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第二十話

ついにお話は最終章に。

第二十話


荒涼とした大地に息付く黒薔薇の園。

それはどこまでも地平線の限り広がっており、街を黒一色に染めていた。

真っ赤な夜に浮かび上がる紅色の半月は蔓のような物で縛られており、月齢を増やすのを留められているように見える。

レルフィムの話によると、月が満ちたとき、それが僕達の敗北を示すタイムリミットのようだ。ああやって縛られてはいるものの、徐々に満ちつつあるのだろう。

「で、どうやってアイツを探すのよ」

アリシアはふわふわと空中に漂いながら怒ったように言う。

「それは私に任せるね」

リオナは魔導書の上に手をかざす。

「ミエクスネ・ドロン」

調べの回遊曲。ゆったりとしたロンドが奏でられる。それは音程を合わせるように、徐々に方向を絞りながら流れている。

「大幅な位置は掴めたね。駅のすぐ傍にある大きな公園、中央公園のどこかにアイツは根を張って待ち構えているね」

「どこかってどこよ」

「それは行ってみるまではわからないね」

アリシアは呆れたように首を振る。

「まったく、役に立たないわねぇ」

「何もしてないアリシアに言われたくないね」

僕達は紅の夜を飛びながら中央公園へと向かう。中央公園は商店街の広がる北側とは反対の、駅の南側に広がる広大な領地を持つ公園だ。四季折々の花々が咲き乱れ、そして広い広場がいくつもあるその公園は市民にも人気が高いスポットだ。

だが、それも今は黒薔薇一色に染められている。僕達は黒薔薇に染められた公園に降りる。

「まったく悪趣味ね」

足に絡み付いてこようとする黒薔薇の蔓を風で切り飛ばしながらアリシアは言う。

「で、アイツの位置は?」

「待つね。今探っているね」

真剣な表情を浮かべてリオナは魔導書の上に手を掲げたまま目を瞑る。

「ユウタロウ君……私達、勝てるのかな……」

リオナが不安そうな表情を浮かべて僕に尋ねてくる。

「大丈夫、大丈夫だよ」

僕は彼女の問いかけに答える。その答えに根拠はなかったが、けれども僕だけでもそれを信じたかった。

「何があっても、私が彼を仕留めます。それは世界を守るためにしなければならない義務。そして、私の任務でもあります」

ベアトリクスは剣を抜き放つと、剛と言い放った。

「そうだよ! ベアトリクスもいるじゃないか! 彼女がいれば大丈夫だよ!」

ユジュー達の中でもっとも高い位置にいる彼女がいればきっと大丈夫だろう。僕は見たではないか。圧倒的なまでの力を持つ彼女の力を。目で見たことを信じずに何を信じろというのだろうか。

「議長がいてどうにもならなかったら、私達ではどうにもならないわ。逆を言うと、議長がいればどんな事態でも大丈夫、そうに決まってるわ」

アリシアはそれほどまでにベアトリクスを信頼しているのだろう。彼女の口ぶりからもそれが窺える。

「……見つけたね」

しばらくの間瞑想するように目を瞑っていたリオナが目を開く。彼女の手の上に公園の俯瞰図が広がりその中の一点が光り輝く。

「ここに一つ、強い力が集中しているね」

「そこに……アイツが……ノエルがいるのね」

僕はごくりと生唾を飲み込んだ。決戦の時は近い。

「行きましょう。戦いを終わらせるために」

僕達は歩き始める。その場所へと向かって……。



僕は何のために生まれてきたの?

僕はそれを目の前にいる人に尋ねる。だが彼は答えずに剣を振りかざして襲いかかってきた。

僕は首を振って力を放つ。彼は粉々に引きちぎれながら四散した。

僕は何のために生まれてきたの?

僕はそれを目の前にいる人に尋ねる。滅びろ、悪魔め、と言って彼は力を放つ。

僕は難なくそれを退けると、逆に力を跳ね返した。彼は自らの攻撃を受けて吹き飛んだ。

僕は何のために生まれてきたの?

僕はそれを目の前にいる人に尋ねる。しかし彼は大声を上げながら走ってくる。

僕はそれが恐ろしかったので、力の限り両手を前に突き出す。彼はそれを受けて倒れる。

僕は何のために生まれてきたの?

