第二話
まだ小説の設定がしっかりしていない時期に書いたものなので、無駄な伏線張りまくってます。
なんか長いよくわからないのは流し読みしていただいて結構です。
何かありましたら、メッセージ等送っていただけたらと思います。
第二話
僕の家庭には病気の母と、ずっと働き詰めの父がいる。
病気についてはほとんど説明いらないだろう。HASである。病院で点滴を受けながら細々と生き繋いでいる。
父は海外に赴任している。貿易会社の社長であり、世界各地様々な場所を転々としながら働いている。今は家にいない。
僕はひとまずアリシアをソファへと横たえる。苦しそうな息をしていた彼女だったが、未だに息を荒げながら眠っている。
「それにしても……なんで僕がこんな子の面倒を……」
見た目からして齢12,3歳かそこらだろう。幼い顔つきと幼い体格のその少女は、時代錯誤も甚だしいような格好をしていた。
鎧のように硬い腕や腰などの要所要所にあてがわれたパーツ、そして全体的に重厚な作りのドレス。こんな衣装は見たことも聞いたこともなかった。
……見た目は確かに可愛い。ユジューというヒトとは別の種族だと聞いたが、ここまで見た目が似ているものなのだろうか。目を覚ました後にしっかりと話を聞く必要がありそうだ。
体調が悪そうなのは気になったが、未知の生物に僕がしてやれるようなことは無さそうなので、ひとまず僕は晩ご飯の支度をする。既に時刻は7時。一般的な人間ならお腹が空く時間だ。
この家の家事はほとんど僕が一人でする。父は僕が高校に上がると同時にほとんど海外で仕事をするようになり、母は僕が物心ついた頃にはすでにHASにかかっていた。だから、心を食われた母が二度と目覚めないと知っても、正直感慨は湧かない。
野菜を適当に刻み、水を張った鍋の中へと放っていく。あらかじめ朝炊いておいたご飯を電子レンジで温める。ご飯が温まったら、帰りに買ったブリの煮付けを電子レンジで温める。その間にコンソメを鍋の中へと放り込む。そうして今日の晩ご飯は完成である。
「ん……」
そのとき、ソファの方でアリシアがむっくりと起き上がる。
「起きた?」
「ここは……」
「僕の家だよ。まさかあのまま公園で放置するわけにはいかなかったからさ」
彼女は立ち上がると、ふらふらした足取りで食卓の方へとやってくる。
「これは……」
「僕の晩ご飯だけど……一緒に食べる?」
「うんうん!」
そう言うのと手が動くのはどちらが早かっただろうか。僕の箸を奪い取ってむしゃむしゃと食べ始めた。
「わ、ちょっと!?」
「人間のご飯って食べたことなかったから美味しいのかなって思ってたけど、なかなか美味ね。人間にしてはやるものね」
ほとんどすべて片付くまでに要した時間は何秒だろうか。瞬く間に、という言葉の意味を理解できたような気がした。
もはや僕は自分のご飯を全部食べられてしまったことを怒ることも忘れ、ただ茫然とその食べっぷりを見つめていた。
「ふぅ、ご馳走さま」
ぱたんと彼女は箸を置く。その瞬間、僕は自分の食べるものが何もないという事実にようやく気付く。
「ちょ、ちょっと! 全部食べることないじゃないか!」
「あら、人間。あなたも食べる必要あったの?」
いつの間にか息の荒さがなくなっていることも微妙に癪に触った。少しは心配したというのに。
「当たり前だよ! 誰のために用意したものだと思ってるの!」
「私じゃないの?」
僕は大きなため息をついた。
そして、自身の夕食を諦めて椅子に座る。ともかく、彼女から話を聞かなければ気が済まない。
「説明してもらえるよね?」
「私が人間に何を説明する義務があるのかしら?」
「さっきの女の子……ユジューカードって言ったっけ? それとか君達……ユジューティオナとか、っていうかもう全部だよ!」
「……ふぅ」
彼女は諦めたようにため息をつく。そしてゆっくりと説明を始める。
「私達はユジュー。それはもう説明したわよね。この世界の裏側に住んでいて、この世界の住人からあふれ出た感情を食べて生きているの。本当はそれだけで満足してたんだけど、中にはそれだけでは飽き足らず、人間の世界までわざわざ赴いて人間の心を食べにやってきたヤツらがいるの。こういった輩を私達はカードって呼んでいるわ。ユジューと人間は食物連鎖の関係で結ばれている存在。そんなふうに絶滅させるような勢いでエサにしたら人間が滅んでしまうわ。そうなれば私達も困るわけ。で、私達はそのカードを倒すために組織されたユジューのティオナ、通称ユジューティオナって呼ばれているわ」
