第十五話
今回はかなりギャグに走っています。この時期は大魔法峠に影響された時期でした。
第十五話
「まったく、酷い目に遭ったわ」
「本当にね……」
僕とレルフィムは二人で買い物に来ていた。
レルフィム曰く、いきなり攻撃されたことに対する迷惑料とのことだ。もちろん、アリシアは猛反対したが、僕はこうして拉致られてしまった。具体的に言うと、アリシアと二人で歩いている最中にいきなり空中にさらわれた感じとでも言えばいいだろうか。
こうして僕は強制的に拉致されてどこぞのショッピングモールに連れてこられていた。せっかく土曜日の午後はアリシアと出かけようと思っていたのに台無しである。
ベアトリクスはあの後昼寝の時間だと言って与えられた部屋に引き篭ってしまった。彼女はユジューだというのに睡眠をきっちり取るのだろうか。
「あ! あれ可愛い!」
そう言って彼女はガラスのショーウィンドウに張り付く。僕はため息をついて彼女の隣に並んだ。
レルフィムが指さすのはロザリオのついた黒のリボンである。彼女はただ長い髪を伸ばしているだけだったが、こういうアクセサリーもつけてみたいのだろうか。
「付けてみたいな……ユウタロウの首に」
「なんで僕!? ってか首輪!? 意味わかんないよ!」
「えへへ、冗談! でも、付けてみたいのは本当かな……」
彼女は両手を後ろに回し、上目遣いで僕を見上げる。こうしてまじまじと見るとアリシアに負けず劣らず可愛い。
「わ、わかったよ! 買えばいいんでしょ!」
僕はずんずんと店の中に入り、リボンを買ってくる。値段は1000円ほど。ちょっと高いが大したことはない。
「はい」
僕は彼女にリボンの入った袋を放った。
「ありがと♪」
レルフィムはさっそくリボンを取り出す。二つ一組となっているそれは細かいレースの刺繍が入っている。
「ほら、やっぱり可愛いじゃん!」
そういって彼女は僕の首にロザリオのついたリボンを巻いた。
「だぁかぁらぁッ!」
「あははっ!」
彼女は笑うと、それで自分の髪を結んでみる。右と左の二カ所。長い黒髪に黒のリボンはとてもよく似合っている。
「どうかな……?」
「似合ってると思うよ」
「ほんと? ありがとっ」
もう一度彼女はにっこりと笑った。
「あんの黒カラスぅッ!」
アリシアは一人絹布茶房に入ってデザートをヤケ食いしていた。
「ま、まあアリシアちゃん。落ち着いて」
「まったく、こんなのの相手することないね。トモミ、領収書だけ置いてさっさと行くね」
いや、正確には偶然発見したトモミとリオナを伴って、である。
せっかくデートに出かけようとしていた時に彼氏を別の女に拉致られればそりゃヤケ食いしたくもなるだろう。
「ちょっと! デリシャスパスタパフェはまだなの!?」
「しょ、少々お待ちください!」
店員の応対スピードが追いついていない。すでに彼女の前にはたくさんの空の器が積み上げられている。
「あのカラスめぇ……見つけたら羽を全部むしって引っこ抜いてやるわ!」
「ま、まあアリシアちゃんが怒るのも無理はないと思うけど……」
「放っておけばいいね。アリシアとレルフィムが戦っている間にトモミが取ればいいね。これぞ山賊の利ね!」
「漁夫の利だと思うけど……」
「そうとも言うね」
「そうとしか言わないから」
そのとき、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ふう、暑くなってきたわね」
「そうだね」
「あの声はッ!」
アリシアの手が止まる。そう、それは紛うことなき愛しのユウタロウと憎きレルフィムの声だった。
「ここで会ったが百億年、塵芥と変えてくれるわッ!」
「ちょ、アリシアちゃん落ち着いて!」
トモミは憤怒するアリシアをなんとか座らせると、落ち着くように諭した。
「ここで戦ったらアリシアちゃんがヤケ食いしてたのがユウタロウ君にバレちゃうよ! ここはひとまずさりげなく店を出て、外で待ち伏せしましょう。そうした方がいいから、ね?」