僕はそれを目の前にいる人達に尋ねる。それに答えられる人は誰もいない。誰もが僕を滅ぼそうと襲いかかってくる。

僕はそれが怖かった。だから、僕は使ってはいけないといわれていたそれを使ってしまった。



彼はそこにいた。

真っ黒な笑顔を浮かばせて、彼はにこりと笑う。

「待っていたよ」

彼に影のように付き従う少女はいない。

「クラウディアは……敗れたようだね」

「まさか、レルフィムに……?」

「そう。でも、どうやら彼女の力はクラウディアのそれを上回っていたようだ」

少年は近くの切り株に腰かける。その彼へと黒い薔薇の蔓が近付くが、ある距離をおいて近付くことはなかった。

その蔓達も彼のことを恐れているのだろうか。彼を中心に一定の距離をおいてぐるりと円を描くように密集している様子は、まるで蔓が平伏しているかのように見える。

「僕の夜を上書きし、さらには街まで巻き込んでしまうとは、彼女の力にはただ恐れ入るよ」

彼の足元から“彼の夜”が広がる。

「でも、僕は自分の世界でなければ戦えない、というより戦いたくない」

それはじわじわと広がりながら自らの領域を広げていく。

「ま、ポリシーとでも言えばいいのかな。どうも体が鈍くなってね」

黒薔薇の園は無色の炎に包まれたように燃え上がり、灰も残さずに消えていく。そして、それは孤独な孤島のそれとなる。

僕達の背には広大な海が広がり、足元には切り立った崖が下へ伸びている。

……いや、これは崖ではない。よくよく地面を見ればうっすらとブロックがあるではないか。

海上から伸びるは巨大な塔。そう、これは海底に直接建造された巨大な塔なのだ。

強大な力を誇示する存在であると同時に、孤独ですべてを拒絶し、我こそが王と独りで君臨するための塔。それは彼の悲しき心を映し出した存在なのだ。

「さあ、始めようじゃないか」

彼は鎌を片手に構える。

――瞬間、彼の表情が消える。

振るわれた斬撃は無限。それは岩の塊を吹き飛ばしながら僕達へと迫り来る。

ベアトリクスが神器を振るう。ぶつかり合う光と刃。それは輝かしい閃光を放ちながら火花を走らせる。

「こっちに来て!」

僕はアリシアに服を引っ張られて物影に放り込まれる。

「議長が本気を出したらとんでもないことになるわ……ッ!?」

そのとき、早速僕達が隠れた岩が光の刃に叩き壊される。

「早くこっちに来て!」

次の岩へと向かって僕は手を引かれて走る。だが、そこにたどり着く前に巨大な鎌が破壊する。

「こっちね!」

リオナが手招きをする。僕達は彼女達の元へと駆けよった。

「アリシア、本当は力なんか借りたくないけど、力を貸すね!」

「うるさいわね! 何をすればいいのよ!?」

リオナは魔導書を取り出すと、その上に手をかざす。

「私が四大の地・水・火を補うから、アリシアは思い切り風の力を叩きつけるね。四大の力をすべて集めた盾を生み出せば、大方の攻撃は無効化できるね」

「わかったわ。やってみる」

二人は向かい合うように本の上に手を出すと、それぞれの呪文を唱え始める。

「ヤザケ!」

「シレイエヨ!」

ふわりと本の上に魔法陣が浮かび上がる。それは四つの力を混ぜ合わせる方程式。

「ブセネトワラキトノニコマツヨエ」

「ミアキコニワタグソノソサワラエ」

陣の上をぐるぐると回りながら力が集まっていく。それを僕達は黙って見つめる。

「イェヂオ」

「イェヂオ」

二人の声が重なる。それは高位の合体魔法を呼び出すための呪文。

「ニアヂソラカタチオヅチノコケ」

「ノソワタグソアサワラン」

アリシアの言葉の後にリオナが続ける。そして二人は重ねた手を上に挙げる。

僕達四人の周りを何色もの光が回る。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と変化するその環はやがて薄い膜となって僕達を包み込む。