「えっと、そのカードをやっつける討伐隊ってことでいいのかな……?」
「まあそういうこと」
箸で茶碗についたご飯粒を拾いながら彼女は説明する。
「……お腹空いてるならお代わり出そうか?」
「お願い」
そう言って彼女は茶碗を突き出す。僕は彼女から茶碗を受け取ると、もう一杯ご飯をよそう。
「で、さっきの剣……あれは何?」
「ああ、あれね。あれは感情の武装、ムーティエン。100人の感情を刃に、1人の心を柄とした武器よ」
「100人の感情に1人の心……?」
「そう。カードは大量の人間の心を食らって強くなっている。だから、それに対抗するために私達も武器が必要になるの」
「それが……ムーティエン?」
「あなたの心を核に、メセブリィが集めた100人分の感情で武装した剣がゲンチャ・ドルヲス。人間の言葉で言うとなんて意味だったかしら……? まあいいわ。もぐもぐ」
ご飯をかっこみ、三杯目のお代わりを要求するアリシア。
「メセブリィって?」
「ユジューの中から選ばれた代表の人達ね。法律を制定したり、法律を元に政治したりするの。それから、法律に違反した人を裁くのも仕事かな」
「国会と内閣と裁判所を足したみたいな存在だね……。っていうか、癒着とかはないの?」
「ああ、それは大丈夫。透明性を重視してるから、人間の政治みたいに腐敗することはないね。会議も裁判も全て公開されてるし、政党なんてものもない。私達は不完全な人間と違って不正解と正解を見分けられないようなことはないからね」
ご飯を食べながら彼女は説明する。つまり、彼女が言うにはユジューの方が人間よりも格上だという。
「でも、司法が存在するってことは悪いことをする人はいるんでしょ?」
「んー、欲望に飲み込まれる者もたまにいるんだよね。それがユジューカード。人間の言葉で言えば犯罪者ってことだね」
「人間の欲望に飲み込まれる……?」
「人間の感情っていうのは、こうしたい、こうありたいっていう欲望の感情から生まれるものがほとんどでしょ? 私達はそれを主にエネルギー源として生きているから、たまに汚染されるわけ。人間の言葉にもあるけど、七つの強い感情が私達を不正解へと導くのよ。傲慢(superdia)、嫉妬(invidia)、憤怒(ira)、怠惰(acedia)、強欲(avaritia)、暴食(gula)、色欲(luxuria)って知ってるでしょ? こういう感情のどれかに狂わされるとカードになってしまうの。今日戦ったカードは強欲と暴食、色欲に狂っていたわ。感情っていうのは強いエネルギーだからね。時たまこういうのに狂わされる者もいるのよまあ、私達はそれを克服できたからこそ、こうやってティオナとなってカードと戦っているのだけれどもね」
「正解を見分けられるんでしょ? どうして人間の感情なんかエネルギー源に選んだの?」
彼女は大きくため息をつく。
「そんなこともわからないの? なぜあなたは食事という形でエネルギーを得ているのか考えたことがあるのかしら?」
「む……それはそうだけど……」
「原始的な生物の感情にそんな不純物はなかったのよ。おかしくなったのはここ2000年付近かしらね」
「そ、そんなに長生きなの……?」
「一個体の寿命はそこまで長くないけど、歴史の長さは人間に勝るわよ。この世界の生物が嫌気呼吸という形から好気呼吸という形のエネルギー確保の方法に移るのと同じくらいの時間の歴史はあるわ」
そう言いながら、人間のご飯をむしゃむしゃと美味しそうに食べるアリシア。
「そう言うアリシアはどうして人間のご飯なんか食べてるの……?」
「それは……人間の世界だから人間の体で活動するのに人間と同じ方法のエネルギー摂取方法が必要だからよ! べ、別に食べてみたかったとか、そういうわけじゃないんだから……」
僕は思った。この目の前にいる少女も暴食という名の罪に負けているな、と。
彼女はごほんごほんと幾度か咳をすると、真剣な表情で言った。
「そういうわけで、しばらく世話になるわ。人間の世界で生きていく以上、人間のルールに則って生きていくつもりだから。がっこう、っていうのにもなんか入らなきゃいけないみたいだし。それがメセブリィの出した答えだから従うけどね」
