行方不明のリオーチェ
ドガッと鈍い音がしてランスの身体が吹っ飛んだ。部屋の温度が一気に下がる。毛足の長い絨毯がピキピキと音を立てて凍り始める。
ロレアントは肩で息をしながらランスを睨みつけていた。そしてつかつかとランスの傍に行き、胸ぐらを掴んで立たせ顔の傍でまた睨みつける。ロレアントの身体からは冷気が立ち上り、掴まれたランスの胸元も少しずつ凍り始めていた。
「なぜだ!なぜそんなことをした、ランス!リオは、リオはどこに行ったんだ!」
「‥わか、りません」
ロレアントは大きく腕を振りかぶってもう一度渾身の力を込めてランスを殴った。ぼきゃっという鈍い音と共にランスが倒れ込む。手の感覚からして数本歯が折れたのだろう。だがそんなことに頓着していられないほどロレアントは怒りに震えていた。
その様子を黙って見ていたヘイデン侯爵が、ようやく重い口を開いた。
「そのあたりでやめておけ。‥魔法力の制御をしろ。そのままでは屋敷中が凍ってしまう。‥リオの部屋まで凍るぞ」
そう言われてロレアントはふーと大きく息を吐いた。目を閉じて一度呼吸を整える。絨毯の氷が少しずつ溶けていった。
「‥すみません。大丈夫です、父上」
「まずはリオの行方を探すことが先決だ。‥‥こいつの言っていることが真実なら、精霊の仕業である可能性が大きい。精霊がいそうな場所をしらみつぶしに探すしかないだろう。‥クランのご両親にはもう少しリオがいなくなったことを伏せておく方がいいだろう。少しでも情報を掴んでからお知らせした方が、心痛も少なくて済むだろうからな‥」
「はい」
ヘイデン侯爵は、ゆっくりと倒れたまま呻いているランス・・ランスロットの方に身体を向けた。ゆっくりとランスロットの傍に近づいていく。その気配に気づいたランスロットが顔を上げたところを侯爵がだん!と足で踏みつけた。顔面をもろに床にぶつけたランスロットから「ぐあっ」というくぐもった呻き声が聞こえてくる。
ヘイデン侯爵は足でランスロットの頭部を踏みつけたまま静かに言った。
「まさかお前にこんな振る舞いをされるとはな。‥オールヴォワン家にはすでに連絡をさせている。お前はおそらく廃嫡だ。‥まあ、オールヴォワン家が存続できるかどうかは知らぬがな」
そう言うと思いきりランスロットの頭を蹴り飛ばした。衝撃のあまりランスロットは壁際まで吹っ飛ばされ、そのまま倒れ込んだ。ぴくりとも動かないのでおそらく意識を失ったのだろう。
「‥チェロバン、こいつを荷物とともに外に放り出しておけ」
「承知致しました」
固い声でチェロバンは返事をしてすぐさまフットマンを呼び、ランスロットを抱えて移動させた。
その様子を見ながら侯爵はロレアントに話しかける。
「お前が先頭に立って捜索隊を編成しろ。まずはヘイデン領から探せ。それからクラン領だ。そこを探しても手掛かりがないようなら隣の領地から始めて国中の精霊ゆかりの地を洗え」
「はい」
「うちの騎士団の第三小隊を貸し出す。三小隊はリオとも馴染みがあるからな。よく指揮をしろよ」
「承知しました」
まだ怒りの滲む声で返事をするロレアントを、ヘイデン侯爵はじっと見つめ、声をかけた。
「ロレン。きっと見つかる。お前が見つけるんだ」
ロレアントは侯爵の目を見つめ、力強く返事をした。
「はい!」
自分が必ず見つけ出す。今頃どんなに心細い思いをしている事だろうか。そう考えると胸が苦しくなる。ロレアントは支度をするために急いで自室に向かった。
身体中が軋むように痛い。
リオーチェは身体の痛みによって目が覚めた。どうやら気を失っていたらしい。
「えっと‥」
何があったか思い出そうとして、はっと身体が硬くなった。
