最終話
ついに最終話です。
最終話
あれから何日が経っただろうか。
僕は今までと変わらぬ日常を送っていた。
いや、変わったことはある。彼女達がいなくなってしまったことだ。
学校に席こそ残ってはいるものの、欠席扱いになって通ってはこない。
それはアリシアも、レルフィムも、もともと学校にいたリオナも同じである。
最初はとても寂しかったが、そのことに慣れつつある自分がとても恐ろしかった。
僕はいつもと同じようにトモミとユイの三人で帰宅路についていた。
コウは写真部の活動があるとかで、今日はいない。
季節は少しずつ移り変わり、ヒグラシが鳴く季節となりつつあった。徐々に夕暮れの中に満ちつつあるセミの声。もの悲しげな合唱が僕の心により哀愁を呼び覚ます。
「アリシア達、どうしたんだろうね……」
僕はぼそりと呟く。その問いかけに答えられる者はいない。
「皆がいなくなって、なんだか寂しくなったなぁ……」
「そうね……。今までは騒がしいくらいだったのに……いないのはいないのでまた静かすぎてつまらないわね」
「皆さんがいるのが当たり前の日常だったのに……この感覚はなんなんでしょうね……?」
やがて分かれ道に差し掛かる。十字路で正面は僕、右はトモミ、左はユイの家へと繋がっている。
「じゃあまた明日」
「またね」
「さようなら、皆さん」
やがて僕は自宅に到着する。いつもなら騒がしい声がいつもあったはずなのに、家の中は閑散としていてとても静かだった。
それが当たり前の毎日を送っていたはずだったのに、どうしてそれを寂しく感じるのだろうか。
「はぁ……」
僕は戸棚からあんぱんを取り出す。アリシアがお腹が空いたときにいつでも食べられるように用意してあるパンだ。だが、もう賞味期限が近い。僕は封を破ってかじってみる。ぱさぱさで乾いた口あたりのそのパンは、なんだかやけに味気なかった。
そのとき、今にベルの音が鳴り響く。電話だ。
僕は電話の子機を取り上げると、口の中のあんぱんを飲み込んで応対した。
「もしもし」
「桐生病院です」
はて、なぜ病院などから電話がかかってくるのだろうか。最近病院に行ったことといえば、東條さんを見舞いに行ったときくらいだろうか。
「あの、何か……」
だが、その電話主の答えは驚きのものだった。
僕は子機を叩きつけるように戻すと、制服を着替えもせずに家を飛び出した。
自転車のペダルを思い切り強く漕いで病院へと向かう。途中の信号待ちがうっとうしい。
やがて桐生病院に到着する。
「先ほど電話をいただいた坂下ですけど……!」
受付のお姉さんはにっこりと笑って面会バッチを手渡してくれる。
エレベーターに飛び乗ると、6階のボタンを押す。
一度だけ記憶に残っている道のりを辿る。そして、その扉の前で僕は立ち止まった。
プレートには坂下と書かれている。僕は唾をごくりと飲み込むと、扉に手をかけた。
窓際のベッドには一人の女性が腰かけている。その女性は僕の顔を見るとにこやかに笑った。
僕はなんと声をかければいいかわからなかった。なにせ15年も会っていない人物だ。15年前といえば僕はまだ2歳だ。それでも、記憶の端にこびりつくように、その笑顔だけははっきりと残っていた。
「母さん……」
「ユウタロウなのね……」
僕は数歩前に進む。父に連れられて一度だけ来たときにはまったく表情を動かさずに眠っていた母が、目の前で笑っている。
「大きくなったわね……」
僕はその場に立ちつくしたまま、母の顔を見つめる。
「15年も会わなければ大きくなって当たり前ね。はぁ、母さん15年も時間を無駄に過ごしちゃったのね。まったく損しちゃったわ」
母は少し悲しそうな、けれども嬉しそうな表情で言う。
「でも、ユウタロウがこんなに大きくなって嬉しいわ」
「母さん……」
「父さんは元気にしてる? 相変わらず仕事であちこち飛び回っているのかしら。忙しい人だからね」
「父さんは昔とちっとも変わってないよ。いまだに元気に地方行ったり海外行ったりしてるよ」
「相変わらず元気にしてるのね。私が目を覚まさなくてめそめそしてたらどうしようと思ったわ」
母さんはからからと笑う。そんな母の様子は15年も眠っていたようには思えなかった。
「あなたは元気にしてた?」
「うん、僕は元気だよ」
「ちゃんと自炊してるのかしら? レトルト食品ばかりじゃ体壊しちゃうわよ」
「な、ちゃんと料理くらいできるよ!」
「よかった、安心したわ。あ、そうそう。目が覚めたらこれが置いてあったの」
母はテーブルに置いてあった封筒を僕に渡す。それはすでに開封されている。おそらく母が読んだのだろう。表にはForユウタロウと書かれてあった。
『メリークリスマスにはちょっと早いかしら。ともかくあなたへのプレゼントよ。屋上で待ってるわ。来ないと怒るからね!』
「母さん、ちょっと僕行ってくる! すぐ戻るから!」
「はい、行ってらっしゃい」
母にそう言い残すと、僕は部屋を飛び出した。エレベーターを待っているのがもどかしくて、階段を駆け上がる。