「学校って……戸籍とかはどうなってるの……?」
「私という人間が存在するまでに必要な法的手続きは全部メセブリィが整えているわ。私はメセブリィから派遣された歴としたユジューティオナよ。そういうことに抜かりはないわ」
彼女はやや面倒くさそうに言う。こんな嫌らしいのがやってきたらそれこそ面倒だろう。彼女の外見を考えると小学生だろうか。
「確か入学先は……桜崎高等学校だっけ?」
「ちょっと待って!? それって僕がいる高校じゃん! なんで君みたいな子供が……」
「あら、これでも17歳よ。知らなかった?」
僕は愕然とする。どう考えてもそんな年齢には見えない。
「外見はあなたのせいよ。私達は人間の欲望を糧として生きている。だから、この世界に降りるときの姿は最初に接触した人間の理想の形になるようになっているわ。多くの場合、リトマス……ムーティエンに心を提供する人間ね。それが最初に出会った人間になるから、リトマスの理想の姿になるのは合理的といえるわね」
「ええ!? ぼ、僕の理想!?」
僕は驚いた。確かに年下の女の子が理想のタイプだが、ここまで小さな子供が好きだとは思っていない。そんなことは断じてありえないと断言できる。
「それは嘘だよ! だって見た目年齢がこんなに年下の子が理想のわけが……」
「事実よ。あなたの心の中にある様々な要素を抽出した結果がこの姿なんだから」
「それは間違った抽出の仕方だよ! そりゃ、妹が欲しいなと思ったことはあるけど、こんな子が理想のわけ……」
「まあ、時々ちぐはくな結果になることもあるみたいだけどね。そういうわけで、私はそろそろ休ませてもらうわ。この世界に降り立つまでが結構大変なのよ。疲れたわ」
そう言って彼女は再びソファへと戻る。
「え、まさか君、僕の家に泊まるつもりなの!?」
「そうよ。まさか私を劣悪な環境へ放り出すというの? この家の中だって私の世界で言えばホテルの通路とそんなに変わらないわよ」
「ホテルの通路……」
彼女はそう言うとソファに横になる。
「そんなに言うならちゃんとした寝室で寝かせてあげるよ! 付いて来て!」
そう言って僕は彼女の腕を引っ張る。
「ふーん、なら見てみましょうか」
僕が連れていったのは親戚などが来たときに使われる来客用の客室だ。やや埃が被っているが、ここなら文句もないだろう。
「じゃあ使わせてもらうわね」
「……あれ?」
僕はいつの間に彼女が泊まることを了承したのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 泊まるっていつまで!?」
「しばらくはお世話になろうかしら。こっちでの滞在先もそう簡単には見つからないでしょうし」
「その、メセブリィってのからバックアップはないの!? 普通、そういうのってあるでしょ!?」
「戸籍の捏造と住居の用意は一緒じゃないわよ。まさかそこらの安アパートに住むわけにもいかないし」
「だからって僕の家の世話になるっていうの!? それはなんだか話がおかしくない!?」
「うるさい人間ねぇ。あなたは私のリトマスになった以上、全面的に協力する義務があるのよ」
わけのわからないことを言って、彼女はベッドに横になる。
「全然繋がりが見えないんだけど!?」
「うるさいわね。それ以上わめくと 斬 る わよ?」
そう言って、彼女は小さな七色の短剣を取り出す。それはおそらく僕の心を使って作ったムーティエンというヤツだろう。僕へと刃を向けているためか、その刃はかなり小さくなっているものの、凶器としては十分機能しそうだった。
「う……」
「まったく使いにくい剣ね。こんなに小さくちゃ野菜の皮を剥くのにしか使えやしない。戦場では頼むわよ」
そう言って、彼女は剣をしまうとベッドへ横になった。
「うう……なんでこんなのが……」
こうして、僕と彼女の奇妙で珍妙な共生生活が始まったのだった。
「……!」
僕は何か恐ろしいものの雰囲気と視線を感じた。それを一言で表現するなら、殺意。
「……はぁ……はぁ……」
獣のように荒い息。それは確実に僕の命を狙っているように感じた。
だが、僕は磔にされたように動くことができない。目を開くことすら許されない。
まさに金縛りというヤツだった。
「ごぉ……ハァ……んぅ……」
それは唸り声だろうか。僕の顔にかかる吐息が生々しい。
その気配は僕の肩に手をかけた。そして、万力のような力でゆっさゆっさと揺さぶる。
