第十六話
なんだか新しい登場人物が出てきて、お話も不穏な方向へ・・・。
第十六話
昨日の晩、夜寝る前に見た彼女の目が忘れられない。
まるで何か下卑たものを見るような眼つき。あれは軽蔑の視線だ。
今日も彼女は怒っているのだろうか。
午前6時。
朝起きて、一番に確認したのは彼女の気配だ。だが、僕の部屋には彼女はいないようだ。
僕はベッドがから起き上がると、布団を整えて着替えを済ませた。
ドアをゆっくりと開け、外の気配を伺ってみる。どうやら誰もいないようだ。
そのまま僕は階下の居間へと向かう。その途中でも特に誰かに会うこともなく到着した。
「アリシア、いる?」
僕はゆっくりと居間へのドアを開いて声をかけてみる。
「いるわよ」
僕が部屋の中に入るのとほぼ同時に声が返ってきた。僕は恐る恐る声をかけてみる。
「怒ってない……?」
「何が?」
「昨日のこと……」
僕が彼女に尋ねてからいくらかの時間が経つ。しばらくしてから答えが返ってきた。
「そうねぇ……怒ってるかしら」
僕は目を瞑って身を縮こませる。やはり彼女は怒っているようだ。
「そんなに怯えなくていいわよ」
彼女がすっと僕の前に立ち、肩に手をかける。そして優しい口調で僕に言った。
「嘘よ。もう怒ってないわ」
僕はゆっくりと目を開く。目の前には穏やかな笑顔を浮かべる彼女が立っていた。
アリシアは僕の首に手を回すと、体重を預けてくる。
「その代わり、今日はちゃんと埋め合わせしてくれるのよね?」
「うん! もちろんだよ!」
彼女はにっこりと笑った。そして、軽い触れるようなキスをする。
「朝ご飯にしましょうか」
「そ、そうだね……」
僕はぽーっとした頭のままキッチンへと向かった。
朝ご飯の準備が済んだ頃、他の住人たちが続々と現れてくる。
「おはよう」
「おふぁようございます……」
レルフィムはしゃっきりとした目で、ベアトリクスは眠そうに目をこすりながら席についた。
朝食はフレンチトーストとサラダ、そしてコーヒーである。
ベアトリクスは湯気の立ち上るホットコーヒーをずずずとすする。
「砂糖五つとミルクもらえますか……?」
「い、五つ……?」
僕は彼女にコーヒーシュガー五本を手渡す。それを遠慮することもなくぶちまけ、ミルクを混ぜてスプーンでかき混ぜてからすする。
「ほぁ~……至福の時ですねぇ……」
「議長は大の甘党なのよ」
アリシアが耳元でぼそりと呟くように言った。こんなに砂糖をとったら糖尿病まっしぐらである。
「今日はどうしようかしら」
レルフィムがフレンチトーストをかじりながら言った。
「ユウタロウとまた一緒にでかけたいわ」
「ダメ! ユウタロウは私と出かけるんだから!」
一匹のキングコブラと一羽のカラスがにらみ合う。昨日の勝負はキングコブラの勝利だったが、今日の勝負はどちらに軍配があがるだろうか。
「二人とも、朝ご飯の時くらい落ち着いて食べられないのですか?」
ベアトリクスがサラダにドレッシングをかけながら言った。二人は一時休戦し、それぞれの食事に戻る。
「ねえユウタロウ? 今日はどこ行こっか?」
レルフィムがニコニコとした笑顔で話し掛けてくる。
「あ、えっと……」
そのとき、お尻をアリシアにつねられる。
「いたた……きょ、今日はいいかな? あ、アリシアが一緒に出かけたがってるし……」
「あら、そう。残念だわぁ」
そう言いながら彼女は背中に羽を生やす。そして、その一本を僕の方に飛ばした。
剣は僕の顔の横数センチのところを通り抜けて後ろの壁に突き刺さる。
「私、やることがなくてもっと羽を飛ばしてしまいそうだわ」
「あ、あはは……そういうことは別の場所でやってもらえると嬉しいかな……?」
「こんなところで毛繕いなんて、カラスって生き物はずいぶんと節操のない生き物なのね」
