第十八話
まもなく最終話です。一日で上げてきたけど、コピペとはいえ一々読んでいると結構疲れますね。
第十八話
僕達は自宅へと戻る。ノエルの話を皆に伝えるためだ。
「あ、ユウタロウ。どこに行ってたの?」
帰って一番にレルフィムになじられる。
「いきなりいなくなっちゃんで、心配しましたよ?」
次に東條さんにも心配される。
「せめて一言言ってほしかったな……」
そしてトモミに怒られる。
「ごめんごめん。でも、皆に重要な話があるんだ」
「重要な話ってなんだ?」
コウが尋ね返す。彼がいては少し都合が悪い。
「アリシア」
「ええ」
アリシアは駿足でコウの後ろへと回りこむと、延髄の辺りに一撃を叩き込む。
ぱたりと糸が切れたように倒れるコウ。なんだか今日は気絶させてばかりのような気がするが、気にしないことにする。
「彼を眠らせるということは、“私達”の話ですね」
紅茶を少し口に含んでからベアトリクスが言う。僕は頷いた。
「ノエルがこれから本格的に攻撃をしてくるらしい。今までのはただの威嚇だって……」
「ふーん、威嚇ね。そんなの関係ないわ。もう負けてあげる気はないからね」
レルフィムは立ち上がって勇ましく言う。
「そうと決まれば特訓ね。ユイ、あなたの力を確かなものにしなければならないわ。私は人間を信じることにしたから。だから、人間の力にあえて頼らせてもらうわ。行きましょう」
「は、はい!」
ユイは力強く頷くと、立ち上がって部屋を出ていく。
「頼もしいですね。ユジューの中には人間の力を軽視する者がたくさんいます。彼女のように人間と手を取り合える者がたくさんいてほしいと私は願っています」
僕はアリシアを見た。僕はアリシアのことを信じている。アリシアも僕のことを信じてくれている。僕達もお互いを信じ、手を取り合うリトマスとティオナだ。それはトモミ達も同じはずだ。
「ベアトリクスは……人間の力を信じているんですか……?」
「そうですね……人間はあなたのように時として私達にも予想できない力を発揮します。だからこそ、私達は人間の心の虜となり、そして人間達に頼って生きているのです。私はそんな人間の力を……奇跡の力を信じます」
その言葉を聞いて安心する。この先、ユジュー達は人間と手を取り合う未来を選んでくれる。だから……またノエルのような悲しいユジューを生み出してしまうことはないだろう。
「いつつ……」
そのとき、コウが後頭部を押さえながら起き上がる。
「なんか頭痛いな……何があったんだ……?」
「あ、コウおはよう」
「あれ……レルフィムちゃんとユイちゃんは?」
「なんか用事あるって言って帰ったよ」
「ふーん」
コウはつまらなそうな表情を浮かべる。
「それなら俺も帰るわ」
「わかった」
僕はコウを見送りに彼の後をついて玄関まで出向く。
「なぁ。一つ尋ねたいんだけどよ」
「何?」
「“仲間外れ”ってどう思うよ?」
「え……?」
一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。
僕はもう一度、彼に尋ね直す。
「もう一回、言ってもらえる?」
「仲間外れだよ。お前ら、俺の知らないところでどんどん友達作りまくって、なんだか置いていかれてるような気がしてよ」
「それは……レルフィム達のこと?」
「まるでトモミやリオナは元から知ってるみたいに驚かねえじゃねぇか。あれは気のせいなのか?」
僕は一瞬答えに詰まる。なんと答えればいいかわからなかった。
「そんな……そんなつもりはないよ! トモミはそういうところあるじゃん! 動じないっていうか、あまり気にしないっていうかさ!」
コウはそれを聞いて黙っていたが、特に表情も変えずに背を向ける。
「そうか。ならいいんだけどよ」
靴を履いてドアに手をかける。
