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【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない  作者: 命知叶


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23/25

アコクの森の中で

老夫婦は森の奥の方を指さした。

「あちらの方で、精霊や小さい妖精の類が飛んでいるように感じます」

老爺は節くれだった指で奥を指してそう言うと、ふうと息をついた。老婆はロレアントの顔をじっと見て言った。

「あなたはヘイデンの若様ですかね?呪いは解けたんじゃろか?」

呪いの事は一族・一門しか知らない筈だ。ロレアントは表情を硬くして老婆を見た。老婆はふふふっと声なく笑った。

「なぜわしらが知っているか、不思議に思うておいでかな。わしらの親の世代の時にあの呪いは発生した。当時は偉い騒ぎになったらしいて」

そもそもなぜ呪われたか、というきっかけはヘイデン家にも詳しくは伝わっていなかった。だがこの老夫婦はそれにまつわる話を知っていそうだ。

「ご婦人、よければその話を詳しくお聞かせ願えまいか。合わせて昨日からの異変の事も」

老婆はゆっくりと頷いた。


「ヘイデン家の若者がこの森の奥で狩りをした。この森には常夜(トコヨ)常日(トコハル)という精霊の伴侶が住んでいて、睦まじく暮らしていた。常夜(トコヨ)の本体は樹齢千年以上にもなるオオクシアの樹、常日(トコハル)の本体は森の奥にある清冽の泉だ。だからこの辺りの者は、その二つには手を出さぬようにしていた」

ロレアントは黙って老婆の話に耳を傾ける。老婆はそんなロレアントの姿を見て、二ッと笑い話を続けた。

「だが、ヘイデン家の若者は土地の者のいうことに耳を貸さなんだ。森の中で狩りをし、あろうことか取れた獲物を清冽の泉で洗いおったのじゃ」

ロレアントは思わず息を呑んだ。そんなことをしたら清冽の泉は穢れてしまったのではないか。

そのロレアントの顔を見て老爺は優しく言った。

「そう、お察しの通り常日(トコハル)の泉は穢され、常日(トコハル)の身体は四散してしまったと聞いている。‥恨みに思うた常夜(トコヨ)が、ヘイデン家に呪いをかけたのじゃろ」

ロレアントは、まさか自分の先祖に当たるものが『精霊殺し』に関わっているとは思いもしなかった。呪いの理由は、妥当だったのだ。

ではなぜ、解呪できたのだろう。陽の気を好む精霊にはそんなに大きな力があったのだろうか。

そのロレアントの逡巡を見たか見なかったか、老爺は言葉を続けた。

「その時からずっとこの森はざわめき続けて、なかなか人を中に入れない。中に入ると常夜(トコヨ)の陰の気が人を撥ねつける。‥じゃが」

老爺はもう一度、森の方を顎でしゃくった。

「昨日から、今までにないほど陰の気が満ち満ちている。獣が何匹も森から出てきた。‥常夜(トコヨ)の精霊に何かあったに違いない、とわしは思うとる」

話を締めくくった老爺に対し、老婆はもう少し何か言いたそうにしていた。それを察してロレアントは老婆の方を見る。目が合った老婆は少し戸惑いながらも、ぽつぽつと話した。

「‥わしははっきりと精霊が見えるわけではない。‥ただその雰囲気を感じ取れるだけじゃ。わしの気のせいでなければ・・昨日感じられたのは常夜(トコヨ)の陰の気とは別の、違う気だったた」

「‥どんな?」

促されても老婆ははっきりとは答えない。答えられないと言った方がよかったかもしれない。老婆はむむ、とうなりながら返事をする。

「わからん。‥ただ陰の気は幼い頃から触れておったゆえ判る、それではない気がわずかに動いた気がするのさ」

ロレアントは老夫婦の話を聞くために折っていた腰をぐっと伸ばして立ちあがった。この森の中に、リオがいるかもしれない。こんな昏い、誰も近寄らない森の中に。だとすればどんなに心細く、恐ろしい思いをしている事だろうか。

