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第七話

煮詰まっていた時期です。

一度は書き直そうかと思いもしましたが、やっぱりそのまま投稿することに決めました。

ちょっとつまらないかもしれません。

第七話


ようやくいつもの公園にたどり着く。

僕は一度荷物を下して一息つく。これではデートではなく、ただの荷物持ちだ。

「ユウタロウ!」

アリシアが駆けてやってくる。その顔には困惑と不満が浮かんでいた。

「早く戻りましょ! まだ見たいもの、買いたいもの、いっぱいあるんだから!」

「嫌だ」

「……え?」

アリシアが不思議そうに尋ねる。

「ユウタロウ、誰に向かってそんな口聞いてるのかなぁ?」

「アリシアに向かってだよ」

彼女はぶーっと口を尖らせると、腕を組んでベンチに腰かけた。

「何よ何よ何よ。ユウタロウの癖に生意気ね」

「僕の癖? 僕の癖って何様のつもりだよ?」

僕が本気で怒っていることに気付いたのか、彼女は困惑した表情を浮かべる。

「ちょ、ちょっと、ユウタロ……」

「もううんざりだよ」

……それは僕すらもが予想しえなかった言葉。

気付くと口から飛び出していた、不思議な言葉。

それは場の空気を凍らせる。

「なんでこんなに君の面倒を見なきゃいけないのさ!」

朝考えていたことが次々頭を過る。自然にそれが言葉となって口をついて出てきた。

もはや、決壊した堤防のように留まることを知らない。

「僕は普通の高校生だよ? なんでこんな戦いに巻き込まれなきゃいけないのさ! 僕は平穏な生活が送りたいんだ! こんな……こんな戦いに参加する義務も義理もないじゃないか! なんで僕を巻き込むんだよ!」

普段から溜まりに溜まりこんでいた言葉が後をついて出てくる。

理不尽な彼女の在り方に関する怒り、不満、疑問、そういったものが様々な言葉へと形を変えて波のように蠢く。

それは恐ろしいほどのうねりを生み出し、津波となってアリシアへと襲いかかった。

「邪魔なんだよ! アリシアなんか……どうせ僕のこと、便利なリトマスくらいにしか思ってないんでしょ?」

「そ、そんなことなんか……!」

パンの袋も団子のケースも放り投げる。それはばらばらと中身をぶちまけながら地面に散らばった。

「もういい加減にしてくれ。これ以上……我慢できないよ」

僕はきびすを返して歩き始める。

「ユウタロウ!」

後ろの方から声が聞こえてくる。だが、僕はそれを無視してひたすらに歩き続ける。それは徐々に駆け足へと変わっていく。

彼女の言葉が甦る。

『元気なアリシアちゃんと一緒にいて、ユウタロウ君は疲れてないかな?』

疲れているに決まっている。今だって現に疲れている。今日一日突き合わされて疲れている。

『ユウタロウ君……無理してるでしょ?』

無理だってしている。僕の生活リズムは完全に狂い、早朝は早く夜は遅いというユジューの生活リズムに無理やり適合させられ、かつてないほどの負担を体に強いている。

『そこまでして、私達にユジューを養う必要があるのかな……?』


「そんなの……そんな必要あるわけないッ!」


時間が止まる。今まで僕を追って走っていたアリシアの足音も止まる。

「僕が君を養う義務なんてあるの? なんで僕が君の面倒を見なきゃいけないわけ? なんで僕が自分を犠牲にしてまでこんなことをしなきゃいけないの? なんで……なんで!」

「ユウタ……ロウ……」

「目障りなんだよ! どっか……どっか行ってよ! それが嫌なら僕がいなくなる! これで文句ないでしょ!?」

「ユウタロウ! 待っ……」

耳を塞ぎ、目を瞑って走り出す。

聞きたくない。見たくない。

もう誰からも干渉を受けたくない。

僕には僕の世界があったはずだ。そこにアリシアは土足で踏み入り、荒らしてしかも住みつこうとしている。そんなことを許していいのか。いや、いいわけがない!