「俺はお前のこと、仲間だと思っているからな」
そう言い残すと、僕が何か言葉を発する暇さえなしに彼は出ていってしまった。
けれども僕は彼の後を追うこともできず、ただその場所に立ちつくしていた。
空には高く満月が上っていた。
星々は薄い光を街に投げかけ、今宵を無事に終えることができるか不安げに輝いていた。
高いビルが林立する摩天楼。その頂上に一人の少年と一人の少女が並んで街を見下ろす。
「準備はいいかい?」
少年は傍らに立つ少女に確認するように尋ねる。
「仰せの通りに。私はどこまでもあなたの後についていきます」
黒い少年はくすりと笑うと、何事かを呟き始める。
――街を風が吹き抜ける。
黒い風は徐々に光を蝕み、闇へと塗り潰していく。
夜の街から明かりが消えていく。しかし、それを疑問に思う人は一人もいない。
「エルフィド」
小さな声で彼は呟く。そのとき、街全体にうっすらと光の線が浮かび上がる。
何十、何百、何千と引かれたその線は街を一つの魔法陣の中へと取り込んでいく。
「ンイシフ ムヨウニシ」
月の光は暗雲に閉ざされる。町全体を闇のように濃い霧が覆い尽くした。
それは暗闇の雲。あらゆる命を奪い、全てを無に帰す泥の大海。
「バムシミレガケ ウキクラツセ」
動いていたものは全てが動きを止める。まるで深海へと沈むように、月へと伸びていたビルが沈んでいく。
大地は腐った海と化し、全てを飲み込んでもその無限大の空腹を満たすことはない。
「ハチオニチテ ムテハトスキベ」
空が落ちてくる。まるで一つの塊へと変化するようにぐるぐると渦を巻いて蒐められる。
「トンコヨン ニコデイヨイコ」
生み出されるは混沌。光も闇もない、無秩序な一つの塊。
ケイオスの支配する天地開闢そのもの。
「スユツマトエ ベキチミ」
導かれる先は終焉。全ての終わりであり、そして始まりでもある究極的存在。
「ムキョシグマ ナヴィシィ」
虚無のシグマ、ナヴィシィ。
それは世界を原初の混沌へと帰すシグマ。
ありとあらゆる存在をひとまとめにし、そして事象の地平線へと放り込んで消滅させる。
無から生み出される力の反作用で生み出される、有を無へと変える力。それはありとあらゆる存在を虚無へと変える。
全ては無の島に浮かぶ一つの夜。
彼のエルフィドによって作り出された孤島と、その上に置かれた夜の街。
天上に浮かぶは黒い月。人の見ることのかなわない、新月。
「ふふ、これが満ちたとき、すべては終わる」
「なるほどなるほど、これが虚無なのね」
そのとき、彼の後ろから声が響く。黒い少年は驚くと同時に、笑みを浮かべた。
「こんなに早くに仕掛けてくるとは思わなかったけど、ちゃんと準備しといてよかったわ」
彼らの前に姿を現すは、背に黒翼を抱く背徳の悪魔。
彼女は楽しそうな笑みを浮かべながら彼らの前に舞い降りる。
「やはり、そう一筋縄ではいかないみたいだね」
少年も微笑みを浮かべながら少女を迎え入れる。
「街を丸呑みとはやってくれるじゃない」
「僕がリトマスの力を借りたところでこの程度。世界を滅ぼすなんてとんでもない」
「そうね。確かにあなたの力だけでは世界を滅ぼすなんて大それたことはできないわ。けれども、世界の消失はその世界に大きな影響を与える。消滅した部分へと残った世界が一気に流れ込み、その爆発的衝撃は消失した範囲以上の世界を消失させる。結果として、世界が持つエネルギーで自ら消えてしまう。それがあなたの狙いでしょう?」
しばらくの間少年は黙っていたが、やがて大きな声で笑い始める。
「ふ、ふふ……ふふふ……あっはっはっは! その通りさ。世界一つが消えれば、周りの世界も消えた領域へ流れ込む。それの繰り返しで連鎖的に消失は起こり、そして全ては無に帰るんだ!」
黒い少年は大きな声で笑う。まるで喜劇でも見て楽しむように、少年は笑う。
