第一話
mixiにて連載していたものを再投稿したものとなっております。
第一話
『感情を失い、人形のようになってしまう奇病(心欠損活動消失症候群(ハートレスアパシーシンドローム(heartless apathy syndrome(通称HAS))))が大流行! WHOは謎の奇病の調査に乗り出すも、その原因解明には困難を極める!』
僕……坂下 ユウタロウは新聞の第一面だけに目を通し、そして新聞を放り投げる。
今世界中で最もホットな話題である。全世界規模で発生している謎の奇病HAS。発展途上国、先進国、東西南北、いやそれどころか世界中どの地域であっても関係なしに発生しているその奇病はもはや、世界中の紛争の進行すらも停滞させ、そしてどの地域であっても原因究明に向けて各種研究機関が全力で調査を行っていた。
今の時代、この病気の原因さえ解明できればノーベル賞を取ることができるとさえ言われているのだ。
「いよっ、今日も新聞か?」
知り合いのクラスメイトが声をかけてくる。今はもう、この教室に通う生徒の数も大分少なくなってしまった。
彼の名は瀬川 コウ。僕の友人であり、クラスメイトである。
「まあね。HASの脅威について読んでたんだけど、やっぱり酷いものだね」
「世界人口の1/10が減少だろ? まったく、とんでもないよな」
心欠損活動消失症候群ことハートレスアパシーシンドローム(heartless apathy syndrome)。それは文字通り心を失い、活動することもままならなくなり、最後にはそのまま衰弱して死亡してしまう奇病だ。世界規模で突如発生し、 WHOの調査によると世界人口の1/10を占めるほどの人間がこの病気にかかっており、1/100が死亡しているといわれている。このクラスでもつい先日、クラスメイトの一人がHASで死亡し、クラス単位で葬式に出かけてきたのだった。
「ウィルスらしいウィルスが見つからない。細菌でもない。そんでもって感染した人間の環境に共通点が見られない。本当に奇病としか言いようがないよな」
原因については諸説ある。新しいウィルスや、現代という環境がもたら公害病、その他宇宙からの侵略者や、某国のNBC兵器だとか、トンデモ説まで千差万別である。
「共通点といえば……発症した瞬間を誰も見たことない、ってことくらいかな」
「ある日ある時突然発症……でも、ホントに不思議だよな。……俺達もいつかそうなっちまうのかな?」
彼は不安そうに自身の未来を想像しているようだった。僕も不安ではないわけではない。ただ、なんとなく自分はそうならないような気がしていた。
自分はもともと無気力な人間だと思っている。だが、先月隣のクラスの甲子園出場間違いなしと言われた野球部生徒がHASを発症して自宅休養だと言う。おそらく、元からの気力の有無は関係ないのだろう。
「そういや、お前部活どうしてるんだ?」
「いや……行ってないよ」
部員の半数以上がHASになってしまったのをいいことに、僕は所属していた剣道部も幽霊部員となっている。もともとイメージから先行して入った部活動だ。武士のように華々しく敵を倒すことをイメージしていただけに、スポーツと化した実際の剣道を見てやる気がなえたのも確かな事実だった。
「カッコよくないんだもん」
「お前、殺陣とか出てくる映画好きだからな」
「なんだか剣道って、そういうイメージから離れているから……」
元々根性もない僕にそんなことができるわけがないのは自明の理であった。それでも、夢を見ていたかった。だが、その夢までもが打ち砕かれたわけである。
「よし、今日映画見に行こうぜ!」
「何の映画……?」
「そうだな……お前の好きなのでいいよ」