僕は自分の世界を守る。これは絶対的に不可侵の世界であって何人たりとも冒してはいけない。

そういう世界が誰しも必要なはずだ。嫌な過去をしまいこみ、恐ろしい考えを溜め込み、一人良がりの思いを封じ込める開かずの部屋が誰だって持っている。

だが、アリシアはそんなことはお構いなしに鍵を破って入ってくる。

今までの朝のことを思い出せ。彼女は僕の夢へと侵入し、そこから心へとたどり着き、少しずつ侵食していたはずだ。

そうやって彼女の侵入を許せば、やがて自分でも封じてしまいたい牢獄のような物置部屋の扉まで緩んでしまう。そうなったが最後、僕が僕でいられる自信はない。

「はぁ……はぁ……」

ようやくアリシアを振り切れたのか、耳障りな声は聞こえてこなくなった。

「なんで僕が……アリシアを……養わないといけないんだ……」

僕はとぼとぼと住宅街を歩く。行く宛もない。行きたい場所もない。ただ、アリシアから離れたかった。

そうやってずっと歩いていると、いつの間にか見覚えのない河川敷へと出ていた。

さらさらと川が流れている。僕以外誰もいない、静かな場所だった。

僕はゆっくりと河原へと降りる。柵があって川のすぐそばまでしか降りることができなかったが、もう目の前を水が流れている。

「あれでよかったんだ……」

そう、これでよかったのだ。

アリシアはティオナとして不適合。メセブリィとやらが勝手に連れて行ってくれるだろう。

そうなれば、僕はまた一人の生活に戻ることができる。友達と毎日を気楽に過ごし、のんびりと学校に通う毎日。それが今ほど恋しいと思ったことはなかった。

こんな変な戦いになんか巻き込まれたくない。平和に暮らしたい。

それが僕の願いであり、本望であった。

「アリシアなんか……帰っちゃえばいいんだ」

それを具現するかのように、僕の周りに光が集まる。それは黒い環を描きながら僕を包み込む。

「あら、お一人?」

そのとき、上空から漆黒の翼を携えた少女が舞い降りてくる。

「れ、レルフィム!?」

「そう、私は悲劇を生む闇の吸血鬼レルフィム。またの名を死神レルフィムとも呼ばれているわ」

これは彼女のシグマが生み出したものだったのだろうか。今ではこの感覚がなんだか心地よい。

「そんなご体操な人が何しに来たの?」

彼女が笑う。その度に、僕の背筋は凍りつく。

「うふふ、また新しい通り名ができそうね」

氷のように冷たい視線。そして耳まで切れこむのではないかというほどの笑み。

「それは簡単。ティオナとも別れたあなたを捕らえ、私の玩具にすることが目的よ」

「お、玩具? それって一体……」

「こういうこと」

彼女は両手を広げる。瞬間床に魔法陣が発生し、大きく広がっていく。

「これは……」

「私が作り出した聖域。あなたを捕らえて決して逃がさず、無限の槍にてあなたを貫き、苦痛を与え続ける。それと同時に甘い蜜を指に染み込ませ、それを舐めとってもらうわ」

そう彼女が言った途端、辺りは闇に包まれる。以前、デパートの屋上で展開されたあの闇のバラ園だった。

僕の足元からは黒い触手が何本も生えてくる。それはがっちりと僕の体をホールドして離さない。

「まだ殺さないから安心して? 天にも昇りそうなほどの快感と、地の底へと向かうかのような苦痛をあなたに与えてあげる」

彼女は僕の体を抱きしめると、耳たぶにキスし、甘くかじる。

「うふふ、感じちゃったぁ?」

「な……」

「ぴちゃ……はむ……」

彼女が舌を動かすたびに脳裏に刺激が走る。

これは……快楽なのだろうか。未知の感覚に僕は戸惑いを覚えつつも、それを受け入れつつあった。

「うふふ……」

次に彼女は唇を重ねてくる。僕の腕はぴんと引き延ばされて固定され、抵抗することもままならない。

「これが……キス……」

舌が口内へと侵入してくる。それは僕の口の中をかき回し、その唾液を吸い尽くす。