そのとき、光の刃が飛んでくる。それは七色に輝く薄い膜に弾かれる。

「見た目の割に頑丈なんだね」

「精霊の加護を得た防御壁ね。そう簡単には破れないね」

「私の力も混ざっているのだもの。結構頑丈なはずよ」

「アリシアの力なんて1ピコグラム程度しかないね。ほとんど私の力ね」

「何よ、えらそーなこと言っちゃって」

二人は早速言い争いを始める。僕はそんな二人は無視してベアトリクス達の戦いの方へと目を向ける。

華麗なステップを踏みながら剣と鎌をぶつけあう二人。そのたびに光り輝く火花が飛び散りまぶしく爆ぜる。

隙のない連続攻撃を繰り出すノエル。それに対して、強力な一撃で多段攻撃を打ち払うベアトリクス。その戦いは互角のように見える。

「素晴らしいですね。さすがメセブリィ議長と言わざるをえません」

「そういうあなたこそ、虚無の力を使わずにここまで私と渡りあえるとは驚きです」

二人は一度距離を置いて攻撃の手を休める。だが、それは第二ラウンドへの架け橋でしかない。

二人の手が輝く。ベアトリクスは白、そしてノエルの手は黒。

「ロイフ!」

光の珠がひゅんひゅんとベアトリクスの周囲xを飛び回る。それは七つともまっすぐノエルへと向かう。

「ナヴィシィ」

一方、ノエルの方には黒い穴が開く。それは徐々に周りの空間を取り込むと、強烈な爆発を起こした。

光の珠は大爆発によって撃ち落とされるも、すぐに爆発する穴を迂回してノエルへと向かう。

「無駄だよ」

すぐにその経路を塞ぐように穴が開き、爆発を起こす。それは直後に連鎖的に爆発を引き起こし、ベアトリクスの方へと連鎖爆発する。

「戻りなさい!」

彼女が号令をかけると、爆発が到達するよりも早く光の珠が六つ戻る。それは正八面体を形成すると、彼女を爆発から守る。

そして、残った一つの珠は攻撃へと向かう。

「まだだ!」

黒い穴が開き、光の珠を吸い込んで爆発を起こす。だが、光の珠は輝きを失わず、少しの距離を吹き飛ばされただけだった。

「……頑丈だね」

「私の力は虚無とはいえど容易く消されるようなものではありません」

光の珠は複雑な軌道を描きながらノエルへと近付き、ついに彼の身を襲う。

「くっ!」

彼は自分の近くを爆発させて光の珠の直撃を防ぐ。だが、爆発に巻き込まれてごろごろと床を転がっていく。

「やった!」

「ま、まだわからない……」

トモミは不安げな表情を浮かべてノエルを見つめる。彼は僕の予想に反して起き上がった。

だが、すぐに光の珠の直撃を受けた。ブロックの床を転がっていく彼は、体が幼いだけあってとても痛々しかった。

「うあぁッ!」

そのままベアトリクスの前まで彼の体は転がされていく。そして、彼の体がベアトリクスの前まで転がされると、光の珠による追撃を止める。

「跪きなさい」

ノエルは体を起こすことも辛いようで、なんとか起き上がると、ぐったりとした様子で体を投げ出して座る。勝負は決まった。

リオナは防御壁を解除する。僕達は彼女らの元へと駆け寄った。

「跪くのです」

光の珠が彼の体を襲う。彼は床に激しく叩きつけられると、体をそこに横たえた。

「もうやめてください、議長! 彼はもう動けないじゃないですか!」

「けれども、彼は大罪人。ここで厳しくしなければつけ上がり、勝手気ままにするでしょう。ここで彼の身の待遇を思い知らさなければならないのです」

「ふ、ふふ……ふふふふふ……」

ノエルは笑う。地に体を横たえてなお、彼にはまだ余裕があるというのだろうか。

「何がおかしいのです」

「ぐぁッ!」

光の珠が七つ、一斉に彼の体を襲う。彼の体は地面に叩きつけられると、そのまま跳ね上がってもう一度地面に叩きつけられる。

「ふふふふふ……そうやってお前達は罪もない者達を罪人と決めつけて幽閉する。僕が何をしたというんだい? なぜ僕はあんなにも酷い目に遭わなければならないんだい? お前達が僕という存在を生み出したから、僕は今こんな目に遭っているんだよね? じゃあ僕なんて存在は最初から生み出さなければよかったんじゃないかい?」