「あら、こんなところで狩りをするキングコブラも節操がないと思うわよ?」
狩りの獲物は当然ながら僕のことを指しているのだろう。
「二人とも少しは静かにしましょう。私の朝食を邪魔する者は何人たりとも許しませんよ?」
ベアトリクスはそう言いながらコーヒーだった液体をすする。
二人はそこで一度言葉を切る。そしてそれぞれの朝食に戻った。
しかし、またしばらくしてこっそりとレルフィムが話し掛けてくる。
「ユウタロウはどこか行きたい場所ないの?」
「え、えっと……その……」
その会話を目ざとく聞き付けたアリシアはムーティエンを取り出し、僕達の間に突き出した。
「ユウタロウは今日、私と出かけるって決めたんだから。邪魔しないで」
「何よ。ユウタロウは昨日私と出かけてあんなにも楽しそうに笑ってたのよ? ユウタロウは今日も私と出かけたいわよね?」
「それはあんたが無理やり連れ回したから仕方なく笑ってただけなのよ」
「それはどうかしら? ねえ、ユウタロウは昨日は楽しかったわよね?」
「あなた達、いい加減にしなさーいッ!」
七つの光の珠が現れ、テーブル上をびゅんびゅんと飛び回る。
アリシアとレルフィムは光の珠の直撃を食らって席からふっ飛んでいった。
なんとか朝食を終えた僕はまたしても誰が僕を連れて出かけるか、という戦争に巻き込まれていた。
「今日は私と一緒に行くの!」
「ユウタロウは私と一緒に行きたいわよね?」
「いや……その……」
ソファに座る僕の右腕をがっしりとアリシアが抱きしめ、左腕はレルフィムに甘噛みされている。二人の美少女に挟まれていることは嬉しいが、少々暑い。
「そもそも、ユウタロウは私のリトマスなの! 今はあんたのリトマスでもなんでもないんだから、あんたがここにいること自体がおかしいじゃない!」
「もともと私のリトマスよ。それに、一緒にいる代わりに人間を襲わないって約束だもの」
「その前は私のリトマスよ! 別に人間を襲ってもいいわよ? 今ならベアトリクス議長が直々に討伐に出てくるけどね」
そのとき、誰かに後ろから首に手を回される。
「一番最初に目を付けてたのは私なのに……皆酷いよ」
「と、トモミ!?」
「こんにちは、ユウタロウ君」
後ろを振り返るとそこにはトモミが立っていた。
「な、なんでここに!?」
「新しく仲間が増えたんだよね? どんな人かなって思って見に来ちゃった」
確かに昨晩彼女にメールを送ったが、まさか来るとは思ってもいなかった。
「議長が来るなんて何事ね。ノエルってカードはそれほどまでに大物なのね?」
トモミがいるということは、やはりリオナも一緒に来ているようだ。
「で、そのベアトリクスさんはどこにいるの?」
「さっきまであそこでコーヒー飲んでたみたいだけど……」
「議長ならきっと今ごろお休みになられてると思うわ」
「え、コーヒー飲んだのに!?」
「あの人の眠気がそんなもので抑えられると思ってるのかしら」
なぜかアリシアが誇らしそうに言う。
「いや、まあそういう人もいるだろうけどさ……」
「なんだ、せっかく来たのに会えないのね。ちょっと残念」
「議長は居眠り議長の名がつくほど寝るのが好きね」
「まあ、しばらく待っていれば起きてくるよね」
そう言って、トモミとリオナは僕達の向かい側のソファに腰を下す。
「え、それはここに居座るってこと?」
「迷惑だったかな……?」
僕は別に構わないが、出かけようと思っている二人はどうなんだろうか。少しも拘束を緩めないアリシアに尋ねてみる。
「いいんじゃないかしら。私達は出かけて彼女はここに置いていけばいいと思うわ」
「いや、さすがにそれはまずいんじゃないかな……」
と、そこで突然来客を知らせるチャイムが鳴り響く。
「あ、誰か来たみたい。ちょっと二人とも離してくれるかな」