なんとかして落ち着かせないと、明日働く職場がなくなってしまうと思ったトモミはどうにか彼女を落ち着かせる。
「そうね。ここはぐっと我慢だわ」
アリシアは氷の入ったお冷やを一気に飲み干す。ちょうどそのころデリシャスパスタパフェがやってくる。
「これを食べたら出ましょう」
二人に気付かれることなく店の外に出たアリシアだったが、その顔は林檎のように真っ赤である。
「なによなによなによ! ほっぺたに抹茶がついてたからってそれを舐め取るとかありえるの!? 死ね! 死ね! 死んでしまえッ!」
「まあまあ、落ち着いて……」
トモミも確かにイラッと来たが、ここで取り乱したら荒れ狂うアリシアを止める者がいなくなってしまう。そこでなんとか堪える。最初からリオナには期待していない。
「絶対殺す。あのカラスは絶対に私が殺す」
「落ち着いて……。ともかく、二人を引き離しましょう」
「そうね。あの二人が出てきた瞬間シグマで……」
「それはダメ! お店が……じゃなくてユウタロウ君が危ないでしょ! 建物の外に出るまでは堪えるのよ!」
「うう……そうね。狭い場所でシグマを使えば巻き込んでしまうかもしれないわね……」
「ひとまずそこの喫茶店に入りましょう。あの席からなら入り口を監視できるわ」
三人は一度喫茶店に入る。
各々品を注文し、今か今かと目を見開いて店の入り口を見張る。
「美味しかったね」
「うん、そうだね」
店から二人が出てくる。
「な! レルフィム!」
なんと二人は腕を組んでいた。ユウタロウの方もまんざらではないようである。
「胸が腕に当たってるね」
「何よ! そんなんがよければ私だって……私……だって……」
そこまで言ってから自分の胸に手を当てる。
「なんで私はまっ平らなの! なんでよ!」
「し、知らないよ! なんで私に聞くの!?」
「私は少しはあるね」
「あの牛カラスめぇ……絶対殺す」
二人は店の入り口から離れていく。三人は飲み物を飲み干すと、その後をこっそり付ける。
「今度はジュエリーショップ行きたいわ!」
「ジュエリーショップ? まあ行ってもいいけど……何も買えないよ?」
「いいのよ、見るだけでも面白いわよ」
そうして今度はジュエリーショップに入る二人。アリシア達三人はこっそり店の入り口から中を覗く。
中では二人が楽しそうに、そうとても楽しそうに指輪やネックレスを見ていた。
「なんで黒カラスとあんなに楽しそうなのよ! 私といるときより笑ってるんじゃないかしら?」
「黒カラス……」
やがて二人は店から出てきた。
「触らせてくれればいいのになぁ~」
「さすがにそれはダメだよ……。一個何万円とかするんだもん」
二人は今度はカジュアルウェアの店に入っていく。
「これ、似合う?」
「可愛いんじゃないかな」
レルフィムは黒いレースのワンピースを体に当ててみたりしている。それを見てコメントするユウタロウ。服は好きなデザインをメセブリィから入手できるアリシアにはない楽しみである。
「あ! これとかユウタロウに似合ってない?」
そういって彼女が手に取ったのは黒いジャケット。レルフィムがユウタロウの肩にかけてやる。
「え、こんなカッコいいの似合わないよ」
「とりあえず着てみてよ、ね?」
「しょうがないな……」
言われるままにユウタロウはジャケットを羽織る。
「結構しっくり来るんじゃない?」
「そ、そうかな……?」
ユウタロウは頬を赤らめながら頭をぽりぽりと掻く。
「よし、さっそく購入ね!」
「いや、今日そんなにお金持ってきてないよ……」
「なんだ、つまらないのー」
レルフィムはぶーっと頬を膨らませる。
「じゃあ次はこっちね!」
「はいはい……」
レルフィムはぴったりと体をくっつけて腕を組んでユウタロウと歩く。傍から見ればカップルに見えること間違いない。
「あの……レルフィム……?」
「なぁに?」
「その……さっきから胸当たってるんだけど……」
「当ててるのよ。悪い?」
「いや、その、別に悪く……ないけど……」
「なんでそこで言い返さないのよバカ!」