重い扉を肩で押し開けると、風にたなびく白いシーツが飛び込んでくる。
その波間にちらほらと影が見える。
僕はその影へと走り出す。途中で転びそうになりながらも、笑って待っている彼女の元へと駆け寄る。
「アリシア!」
「まったく、来ないかと思ったわよ」
アリシアは少し頬を膨らませて唇を尖らせる。
「あら、私の名前は呼んでくれないの?」
「どうせユウタロウの眼中にはアリシアしかないね」
「レルフィム、リオナ!」
給水塔の上に立っていた二人を仰ぎ見る。二人は給水塔から降りてくると、アリシアの隣に並んだ。
「久しぶりね、ユウタロウ。会いたかったわぁ」
レルフィムの僕の首に手を回してくる。
「ちょ、ちょっと! あんた何してるのよ!」
「なあに? 私の大事な人を抱きしめて何が悪いの?」
「大事な人って、クラウディアはどうしたのよ!」
「クラウディアはクラウディア、ユウタロウはユウタロウよ」
レルフィムはわけのわからないことを言いながら唇を突き出して僕に迫ってくる。
「ッ!」
それをアリシアがシグマを使って阻止する。
「まったく、隙も何もあったもんじゃないわ!」
「やぁねぇ。ちょっとしたスキンシップじゃない」
「スキンシップでキスするなバカ!」
「あら、バカって言った方がバカなのよ?」
「うっさい! バカ!」
二人はいがみあい、そして呆れるようにリオナがため息をつく。僕はリオナに気になっていたことを尋ねた。
「今までどうしてたの? 皆心配してるよ?」
「ノエルが集めてた心を元の持ち主に返したり、ノエルの処分について決めたり、まあ色々あって忙しかったね」
「それならせめて一言くらい言ってくれればよかったのに……」
「忙しいものは忙しいんだからしょうがないね。けど、すぐにこっちに戻ってこれたからこれで万事OKね」
「明日からは皆と一緒に学校に行けるの?」
「大丈夫ね。引き続き私達はカードを討伐するティオナとして人間界に留まるね。まだしばらくはこっちにいることになるね」
「そっか……よかった……」
また明日からあの賑やかな日常が戻ってくると思うと、とても安心した。
「皆に知らせなくちゃ!」
僕は携帯電話からトモミとユイにメールを送る。すぐに安堵したという旨のメールが返ってくる。
「まったく、カラスはぴーちくさえずるしか能がないの!?」
「あら、コブラなんかさえずることすらできないじゃない」
いつまでやっているつもりなのか、アリシアとレルフィムはまだ言い合っていた。
「二人とも、そろそろ終わりにしてさ。帰ろうよ」
「ったく……。ユウタロウに呆れられるまでやってるなんて、私もヤキが回ったわねぇ」
「うっさいわね! あんたが最初にあんなことやったのがいけないんでしょ!」
「もうその辺にしてさ、ね?」
僕はなんとか二人をなだめる。まだやりたりないようだったが、とりあえず牙を収めてくれる。
「じゃあ……帰りましょうか」
「あ、ちょっと待って。ちょっと寄っていきたいところがあるんだ」
「なあに?」
「アリシアを……僕の母に紹介したいんだ」
アリシアは突然頬を真っ赤にしてうろたえる。
「え、ちょっと、それってまさか……!」
「え……いや、そんな! そういうわけじゃないよ! ただ、今ウチに住んでるから一応顔見せくらいはしておかないといけないなぁって思ってさ!」
「な、なんだ……そういうことなのね」
アリシアはなんだか少し残念そうに言う。
「あ、アリシアはさ。僕のことどう思ってるの……?」
「そ、それは……もちろん……す……き……」
そう言うアリシアは耳まで真っ赤だった。
「バカップルね」
「バカップルよねぇ……」
「うっさいわね! あんたらは黙ってればいいのよ!」
リオナとレルフィムはアリシアをからかう。それにムキになって反抗するアリシア。
こんな日常が戻ってきたことが単純に僕は嬉しかった。
いつまでも、そういつまでもこんな毎日が続けばいいのになと、僕は思った。
病院の廊下に元気な声が響く。少し異様な出立ちのメンバーに母はなんと言うだろうか。
賑やかな友達がいることを嬉しく思うのか、それとももう少しまともな友達を作れと諭すのか。
それはまだ僕にもわからない。それは誰にもわからないことだった。
けれども、きっとこの日常は続くのだろう。
終わる日はいつか来るのだろうけど、そう近い日ではないハズだろう。
その日まで、僕は楽しくやっていきたいと思っている。
Fin.
終わりました。今日一日で上げましたがこれ、実のところ半年かけて連載していました。
非常に長いお話になってしまいました。公開していたところがmixiというだけあって、最終話まで読みきってくださった読者はほとんどいないかと思われます。あまりにも感想が少なかったので、こちらでも公開させていただくことになりました。皆様から感想がいただけると嬉しいです。
では、これにてユジューティオナを終わらせていただきます。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。