ようやくがっちりとした拘束から解放された僕は玄関へと向かう。
「こんにちは、坂下君」
そこに立っていたのは東條さんだった。
今まで見慣れていたパジャマ姿ではなく、夏らしい薄いブラウスとふわりとしたスカートに身を包んでいた。
「東條さん? もう体はいいの?」
「はい、すっかりよくなりました」
彼女はにっこりと笑う。
「ちょっとレルフィムさんとお話がしたいと思いまして、押しかけてきちゃいました。迷惑だったですか……?」
「いや、迷惑じゃないけど……ともかく上がってよ」
「はい、お邪魔します」
僕は彼女を家に上げる。
「東條さん?」
「神崎さんもいらっしゃったのですか?」
東條さんはトモミの隣に腰を下す。
「ほら、あんたのリトマスが来たわよ。あっち行きなさい」
「嫌よ。私はユウタロウと一緒にいるんだから」
再びソファに戻るとやはりがっちりとホールドされる。僕は諦めの気持ちを込めてため息をつく。
もはや誰が来ても二人は動じないのだろう。こうなったら誰でも来いと、僕はヤケクソにも似た思いを抱く。
「あの、レルフィムさん!」
「なぁに? 私、ちょっと忙しいんだけど?」
僕の左腕を話してレルフィムが東條さんの方を向く。
「あの、その……私、レルフィムさんとお話がしたいと思いまして……」
「何?」
「えーっと……た、戦いのこととかいろいろ聞きたいんです。昨日とか、何もないのに胸がドキドキすることがあったんです。それって、やっぱりレルフィムさんと関係があったりするんですか……?」
「ああ、昨日ね。ちょっとムーティエンを使って戦ったからじゃないかしら」
レルフィムは僕の腕から手を離し、ムーティエンを取り出す。
ソルバブ・ドルヲス。東條さんの心を元に作り出した心の剣である。
レルフィムは朝食の時に飛ばした剣を壁から引き抜くと、それでソルバブ・ドルヲスを軽く打った。
「ほら、あなたも感じるでしょう?」
「なんだか、胸が熱いです……」
「ムーティエンは心を感情で武装した武器。だから、ムーティエンが受けた衝撃はリトマスの心に少なからず影響を与えるのよ」
レルフィムは剣を羽に戻し、ムーティエンを収めた。
「そういえば、なんで壁に剣が刺さってたの?」
トモミが至極当然な質問をする。
「ちょっと朝ご飯のときに一騒動あってね……」
「そうなところだろうと思ったね」
レルフィムは戻ってきて、僕の横に座った。
「他に質問は?」
「眠っていたときに夢を見ていました。レルフィムさんが戦っている夢です。やっぱり、それもレルフィムさんやこの戦いと関係あるんですよね?」
「そうね。恐らくそれはムーティエンとあなたがリンクしていたとき、心が見た映像が夢として現れただけだと思うわ。だから、その夢はたぶん全部実際にあったことね」
「そうなんですか……」
東條さんは沈んだ表情を浮かべる。恐らく彼女は人間をレルフィムが刈る瞬間も見ていたのだろう。それを知ってなお、レルフィムに協力しようとするだろうか。
「でも、今はあんなことはしないんですよね?」
「ええ。ユウタロウのような人間もいるって知って、人間を刈ることはやめたわ。今では人間をもっと知りたいと思うの。確かに人間の心は魅力的な輝きを放っているけど……今は心が生み出す感情の方がもっと魅力的だわ」
「よかった。レルフィムさんからその言葉が聞けて……。でも、昨日はどうして戦っていたんですか?」
「ちょっとそこのアリシアってのとやり合ってたのよ。それだけよ」
「そうなんですか……」
その言葉を聞いて、東條さんは少しの間考え込む。
「アリシアさんって強いんですね」
「はぁ? 確かに昨日は負けたけど、昨日は昨日よ。普段は私の方が強いんだから」
「何言ってるの、カラス。あんたが負けたんだから素直に負けを認めなさいよ」