「黙りなさい」

再び七つの光の珠が彼を襲う。ノエルは血を吐き、苦しそうな咳をした。

「ッ!」

「アリシア……!?」

アリシアは小言で呪文を唱えると、思い切り風をベアトリクスに叩きつけた。

彼女の体は風に吹き飛ばされて転がっていくと、大きな堅い岩に体を叩きつけて止まった。

「もう……見ていられなかった……」

彼女はがくりと膝をつく。僕はアリシアの肩を抱きしめると、背中をさすった。

「ふふふふふ……いやあ助かったよ」

そういうと、ノエルはふらふらとしながら立ち上がった。慌ててトモミが駆け寄る。

「大丈夫!?」

彼は体を支えられながらもなんとか立つ。

「ありがとう、お姉さん」

だが、彼はトモミを振り払う。

「離れているといい」

彼がそう呟いた途端、彼の周囲を風が渦巻く。

「なに……なんなの……?」

トモミは僕達の方へと戻ってくる。それを見て、安心したようにノエルは笑う。

「優しい人は傷付けたくない。離れていてほしい」

そう言うと、彼は目を瞑った。彼の周囲を吹きすさぶ風はさらに幕を厚くし、強烈な勢いを生む。

「この程度で僕は負けやしない。虚無の力を……甘く見ない方がいい」

彼の周囲にいくつもの穴が開く。そして、彼の姿をも取り込むと、大きな大爆発を起こした。

それが収まったとき、そこにあったのは巨大な影だった。

「な、馬鹿な……」

「一体何なのよ!」

「冗談じゃないね」

「これは……」

一言で表すなら……竜。

巨大な姿を持った影の背中には大翼が広がり、それが震える度に嵐が巻き起こる。

天上には暗雲が広がっていく。真っ黒な雲の中を雷が時々轟と鳴った。

「そんな……竜!?」

「竜は太古に絶滅したはずね。これはその形をまとい、姿を真似ているだけにすぎないね!」

竜は尾を振るう。その一撃は僕達を吹き飛ばす。

「うわああぁっ!」

「きゃああぁっ!」

大地を滑りながら僕達は跳ね飛ばされる。

「く……」

アリシアは立ち上がると、両手を高く掲げる。

「ユウタロウ、力を貸してっ!」

その手に光が集まり、七色の物体を構成していく。

「ムーティエン、ゲンチャ・ドルヲス、顕現!」

七色の光はやがて一本の剣を引き抜く。それはまさしく僕の心を武装した剣。

「やああああああっ!」

アリシアは思い切り剣を突き立てる。真っ黒な血を噴き出しながら大きく腕を振るう。それを受けてアリシアは思い切り叩き飛ばされる。

「あっ!」

「アリシア!」

僕はアリシアの元へ駆け寄ると、体を抱き起こす。アリシアは片腕を抑えながら起き上がる。

「腕が……」

「大丈夫!?」

左腕がぽっきりと折れ、あらぬ方向へとねじ曲がっていた。だが、彼女は舌打ちだけ打って立ち上がる。

「こんなんで負けてられない!」

かろうじて無事だった右腕で剣を持つと、再びアリシアは立ち上がる。

「ドルヲス・ナセッド!」

リオナも負けじと呪文を唱える。剣の舞踊は次々とノエルの皮膚を傷つけ、肉をえぐり取っていく。

「イェザコ!」

アリシアの右手に風が集まり、圧縮しながら密度を上げていく。

それは風の魔弾。嵐の力を込めた強力な一撃。

「いけええええええぇぇぇぇっ!」

剣を振り払うように弾丸を撃ち出す。風の弾丸はまっすぐに飛ぶと、ノエルの腕に当たって弾ける。表面が吹き飛んで、中の肉が露わとなる。

「まだまだぁっ!」

さらにアリシアは剣を携えて大きく飛ぶ。そして、そのままの勢いを殺さずに傷ついた腕へ攻撃を叩き込む。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」

竜は咆哮をあげる。だが、攻撃の手は休まらない。

「デンルス・ゾスケル」

リオナの手から雷が矢となって放たれる。それはむき出しになった肉を焦がし、食らうようにえぐり取る。

「ヌーム・アデセレン」

続いて月光の刃が襲いかかる。それは肉厚な腹の肉を削ぎ落とし、スライスしていく。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

ノエルの口から黒いどろどろとしたものが吐き出される。それはすべてを侵食する闇のブレス。腕に張り付いていたアリシアはバックステップで大きく下がった。

「ゲンチャ・ドルヲス! 真の名の元、その姿を表せ! 天日萬変の大牙!」

僕の心をもとに作られた剣には、ゲンチャ・ドルヲスというユジューの言葉での名前のほかに、人間の言葉の本当の名前がある。それこそが剣の力を最大限発揮するためのキー。本当の名前を呼ばれることによって、真の力が覚醒する。