キス、された。
二度も。
止めてと言ったのに、全く自分の話を聞いてくれなかった。
嫌だったのに、二度も、キスされてしまった。
「‥ロレン様」
あの時、自分は無意識のうちにロレアントの姿を思い浮かべ、助けを求めていた。‥ロレアントではない人にキスをされたことが悲しくて辛かった。
「‥‥私、ちゃんとロレン様が好きだったんだ‥」
そう気づくと涙がぽろぽろ溢れてくる。
初めてのキスは、ロレアントがよかった。
初めて抱きしめられるのも、ロレアントだったらよかった。
鼻の奥がつんと痛んで涙がじわりとこみあげてくる。ぽたぽた落ちる涙に構わず、声をころしてリオーチェは泣いた。
こんなに、ロレアントに対して自分の気持ちが育っていたことに気づいていなかった。今度どんな顔をしてロレアントに会ったらいいのか、わからない。
そう考えるとまた涙が溢れてくる。キリがない、とリオーチェはぐいっと袖口で涙を乱暴に拭った。とにかく、部屋に戻ろう。
そして初めて辺りを見回した。
‥‥え。どこ、ここ。
明るい陽射しとたくさんの植物に囲まれていたのでまだ自分は温室にいると思っていたのだが、よくよく辺りを見回してみれば森の中のようだ。少し奥の方を見やればどこまでも鬱蒼とした木々が立ち並んでいて、森の出口らしきものはここからは見えない。
リオーチェが座り込んでいたところは柔らかな下草が生えている少し開けたところだった。だが少し前の方に目をやると、地面を抉ったような穴が広範囲に広がっている。そこの土は黒ずんでいて植物も生えていない。ところどころに少し水が溜まっているのが、その水は黒ずんだ土の上に溜まっているというのに清冽に澄んでいる。
不思議な雰囲気のする場所だ。
‥‥‥だが‥自分は、この場所を知っているような気がする。そう思ったとき、ずきん!と頭が痛んだ。割れるような痛みがずきんずきんと絶え間なく襲ってくる。気持ち悪くなってきて、土に手をついた。
頭の痛みはどんどんひどくなり、身体中に広がってきた。あまりの痛みに土の上を転げまわる。ドレスが土にまみれて重くなる。転げまわりながらもがいて手を伸ばした先に、水たまりがあった。
その水に手が触れた途端、リオーチェの身体を透明な水がざああっと覆う。全身を覆いつくした時、身体の痛みは消えさった。
今リオーチェは巨大な水の玉の中に閉じ込められている。赤い髪がゆらりと水の中で揺らめているのが見える。
だが、全く息苦しくない。
これはどういうことなのか。
訳もわからず混乱していると、頭の中からかすかに声が聞こえてきた。
<リオ、リオ。ごめんね、わたしのせいで、ごめんね>
「誰?‥どこにいるの?」
閉じ込められた水の玉の中から辺りを見回すが誰もいない。声は相変わらずリオーチェの頭の中に響いてくる。
<私は‥あなたの中にいるの。ごめんね、リオ。私のせいで、あなたはここに飛ばされてしまった>
「‥どういうこと?あなたは誰?」
詰問するリオーチェの口調に怖気づいたのか、すすり泣くような声が聞こえる。リオーチェは泣きたいのはこっちなのだがと思いながら言葉を継いだ。
「悪いけど説明してほしい。ここはどこで、あなたは誰なの?」
<ここは、日夜の森。‥‥私は、常日の精霊>
聞いたことのない地名に聞いたことのない精霊。答えを得てもリオーチェは混乱するばかりだ。
「私の中にいるってどういうこと?
<‥少し、長くなるけど‥聞いてくれる‥?きっと、話を全部聞いたら‥あなたは怒ると思う、けど‥>
「話して」
リオーチェは固い声で頼んだ。
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