「甘くて……何、この感じは……」

舌が触れ合う度に電撃のような刺激が体中を走る。

これが……これが情事というものなのだろうか。色事を一度も経験したことのない僕には何がなんだかわけがわからなかった。

「あなたの心が流れ込んでくる」

唇を合わせる度に僕の中の何かが溢れ出していく。彼女はそれを蜜を吸う蝶のようにすくい舐めとる。

「甘い……これが甘い感情……。なら、恐怖はどんな味?」


ざくり。


そのとき、何か鈍い音が聞こえたような気がした。

首をひねり、その音の発生源を探す。それはすぐに見つかった。

僕の広げられた左手の手の平に黒い杭が深々と突き刺さっている。

「ッ!?」

その光景の意味を理解すると同時に、恐ろしい激痛が襲いかかってきた。

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「痛い? 痛いかかしらぁ?」

彼女は心底楽しそうに杭を握り、ぐりぐりと更に押し込む。彼女が杭に触れる度に恐ろしいまでの痛みが僕の体に襲いかかる。

「こっちもね」

質素な言葉と同時に右手にも杭が打ち込まれる。

「がああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「痛い? 痛いわよねぇ? あははははははッ! 苦痛の心ほど辛味が強いものがあるかしらぁ?」

ぺろりと舌を出して血を舐め取る。その度に彼女の顔に恍惚とした表情が浮かび上がる。

「激情と血のミックスジュース……絶品ね」

「……はぁ……はぁ……」

「甘い味と辛い味が重なって、不思議な味がする……」

彼女が僕の傷口に舌を這わせる度に激痛が襲いかかる。

闇の中から一本の細剣が現れる。

「これは私がティオナを殺して奪い取った感情の塊を刃に、一人の奪った人間の心をはめ込んで作ったもの。素晴らしい力を誇るムーティエンよ」

彼女はそれをくるくると振り回すと、何のためらいもなく僕の胸に突き刺した。

「さあ、苦しみを謳いなさい。命を失う感覚を味わい、そして一つしか知らない歌を謳うの」

「が……ああ……ぁ……」

ぐりぐりとねじ込むように刃を突き刺していく。それはやがて心臓にまで届き、メチャクチャに切り裂いていく。

意識が徐々に遠のいていく。心臓へ突き刺したのだ。このまま僕は死んでしまうのだろう。

「まだ、レクイエムは始まったばかり。本当の讃美歌はこれから始まるの」

レルフィムは血に染まった細剣を引き抜いた。そして、大きく振って血を払う。

「まだ、あなたは死なない。これが私のムーティエン、レミトネイション・ドルヲスの特殊能力。相手から力を奪ったり、逆に与えたりすることができるの」

傷が徐々に塞がっていく。胸の痛みは少しずつ引いていき、さっきまで薄れかけていた意識も呼び戻される。

「こうして、私はあなたを永遠に殺し続けることができる」

細剣が翻る。それは僕の胸の上を斜めに通り過ぎた。鮮血がほとばしり、お腹の中身がだらしなく垂れ下がる。

「うふふ、人間って本当に面白いわ。こんな袋の集まりで生きていけるなんてね」

彼女は適当な臓器を串刺しにして眼前に掲げる。僕の記憶が正しければ、それは肝臓、脾臓、膵臓だったはずだ。

剣を振って臓器の串刺しを振り払うと、それを底の厚いブーツで踏み砕いた。辺り真っ赤な血液と、その他いくらかの体液が飛び散る。

「ここまでメチャクチャにして、私のムーティエンはあなたをすぐに治してくれる」

彼女が剣を振るだけでえぐり出された内臓は再生し、腹の傷もすぐに治っていく。

「そろそろおしまいにしましょうかね」

彼女が腕を振るうと僕の体を押さえつけていた闇の触手はするすると解ける。僕はそのまま地面に崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……これでやっと……終わり?」