それにつられるように、少女の顔にも笑みが浮かび上がる。
「うふふ、素敵な話ね。何もかも消えてなくなってしまう。幼き頃の私ならば喜んで力を貸したでしょうし、その結果を受け入れるでしょうね」
「さあ、君も歌うといい。全てを無に帰す、虚無の調べを!」
少女はしばらくの間笑っていたが、やがて一振りの剣を抜き放つ。
「まさか。それは幼き頃の私。今と昔は違うのよ」
「君にどんなことができるっていうんだい?」
少年はまるで羽虫でも眺めるかのように少女を見下す。だが、少女は依然笑みを崩さず、その剣を大地へと突き刺した。
「あなたの虚無も所詮はシグマ。どんなに強大なものであっても、私達の力の法則に則った力であることには変わらないわ」
そこで彼女は指をぴんと立てる。
「じゃあ、法則を無視した力がそこに介入したらどうなるかしら?」
「そんな力が行使できるっていうのかい!? やれるもんならやってみるがいい!」
その問いに答える声はない。少年は勝利を確信し、そして両腕を広げる。
「さあ、後は世界が消えていく様を見守るだけだ。もはや虚無は止まらない。どんな手段によっても世界の消失を止めることは叶わない!」
まるで虚無を受け止めるかのように、少年は大きく腕を広げる。
月は徐々に満ちていく。それはすぐに三日月を迎え、やがて半月となる。
……しかし、そのとき変化が起きる。
ガラスの窓に強い力を与えたかのように、月に亀裂が走る。
「な、何が起きて……!?」
瞬間、世界は崩れ落ちる。
「うふふ、あなたは私の世界をも取り込んだ。ならば、この世界の主導権を握る権利は私にもあるはずよ」
黒い孤島を徐々に黒薔薇が覆いつくしていく。月は赤く濡れ、茨によってがんじがらめに縛られる。
「これは……」
それは黒い薔薇庭園。庭師を失った、かつては美しかった花園。今では闇に食い荒らされ、荒れ放題になってしまった。
「僕のエルフィドに自分のエルフィドを重ねるとはね……」
そこにレルフィムの姿はなかった。だが、ノエルはそんなことを気にすることはなかった。
少年は額に冷や汗を浮かべながらも、うっすらと笑みを浮かべる。
「月は縛られても、徐々に満ちていく。それを完全に止めることはできない。月が満ちたとき、それが僕の勝利だよ」
少年の足に一本の茨が絡み付く。だが、彼は自らの体が傷付くのも省みずに乱暴に引き抜く。
「さあ……本当の戦いの始まりだ!」
「ちょ、ちょっと! これは一体なんなのよ!」
アリシアはユウタロウと一緒に部屋の窓から外を眺める。
空には血のように赤い半月が輝き、大地は一面黒い薔薇の蔦にて覆われている。
「これって、レルフィムのエルフィドだよね」
「まさか……アレを実行したっていうの!?」
レルフィムが仕掛けていた街全域をも覆う、百重結界“シクスエルフィド”。何重にも重ねることによって効果は高まるものの、世界への影響力が大きくなるため、安易に用いるべきではないと封印された禁咒のシグマである。
「シクスエルフィド……一体彼女はどういうつもりで……?」
ベアトリクスも額に皺を寄せながら窓の外を眺める。蠢く蔦は命ある者を狙って自らの養分にしようと、そこらを這い回っている。
「急いでとっ捕まえて事情を聞き出さないと気が済まないわ!」
「でも、これじゃあ外に出られない……」
トモミはドアを力いっぱい押す。しかしドアにはがっしりと蔦が絡まり、微動だにできなかった。
「そんなの問題じゃないわ」
アリシアは目を瞑り、小さな声でシグマを唱える。
無色の魔法陣が浮かび上がり、それは風の力を生み出す。
「やあああああっ!」
彼女は思い切り拳を振る。それは風の力を伴って、窓枠ごと蔦を吹き飛ばす。
「うわああ! ちょ、アリシア!?」