彼はよくこうやって映画に誘ってくれる。毎日を楽しく過ごすことも、HAS対策になるのかもしれない。
こうして毎日をなんとなく、けれども楽しく過ごしている僕達はHASを発症することもなかった。
「……ユウタロウ君、本持ってきてくれた?」
そのとき、一人の少女が声をかける。
栗色のツインテールを腰まで下した、大きな黒い瞳の少女。
彼女の名は神崎 トモミ。このクラスの図書委員である。時折こうして本の返却を催促してくる。
「ま、まだ読み終わってないんだ。もうちょっと待ってくれる?」
しばらくの間彼女は僕のことを見つめていたが、やがて小さくため息を吐いた。
「……貸出期間延長手続きしておくから、来週持ってきてね」
「う、うん。ごめん」
そう言って彼女は立ち去っていく。それにしても図書委員という仕事も大変なものだ。彼女はなんとクラス全員の図書の貸出期限を把握しているらしい。
僕は特に本をよく借り、そして読むのも遅いのでいつも彼女に文句を言われる。500ページから成るような小説を熟読するのはやっぱり大変だ。
「また彼女につつかれてんのか?」
「か、彼女じゃないよ! トモミとは幼馴染みなだけで……そんな、特別な関係じゃないよ!」
「面白そうな話してるね?」
そのとき、ひょっこりと燃えるような赤髪の少女が顔を出す。日本人には見えない風貌の彼女は、留学生のリオナ。よくトモミとくっついて歩いている。
「私抜きでトモミンの話題をするのはダメよ?」
彼女はトモミのことをトモミンと呼ぶ。それをトモミは特に何も言わない。それだけ二人は親しいということだろう。
だが、活発なリオナとおとなしいトモミが親しい理由が未だに僕は理解できない。もしかすると、お互いが持っていないものを補い合う関係なのかもしれない。
「リオナは関係ねーだろ?」
「ダメよ? トモミンと私は切っても切れない関係ね」
リオナはそう言って僕達の間に割り込んだ。
「さっき映画に行くって言ってたね。私とトモミンも誘うといいよ。そうすればもっと楽しいね」
「おいおい、俺はユウタロウを誘おうと思ったんだぞ? お前らを誘う義理も義務もねーよ」
「トモミンだって喜ぶね」
「アイツが映画なんか観て喜ぶのか?」
二人は相変わらずいがみ合うように戦っている。いつもの空気に慣れている僕はふいと横を向いた。
そのとき、一人の視線に気付く。それは当の神崎トモミのものだった。
彼女と一瞬目が合ったが、すぐに彼女の方からそらすとどこかへと行ってしまう。
自分の話題が話されていれば気になるのは当然かと思い、僕は机につっ伏す。相変わらず二人は言い争いを続けている。
僕はゆっくり目を閉じる。映画に行けても行けなくても、どうせ明日には変わらない毎日が待っているに違いない。
そのまま眠りの世界へと身を委ねる。そうしてしばらくしていたら、僕は本当に眠りに落ちてしまった。
「とても面白かったね!」
興奮した様子でリオナが話す。
僕達は学校帰り、そのまま映画館へと向かった。平日というだけあって、映画館はガラガラだった。
「トモミントモミン! あの武士が振り回す剣、凄く大きかったよ! とってもカッコよかったよ!」
「そうだね」
結局二人も映画に付いてきた。映画の間リオナはずっと興奮して何かを騒いでいたが、僕の耳にはその声は届かなかった。なぜなら、それほどまでに映画の世界へと引きずり込まれていたからだ。
巨大な斬馬刀を片手で振り回す主人公。そして、数メートルの槍を振り回す敵役の男。その二人の殺陣のなんと熱かったことか。僕は周りのことも忘れて見惚れていた。
周りのことといえば、コウ達は映画の間どうしていたのだろうか。僕はこういう映画は好きだし、コウはいつものことだが、彼女らはそうでもないだろうに。