僕の中に芽生えた淡い希望。だが、それすらも彼女は粉々に打ち砕く。

四つの魔法陣が現れ、僕の四肢を固定する。

「ケトカス」

彼女が呪文を唱えると、僕の周囲にいくつもの壁が現れる。それは徐々に組みあわさり、一つの箱を作り出す。

「人間世界では『リッサの鉄棺』と呼ぶそうね」

「え、え……?」

それはぎりぎり人間が収まる程度の箱。頭の方には何かを調節するネジがついている。

「これを少しずつ絞めていくの」

レルフィムはネジを操作する。それと同時に、箱が徐々にきしみ始める。

「え、な、ちょ、ちょっと待ってよ!」

僕は内側からバンバンと強く叩く。だが、それなどびくともしないかのように箱の中身が狭まっていく。

「人間も残酷なことを考えるのね。こうやって少しずつネジを絞めていけば確実に中の人間は押し潰されてしまうわ。それも、何日も何日も。水も食事も与えず、長い時間をかけて棺桶の中身を狭めていく。生きた棺桶とはまさにこれのことね」

レルフィムはくるくるとネジをしめていく。どうやら彼女は数日かけるつもりはないようだ。そう、この場で決着をつけるつもりなのだろう。

「レルフィム! こ、殺すなんて冗談だよね!?」

「あら、私が冗談なんか言うと思って?」

みしみしと軋むような音が響く。もう手を振り上げて蓋を叩く余裕もない。

「私は吸血鬼。人の血を吸い、そして人の命を刈り取る死神。こうして私があなたの命を奪い去ることは決しておかしなことではないわ」

「なんで僕なんだよ!? 別に他の人だって……」

「あなたのことが好きなのよ。殺して心を奪い取り、瓶に詰めて永遠に眺めていたいほどにね」

「どうして……?」

「あなたの心を少しかじったとき、私は今まで感じたこともないような幸福に包まれ、空虚な心が満たされた。今まで何百人の人の心を奪い、何千人の人の生き血をすすってきたけれども、私の心は満たされることはなかった。それが、あなたの一口で私は恍惚に陥ることができた。それを思い出すと、今すぐにでもあなたの心を奪って貪り食いたい気分だわ」