「うわあああぁぁぁぁぁ!」
「きゃああああぁぁぁぁぁ!」
僕はその瞬間飛び起きる。その気配も突然の僕の叫び声に驚いたのか、一気に飛び退ってそのまま戦闘体制に入る。
「あ、アリシア……?」
「はぁ……はぁ……」
そこにいたのはアリシアだった。彼女は恐ろしい形相を浮かべたまま腰を落とした拳を構える。
やはり、彼女の目的も僕の心だったのだろうか。危うく寝ている隙を襲われるところだった。時刻を見れば午前五時。僕がいつも起きる時間よりも1時間も早い。
「やっぱり僕の心を……」
彼女は一歩ずつ僕の方へとにじみ寄る。そして、ある程度の距離へと近付いた後、そこから一気に跳躍した。
「うわあああっ!」
僕は彼女が僕の方へと蹴りを繰り出す瞬間に身を捻って回避する。大きな音がして壁が蹴破られる。
「昨日はあんなことを言って……僕を騙そうとしたんだね!」
「はぁ……はぁ……ちが……」
彼女は壁から足を引き抜くと、ふらふらとしながら僕の方へと歩み寄る。僕はそれから逃れようとしたが、両脇を机と本棚に挟まれて逃げることができない。
「く、来るな!」
だが、彼女は一歩一歩と近付いて来る。そして、僕の胸倉に手をかけた。
「ごはん……ちょうだい……」
そう言って、そこでばったりと倒れる。僕は彼女の言葉を聞いて茫然とする。
「ごは……ん……?」
じゅうじゅうというフライパンの上でベーコンが焦げる音が聞こえる。美味しそうなベーコンエッグが二つ、フライパンの上で踊っていた。
ほどよく半熟になったベーコンエッグを二つに分けてすくい上げると、それをトーストへと乗せる。これでトーストエッグの完成である。
それを皿に盛って彼女の前へと置いた。それを見て、まるで今までお預けを食らっていた犬のようにがっついた。いや、我慢ができない分犬より始末が悪いかもしれない。
「生き返ったー!」
「ホントに七つの大罪を克服してるの……? どう考えても暴食そのものだと思うんだけど……」
「し、仕方がないじゃない……お腹が空くものは空くんだから……。この姿を維持するには人間の感情だけじゃ足りないし……」
「それで、僕の夢からにじみ出た感情をさっきまで食べてたってわけなのね」
「わ、私はまだ半人前のティオナなのよ! 欲望に打ち勝つのはとても大変なのよ……」
そう言いながらトーストをむしゃむしゃとかじる。僕もそんな彼女の言い訳を聞きながらトーストを食べる。
「あなただって……ベッドの下に(自主規制)を隠してる癖に……」
「な、なななななんでそれを知ってるの!? 誰にも話したことないのに!?」
「夢を食べたときにチラっと見えたのよ」
それもただの(自主規制)ではない。○リものを扱ったちょっとマニア向けのレアアイテムである。通販でしか入手することができない、大きなお友達向けの雑誌である。
「私がこんな姿になったのも納得だわ。まあ、襲われたら殺すけど」
「襲わないよ! ってかあああああああ絶対にそれを口外したらダメだよ! 僕の唯一にして最大の秘密なんだから!」
「じゃあ、あなたも私の大好きな食事に文句を言わない。いい?」
僕は首がひきちぎれるのではないかと思うほど首を縦に振った。それを見て、彼女は満足したように頷く。
「じゃあそういうことで……もう一個用意しなさい」
「……はぁ。わかったよ」
僕は立ち上がって台所へと向かった。
僕とアリシアは学校への通学路を歩いていた。
昨日のドレスではなく、きちんとした学校指定の制服だ。一体どこから入手したのだろうか。それを彼女に尋ねる、ただメセブリィから送られてきたものだとだけ言った。
登校していくうちに他の学生もちらほらと視界に入ってくる。
「いよう、ユウタロウ!」
そのとき、昨日の十字路の辺りで元気よくコウが現れた。特に待ち合わせているわけではないぎゃ、このくらいの時間にいつも合流するのだ。
「この子どちら様?」
アリシアに気付いたのか、彼は不思議そうに尋ねる。
「えーと……」
僕は特に彼女に関する言い訳を考えてはいなかった。この先居座るつもりのようだから、適当な言い訳をするわけにもいかない。
「彼女は……」
「再従姉妹の従姉妹のアリシアよ。家庭の事情でこっちに引っ越してきたの。よろしく」
コウは不思議そうに首を傾げた。
「どんだけ関係遠いんだよ。ってか日本人じゃないのか?」
「か、彼女はハーフなんだよ!」