「中に入る。話をありがとう。では」

そう言って中に入ろうとするロレアントに、森番の夫婦は声をかけた。

「精霊には逆らうな。人智を超えた者に逆らっていいことは何もない」

「‥‥俺にも譲れないものがある。それにちょっかいを出しているのなら‥精霊が相手だとしても、そこは譲れない」

きらきらと輝く紫黒の瞳が老爺の目を貫いた。それを見た老爺は、やれやれと言ったように首を振りながら、言葉を継いだ。

「‥‥では、おのれの心に嘘をつかぬことだ。精霊はうそを嫌う。誠実さを好む。それを心しておれば、まあ‥何とかなるやもしれんな」

「わかった。色々と話をありがとう」

そう言ってロレアントと第三小隊の騎士が森に入ろうとしたところ、鋭い声で老婆が止めた。

「ヘイデンの若様だけだよ!お前たちはやめておけ」

第三小隊の騎士たちは色めき立った。主人をたった一人このような怪しげな森の中に入らせることなどあり得ようはずがない。

「何を言う!」

「我らは若様を守るお役目を持っているのだ!」

口々に騒ぐ騎士たちに押されることなく、老婆は言い返した。

「ふん、死にたいなら止めはしないよ。‥陰の気が満ちているこの森の中は、魔法力がかなり豊富じゃなければ身体が持たないのさ。お前たちが行ったところで足手まといになるのがおちだね」

けんもほろろに言い捨てた老婆に、騎士たちはぐっと詰まった。それを聞いてロレアントは騎士たちに指示を出した。

「森番の言う通りにしよう。俺一人で行く」

「若様!」

「ロレアント様、無茶です!こんな広い森で‥」

「お守りするために来ているのです、身体の保つ限り同行します」

口々に言い募る騎士たちを手で制する。十六になるかならずかの少年とは思えぬほどの威厳がそこにはあった。

「携帯食と火種、毛皮をくれ。取りあえず五日は森の中を探る。五日で何もつかめなかったら戻ってくる。五日経っても戻ってこなかったら‥父上に報告して以後の指示を仰いでくれ」

ロレアントはヘイデン家のたった一人の嫡子だ。こんなところで失うわけにはいかない。第三小隊長の騎士は、ぐっとこぶしを握りしめ唇を噛んだ。‥隊長はリオーチェの事もよく知っている。あの娘がこの中で苦しんでいるのかと思えば自分も胸が苦しい。だが、ロレアントの御身はヘイデン家にとってはかけがえのないものだ。

「ロレアント様、ご承知ですか?ヘイデン家の嫡子はあなたしかおいでではない。その事はご承知ですか‥?」

隊長の厳しい口調にも、ロレアントは力強く頷いた。

「死ぬ気はない。必ず戻る。頼む」

隊長は、少し何か考えているふうだったが心を決めたようにロレアントの顔を見た。

「ロレアント様、三日です。三日だけお待ちします。三日経って森から出ていらっしゃらなかったら捜索隊を編成して森に入ります。よろしいですね」

「‥‥わかった」

ロレアントはそう言って他の騎士から荷物を受け取り、手早く荷物を作って背中に背負い馬に乗った。

馬は黒毛でたくましく、どんな悪路でも平気で進める悍馬である。

森番の夫婦に最後に礼を言ってから、馬の鼻先を森の中に向けた。


森の中に一歩踏み入れただけで、ぞわぞわと嫌なものが足下から立ち上ってくるような気がする。それらが足に絡みついて進みを止めさせようとしているのがわかった。魔法力を使って嫌なものを断ち切るようにする。常に魔法力を展開していなくてはならないので、随分と体力を使う。

進むにつれて嫌なものの濃度は濃くなってくる。濃さに伴って展開すべき魔法力も多くなり、ロレアントは馬に乗っているのがやっとになってきた。

そのまま日が暮れて、携帯食をかじり毛皮にくるまって夜を過ごす。獣除けの芳葉を多めに焚いた。

(リオ‥)

リオの事を想えば、何も恐ろしくはなかった。それよりもリオが怖がっているのではないか、辛い目に遭っているのではないかとそればかりが気にかかった。

リオは辛い目に遭っているからと弱音を吐くような少女ではない。だからこそ、心が折れそうになっているのではないかとロレアントは心配していた。

嫌なものの濃さが濃くなっているのは、きっと近づいてほしくないからだ。濃くなる方に向かって進んでいけば、きっとリオに会えるはず。

ロレアントはそう思って体力回復のために無理にも目をつぶった。


お読みいただきありがとうございます。

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