レルフィムはゆっくりと棺桶を撫でる。

「だから……私のために、私に捧げるために死んでちょうだい」

僕は鉄の棺桶を内側から蹴り飛ばす。だが、その程度ではビクともしない。

「アリシ……」

そこまで僕は彼女の名前を呼んで、自ら彼女のことを否定したことを思い出す。

「あ……」

僕は彼女のことを突き放した。彼女の名を呼ぶ権利などあるわけがない。

心の中をあきらめが支配する。すると、走馬灯のように今までの記憶が思い出される。


小学校の頃、僕は母親がいないことを馬鹿にされていた。

母無し、拾い子と蔑まされ、僕はクラスメイトの半分以上の人間にいじめられていた。

トモミは頑張って僕に降りかかる被害を振り払ってくれた。彼女のおかげで今ではそんなことはない。

だが、このときアリシアがいればどうなっていただろうか。

アリシアはああ見えても、強い正義感を秘めている。悪の集団に毅然として立ち向かい、全員倒して帰ってくるだろうか。

中学生のときだってそうだ。掃除をサボったやつの濡れ衣を着せられた僕は一人教室清掃をしていた。だが、部活の合間を縫うようにしてトモミは少しだけ助けてくれた。

だが、ここにアリシアがいたらどうなっていただろうか。濡れ衣を着せたヤツを暴きだし、そいつになんとしてでも掃除をさせるだろう。

そして高校生になった。夜、公園を歩いていてユジューの少女に襲われた。

そのとき現れたのがアリシアだった。……もし、このときアリシアが現れなければどうなっていたのだろうか。

「アリシ……ア……」

僕の心の中に浮かんできたのは彼女の姿だった。

天真爛漫の彼女。カードを滅ぼすためにこの世界に顕現した一人の少女。

彼女は今、何をしてるのだろうか。

みしり、という音がして僕の右腕の骨が悲鳴を上げる。次はあばらの骨。

もう、僕に残された時間はわずかしかない。

けれども、今更あんな酷いことを言ってしまったアリシアに頼ろうというのか。いや、そんな都合のいい使い方なんかしてはいけない。

彼女は来ない。僕は彼女を信じていなかった。

でも、彼女は僕が死んだときに泣いてくれるだろう。泣いて仇を取ってくれるのだろう。

「あれ……なんで僕はこんなにアリシアのことを……」

みしみし。左足の太ももの骨が悲鳴を上げている。

彼女を見捨てて初めてわかった。彼女を失って初めて理解した。

彼女の寝顔を見て、僕が感じた心のざわめきは決して男性特有の現象なんかじゃなかった。僕だから感じたのだ。

僕は上辺だけでは彼女を否定していながら……心の奥底では彼女を求めていた。

彼女の笑顔が甦る。彼女の仕草が……言葉が目の前に甦ってくる。


「アリシア、ごめん。でも、もう迷わない。僕は……僕は認める。アリシアのことを認めるよ」


僕は現実に引き戻される。

目の前では黒い少女が妖艶な笑みを浮かべながら僕のことを見つめていた。

「あなたの顔を支配していたのは諦めだった。でも、なぜ今更そんな毅然とした表情を浮かべられるの?」

「僕は……大事な人に酷いことをしてしまった。僕のことを彼女は許してくれるかな?」

「あはは、何を言っているの? 心が壊れちゃったのかしら?」

「僕の心を今持っているのは僕じゃない。だから心が壊れるなんてことはないよ」

「じゃあ何? 頭のネジが飛んじゃったのかしら?」

「はは、そうかもしれない。だってさっきまであんなに否定していたのに、今ではあっさり彼女の行動を認めてる。確かに自分勝手だったかもしれないけど、彼女がいなければ今の僕はいない。だから、逆に感謝するような気持ちにもなっているんだよ」

