リオーチェの心
「リオ、今いい?」
「ロレン様、どうぞ」
ロレアントが書類を持って入って来た。だらしなく座っていた身体をさっと正して、立ち上がる。ロレアントが「そのまま座っていて」と言ってくれたのでありがたくまた座った。ロレアントは向かい側の長椅子に腰かけて手に持っていた書類を差し出した。
「パーティーでリオに着てほしいドレスのデザイン画が上がってきたから見てもらおうと思って。これでよければ明日にでもクチュリエが来る手はずになってるんだ」
そう言って目の前に拡げられたデザイン画に目を落とし、リオーチェは息を呑んだ。
「え、これ‥」
「気に入らなかった?」
美しい夜闇の、緩やかなドレープが重なった豪華なドレスだ。胸元は漆黒であるのに裾に行くにしたがって品のある濃い紫に変わっている。合わせてデザインされているネックレスや髪飾りも紫のモチーフが使われている。
全身がロレアントの髪色と瞳の色である。‥これは、婚約者でもない限り着ない配色のドレスだ。
「ロレン様、これ‥もう、あからさまに婚約者仕様のドレスですよね‥?」
そう言ってデザイン画を持ったリオーチェの手を、ロレアントはテーブルの向こうから身を乘り出してぎゅっと握った。くしゃ、とデザイン画に皺が寄る。
「リオ。俺はこのドレスを君に着てほしいって思ってる。そして俺の隣で笑っていてほしい。‥俺はそれですごく幸せな気持ちになれるんだ」
そう言ってロレアントはくしゃりと顔を崩して笑った。あどけない、リオーチェのよく知っているロレアントの顔だった。
(幸せ、に、なれる‥)
その言葉は何度かロレアントの口から聞いたことがある。だが今日のその言葉はなぜかリオーチェの胸に響いてきた。
それは、このところのロレアントの行動によってリオーチェもロレアントと一緒にいる時に「嬉しい」という気持ちを感じるようになっていたからかもしれない。
その、「嬉しい」は「幸せ」と同じなのではないだろうか。
ロレアントの姿を見ると、幸せに感じるようになっているのではないのか。
疲れているリオーチェを気遣ってくれる。
リオーチェの好きな花や菓子、本などを一生懸命に持ってきてくれる。
リオーチェが笑うと嬉しそうに微笑んでくれる。
そんなロレアントの姿を、この二週間余りでいやというほど目にしてきた。
‥そうじゃない、私は今まで避けていたんだ。
見ないように、気を取られないように。どうせ自分は釣り合わないから、どうせ自分では高望みになってしまうことだから、と心の奥底で理由をつけていたんだ。
ロレアントは、いつも真っ直ぐリオーチェを見ていてくれたのに。
自分が傷つきたくないから、予防線を張って自分なんかと卑下することでそれを正当化していた。
そう言われても、ロレアントは変わらずにいつもリオーチェに優しかった。
泣きそう。
リオーチェはそう思ってぎゅっと目をつぶった。急に黙り込んでうつむいたままになってしまったリオーチェを見て、あまりにも自分の気持ちを押しつけたドレスだったかもしれないとロレアントは慌てた。
「あっ、でもリオが気が進まなかったらもちろん別のドレスでもいいから‥俺は、着てほしいけど‥でもリオの気持ちが一番だから」
そう言って握ったままのリオーチェの手をゆっくりと撫でた。大きな手がリオーチェの手を優しく包んでいる。
ぽた、と水滴が落ちた。
「‥リオ?‥」
「優しく、しないでください‥」
涙をこらえながら絞り出した声は、喉にひっかかってお世辞にも令嬢とは言い難い低くかすれた声だった。ロレアントはぎょっとして思わずリオーチェの手を離した。リオーチェは手を引っ込めて自分の胸の前でぎゅっと握り合わせた。まだ、手が熱い。
「私、は、そんなふうにロレン様に優しくしてもらえるような、いい人間じゃないです」
ひくっと声が裏返ってまた変な声になった。ロレアントが息をつめて自分の事を見つめているように感じる。だが目をあげられなかった。
「ロレン様のお気持ちは‥本当は、嬉しいです。‥でも、私は自分の事が好きじゃない。そんな私をロレン様に差し出せない」
リオーチェはうつむいたままゆっくりと立ち上がった。そして顔を伏せたままロレアントの顔を見ないようにして言った。
「もう少し、待ってください」
そう言ってすぐさまドアの方を向くと、そのまま駆け足で部屋を出ていった。
ロレアントは茫然として座っていた。ドレスのデザイン画を見せたら「婚約者のドレスだ」と言って、リオが泣いて、「優しくしないで」「もう少し待って」と言って、逃げてしまった。
‥どういう事なんだ?
明晰たるロレアントの頭脳をもってしても、このリオーチェの行動の意味が解らない。自分の色を思いきり入れてしまったドレスがまずかったのか?だが「優しくするな」とはなぜなんだ?
「もう少し待って」とは‥?
リオーチェが出ていった方向に伸ばしたまま行方をなくした腕が下ろせない。
そんなロレアントを傍に控えて見ていたニエラがそっと声をかけた。
「ロレアント様」
はっと二エラの方を見る。ニエラは少しうれしそうに顔を上気させながらロレアントを優しく見ていた。そして言葉を継ぐ。
「いい傾向かと存じます。‥リオーチェ様は、おそらくロレアント様の事を少しずつ意識しておいでのようにニエラには思えます」
「意識‥?」
ニエラに言われたことが今一つ理解できないロレアントはそのまま言葉を繰り返した。ニエラはにっこり微笑んで力強く頷いた。
「これまで拝見しておりましたリオーチェ様は、ロレアント様を弟君と同じような目線でご覧になっていたかと思います。‥男性としては意識をされていなかったかと」
「‥それは身に沁みてわかってる」
力なくロレアントは答える。ニエラは励ますように言葉を続けた。
「ですがこちらに行儀見習いとして住まわれるようになってからのリオーチェ様のご様子は、これまでと違ったように見えるのです」
「‥俺の事を、意識してくれているってこと‥?」
ようやく「意識」の意味を取れるようになったロレアントが勢いごんでニエラに尋ねた。またニエラは微笑んで答える。
「ニエラにはそう思えますよ。‥時々、目でロレアント様を探しておられるように見えることもありますし」
「‥‥‥!」
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