「ふーん、ハーフなぁ。まあよろしく」
特に怪しむこともせず、コウも挨拶をする。そのことが僕にとっての唯一の救いだった。
「か、彼は瀬川コウ。僕の友達だよ」
「セガワ・・・コウ?」
「そうそう! いいヤツだからさ!」
「ちょっとユウタロウ、いいか?」
「え……?」
彼はちょいちょいと手招きをする。僕は彼女を置いて少し離れたところまで呼び出される。
「おいてめぇいい根性してんじゃねえかよ」
そう言って彼は思い切り僕の首をロックする。突然の攻撃に僕は反応できず、されるがままに押さえつけられる。
「あんなロリ美少女侍らすたぁどこのエロゲ主人公だおい?」
「ぼ、僕も突然やってきて迷惑してるんだよ……!」
「迷惑だぁ? なんだ随分生意気なセリフ叩くようになったなおい。そこいらに落ちてる犬のフンでも叩き込まれたいと見えるな」
そう言って、実際にそこらに落ちていないかと探し始める。コウはやると言ったらやるヤツだ。このままでは本当に叩き込まれかねない。
「ま、待って待って! 落ち着い……ヤバイヤバイマジでヤバイって!」
絞めたら確実に逝きそうな位置を的確に絞めるコウ。僕は呼吸困難に陥りつつも、必死にロックを解除しようともがく。
「ロリッ子侍らせてごめんなさいって百万回言えたら許してやるよ」
「ひゃくまんかいぃ!? な、そんな、むちゃああああああああ!」
「てめぇばっかりいい目は見させねーぞ? ああ?」
「何してるよ?」
そのとき、救いの神が現れる。リオナとトモミだった。
「り、リオナ……へる……ぷ……」
「あいあいあーよっ!」
三回転の捻りの後、中段足刀蹴りが繰り出される。それは的確にコウの胴体のみを打ち抜き、吹き飛ばす。
「うごおおあぁッ!?」
そのまま数メートル吹き飛び、電柱なら叩き折れる勢いでブロック塀に飛び込む。
「私に勝とうなんて百年早いよ、下等生物。あはははは、勝とうと下等をかけたギャグ、うふふふ」
一人でくだらないダジャレで笑い始めるリオナ。それを茫然とした様子で僕とトモミは見つめる。
「この団体様はどちら様?」
そのとき、アリシアが現れる。
「アリシア、この二人は僕の友達の神崎トモミとリオナ」
「……アリシア?」
そのとき、はっとしたような表情を浮かべてリオナはアリシアを見つめる。二人は数秒の間見つめあっていたが、やがて視線を反らした。
「見間違いね。留学前の友達にアリシアって馬鹿娘がいたね。でも、違うみたいよ」
「……?」
「よろしくね。私楽しいの好きよ。仲間が増えるのは楽しいよ」
「私も歓迎です。アリシアさん、よろしくお願いします」
二人はぺこりと頭を下げる。
「アリシアは転校生ね?」
「ええ、今日から桜崎高等学校に転入するの。よろしく」
アリシアもぺこりと頭を下げた。
「よし、今日も元気に学校へゴーね!」
そう言ってリオナは元気そうに歩き出す。
「さすが留学生……お勉強熱心なことで」
五人は再び学校への道を歩き始めた。
まだ太陽は上り始めたばかりだった。
「では、入ってきてください。アリシアさん」
HRの担任の教師が入室を促す。扉が開き、澄ました様子のアリシアが現れた。
「名前はアリシア。好きなことは食事。嫌いなことは絶食。以上」
わずか数秒で自己紹介が終了する。そのあまりの進行の速さにクラス一同は茫然とする。
「あの! 甘いものとか好きなんですか?」
「好き」
「辛いものとかもいけます?」
「いける」
「すっぱい系は?」
「無問題」
ありとあらゆる質問を一言で叩き斬る彼女に、質問攻めもすぐに種が尽きてしまう。
「えーっと……空いてる席はユウタロウの隣ですね」
そう言って、お決まりのパターンで僕の隣に彼女は着席する。
「教科書はいらないわ。既に高校レベルの学問ならば完璧にしてきたから」
そう言って彼女はノートだけを取り出す。
「では、授業を始めます」
彼女の言う通り、勉強面に関しては完璧だった。
先生の繰り出す難問をことごとく正解し、いい印象も与えたようだ。
そして授業が終わり、休み時間が始まる。それと同時に彼女の周りに人だかりができた。
「ねえ食事が好きなら美味しいカフェがあるんだけど今度いかない?」
「いやいや、たくさん食えるファーストフードワクドナルドはどうだ?」
「美味しい喫茶店があるのよ! 甘味がピカイチでさぁ! 今度一緒に行きましょ!」
「週末に暇があれば」