アリシアが小声で叫ぶ。幸い二人には聞こえていないようだが、今にも飛び込んでいってしまいそうなアリシアを押さえるのにトモミは必死だった。
「僕はちっちゃい子の方が好きっていいなさいよ!」
「自分が小さいってことは認めるのね……」
「……そう言うトモミだってそんな大きい方じゃないくせに……」
「ひ、酷い……密かに気にしてることなのに……」
ともかく、胸がぽよんぽよんと腕に当たっていて、ユウタロウは頬を赤く染めつつ、けれども嫌そうな素振りは見せない。それがたまらなくアリシアは悔しかった。
「何よ……ユウタロウもあんなに笑っちゃって……楽しそうで……」
「アリシアちゃん……」
トモミもユウタロウのことは好きだったが、アリシアのような顔はできないと思った。こんなにも悲しそうで、哀しくて、そして寂しそうな表情をすることはできない。
「ユウタロウの……バカ……」
ぼそりと弱々しく呟かれた言葉には彼女の感情が込められていた。愛情、哀愁、そして愛憎。こぼれ落ちる涙。震える拳。揺れる体。
「アリシアちゃん!」
アリシアは駆け出していた。行く宛などない。どこかへ消え去ってしまいたいと彼女は思った。
夕日は西へ沈みつつある。
ジャングルジムの天辺で彼女は座ったまま西日を見つめる。
そばにはトモミが何とも言えない表情を浮かべたまま立ちつくしていた。リオナはそのそばで帰ろうと催促しているが、トモミは黙って立ち去ることができなかった。
「アリシアちゃん……」
トモミにはアリシアの気持ちが痛いほどよくわかった。大好きな人が自分以外の人と一緒に歩いている。楽しそうに笑っている。それが許せないという気持ちは彼女もかつて味わったことのある感情だ。
嫉妬の炎はゆらゆらと極微に、それでいて猛烈な勢いで燃え上がる。
「今日は楽しかったね」
「うん、まあまあだったかな」
「あはは、言うじゃないっ!」
二人が歩いてくる。言うまでもない、ユウタロウとレルフィムである。
今まで微動だにしなかったアリシアが立ち上がる。その背後には陽炎のようなオーラが立ち上る。
「あ、アリシアちゃ……」
そのとき、トモミは酷い酸欠状態にも似たような感覚に陥る。トモミは悟った。今の彼女には話し掛けてはいけない、と。その怒りの衝動の標的が自分へと向けられた瞬間、五体満足では立っていられないだろうと感覚的に察知する。
「あら、誰かと思ったらキングコブラじゃない。何か用かしら?」
「……私のユウタロウを返して」
ぼそり、と囁くように呟く。
「はぁ? そんな小さい声じゃ何言ってるか……」
「私のユウタロウを返せッ!」
その瞬間、世界が崩れる。
次の瞬間には心に描き出された風景へと世界は染められる。
燃え上がる森。普段ならば静かでおとなしいその森も、怒りと妬みの炎に彩られて激しくその身を焦がす。
「ッ!?」
「うわっ!」
無意識的にユウタロウを突き飛ばし、ムーティエンを構えるレルフィム。次の瞬間、激しい烈風が彼女を襲う。
「きゃあっ!」
抵抗も虚しく、秒速数百メートルを超える旋風は小さなレルフィムの体を巻き上げる。それを追ってアリシアは空中へと飛び出した。
なんとか空中で体制を整えると、ムーティエンを構えて相手を探す。だが、その姿が彼女の目に映ることはない。
再び全身を殴打されるような感覚の後に吹き飛ばされるレルフィム。その先にはすでにアリシアは居て、その手にはゆらゆらと揺れる森羅万象の姿を映し出すムーティエンがあった。
「くッ!?」
レルフィムはソルバブ・ドルヲスを構える。だが、その剣を遥かに超える長さの刀身が彼女へと襲いかかる。ゲンチャ・ドルヲスは無限変化の剣。心の在り方によってその姿を自在に変え、どんな姿にも変わる有為転変の剣。それは心の持ち主だけでなく、その剣の持ち主の心にも反応する。
何十メートルもの剣を叩きつけられ、レルフィムの体が吹き飛んだ。そのまま激しく燃え盛る森へと突っ込んでいく。
それを追ってアリシアも森へと飛び込んでいく。