リオナの様子を見れば、彼女が楽しんでいたということはわかるが、実際トモミは面白いと思ったのだろうか。
彼女の方を窺う。彼女は楽しそうに語るリオナの話をうんうんと頷きながら聞いていた。
「どうしたユウタロウ、彼女が気になるのか?」
コウが嫌らしい笑みを浮かべて僕の耳元で囁く。
「ば、馬鹿。気になってなんか……」
「さっきからトモミの方ばっか見てるじゃねーか。気になってんだろ?」
「う……今日、楽しんでくれたかなーって思ってさ……。僕みたいな殺陣マニアならまだしも、彼女みたいな普通の人は……」
「そうでもないみたいだぜ? なんだかんだいってギャグシーンで笑ってたし、最後の見事な殺陣のシーンではすっかりシーンに呑まれてたしな」
「そっか、それならよかった」
僕はほっとしたように息をつく。自分だけ楽しんでいても、皆が楽しめなければなんとなく嫌な気分になってしまう。
「ところで……なんでコウはそんなにトモミが楽しんでたって知ってるの?」
「それはだな、ははっ、もう何度も見た映画だから、それを見てどんな反応するのか見てたくてな。リオナなんか大はしゃぎだったぜ?」
ちょっと怪しい言い訳だったが、ユウタロウはそれ以上追及することもなく息をつく。
東の空には低く満月が上っている。まだ夜7時。この月が空の天辺へと昇るまでまだ何時間あるだろうか。
「それじゃあここで」
十字路に差しかかって僕達は立ちどまる。ここで僕はまっすぐ、コウは右、トモミとリオナな左に行かなければならない。
「また明日学校で」
「うん、またね」
「おう、じゃあな」
僕達四人はそこで別れる。ここから僕の家まであと五分。それまでゆっくりと映画の余韻に浸ることができる。
映画のワンシーンワンシーンを思い出す。もうすでに何回も見に行った映画だが、それでも見る度に感動し、体の芯が熱くなる。
よく飽きないなとコウにはいつも言われるが、何度見ても飽きないものは飽きないのだ。コウはむしろ人間観察の方が楽しみになっているようで、毎度毎度よく誘ってくれる。
公園にさしかかる。ぐるっと公園の周りを回るより、公園を横切った方が早いのだ。
いつもの駅の方からの帰り道。いつも通りならば、それは虫の声だけが聞こえるはずの公園であるはずだった。
だが、いつもとは違う雰囲気。なんだか空気が違う。それと、ほのかに胸糞が悪くなるような臭い。
「はっはっはっ!」
「あっ!? やっ!? ダメ!?」
それは、僕の記憶が正しければ強姦というヤツではないだろうか。少女のモノと思われる悲鳴。荒げる男の声。僕は背中に凍りついた棒を突っ込まれたような気がする。
額から冷や汗が流れ落ちる。ねばつくような脂汗が体中から噴き出す。
どうするべきか。このまま放っておくか、それともどうにかするべきか。
僕はふと地面を見た。そこには手頃な木の棒が落ちていた。
今日の映画を思い出す。映画の主人公は悪を許せないまっすぐな精神の持ち主だった。できることなら僕もそうなりたい。
僕は棒を拾い上げてみる。軽く振ると、それは空気を切る音がする。とても信頼できる力強さだった。
僕はそれを持って声の元へと走る。そこには幼い少女の服を脱がそうとする男と、半裸の少女がいた。まだ行為そのものには及んでいないようだった。間に合ったのである。
「お、おい! や、やめろぉ!」
「ひ!? お願いだから警察だけはやめてくださいお願いします!」
男はそう言うと、頭を抱えてどこかへと走り去っていく。ぽかんとしたまま僕と少女はその場に立ちつくす。
「え、え……?」
少女は茫然としたまま露出した体を隠すこともせずに僕を見つめる。その視線に気付き、僕は後ろを向く。
「だ、大丈夫だった?」
「……」
少女は黙ったままだった。後ろを向いているので表情は読めない。