七色の光を放ちながらムーティエンが輝く。外装がはがれ落ち、むき出しの姿が露わとなる。

属性は変化、性質は曲解。あらゆる事実をもねじ曲げるその剣の真の姿は、事実の改竄。一太刀振るう度に事実をねじ曲げ、この世に起きている現象・存在を変化させる能力。それは竜が太古において最強であり、あらゆる存在の上に立つ神的存在であるという事実をねじ曲げる。

一閃のもとにノエルの左腕が吹き飛ぶ。頑強なはずの竜麟すらも切り裂き、骨ごと左腕を叩き落とす。

「GIAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

絶叫が轟く。致命的すぎるほどのダメージ。強烈な攻撃は竜といえど多少では済まないダメージを与える。

「はぁ……はぁ……」

アリシアはムーティエンを構えて息をつく。効果は強力だが、扱うには多大な反動があるようだった。

「これでトドメぇッ!」

大きく一閃する。横真一文字に切り放たれた斬撃はノエルの胴体を叩き割る。

「!!!!!!!!!!!!!!!」

悲鳴さえも許さぬ一撃。それは深々と刻まれると、そのまま倒れ伏した。

「やった……の?」

アリシアは剣を杖代わりにしてなんとか立つ。僕は慌てて彼女の元へ駆け寄ると、その体を支えた。

「アリシア!」

「ありがとう」

僕達はゆっくりとノエルが倒れた場所へと近付く。そこには体を横たえた小さな少年がいるだけだった。

「ああ、僕の完敗だ」

ノエルは倒れたまま僕達を見上げるとそう言った。塔は一瞬で瓦解すると、軽い浮遊感を経て元の黒薔薇の庭園へと戻る。

「どうやらやったようね」

ふと、凛とした声が響く。僕達が振り返ると、上空から三人分の人影がやってきた。

「おつかれさま」

レルフィムとそれに掴まる東條さん、そしてもう一人はレルフィムを襲ったあの少女だった。

「そう構えなくてもいいわよ。もうこの子は何も悪さをしないわ」

レルフィムはその少女をかばうように前に出る。彼女の言葉を信じることにした僕は頷く。

「それはそうと、さっさとこの奇妙な夜を終わらせてしまいたいわ。さあ、この夜を終わらせる方法をさっさと吐きなさい」

レルフィムは倒れているノエルのそばにしゃがみこむと、足のつま先でつつく。だが、ノエルは薄い笑いを浮かべたままで答えない。

「あなたの負けよ。もう悪あがきしても無理だわ」

「……く、くくく……」

ノエルはふらふらとしながら上半身を起こすと、近くの木によりかかる。そして気味の悪い笑みを浮かべたまま、恐ろしいことを口にする。

「この夜を終わらせる方法? そんなもの、ありはしないよ」

「……え?」

思わず僕は尋ね返す。

「君がこの夜を起こしたなら、君が解除方法を知っているはずじゃ……」

「もう遅いよ。始まってしまった。もう止められないんだ。虚無の暴走は確実に起こり、今夜この街は消滅する。そしてそれが引き金となって破壊が始まるんだ」

「ちょっと! ふざけるのもいい加減にしなさい!」

「彼はふざけてなどいませんよ」

そのとき、ベアトリクスが体をふらふらさせながら現れる。

「あ、ぎ、議長!?」

「久しぶりに攻撃というものを受けました。受け慣れていないとやはり痛いものですね」

「あ、その、さっきは……えっと……」

だが、ベアトリクスはさきほどの攻撃など一切気にしていない様子でノエルの前に立つ。

「通常の方法でこの夜を止めることはできません。なぜなら虚無の力は一方通行の片道切符。一度発動させてしまったらもう止める術はありません」

「そんな! じゃあ私達はなんのために……」

しかし、ベアトリクスはぴんと指を立てる。

「ただ一つ、例外があります」

「例外……?」

「同等の力をぶつけて反作用で消失させるのです。これはノエルにしかできないこと。だから私達はノエルを完膚なきまでに屈服させる必要があったのです」

「……ふ、ふふふ、あはははははっ!」

それを聞いて突如ノエルが大きな声で笑い始める。

「やはりお前達は弱者を切り捨てるのが好きなんだね! それはつまり、僕が自分の存在すべてを賭けてこの夜を消滅させろっていう意味だよね!? あははははっ! どの道僕に生き残る術はないんだね! これは愉快だ!」