「部活とかどうするの? ウチの卓球部なんかどう?」
「いやいや、その小さい体を生かして新体操部なんてどうだい?」
「軟式野球をしたい」
「というか、高校生にしては体小さいね。いままで間違えられて大変だったんじゃない?」
「まったく不自由しない」
マシンガンのごとく質問が繰り出されるが、それにたいして一瞬で返答を返すアリシア。こんな面は僕には見せなかったが、ひょっとすると彼女はとても凄い人間なのかもしれない。いや、人間ですらないが……。
「はいはい、新入生が入っていろいろ大変なのもわかるけど授業よ授業」
気付くと10分しかない休み時間はいつの間にか終わっていた。
「うわ、やばい! 支度しないと!」
僕は急いで国語の教科書を取り出す。
アリシアの周りに群がっていた群衆もすぐに席へと戻っていく。こうして、数分前とまったく同じ風景に戻った。
先生の現代文の解釈の説明が始まる。正直なとこ、聞いていても退屈なだけだ。
隣にいたアリシアも座りながら話を聞いていたが、やがて手を高く掲げた。
「その解釈は間違っているわ」
「……え? 何か間違えたかしら……?」
「筆者はここで解釈という言葉についての説明をしているけど、これは広義の解釈という意味を含んではいけないのよ。文中にて使われる解釈の意味に関する説明だから、ここで辞書を取り出すのは愚の骨頂。それと、釈の字の書き順が間違っているわ」
唖然とする国語教師。茫然とする生徒一同。それだけ言うと、彼女は何かをさらさらとノートに書き出す。そのページをびりりと破り、そして先生に差し出した。
「これを元に授業をするといいわ。こう説明した方が百倍わかりやすいもの」
そう言って教壇にノートの切れ端を叩きつけると、元の席へと戻った。
「……これは……わ、私にはできない……こんな高度なことは……く、覚えていろ! いつかお前を超えてやるからな!」
そう言って、彼は叫びながら教室を後にする。
「授業放棄って普通立場逆じゃね?」
コウのツッコミに反応するものは誰一人としていない。
「仕方がないわね。私が説明するわよ」
そう言うとアリシアは立ち上がり、チョークを持って説明を……始めることができなかった。
「んー! んーっ!」
黒板の上段まで背が届かないのだ。上から書くことを諦めると、低い位置から彼女は書き始める。
「なあユウタロウ、あの子何者?」
「さぁ……僕もわからない」
先生に代わってアリシアの始める授業を受けることになった僕達。
確かに彼女の授業の方がわかりやすかった。
こうして一見平和に授業が進んだかに見えたが、その異変は11時頃に発生した。
次の授業の教師である数学教師も追い出した彼女は相変わらず授業を進めていたが、やがて苦しそうにうなりながら呼吸を荒くし始めた。
「はぁ……はぁ……ちょっと……」
そう言って彼女は僕を呼ぶ。突然の事態に何事かと僕は立ち上がった。
彼女によって強制的に教室の外に連行される僕。
「ど、どうしたの!? なんだか凄く体調悪そうだけど……」
「あ、あなた……何か食べ物持ってない?」
「……はぁ?」
突然僕の体をまさぐり始めるアリシア。
「ちょ、ちょっと!? いきなりなに!?」
「はぁ……はぁ……み、見てわからない? お腹が空いたのよ」
「へ? ……ふごぁッ!」
食べ物が見つからないことに苛ついたのか、僕に正拳突きを叩き込むと彼女はどこかへと走り出す。
「ま、待って! げほっげほっ!」
僕は必死に彼女の後を追いかける。あんなに短い足のどこにあんな素早さがあるのだろうか。僕も人のことを言えるほど長くはないが、それでも体の小さい彼女より長い自信はある。
「あったわ!」
そう言って指差すのはパンの自動販売機。彼女はどこからともなくムーティエンを取り出すと、大きく振りかぶって構える。
「あ、アリシア!?」
「やあああぁぁぁぁッ!」
そして思い切り振り抜いた。が、その瞬間刃が急に小さくなり、自動販売機を両断するはずだった刃は寸でのところで消失した。
「邪魔しないで!」
「それはヤバイって!」
今のは僕がうまく心をコントロールできたから起きたのだろうか。ともかく自販機を破壊されたらこの学校に通う150人の生徒からクレームが付きまくることは間違いない。
「待って待って! 今買うから!」
僕は慌てて財布を取り出すと、五百円玉を自販機に投入してあんパンを購入する。
「はい」