「こうでもしなきゃ出られないわよ。さ、行きましょ」
アリシアはユウタロウの手を掴む。そして、窓枠に足をかけると空へと飛び出した。
「う、うわ!? お、落ちる落ちる!」
「私の手を繋いでいる限り落ちないわ。もう少し落ち着きなさい」
その後をトモミを伴ったリオナ、そしてベアトリクスが続く。
「あのカラスはどこかしら」
「少し待つね」
リオナはフィニテイン・モグリレイを開くと、シグマを読み上げる。
「ミエクスネ・ドロン」
奏でられるは回旋曲。舞うように流れる調べは辺りの状況をくまなく察知し、術者へと知らせてくれる。
「こっちね」
リオナが先陣を切って飛ぶ。その後をアリシア達はついて飛んでいく。やがて駅前のビル街が見えてくる。
ビルはびっしりと蔦に覆われて見る影もない。街も廃墟となっており、生きている者は誰もいない。
「街にいた人達はどうなっちゃったの……?」
ユウタロウは恐る恐るアリシアに尋ねた。
「ここはあいつが元の世界を半分取り込んで作った疑似世界。ここにあるべき人間達は残りの半分の世界で元気にやっているはずよ。で、私達はあいつに呼ばれてこの世界にいるってこと」
リオナはビルの群れの中をまっすぐに飛ぶ。やがて、一際高い摩天楼が見えてくる。
「これが中心のようね」
ちょうど街の中心に位置する巨大な高層建築。見上げるほどの高さのソレからは真っ黒な薔薇が何百何千と咲き乱れ、まるで縦に続く花畑のようだった。
リオナはビルの窓を覆う薔薇を炎で焼くと、ガラスの窓を突き破って中に入る。
「遅かったわね」
ビルの中は暗闇に包まれている。その奥から聞き覚えのある声が響いてくる。
「あんたちょっと一体どういうつもり? 確かに私はあなたを信じることにしたわ。だからあんたがこうやってエルフィドをいくつも設置するのをただ見ているだけだった。だけど、なんでそれを今発動させたの? この力がとてつもなく危険なものだって、あなたにだってわかっているでしょ!?」
しばらくの間レルフィムは黙っていたが、やがて彼女は大きなため息をついた。
「あら、私は守ったのよ。この街を崩壊させるお馬鹿さんからね」
「ちょっと! ふざけるのも大概にしなさい!」
「ふざけてなんかいないわ。あのお馬鹿さんが虚無を発動させたから、それを妨害してやったわ。こうでもしないと今ごろバーンよ」
「バーンって何よ」
「さあね。それはわからないけれども、ともかく危険なものね」
レルフィムは一人で闇の中から現れる。
「今、この世界には私達とノエル、それとその部下の銃使いがいるわ。このまま放っておけば月が満ちてあいつの虚無が発動してお終い。逆に私達が勝てば何も起こらずハッピーエンドね」
「ふーん、なるほどね」
アリシアは手にゲンチャ・ドルヲスを構える。
「要するに勝てってことね。簡単な話じゃない」
「そういうこと」
レルフィムは手近なところにある椅子を引っ張ってくると、腰かける。
「じゃ、頑張ってね」
「はぁ!? あんた何様のつもり!?」
戦う気力を見せず、あくびをしながら伸びをするレルフィムにアリシアは文句を言う。
「まったくヘビは馬鹿なのね。このエルフィドが消滅したら誰があいつのエルフィドを止めるのよ。つまり、私達の敗北条件は私が敗れること。その私が戦うわけないじゃない」
「そ、そりゃそうだけど……なんかムカつくわね……」
アリシアはぷぅと頬を膨らませる。
「し、仕方ないよ。レルフィムの言う通り、僕らだけで頑張ろう」
「ユウタロウがそう言うなら……」
「ふふ、素直な子は好きよ」
レルフィムはユウタロウの首に手を回し、顔を近付ける。
「あーバカバカ! 私のユウタロウにくっつくな!」
「何よ、あなたのっていつ決まったの?」
「決まってるものは決まってるの! はーなーれーなーさーいー!」
