少しずつ
「‥リオ様、ヘイデン侯爵令息の事は‥こう、男性としてお好きじゃないんですか?」
「男性として‥?」
そう言われてリオーチェは少し間の抜けた顔をした。何だか思いもよらないことを聞かれた、というような顔だ。シェイラは自分の予測が当たっているような気がしたが、当たってないといいなあという一縷の望みをかけてもう一度聞いてみた。
「‥‥リオ様、恋ってしたこと、あります‥?」
今度こそリオーチェはクッキーをぽとりと落として口を開けた。
こい?恋‥?二、三回だけ読んだことのある、あのロマンス小説に出てくるような、ドッキドキしたりするやつ‥?なんかこう、男性を好ましく感じちゃって、見ていると鼓動が早くなっちゃったりするやつか‥?
私‥そういう経験は‥
「な、ない、かも‥」
シェイラとボニアは、がっくりと首を落とした。
「薄々そんな気はしてましたけど‥」
「‥‥ヘイデン侯爵令息がお気の毒ね‥」
二人がはあーと再び深いため息をつくのを見て、何やら喉につっかえそうなクッキーをどうにか飲みこみ反論をした。
「何でそんなにロレアント様がお気の毒なの?私、結構お世話も頑張ってしてたと思うんだけど」
ボニアがティーセットをずいと脇によけて、じろりとリオーチェの顔を見た。そしてじーっとのぞき込むように見つめてくる。
「・・何?」
「いえ。‥やっぱりヘイデン侯爵令息はお気の毒です。あんなにリオ様の事を想っていらっしゃるのに、当のリオ様はまったく恋愛に疎くていらっしゃるんですから」
「暖簾に腕押し、っていう言い回しを習いましたよね」
シェイラまでボニアの加勢をしてくる。どうも分が悪い。
「二人は、恋愛がわかるってこと?」
そう問われれば、二人とも少し顔を赤らめながらふふっと笑いあった。
「そりゃあ、ねえ?」
「私たちには、もう婚約者もいますからねえ」
「えっ、知らないんだけど!」
リオーチェは思わず立ち上がった。この二人の事は、学院でも一番仲のいい友人だと思っていたのに。そんな大事なことを教えてもらえていなかったというのはかなりショックだった。
「平民の私たちは婚約式とかお披露目とかないですからね。シェイラの婚約者は私の兄なんです」
「小さい頃から仲が良くて‥自然と決まってたんです」
シェイラがそう言ってはにかむ。ぽっと顔を赤く染めたシェイラはとてもかわいらしく見えた。
「え、いいなあ、じゃあシェイラとボニアは義理の姉妹になるんじゃない」
そううらやましそうに言うリオーチェに、ボニアは答えた。
「そうですけど、私の婚約者は今隣国で店を持っている人なんですよ。ですから結婚してしまったら、なかなか会うことは少ないかもしれませんね」
「え、どうして隣国?隣国って、エレーネ共和国の方?」
ボニアもにっこりと笑いながら答えた。
「そうです、首都のカレンデにこの秋店を出したんです。うちの商会に出入りしている商人の息子なんですけど、商才があって頼もしい人なんです。あの人と一緒ならエレーネに住んでもいいと思えますので」
ベンズ大隊商は大陸中にその名をとどろかせる大商会だ。その娘であるボニアもかなり頭が切れる。そのボニアが見染めたのだからきっと優秀な若者なのだろう。
二人ともにほんのり頬を染めて自分の婚約者の話をする様子は、はたから見てもとてもかわいらしく、元からかわいらしい二人をより綺麗に見せていた。
「恋、かあ‥」
男性を見てどきどき。‥したことがない。するような予感も、今のところ感じない。
あ、でも。
「昨夜、ロレアント様が『俺』っておっしゃったときは何だかどきどきしたかも、驚いて」
ぽわぽわと婚約者について語っていた二人が急に話をやめ、ぼそっと呟いたリオーチェの方をキッと見つめた。二人の目がらんらんと輝いている。シェイラはぐっと手を握ってきた。
「リオ様!それは恋の入り口かもしれませんよ!」
二人の気迫に、やや押されて思わず椅子の背につかまりながらリオーチェはたじろいだ。
「こ、恋の入り口‥?」
「そうですよ!普段はあんまり気になっていなかった男性が、ふとしたきっかけで気になる!定番じゃないですか!」
興奮してボニアが早口でまくし立てた。それに乗っかってシェイラも言葉を重ねてくる。
「ヘイデン侯爵令息だって今までずっとリオ様の事見つめていらっしゃるんですから、リオ様もよくそのお姿を見て差し上げるべきですよ」
「そ、そうかあ‥」
結構姿は見てるんだけどなあ。そう思いながらも友人二人の勢いに飲まれてうんうんと頷いてしまったリオーチェだった。
冬後月が過ぎて、春先月になった。春のデビュタントは春後月の一日なので、きっかり二か月後だ。そしてヘイデン家のガーデンパーティーは中春月の五日。残り三十五日しかない。リオーチェはニエラとチェロバンに挟まれて、目まぐるしい日々を送っていた。
自分がするべきことなど何もないだろうと、内心高をくくっていたのにパーティーに関するあらゆるこまごまとしたことの全ての決済をリオーチェに二人が仰いでくるのだ。
そのたびに、「貴族礼典」やら「遊宴の基礎知識」やらを引っ張り出し、ああでもないこうでもないと知恵を振り絞って様々な手配を少しずつ進めていっていた。
学院ではロレアントのあの「宣言」が効いたのか、表立ってリオ―チェに嫌がらせをしてくる生徒はいなくなった。地味に聞こえるように言われる嫌味は多少増えたが、物理的嫌がらせが減っただけで随分と気が楽になった。
意外と追い詰められていたんだな‥と過ぎたからこそ気づく。ロレアントが自分のために人前であんなことをしてくれた、ということが素直にリオーチェは嬉しかった。
リオーチェがパーティーの手配でうんうん唸っている時も、自分の用事の手を止めて「何に困ってるの?」と聞いてくれ、助けてくれる。
シェイラやボニアのいうような「ドキドキ」はまだ感じないけれど、色々と気遣ってくれるロレアントに対して、ありがたいな、という気持ちとともに「嬉しいな」が混じってきていることにリオーチェは自分でも気づいていた。
ふとした時に、ロレアントの姿を目の端で探してしまっているのだ。
(こういう気持ちが、恋?なのかな?‥でも、まだよくわからないな‥)
「ロレン様」と呼ぶととても嬉しそうにリオーチェを見てくるので少し恥ずかしいが、ロレアントの嬉しそうな顔を見るのは好きだった。
あの正餐会以来、婚約の話は積極的にしてこないが出来る限りリオーチェの傍にいようとしてくれているのはわかる。
相変わらずちょっと抜けていて、よく転んだり道を間違えたりしているが、リオーチェにとってロレアントのそういう部分は少しもマイナスポイントには感じられなかった。
招待状の形式と紙や封筒の意匠を決めた後、疲れてぐったりと長椅子に寄りかかっていると、部屋のドアがノックされた。
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