それを彼女に差し出す。すると、一瞬でビニールの包装を剥いで数秒でその胃の中へと収める。その時間、手に取ってからわずか一秒。
「ん、まあまあね」
「ともかく、物を破壊するようなことは……」
突如、彼女の周囲に光が集まる。それはやがて幾何学的な模様を描き出すと、風の刃を生み出した。
僕の言葉が終わる前に両断される自動販売機。中からどさどさと大量のパンが転がり出てくる。
「最初からシグマを使えばよかったわ」
「……」
僕は言葉を失ってその様を茫然と見つめる。彼女は嬉しそうにパンを拾い上げると、むしゃむしゃと食べ始める。
「あんがちょっと甘すぎるわね」
「……はっ!」
僕は逆転の発想だと思いつく。なかったことにすればいいのだ、と。
「あ、アリシア! そのシグマって魔法みたいなもの!?」
「ん? シグマは心の力を具現化させるものよ。まあ、人間にわかりやすく説明するなら魔法かしら?」
「そ、それじゃあこの自動販売機を直せる!?」
「んー、私の属性は風だから、そういうのは無理かな」
「……」
僕は茫然とする。こうなったら、なかったことにするのではなく、誰がやったか発覚されない方針に切り替えることにする。
幸い、今は授業時間だ。この場から早急に立ち去ればバレないだろう。そもそも、こんな風に自動販売機がばっさりと切断されるだなんて誰が考えるだろうか。
「アリシア! 逃げよう! このままここにいれば見つかるよ!」
「え、見つかると何か問題でも?」
「ーッ! 正解を見分けられるんじゃないの!? このままここにいれば自販機を壊した犯人がアリシア……いや、このまま見つかれば僕も危険だ!? ともかく見つかりたくないから早く!」
落ちているいくつかのパンを名残惜しそうに見ていたが、ともかく彼女を手を引いて走り出す。この時間でもっとも人との遭遇率が低いのは屋上だろうか。
階段を駆け上がる。誰とも出会うことなく屋上に行くことができたのは不幸中の幸いだと言えるだろう。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
未だバクバクと鳴り続ける心臓を落ち着かせるため、僕は座り込む。
彼女はむしゃむしゃと美味しそうにパンを食べる。
「あなたも食べる?」
「いや……いいよ」
僕は丁重にお断りすることにする。そもそも、今はそんな余裕はない。
空をゆっくりと見上げる。僕を襲うこの奇妙な非日常とは裏腹に、どこまでも広がる真っ青な空がなんだか恨めしい。
「やっぱりアリシアね」
そのとき、どこからともなく聞き覚えがある声が響いてくる。
ドアの方から歩いてきたのはリオナだった。
「誰?」
「リオナよ。忘れてないね?」
しばらくの間考え込んでいたが、ようやく何かを思い出したのか手に持っていたパンを取り落とす。
「リオナって、あのリオナ!? 出来損ないで落第しかけてたくせに、なぜかティオナに早々抜擢されたクラスメイトの!?」
「なんだか余計なところだけ覚えているね」
「ああ、なるほどなるほど。久しぶりね」
「とても久しぶりよ」
「相変わらずバカなのは治ってないのね。日本語が微妙に間違ってるわよ」
「そうでもないね。これでけっこう伝わるね」
僕はぽかんとする。目の前の突然やってきた未知の生命体と、ずっと前からクラスメイトの留学生が知り合いだという。
「え、ええ!? リオナも!? リオナもユジューとかいうやつなの!?」
「そうね。でも何も嘘言ってないね。留学生なのは本当ね」
「まあ、言い方によっちゃあ留学とも言えるかしらね……」
リオナの周りに光が集まり、幾何学的な模様を描き出す。シグマを扱えることがユジューの証なのだろう。
「相変わらず大食らいなのは変わってないね」
「すぐに実力を比較したがるあなたも変わってないわ」
アリシアの周囲にも同様に光が集まる。
「な、何するつもり!?」
「あなたはそこらへんに隠れてなさい」
アリシアの周囲で不可思議な模様を描いていた紋様は空気の流れをねじ曲げ、風の刃を作り出す。
一方、リオナの方は炎。真っ赤な火炎は竜の如くとぐろを巻いて風を打ち破らんとアリシアへと襲いかかる。
「うわあああぁぁぁぁ!」
僕は物影へと飛び込んだ。後方で爆風が爆ぜる。風と炎が混じり合って火柱が立ち上る。
「ふうん、実戦で実力を上げたのかしら」
「もうガリ勉には負けないね! ムーティエン、フィニテイン・モグリレイ、顕現!」
