日常のなぞ
休み時間のことである。
「聞いてほしい話があるんだけど」
机に突っ伏して寝ている白斗に向かって、前の席の有吉が椅子に反対に座って、話しかけてきた。
「断る。カロリー消費を抑えるには、睡眠が限る」
「謎解き、でも?」
「聞いてやろう。でなんだ」
「……まぁ、いいけど。えっと俺、新聞配達のアルバイトしてるんだ。今冬だし、外はまだ真っ暗」
「それで」
「ちょっと前、ルートが変わってさ、その途中にある民家が問題なんだ。二階建てのごく普通の民家で、玄関が、引いたり押したりする扉じゃなくて、曇りガラスになっていて、ガラガラって、横にあけるやつなんだ」
「確かに珍しいかもしれないけど、気にするほどのものでもないだろう」
「まぁね。ただガラスだろ。いつも玄関の電気がつけっぱなしだから、中の光が見えるんだよ」
「省エネからは逆行しているが、電気をつけないと眠れない、という人もいる」
「明りの色が青でも?」
「青?」
「ああ、なんていうかどこかのバーか、水族館みたいな感じだったよ」
「まぁそういうライトもあるだろう。むしろ洒落ていて、俺は好みだぞ。普通のより高価そうなのが良いな」
「白斗の好みはさておいて、次の日、またその家の前を通りかかったとき、ちらりと玄関を見ると、今度は紫だったんだ」
「紫?」
「ああ、占いの館って感じだね。なんか高貴なイメージっぽかった」
「なるほど。おまえの言いたいことは推理できたぞ。次の日は、また違う色だった、ということだろう」
「うん、そう。次の日は確か、緑だったかな。本当に緑。エイリアンがすし詰めになっているかのようにね」
「他の色もあるのか?」
「うん。ピンクもあったかな。もちろん怪しげな感じ。他にもオレンジとか、あとふつうに白っぽかったり、よく分からない色もあったね」
「分からんのは、お前の色彩に関する知識が不足しているだけだろう。それより、同じ色の日はなかったのか」
「そう、あるんだよ。ただ法則性はさっぱり。同じ色が続く日もあるし、逆にピンクはしばらく見ていないかもしれない」
「確かに不思議だが、簡単だ。ずばりラッキーカラーだな」
「なるほど。でも早朝だよ。まだ朝の占いはやっていないし。昨日の? それに午後11時ぐらいはどうしているんだろう? わざわざ深夜零時に、電球を変えるのかな」
「むぅ。ならば、怪しげな宗教だな。邪神に捧げる色なんだろう。赤とか、それっぽいのはあるだろう」
「なるほど。じゃあ毎日色が違うのはなぜ? まぁ同じ日もあるけど」
「邪神の気まぐれだ」
「おお!」
「それは違うと思うんですけど」
突然割って入ってきたのは、白斗の隣の席の女子生徒、横山だった。
「なら、なんだというんだ?」
「それは……今度、ゆっくりと観察してみればわかると思います」
「新聞配達って、けっこう時間厳しいんだけど」
「あの、そんなに時間はかからないと思います」
横山は、おどおどしつつ、きっぱりという、器用な芸当を見せた。
白斗と有吉は顔を見合わせた。
そして翌日。有吉が教室に入るなり、真っ先に近づいてきた。
「理由がわかったよ」
「やはり邪神か。色は……赤だな」
「邪神はさておき、色は赤だった。はじめに見たとき、はね」
「は?」
「横山に言われたとおり、しばらくその場に突っ立って見てたら、赤い光が、だんだんぼやけてきて、紫に変わったんだ。さらに待ったら、青になった」
「それはつまり……」
「まぁそういう照明だった、ってことだね」
白斗は横の席に目をやる。予想どおりこっそり聞いていた横山が言った。
「ちらりと見るだけ、なんだかよく分からない色がある、って言っていましたので。有吉さんはひとつの色しか見ていなかったから、そう思ったのではないかと思いました」
「変な色ってのは、別の色に変わる途中の色だったんだな。もう少しゆっくり見ていれば、気づいたんだけどねー」
横山と有吉はすっかり解決モードに入っている。あわてて、白斗が割って入った。
「待て。毎日ライトが変わる理由はわかった。いわば推理におけるトリックだ。だが、動機の部分はどうなんだ? なぜそのライトを使っていたのか、という部分はまだ解決していない」
「そこまでは……。家人の趣味か、景品もしくは貰い物かもしれませんが」
横山は言葉を区切った。
「当人に聞いてみないかぎり分からないですね」
「謎の答えを直接聞くなんて、推理と呼べないじゃないか」
「はい」
「……」
「……」
有吉が言った。
「まぁ現実の謎解きなんて、そんなもんだよな」
実体験をもとに書いたもので、たいしたオチではありません。
まぁ、現実の謎なんて、そんなものですよね。