アコクの森
ちょっと体調を崩したので短めです。以降の更新が遅れるかもしれません、すみません。この話に追い付くころには回復しているとは思いますが‥
<待てない!私はもう待った、百年待ったのだ!>
そう言って力任せに常夜は抱きしめてくる。そのぬくもりを懐かしく思いながら常日は言った。
<‥‥私はこの人間‥リオの事が好きだし、大切なの。でも自分の力を取り戻すためにずっとリオに悪いことをしてきた。‥‥その上まだリオから離れられないって伝えたのに、それでもリオは私を拒絶したり罵ったりしなかった。本当に心の優しい子なのよ>
常夜は何も言わず常日の身体を撫でさすっているだけだ。納得していない雰囲気を悟りながらも、常日はどうすればいいのかわからず涙を流し続けている。
リオの意識がまだあるからなのか、常日がリオの身体をすべて奪うことに抵抗があるからなのか、常日の身体の様子は一定しない。基本的に常日は真っ白い身体なのだが時折ゆらりとリオーチェの赤毛や肌色がふわりと顔をのぞかせる。
常夜は不安になった。‥せっかく自分の元に戻ってきてくれたというのに常日はおかしい。人間などを気遣って自分の精霊体を構築しようとしない。今は無理矢理自分が常日の精霊体を維持すべく精気力を注いでいるがいつこれを拒否されるかわからない。
もし、また常日の精霊体が維持できずにかけらになってしまったら。
常夜はそう思っただけでも身の内が震えてくるような恐怖を感じた。片割れともいうべき伴侶である常日のいない百年は、何もかもが空虚で耐え難い年月だった。
ある時、自分の呪いを解いているものがいることを悟り、何者だと気配を探れば懐かしい常日のものだった。その時どれほど喜んだかわからない。だがその気配はとてもわずかで薄いものであったから、常日の居場所まではわからなかった。
今回ようやく強い気配を感じて取り戻せたというのに。
常夜には常日以上に大切なものなどない。
<常日、愛している、私の伴侶。もうお前から離れることなど考えられない>
抱きしめた常日の耳元でそう呟くと、常夜はある限りの精気力を使って術を展開し始めた。その気配に気づいた常日は、常夜から離れようともがく。
<やめて!やめて常夜、これ以上リオから奪えない!>
哀願する常日の声を無視してどんどん術を構築していく。常夜の黒い靄と常日の乳白色の靄がまじりあってマーブル模様の大きな卵のようなものができ始める。
常日の身体はその中にゆっくりと吸収されていく。
最後の精気力を注ぎ込んだ時、半透明の白黒の卵の中に常日はゆらゆらと浮かんで眠っていた。
ため息をつきながらも満足そうに常夜はその卵をそっとなでた。
<その中で精気を養え。そして早く人間の殻を脱いで元の常日に戻れ・・>
深い森の中に、ぼんやりと弱々しい光を放ちながら浮かぶ卵を常夜はいつまでも眺めていた。
「ヘイデン領のアコクの森に異変?」
リオーチェが姿を消してから丸一日が経っていた。
上がってきた報告を聞いたロレアントは思わず立ち上がった。持てる手駒をすべて使い、自分の魔法力も駆使して異変が見られた場所や事件などを片っ端から調べているところだった。侯爵に与えられた第三小隊はヘイデン領に派遣して探らせていた。いくつか報告は上がってきておりその都度調べさせていたがはかばかしい成果は得られていなかった。
だが、アコクの森についての上告はこれまでと少し違っていた。森の傍に住む森番の老夫婦が「精霊が騒いでいるから今は森に近づかない方がいい」という進言を地方代官にわざわざしてきたというのだ。
はっきりと「精霊」という言葉が出た報告は初めてだった。
「その森番の夫婦というのは精霊が見えるものなのか?」
報告してきた第三小隊の若い騎士は、少し首をかしげた。
「いえ‥随分と高齢の夫婦で、村の人々は信頼しているようですが実際に精霊を見られるかまでははっきりしていません」
曖昧な情報ではあるが、今は微かな手がかりであっても掴むしかない。いずれにせよ領地には赴こうと思っていたところだったので、ロレアントはすぐさま出立の準備をした。
王都から領地までは、馬を必死に走らせても丸一日はかかる。途中で馬を替え、何度もその尻に鞭をくれながらリオーチェの事を想った。
いなくなって丸二日経ってしまう。怖い思いはしていないだろうか、ひもじかったり寒かったりはしていないだろうか。この辺りは朝晩の冷え込みがいつも酷い。
どこにいるんだろうか、あの意地っ張りで世話焼きの、自分の足でいつも歩いている少女は。
守るつもりだったのに、全く守れていなかった自分にロレアントは一番腹を立てていた。疾走する馬の横で時折第三小隊の騎士が「ロレアント様違いますこっちです!!」と声をかけるのに冷や汗をかきながらロレアントは急いだ。
アコクにつくと代官への断りも早々に辞して森の近くへと馬を走らせた。森番の老夫婦は二人とも八十を超していたが矍鑠としていて、言葉や目つきに不安を感じさせるものはなかった。
老夫婦は古い屋根のない荷馬車に乗って森の入り口まで案内してくれた。森は昼間だというのに全体として薄暗く、日の光が射さないように見えた。