「えっと、襲われてたみたいだからつい飛び込んじゃったけど……」
「……余計なお世話だよぉ」
まさかそんな言葉をかけられるとは思いもしなかった。僕は振り向いて少女に文句を言う。
「な、助けてあげたのになにさ!」
映画のシーンにも、襲われる女の人を主人公が助けるシーンがある。そのシーンで主人公はお礼を言われ、そのまま恋愛へまで発展するのだが……さすがにそこまでは期待していない。
だが、せめて礼くらい言うのが筋というものだろう。
「せっかくの……だったのにぃ」
「は……?」
僕は耳を疑った。見た目はまだ十歳かそこらの少女だ。そんな可愛らしい年代の少女の言葉とは思えないような言葉を彼女が言ったからだ。
「せっかくの晩ご飯を逃がしちゃってぇ……」
「晩……ご飯?」
「体だって“人間”と同じだから快感もこそばゆいのにぃ……あなたが台無しにしちゃったんだよぉ? あ、お兄ちゃんって言った方が嬉しいのかなぁ?」
黒髪黒眼の少女はそう言って舞うようにくるりと回る。その次の瞬間、彼女の服は元のようにしっかりと身に付けられていた。赤のアクセントが入った黒いドレス。黒薔薇のヘッドドレスが頭上に結ばれていた。
「もうこの際お兄ちゃんでもいいやぁ。美味しく食べられれば誰でもいいやぁ」
「た、食べるってどういうこと!?」
「人間の心は美味しいんだよぉ。喜びの記憶は甘くてぇ、怒りの記憶は辛くてぇ、哀しみの記憶はしょっぱいしぃ、楽しみの記憶は……こんなこと人間に語ってもわからないかなぁ」
少女はそう言うと、大きくため息をつく。そして、ギラギラと目を輝かせてゆらりと立ち上がる。
「な、何!? 君は何なの!?」
僕は棒を構える。こんな棒切れが何の役に立つというのだろうか。彼女の前にはそんな棒切れなど、言葉通りただの棒でしかない。
彼女を中心に闇が広がっていく。
「え、えい!」
僕は思い切り棒を投げつける。だが、それは彼女に当たる直前で砕け散り、粉々になってしまった。
「ひ、ひぃ!?」
「そんな攻撃は効かないんだよ?」
僕は彼女を中心に広がる闇から逃れようと走り出した。
「逃がしはしないわよぉ」
それは一つの迷宮を作り出した。僕は暗い迷宮に閉じ込められる。もうそこはさっきまでの公園ではない。冥い闇の迷路。心を閉じ込める真っ暗な世界。
「な、何なんだよ! このワケのわからない世界は!」
そこはさっきまでの街とは似ても似つかない、中世ヨーロッパのような街並み。石造りの家々が立ち並び、木の扉が重く閉ざされている。
僕はそんな街という名の迷宮を駆けめぐる。
「うふふふ、どこに逃げたのかしらぁ」
彼女は僕の姿を探そうと、街並みの中をゆっくりと闊歩する。
僕は木箱の影にうずくまる。ワケのわからなさに歯がガチガチと鳴り、体がガタガタと震える。
直感で僕はわかった。これはあの少女の作り出した彼女の世界なのだ。どこへ行こうとも、僕に逃げ場はない。
「見ぃつけたぁ!」
少女はついに僕の姿を見つけ出す。耳まで裂けたのではないかと思えるほどに口をニタリと開く。
「さ、最後に一つだけ教えて」
「なぁにぃ?」
「き、君は……な、なな何者なんだ?」
「うふふふ、教えてあげよっかなぁ~、どうしよっかなぁ~」
彼女は手品のタネでも明かすかのように楽しそうに思案する。
「私達はねぇ、ユジューっていうの。あなた達人間が住む世界の裏側に住んでてぇ、人間の感情を食べて生活してるのぉ。人間の感情っていうのはぁ、とっても美味しいんだよぉ。でも、私達はそれだけじゃ我慢できなくなったのぉ。それで、人間の感情を生み出す源の心を食べにはるばるやってきたのぉ」
「こ、心を食べに……? 心を食べられた人間は……!?」
彼の脳裏に一つの言葉が甦る。