「黙りなさい」

ベアトリクスはノエルの側頭部に思い切り蹴りを入れる。彼は横っ飛びに吹き飛んで地面を転がっていく。

「あなたが起こした不祥事なのだから、あなたが責任を持って決することは当然の義務です」

「は、はははは! それは確かにそうだ! でも、相変わらずメセブリィは他人任せな方法ばかり取って愉快だな! はははははは!」

彼はひとしきり笑うと、突如真顔に戻って尋ねる。

「もし、嫌だと言ったら?」

「そのときは殺さず、生かさず、あなたが首を縦に振るまで嬲るだけです。幸いまだ時間はあります」

ベアトリクスは月を見上げてそう言う。

「ぎ、議長! また弱い者を犠牲にしようというのですか!」

「弱い者ではありません。この事態を引き起こした張本人の命によって事の収拾をつけるだけです。これは彼の責任であり、彼がしなければならない義務なのです」

「ですが、他にもっと方法があるはずです! そんな誰かの命を使う方法だなんて……」

間違っている。そう、そんな方法は間違っているのだ。

ノエルは死ぬべきユジューなんかではない。生きて、こんな恐ろしいことには目もくれず、彼なりの人生を全うするべきなのだ。人生には楽しい時間もたくさんある。こんなことで終わらせるだなんて間違っているのだ。

「そうね、気に食わないわ」

そのときレルフィムが言う。それに続くように皆も反対の意を唱える。

「絶対に間違っています! そんな……誰かを犠牲にするなんて……」

「ノエルにはもっと別の生き方があるね。こんな憎しみにまみれた生き方じゃない、もっと素晴らしい人生があるはずね」

「今は間違えてしまったけれども……でも、きっともっといい生き方があったはずだよ。そんな生き方を模索する時間がこの先彼に残されていないなんて……悲しすぎるよ」

「ならばどうやってこの夜を無事に終わらせるというのです?」

問題はそれだ。仮に何か方法があったとしても、全員激しく疲れている。どうしようというのだろうか。

「簡単よ。この夜ごと事象の地平線の向こう側……虚無の世界に送り返してしまえばいいのよ」

そのとき、レルフィムが答えを述べる。その言葉の意味はよくわからなかったが、何か方法があるということだけはわかった。

「それね! 虚無の力を虚無の世界に返すだけなら何も問題はないね」

「でも、うまくいくか……」

リオナが言葉を詰まらせる。何か不都合なことでもあるのだろうか。

「リオナ、今はつべこべ言ってる場合じゃないわ。たとえ確率が100パーセントじゃなくたってやるしかないのよ」

「ユイ、あなたのシグマでユウタロウ達を外に出してちょうだい。やり方は教えたわね。私達は残ってこれを片付けるわ」

「わかりました」

「僕達に手伝えることはないの……?」

アリシアは僕の手を握りしめる。

「そうね……せいぜいうまくいくように祈ってることくらいかしらね」

「……わかった」

僕はアリシアの手を握り返す。アリシアは笑って頷いた。

「じゃあね」

「うん、頑張ってね」

僕はアリシアの手を離す。だが、アリシアはまだ僕の手を握ったままだった。

「アリシア……?」

「目を瞑って」

彼女はそう言うと、僕の体を引き寄せて抱きしめ、口付けをする。

「!?」

僕は突然のことに驚きながらも、ゆっくりと目を瞑った。

「まったくお熱いことね」

「はわわわ……」

レルフィムは呆れ、ユイは両手で目を覆う。といっても、指はだだっ広がっているが。

「アリシアは節操ってものがないね」

「まったく酷いわね……」

リオナとトモミも呆れ顔を浮かべる。

長いようで短い接吻から解放される。アリシアの頬は赤く染まっていた。

「ほら! さっさと行きなさいよ!」

どんと僕の体は突き放される。だが、それは彼女なりの恥ずかしさを隠すためのものだろう。

「じゃ、じゃあ行きますよ……?」

ユイは指輪を高く掲げる。

「カリへ!」

青い光が指輪に集まっていく。それはやがて僕達の姿を包み込み、そして視界を黒で塗り潰した。

次回、最終話。長かったお話もついに終わります。

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