんですね‥」

メイクを担当したベラがにっこりと笑った。

「こちらのお屋敷ではお仕えすべき女性が今いらっしゃらないので、久しぶりに腕をふるえました。‥私はもともとメイクスキルを買われてこちらにおりましたので、リオーチェ様にお役立てできてうれしいです。是非、これから毎日お世話をさせてくださいませ」

「えっ、毎日‥?」

リオーチェを磨く気満々のベラの顔を見て戸惑っていると、横から二エラが囁いた。

「リオーチェ様、何が役立つかわかりませんから。是非ベラのメイクスキルを身近で日々体験なさってください」

‥そうか、いつかは自分もこういうことができる方にならねばならないのだ。多少、面倒だとは思うが勉強のためにも体験せねばなるまい。

「わ、わかりました。‥よろしくお願いします」

ベラとニエラが、にっこりと頷いた。後ろでジェナがこぶしを握りしめてぐっと引いているように見えたが気のせいだったろうか‥?


正餐会のため、わざわざ大広間を準備してくれていた。とはいえ、参加者はヘイデン侯爵、ロレアントにリオーチェだけだ。大広間について中に入れば二人とも既に着席していた。

ヘイデン侯爵は騎士準礼装だ。紺地に白のラインがいくつか入っている美しい生地の仕立てのもので、金色の肩章に合わせた金色の飾りボタンがよく映えている。侯爵の筋肉質な身体つきによく似あっており、美丈夫ぶりを発揮していた。

ロレアントもスーツを着用している。今流行っている少し後ろの丈が長いタイプの薄青い上着にクリーム色の柔らかなシャツ、シャツには緩やかなドレープがいくつか取ってあり上着の合わせ目からそれが見えて華やかだ。ズボンは一段濃い青のもので足下に行くにつれ絞ってあるデザインで、ロレアントのスタイルの良さを引き立てていた。

「おお、リオ、美しいな!」

侯爵が感嘆の声を上げ、褒めてくれた。リオーチェのドレスは薄いグリーンのドレスで、あまりスカート部分は広がっておらずすっきりとしたリオーチェの体型を活かしたデザインになっている。ドレスの上には繊細なオーガンジーの生地がかぶせられ、その柔らかな生地にどうやって手がけたのかわからないほど精緻な刺繍が一面に施されており、派手やかではない豪華さを出している。耳と胸元には、クリスタルをいくつも連ねた美しいピアスとネックレスが飾られ、艶やかな赤毛はゆるく編んでまとめられ、後ろの低い位置で結われている。髪にも細かなクリスタルの飾りがきらめいており、わざと幾筋かこぼれさせた髪の毛の束が若々しさを演出していた。

そんなリオーチェの姿を見て、思わずロレアントは立ち上がった。‥いつもかわいいけど、今日はなんて美しいんだろう。こんなに美しくなってしまったら、また自分から遠ざかってしまうかもしれない。

「リオ‥すごく、すごく綺麗だ。いつものリオもとてもかわいいけど、今日のリオはとても美しいよ」

美しい、という言葉を使って、お世辞にも褒められたことのないリオーチェは面喰らいながらも、もにょもにょと礼を言って席に着いた。‥恥ずかしすぎる。

ヘイデン侯爵は終始上機嫌だった。チェロバンと色々小声で話しながら、リオーチェにも声をかける。

「リオ、何か困ったことや、してほしいことがあったらすぐに言いなさい。わからないことは、ニエラやチェロバンに聞くといい。ベラを専属につけることになったと聞いたが、侍女は一人で大丈夫かな?」

「充分です、ありがとうございます侯爵」

「侯爵、は固いなあ。ティオロスとかおじ様とか呼んでくれないかな?」

リオーチェはびっくりして思わず白身魚のポワレをのどに詰まらせるところだった。んぐ、と令嬢らしからぬ音を立てつつのみこんで、ようやっとのことで言う。

「‥おそれ多いですわ、侯爵をお名前でお呼びするなんて」

「この家にいる間だけでもいいんだけどなあ。そう呼んでもらえると嬉しいんだけど」

「‥‥では、ティオロスおじ様と呼ばせていただきます‥」

負けた。侯爵の笑顔の圧に負けた。あんなににこにこしているのに目の奥が鋭いとは、さすがに私設騎士団を擁しているだけのことはある。付け合わせの野菜をガシガシ歯の奥で噛みながらリオーチェは思った。‥とりあえず、屋敷の主人には逆らわない方が無難だ。

「‥じゃあ、俺の事もロレンって呼んでほしい、リオ」

そう言い出したのはロレアントだ。まだ諦めていなかったのか。ロレアントは熱のこもった目でリオーチェを見つめた。‥何か違和感がある。

「婚約者に俺はなってほしいって、心から思ってる。だから、この屋敷の中だけでも俺の事ロレンって呼んで。‥頼むから」

ロレアントは、リオーチェが最近あまり見ないような真剣な顔でこちらをじっと見つめてそう言った。‥何だろう、何か違和感がぬぐえない。

「ロレアント様、俺っておっしゃるんですね」

「リオ、呼んでくれる?」

リオーチェの言葉には返事をせず、ロレアントは続けて聞いてくる。斜め横からの侯爵の圧もかかってきている気がする。

「‥この、お屋敷の中でだけでよろしいのでしたら、そう呼ばせていただきます」

リオーチェがそう返事をすると、真剣な顔つきだったロレアントがくしゃりと顔をしかめたような、苦笑いのような顔になった。あ、これはよく見ているロレアントの顔だ。

嬉しい時の顔だ。

「ありがとう、リオ。‥‥それからもう一つ。これは絶対に俺は譲れない願いがある。‥どうしても、リオが嫌だったら‥‥無理にはお願いできないが」


お読みいただきありがとうございます。

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