「あはは、お兄ちゃんだってわかってるくせにぃ。私の世界の中にいるお兄ちゃんの心なんか一発で読めちゃうんだからぁ」
彼女の言わんとしてることは理解できる。それはつまり……。
「心欠損活動消失症候群……?」
「人間の世界で何て言うかは知らないけどぉ、お兄ちゃんの考えているのは正解だよぉ」
少女は快活に笑うとギラギラとした笑みを浮かべながら僕を見つめる。
「じゃあ、教えてあげたからぁ、食べていいぃ?」
「ひ、や、ダメ!? ダメに決まってるじゃないか! 僕なんてそんな、おお、美味しくないよ!?」
「嘘言ったってダメぇ。こうやって焦らせば焦らすほど心は感情は強まって美味しくなるんだからぁ」
長い黒髪を揺らしながら少女は迫る。僕は下がれるだけ下がろうとするが、既に壁が背中に当たっている。これ以上は下がることはできない。
『待ちなさぁい!』
そのとき、二人だけしかいないはずのその世界に声が響いた。
「ま、まさかティオナぁ!?」
「う、うわぁ!」
僕はその一瞬の隙をついて走り出した。少女の脇を駆け抜けて、街の路地裏へと飛び込んだ。
「あ、待ってぇ! 私の晩ご飯~!」
少女はゆっくりと歩いて僕の後を追いかける。僕はどこまでもどこまでも走って逃げ出した。
ようやく彼女の姿が見えなくなったところで座り込む。心臓は破裂しそうなほど脈打ち、息は絶え絶えだった。
『あなた人間だよね』
「だ、誰!?」
どこからともなく声が響く。それは先ほど少女に制止をかけた声だった。
『あなたそのままじゃ食べられるちゃうわよ!?』
「そ、そんなこと言われたって……!」
そのとき、背中に何か柔らかいものが触れる。
「う、うわぁ!?」
「そんなに驚くことないでしょ?」
そこには……先ほどの少女とは別の少女が立っていた。長い紺碧の髪。琥珀のような黄色い瞳。硬質なドレスパーツに彩られた甲冑のようなドレス。それは見たこともないような服装だった。
声を聞く限り、先ほど助けてくれた少女に違いないだろう。
「き、君は……?」
「私はアリシア。人間、力を貸しなさい」
「ち、力を貸すって……?」
「あなたの心をもらう」
僕は言葉を失った。この少女も僕の心が目当てなのだ。きっと、先ほどの少女とどちらが先に心を食べることができるか争っているに違いない。
「ひ、だ、ダメダメ! 僕なんか美味しくないって!」
「見ぃつけたぁ」
そのとき、背後から声がかかる。振り向くと、先ほどのギラギラとした少女がそこには立っていた。
「もう逃がさなぁい」
「人間! つべこべ言わずに心を!」
僕は走り出した。だが、その手をアリシアという少女に掴まれる。
「あなたここで死にたいの!?」
「き、君に心を差し出したって同じじゃないか! どうせ僕は廃人になるんだろ!? そんなん嫌だよ!」
こんなことなら、正義のヒーローを気取って女の子なんて助けるべきではなかった。いまさら後悔してももう遅い。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私はあなたを食べに来たんじゃないわ。このままでは私もあなたもあいつにやられてしまう! ムーティエンがなければサナリーカットを持つユジューカードには勝てないのよ!」
もはや言葉の意味がわからなかった。だが、もう迷っている暇はなかった。彼女の言う心もらうという言葉の意味はわからなかったが、廃人と化すよりか凄惨なことは死ぬことくらいしか思いつかなかった。
「わ、わかったよ! なんだかわからないけど、助かるなら僕の心を使ってよ!」
その瞬間、僕の中を何かが強く鼓動する。
僕は実感する。この強い鼓動の持ち主が心なのだと。
心が僕の中から抜き取られる。だが、それでもしっかりと体に繋がっていた。
「刃をまとえ! その姿を武器と為せ!」