「感……謝?」

「君は知らないかもね。他者を必要とせず、皆を殺してきた君にはその感情が理解できないかもしれない」

絞められるネジの動きが止まる。

「私に今、何を言っても私はあなたを殺してしまうわよ? それどころか、あなたは私をさらに怒らせたいのかしら?」

「ふ、それならいい気味だね。君は怒るだけ怒って……僕を手に入れることも殺すこともできないんだから」

心が震える。強い想いに満たされていく。

心の内側から光が溢れ出していく。


「やああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


今まで僕を閉じ込めていた鉄棺は一瞬で風に切り裂かれ、そして紺碧の少女が降臨する。

「ムーティエン、ゲンチャ・ゲルヲス、顕現」

静かにそう、彼女は言った。

そして、目の前の敵を見据えて刃を構える。それはもはやツヴァイハンダーのように膨れ上がり、彼女の背をも超えるほどの長さとなっていた。

彼女は背中を見せたまま語る。

「助けに……来た」

「……うん」

ツヴァイハンダー級の大きさを誇る刃は更に輝きを増す。

「私はユウタロウがいなくなってずっと考えていた。私にとってのユウタロウってなんだろうって」

「……答えは出たの?」


「……うん」


瞬間、彼女の姿が消える。

一瞬で距離を詰めたアリシアは七色の剣を横に大きく振る。突然の攻撃に、レルフィムはガードすることできずに空中へと飛び立つ。

「チッ! いきなりかしら?」

「構えないあなたが悪い」

「あ、そう」

彼女は背中の黒い羽を一本抜き取り、それを手に持って構える。それは瞬く間に黒い薔薇に包まれ、すぐに剣の形を成す。

「ただのティオナに勝つのに、ムーティエンなんて必要ないわ」

彼女はレミトネイション・ドルヲスを地面に突き立てると、黒翼の刃を構える。

「望むところ……」

アリシアは姿が一瞬にして消失すると同時に、レルフィムの姿も消滅する。次の瞬間、二人はぶつかり合って烈風が吹きすさんだ。

「はぁッ!」

気合一閃、横殴りに大きく払われる。それを剣でガードするレルフィム。

「やああああぁぁぁぁぁッ!」

続けざまに畳みかけるアリシア。その勢いに押され、レルフィムの額に汗が浮かぶ。

「く……!? これが……ムーティエンを持ったティオナの力!?」

闇の光輪がレルフィムを包む。彼女の周りから闇の鞭が何本も現れ、アリシアへと襲いかかる。

「こんなもの……ッ!」

それを次から次へと切り払う。そのあまりの処理速度の速さにレルフィムに顔に驚きが浮かび上がる。

「は、早い……ッ!?」

大剣を思い切り叩きつけられる。それを受けるには羽の剣はあまりにも脆い。

レルフィムは大きく後ろへ飛ぶと、闇の力を解放する。

「ラブデ!」

闇の刃が空気を切り裂きながら飛翔する。

だが、それをアリシアは大剣で弾いてみせる。

「ネヴィ・ディンブ!」

アリシアの足元から真っ黒い蔦が生えてくる。それは彼女の体を拘束し、動きを制限する。

「こんなもの!」

しかし、アリシアの体を風がまとう。一瞬で蔦は切り裂かれ、バラバラになって朽ちてゆく。

「なんで……なんで効かない!?」

レルフィムは羽ばたきながら驚愕を顔に浮かべる。

「やあああああぁぁぁぁぁ!」

アリシアは風を身に黒い空へと駆け上がる。

空中でレルフィムとぶつかり合い、激しい剣戟を繰り広げた。

「く……! センラ!」

地面から何本もの黒い槍が突き出す。だが、その間を縫うようにアリシアは飛んだ。

「この私が……負ける……!?」

レルフィムは一度地面へと降りると、地面に突き立てていた己のムーティエンを手に取った。

そして、僕の方へと飛んでくる。

「剣を収めなさい! でないとあなたのリトマスを斬るわよ!」

体中を強く締め付けられて未だに体を動かすことができない僕へと剣を向ける。だが、アリシアは強い表情を浮かべて剣を向ける。

「そんなことをしたら……お前を斬る」

「く……」

レルフィムの表情は歪んでいく。

「逃げ……いや、そんなことできるわけが……」

彼女の表情は屈辱に歪んでいる。その表情からは強い憎しみが伝わってきた。

「なら……最後の手段を使うまで……!」

彼女は剣を高く掲げると、それを自分に突き刺した。

「がああああぁぁぁぁぁッ!」

「な……!」

レルフィムはうずくまって荒く呼吸する。みるみるうちに彼女の体を闇色のオーラが包み込む。

それをゆっくりと引き抜く。黒い滴がぽたりと落ち、そして傷口は塞がっていく。

「レミトネイション・ドルヲスは吸授の剣。力を与え、そして奪う、云わば力の容れ物。今まで私はこの剣で何人ものユジューや人々を殺めてきた。その力は……ティオナ一人と人間一人如きに負けるようなものではないわ!」

黒翼が大きく広げられる。それは天をも覆うかと思われるほどに力強く、大きい。

巨大な翼を一度はためかせる度に黒い旋風が吹きすさぶ。

「この力は……一体なんなの!?」

身の丈を超えるほどの翼。それを羽ばたかせてレルフィムは天上へと翔け上がる。

そして片手に黒い剣を持って不敵に笑う。

「さあ、始めま……」

その時、世界が震える。

「な……ん……」

レルフィムは突然胸を抱えて苦しそうに体を縮こませる。

「う……げほっげほっ!」

彼女が咳をする度に薔薇園が揺れる。

「力が……制御でき……ああッ!」

突然世界が消失する。気付くと、元の河原へと戻っていた。

「ぐ……この次は……ないと思いなさ……い」

レルフィムは翼を大きく動かすと、いつの間にか広がっていた月夜へと飛んでいく。

それをアリシアは追うこともせずに見ていた。

「アリ……シア……」

僕はそこで意識を失う。

緊張の糸が切れたためか、それとも疲労の限界か。

ともかく、僕の意識は暗い闇の底へと落ちていった。

この話のときはコメントが付きませんでした。

やっぱり面白くなかったんでしょうね・・・。

レルフィムの能力がいまいち微妙なのは仕様です。

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