リオナの手に光が集まる。それは徐々に一冊の本を作り上げる。
「フィニテイン・モグリレイは百七の属性を扱うモグリレイね! なにも風に火をぶつける必要はないね!」
屋上の床がもりもりと隆起する。それは何百本ものトゲになってアリシアへと襲いかかる。
「くっ!」
アリシアは風をまとって高く飛んだ。トゲはアリシアを捉え損なって何もない空を切る。
「風には石ね!」
トゲは徐々に形を崩し、石の槍を作り出す。それはまっすぐにアリシアへと射出される。
アリシアは風を集めて盾を作り出す。石の槍は削れながらも、それでもまっすぐアリシアへと飛ぶ。
「リオナ!」
石の槍がアリシアへと突き刺さる直前で動きを止める。その瞬間、槍は粉々に砕けてただの土へと還っていった。トゲだらけになった屋上の床もサラサラと崩れていく。
リオナの手にあった本が光の粒となって消えていった。彼女の背後にはトモミが立っていた。
「と、トモミ!?」
「何やってるの……?」
「あ、これは……その……あ、新しい化学の実験を……」
リオナはいくらなんでも無理がありすぎる説明をトモミにする。トモミの表情には明らかな疑惑と不満が浮かんでいた。
「トイレに行ってたんじゃないの?」
「つ、ついでに屋上に寄ったね! そう、アリシアとユウタロが屋上の方へ行くのが見えたからね!」
「ユウタロウ君も……?」
僕は物影が姿を表す。彼女は不安そうな表情を浮かべて立っていた。
「怪我はない?」
「いや、大丈夫だけど……」
彼女はどこからともなく分厚い辞書を取り出すと、それを思い切り振りかぶった。
「いぎゃあぁぁ!」
「お仕置き」
辞書がリオナの側頭部にヒットする。それはとてつもなく痛そうだった。
「ぐ、ぐわんぐわんするね」
「カードの攻撃に比べたら大したことない」
「と、トモミもユジューに関わってるの!?」
「……」
彼女はこくんと頷いた。
リオナだけでなく、トモミまでもが関わっていたことに僕は驚きを隠せなかった。
「と、トモミはリオナのリトマスね」
「じゃあ、さっきの本はトモミの心……?」
「これのことね?」
リオナは先ほどの本を取り出す。
「これはフィニテイン・モグリレイ。トモミの心を映し出したモグリレイね」
「も、もぐり……?」
「日本語だと魔導書ってのが意味が近いのかな」
「じゃ、じゃあ僕の心の剣……げ、げんちゃ……なんだっけ?」
アリシアはふう、とため息をつく。
「ともかく、リオナはムーティエンを使った。私が負けそうになったのは私のムーティエンが使いものにならないからよ」
「ええ!? それって僕が使いものにならないってこと!?」
「そうよ。あんな戦い難いものが私のムーティエンになるなんて……最悪だわ」
トモミは不思議そうに尋ねる。
「ユウタロウ君もリトマス?」
「まあ、なんかそうなっちゃったみたい」
僕はぽりぽりと頭を掻きながら答える。だが、僕にはあまりそのつもりはない。
「じゃあ、これからは協力して戦えるね」
そう、彼女は微笑を浮かべながら言った。彼女はちょっと嬉しそうに言って、僕は少し申し訳ない気分になる。
「協力? 私一人で十分よ!」
「ムーティエンが使えないのに何が十分ね。そんなのありえないね」
「まるきゅうリオナは黙ってなさい」
「ま、まるきゅうって何ね! 埋めるね!?」
再びリオナはモグリレイを取り出す。だが、トモミの辞書によって一撃で粛清される。
「それをやたら取り出さないの」
「ば、馬鹿にされるのは悔しいね!」
トモミは僕の方に向き直ると、辞書をしまってから言う。
「戻ろう。もうすぐ休み時間が終わってしまうわ」
「え、もう休み時間になってたの!? たしか次って体育だったよね!?」
彼女はこくこくと頷いた。そうとわかれば急いで戻って支度をしなければならない。
「アリシア、戻ろう! 僕着替えないと!」
「ちょっと、待ちなさい! まだ決着は……」
僕はアリシアの手を引いて走り出す。もう既にトモミとリオナは着替え終えていた。
「アリシアは体操着を持ってないからいいけど、僕は見学ってわけにはいかないから!」
「この決着、いつかきちんと付けるわよ!」
このとき、僕はまだきちんとわかっていなかった。
この戦いに巻き込まれたということがどういうことを意味しているのか、まだ理解してはいなかった。
この先長いですが、まだまだ続きます。