僕の心を刃が武装していくのを感じる。幾多もの感情が僕の心の中へと流れ込んできた。
「ムーティエン、ゲンチャ・ドルヲス! 顕現!」
アリシアの手には一本の剣があった。それはまさしく僕の心。心を感情で武装した感情の武器。
「ムーティエン!? そんなんズルイわよぉ!」
少女の周りに幾重にも光が集まる。それは徐々に何か図形を描き出し、魔法陣のような模様を描き出す。
「シグマ……やっぱりそうくるのね!」
僕は木箱の影に隠れた。目の前で何か人外めいた戦いが始まろうとしていた。
少女の周りを回る光はやがて奇怪な文字を描き出す。それは高速で回転し、光の鞭となってアリシアへと迫る。アリシアはそれを手に持った剣で払う。
「うっ!」
剣が鞭にぶつかり合う度に僕の心が震えた。むき出しになっていないとはいえ、僕の心で攻撃を受けているのだ。離れているとはいっても、僕に影響がないわけがない。
「も、もう少し丁寧に……」
「まったく使いにくい人間ね!」
「え、僕のせい!?」
「打ちあう度にくねくね形が変わって……軟弱な心だわ!」
形が変化する剣を扱いにくそうに使いながら、アリシアは徐々に距離を詰める。
「やあぁッ!」
「きゃああぁぁぁッ!」
一気に距離を縮めたアリシアはそのまま剣を振り抜きながら少女を切る。瞬間、世界が崩れていく。
今まで真っ暗な闇を描いていた夜の街にヒビが入る。そして、そのままガラスが砕けるように消えていく。
次の瞬間、僕は元の世界に立っていた。
あの不思議な少女はもういない。不可思議な空間も存在しない。
「ふう……まさかこんなのをリトマスにするとは思わなかったわ」
「うわぁ!? ゆ、夢じゃなかったの!?」
僕のすぐ後ろに先ほどのアリシアという少女が立っていた。彼女の手には一振りの剣。七色に輝きながら形を変えるそれは地面に突き立てられている。
「な、何が何なの!? その剣は何!? というか君達は何者!?」
「……ふぅ……。説明するのも面倒だわ」
彼女は大きなため息をつくと、剣から手を離した。剣は七色の光に包まれながら光となって消えていった。
「私はユジューティオナのアリシア。ユジューっていう種族、あなた達で言えばヒトとか、サルとかそういうこと。で、ティオナってのは私達カードを討伐する者を指す言葉、わかる?」
「えっと、ユジューっていうのは僕達の世界の裏側に住んでいるんだよね?」
「そうよ。表裏一体をなす世界に私達ユジューは住んでいる」
「それが……こっちの世界に出てきたのは……」
「私達の同胞の中に、人間の感情だけでは飽き足らず、その源泉である心まで食おうとした愚か者がいたからよ。それがユジューカード」
「この剣は……?」
「ああもういちいち説明させないでよ! これはムーティエン。あなたの心を核に、百人分の感情を鋳造して創った武器よ。あなたの場合はたまたま剣になったけど、核となる心によって形は変化するわ。鞭、斧、槍なんていう直接攻撃系の武器から弓、銃、スリングショットなんて飛び道具、それから魔導書までその姿はまさに千差万別よ」
そこまで一気に喋って少女はふらつく。僕は慌てて彼女の体を支えた。
「人間の体には慣れてないから……やっぱり無茶し過ぎた……かな……」
「え、ちょっと!? 大丈夫!?」
そのまま彼女は僕の腕に抱かれたまま動かなくなってしまった。
「ねえ、ちょっと! 起きてよ!」
彼女の息は荒い。本当に彼女は何か無茶をしたようだった。このまま放っておくわけにもいかないだろう。
僕は彼女の体を抱え上げると、ひとまず自宅まで運ぶことにした。
昔あらすじなどもほとんど考えずにぶっつけで書いた小説なので非常に荒いです。
展開などもめちゃくちゃな部分がありますが、そこは目を瞑っていただけると助かります。