「あんなの認めないわ。なんだったらもっかいここでやる?」
「望むところよ?」
二人は立ち上がるとムーティエンを取り出す。
「待って待って! ここは僕の家だから!」
「ならエルフィドを出せばいいじゃない」
と、そのとき再びチャイムが鳴る。
「二人とも、ここで戦わないで待ってて!」
「チッ」
二人は一時剣を収める。誰だか知らないけれども助かった。僕はほっと胸をなでおろす。
「はい」
僕はドアを開く。するとそこにはよく見知った人物が立っていた。
「よう。今日暇か?」
コウである。
「ん、なんだか騒がしいな。誰かいるのか?」
「トモミやリオナ達が来てるんだよ」
「お、そりゃいいや。俺も混ぜろよ」
そう言ってコウは上がりこんでくる。
「いよう、お前ら来るんだったら俺も誘えよ……って、東條?」
「こんにちは。えっと……どちらさまでしたっけ?」
「……どうせ俺はアルゴンよりも存在感ありませんよ。数日前に見舞いに行っても顔すら覚えてもらえない空気みたいな存在ですよ」
「えっ、お見舞いに来てくださったんですか? そういえばそんな気も……」
「瀬川コウだよ。この前一緒にお見舞いに行ったよね?」
「瀬川さん……瀬川さん……あ!」
その名前を聞いてしばらくの間彼女は考えていたが、ようやく思い出せたようだ
「そういえば来てくださいましたね。今思い出しました!」
「はは、思い出してもらえたんだったらいいんだよ」
コウは苦笑いを浮かべながらリオナの隣に座った。
僕は東條さんの耳元で囁く。
「彼は無関係の人だから、ユジューとかの話はしないでね」
「あ、はい、わかりました」
東條さんはうんうんと頷く。
「なんだか騒がしいですけど、誰か来たんですか?」
突然パジャマ姿のベアトリクスさんが現れる。
「え、あ……誰?」
それを見て、コウがとりあえず硬直する。
「おい! てめぇまた女を家に連れこんだのか! しかも今度は年上かよ! てめぇは見境ってものが……」
「あ、えっと彼女はベアトリクス。僕の……親戚のお姉さんだよ!」
「また親戚かよ! 畜生、お前は羨しいなぁ……こんな美人の親戚ばっかりいやがって……俺と交代しろよ!」
「いや、そんなこと言われても……」
「うるせぇ! てめえ羨しすぎんだよっ!」
そのまま殴りかかってくるコウ。僕は体を逸らしてとりあえず避ける。
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」
ベアトリクスは落ち着いた様子でアリシアの隣に座る。
そして、コウの死角の位置に珠を浮かび上がらせる。
「!?」
瞬間、珠から一筋の光が伸びる。それはきゅきゅきゅっとコウの首に巻きつき、そして首を絞める。
「あがっ!」
そして鈍い悲鳴を上げながらコウは倒れた。どこから持ってきたのか、ベアトリクスは落ち着いてお茶を飲んでいる。
「あの……彼は無関係なんだけど……」
「ちょっと騒々しかったので黙ってもらいました」
ずずず、とお茶を飲むベアトリクス。僕は黙ってソファに座った。
「ところでユウタロウさん、ガムシロップはありますか?」
「あ、ちょっと待ってて」
僕はガムシロップの袋を取り出すと、念のため袋ごともってソファに戻る。
「ありがとうございます」
ベアトリクスはガムシロップを四個取り出すと、お茶に混ぜて飲む。
「はぁ~……至福の時です」
彼女は幸せそうな表情でお茶を飲む。
僕はソファに座った。やはり右からアリシアが、左からレルフィムが抱きついてきた。
「ところで……レルフィムさんと坂下さんはどういう関係なんですか?」
ふと、東條さんが尋ねた。レルフィムはくすりと笑って小指を立てる。
「こ・う・い・う・関係よ」
「はわわわ……一緒に暮らしているということはあんなことやこんなことが……」
「いや、さすがにそれはないし、そもそもレルフィムの嘘だから」