アリシアはレルフィムをユウタロウから引き離す。
「まったく、嫉妬狂いは見苦しいわよ」
「人の恋人に手を出す方がよっぽど見苦しいわよ!」
アリシアとレルフィムは激しくにらみ合う。
「まったく、二人ともバカね」
「それには同意」
トモミとリオナがぼそりと呟く。
「ま、まあそれくらいにしてさ。そろそろ行った方がいいんじゃない?」
「く……それもそうね。行きましょ、ユウタロウ」
アリシアはユウタロウの手を引いて窓辺へと向かう。
「私は一人でいいわ。どうせここは私の世界。逃げるのは簡単よ」
「言われなくてもそうするわよ!」
アリシアはトモミとリオナ、ベアトリクスを連れて窓から飛び出していく。そんな仲間達をレルフィムはため息をつきながら見送る。
「さて……それで隠れているつもりかしら?」
音もなく、机の影からゆらりと少女の輪郭が浮かび上がる。
「……」
「ようやく思い出したわ。もう何年も前のことですっかり忘れていたけどね」
彼女の言葉は嘘だった。忘れるはずもない。もう、何年もかけて探し続けてきた。ただ、あまりにも彼女の姿が変わりすぎて、気付かなかっただけだ。
無言の少女は両手に銃を構えると、そのまま大きく飛翔する。
レルフィムもソルバブ・ドルヲスを抜くと大きく飛んだ。
二人は空中で激しくぶつかり合う。
「クラウディ……なんて懐かしい響き。私がまだ向こうにいた頃の唯一のお友達。本当に……本当に久しぶりね」
「……」
クラウディアは表情をぴくりとも変えず、銃を払って後退する。
「ずいぶん荒っぽい挨拶ね。私とあなたの仲じゃない。もう少し再会を喜んでもいいんじゃないの?」
「……知らない」
彼女は銃を両手に構えると、遠慮なくトリガーを引いた。
銃口から風の魔弾が撃ち出される。それをレルフィムは横に飛びながらかわす。
「つれないわねぇ。昔はよく一緒に遊んだでしょ?」
「知らない、知らない知らない知らない知らないッ!」
少女の周囲を無色の円が取り囲む。
「セラク!」
それは俊足のシグマ。自身の動きの速度を大幅に引き上げ、高速で攻撃を仕掛けることができる。
加速するクラウディア。後には残像だけが残り、レルフィムを惑わせる。
「よくケンカもしたわ。どっちが火に近い場所に座るか。どっちが綺麗なリボンで頭を飾るか。ほんと下らないことばかりね。でも、それはそれで楽しかったわ」
無表情だったクラウディアの表情に激情が浮かび上がる。
その怒りを吐き出すがごとく、銃による直接打撃がレルフィムの体へ襲いかかる。
レルフィムはその攻撃をただ受け続ける。体が狭いビルの中を跳ね周り、綺麗な肌が傷付いていく。
「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らないッ!」
彼女は叫んだ。私は知らない、何も知らないと。
「嘘。あなたは覚えている。私とあなたの間にあった思い出を……」
だが、レルフィムは彼女に追い打ちするかのように過去の記憶を紡ぎ出していく。
聞けば聞くほどに少女は吠え、そして猛った。
「あ、ああ! やめ……やめろ……ッ!」
「でも、別れは唐突だったわ。あなたは私の前からいなくなった。ただ、それだけよ」
「あ、あああああああああああああああああああああッ!」
それが彼女の限界だった。
彼女は両手で銃を構えると、精一杯の力を込めて引き金を引いた。
生み出されるは暴風。コンクリートで作ったビルでさえたやすく吹き飛ばすほどの威力を秘めた嵐。それを二つの銃口から同時に解き放つ。
――摩天楼が爆ぜる。
その大嵐は中心を通る支柱にまで届き、無残にも二つに叩き折る。
そびえ立つ塔は見るも無残に崩れていく。
後に残ったのは大量のガレキの山と、静かに主の行方を見守る薔薇園だけだった。
次回、レルフィムの意外な過去のお話となります。