「え、そ、そうなんですか?」
レルフィムはくすくすと笑う。
「ユイに好きな人はいるの?」
「すすす好きな人ですか!?」
「恋愛はいいわよ。嫌なことも全て忘れてそれだけに没頭できるわ」
「そ、そうなんですか……」
「せっかくの青春なんだから、恋愛の一つでもしないと損よ?」
「わ、わかりました!」
東條さんはレルフィムに何かを吹聴されている。感化されて怪しげな方向に向かわないと助かるのだが……。
「私、頑張って恋を見つけます!」
何故かやる気モードに入ってしまった東條さんであった。
「そうそう、あなたにちょっと便利な道具を渡しておくわ」
レルフィムは懐に手を入れるとしばらくの間何かを漁っていたが、ようやく目的のものを見つけ出したのか、小さな指輪を取り出した。
「はい、どうぞ」
「これは……?」
七色に輝く宝石をたたえたその指輪は、蛍光灯の光を受けてキラキラと輝く。
「それは……シグマティームの一つですね」
「シグマ……ティーム?」
「シグマの力を宿らせた道具よ。早い話がインスタントシグマ発生器って感じかしら」
「宝石の中にシグマを宿らせておいて、即座に発動できるようにしてある道具です。それはボウリアンのシグマティームですね。火行・木行・土行・水行・金行・月輪・日輪の発動式を封じ込めたティームです。それにしても、シグマティームを人間の世界に持ち込もうとすると、大体は壊れてしまいますが、よく持ち込めましたね」
「ちょっと特別な方法を使ったのよ。ま、ともかくそれを着けていれば襲われたときに自衛くらいはできるわ。ちょっと着けてみなさい」
東條さんは指輪を指にはめてみる。
「少し大きいのですが……」
「まあちょっと待ちなさいな」
それはすぐに縮み、東條さんの指にぴったりのサイズになった。
「す、凄いですね……」
「装着者の指に合わせたサイズに自動的に縮んだり、伸びたりするシグマがかけてあるのよ」
「どうやって使うんですか?」
「んー、なんていえばいいのかしら? ねえユウタロウ、あなたがこの前シグマを使ったとき、どうやったの?」
「え、それと何か関係が……?」
「同じよ。発動式を書く必要があるかないか、の違いはあるけどね」
「は、発動式……?」
「これよ、これ」
レルフィムの指先に小さな魔法陣が浮かび上がる。いつもシグマを使うときに浮かびあがるアレのようだ。
「これは感情の力をシグマに変換するための式なの。これさえあれば誰でもシグマを使えるわ。ただ、私達はもう慣れちゃって無意識のうちに使ってるから、イマイチ使い方とか考えないのよね……」
「つまり、使い慣れてない僕みたいな状態の方が他人には教えやすいってこと?」
「そういうことね」
僕は腕を組んで考え始める。あのときの感覚を思い出そうとする。
「確か……凄く感情が昂ぶっていて、アリシアを救うことだけしか頭になかった気がする……」
「シグマの発動はイメージね。起こしたい現象を強くイメージすることで、その現象を発生させるね。ただ、ユジューは自分の力に限界を定めている場合が多いから、発動できる現象には限界があるね」
「リオナ、よく知ってるね」
リオナの説明にトモミは頷いた。
「これでも向こうの世界ではシグマの研究をしてたね。だから私のムーティエンは私にぴったりね」
「イメージ……ですか?」
東條さんは目を瞑る。すると、指輪の宝石が輝いた。
――部屋の中に微風が吹く。窓がカタカタと揺れている。
ぴしぴし、という音がした後、テーブルから小さな木の芽のようなものが生えてくる。
それは一枚の木の葉を出したところで成長が止まった。
「ど、どうですか?」
「ま、最初はこんなものね。無駄なところに力が入りすぎて、肝心のシグマの方にほとんど力がいってないわ。人間でも、うまく扱えば大樹の一本くらい召喚できるわよ」
「そうですね。でも、もともとはユジューのシグマに色をつけるためのものなので、大きな力を生み出すには少し鍛錬が必要かもしれませんね」
東條さんは木の芽を摘み取る。何の植物かはわからないが、それは彼女の力によって生み出されたれっきとした命だった。
「人間もエルフィドが使えれば効率的にシグマが使えるのにね。エルフィドはかなり高位のシグマだから、私達でも習得するのに苦労するけど」
「そういえば前から疑問に思ってたけど、エルフィドってなんなの?」
僕は疑問に思っていたことを聞いてみる。それに対しリオナが答えた。
「エルフィドは心象世界の具現化ね。その辺り一帯を心の中にある世界と置き換えるシグマのことね。周りは自分の心そのものになるから、生み出される感情で場が満ちることになるね。よって、生み出される感情の力は莫大なものとなり、シグマの効率が大幅にアップするね」
「なんだかわかりにくいけど……まあ要するにシグマをすごく強くするシグマのことなんだね」
「わかりやすく簡単に説明するとそうなるね」
リオナはうんうんと頷く。
「それはどうやったら使えるようになるんですか……?」
「人間には無理ね。シグマティームにエルフィドの発動式を書き込むことに成功した例は未だないね。人間は通常、シグマティームなしに発動式を書くことはできないね。でも、たまにユウタロウみたいな例外がいることはあるね……」
「じゃあ、僕ならできるかもしれないってこと?」
「まあ、そういうことになるね」
僕はあの時の感覚をもう一度思い出そうとする。
あの時の感覚をもう一度思い出せれば、またシグマを使うことができるかもしれない。
目を瞑って、イメージを頭の中に思い浮かべる。
そして、アリシアのことを考える。
「あ!」
僕はその声を聞いて目を開く。
僕の手の上に魔法陣のようなものが現れていた。
「これね! これが発動式ね!」
「ずいぶんと粗削りだけど……シグマを発動させるには十分ね。まあそのままやってみなさいよ」
僕はレルフィムの言うことに頷く。なんとなく感覚はわかる。描き出した発動式に感情の力を乗せていく。少しずつ流し込んでいけばいいのだ。
「あんっ!」
そのとき、今まで黙っていたアリシアがすっ頓狂な声を上げる。
「え!?」
そのあまりの色っぽさに、僕は思考を一瞬停止する。瞬間、僕の手の上に刻まれていた発動式は消失してしまう。
「え、な、何があったの?」
未だ自分の体を抱きかかえるアリシアを見る。彼女は頬を真っ赤に染めて、目をうるうるとさせている。
「ユウタロウの……バカぁ!」
その瞬間、アリシアの蹴りが入る。僕はソファから吹き飛ばされ、ごろごろと床を転がっていき、壁に頭をぶつけてようやく止まる。
アリシアは席を立ち上がると、二階へと駆け上っていく。
何がなんだかわからない僕は、ニヤニヤとした表情を浮かべ、何が起こったのかわかっているようなレルフィムに尋ねてみる。
「レルフィム……? 何が起こったの……?」
「あの発動式を見た瞬間、本当にユウタロウは大胆だなって思ったわぁ」
彼女は顔をニヤけさせたまま言う。
「今のシグマはかんのうね」
「かんの……う……?」
「ユウタロウのアリシアに対する思いがそのままシグマになったんじゃないかしら?」
「ユウタロウ……不潔ね」
「ええ!? かんのうって官能のこと!?」
僕は顔が真っ赤になるのを感じる。二人が何を言っているのか、ようやく理解できたトモミと東條さんも頬を赤く染めて何か囁き合っている。
「僕、アリシアに謝ってくる!」
僕はすぐに立ち上がると、アリシアの後を追って階段を駆け上がった。
ユウタロウ、卑猥だなー。自分で書いといてアレですが。
アリシア、どんまい。まあ、そんなわけで続きます。