地面にめり込むようにして横たわるレルフィムの上にアリシアは馬乗りになって飛びかかる。
「あなたなんかに負けるわけ……ないんだからッ!」
レルフィムが突き出した手のひらに黒い陣が収束する。
「センラ!」
陣からは黒い槍がゼロ距離で放たれる。しかし、それをアリシアは素手で受け止める。
「ッ!?」
「許さない。絶対に許さない」
レルフィムはじたばたと羽を動かし、何本もの剣を放つ。それが飛ぶ度にアリシアの体を剣がかすり、血の滴が飛び散る。だが、それでもアリシアは表情を変えることなくレルフィムを見下ろす。
「なんで……なんで効かないのッ!?」
「許さない」
「センラ・ロムトス!」
再び陣が現れる。その数数十。絶対的量を持った魔弾は一気に解き放たれる。
「かッ!」
アリシアが目を見開いて息を飲み込むように吐き出す。その瞬間、気魄だけで無数の黒い槍が消し飛ぶ。
「ば、馬鹿な……」
「覚悟はいいわね……?」
レルフィムはごくりと唾を嚥下する。そして、両目を瞑って次に襲い来るであろう烈風の砲撃に備える。
だが、次にアリシアがとった行動は陣を結ぶことではなかった。血だらけの拳を握りしめ、彼女はそれを振り下す。
「いつッ!?」
それはレルフィムの左頬に吸い込まれるように入った。レルフィムの口から一滴の血が吐き出される。
続けざまに左手で右頬にもう一発。そして右手で左頬にもう一発。それは果てしない乱打へと変わり、止まることを知らない怒りの鉄拳となって降り注ぐ。
「許さない、許さない、許さない……」
一言呟く度に落ちる鉄拳。それはあんなにも気高く瀟酒だったレルフィムをボロボロのくず切れに変えていく。
「あ、ありしッ! あッ! ちょッ! 待ちなッ! あッ!」
「許さない、許さない、許さない、許さないッ!」
拳が痛み、その反動で肉が裂けても、骨が砕けても殴るのをやめない。その殴打には憎しみと嫉妬の炎が込められていた。
ひとしきり殴り終えてアリシアは立ち上がる。そこにはボロボロになった拳をだらりとぶら下げたアリシアと、血みどろになったレルフィムの姿があった。
「一回」
それでもまだ満足しないのか、倒れ伏すレルフィムの両腕を自分の腕を絡めて持ち上げ、やや腰を腰を落として、そのままレルフィムを持ち上げながら後方へ振り返る。
「死んで」
そのままシグマも使って空中に投げ飛ばすと、アリシアも飛んだ。
空中で脛をレルフィムの首にしっかり合わせ、全体重をかけて地面へと落ちていく。
「来いッ!」
次の瞬間、誰もが目を背けたくなるような一撃がレルフィムへと下される。
Guillotine of Hell。全体重を首へと叩き込む恐怖の一撃。まさにその名の通りのものである。
肩で息をしながらアリシアは立つ。そして、ふらふらと歩いていく。
そこへ駆け付けたユウタロウはあまりの凄惨さに息を飲む。そんなユウタロウを見つけたアリシアは嬉しそうに笑ってユウタロウへと駆け寄る。
「えへへ、やっちゃった!」
そういって血まみれのままにっこり笑う。
ユウタロウはごくりと生唾を飲み込む。今の彼女に逆らったら殺される。そう本能的に悟った彼は無難そうな言葉をかけることにする。
「あ、うん、おつかれさま」
「えへへへへ、次はユウタロウの番だねっ♪」
「え、あ……マジ?」
「うん、マジマジ大マジだよ☆」
ユウタロウは数歩後ろに下がる。だが、アリシアにしっかりと服を掴まれて二人の間に一歩の距離も開くことはない。
「あのさ、冗談はやめようよ。ね? 僕、ほら人間だからさ。シグマとか食らったら死んじゃうよ。ね、聡明なアリシアならそれくらいわかるよね? お願いだからホント頼むからギャァァー! やめてやめて死んじゃう死んじゃうッ!」
トモミは両目を瞑って耳を塞いで縮こまる。何も見ない。何も聞かない。そしてちょっと大きめの声を出す。アーアーキコエナイ状態である。
「だから付き合ってないでさっさと帰ろうって言ったね」
「今の私は何も聞いてないし、何も見てないの。さ、リオナ。帰ろっか」
二人は燃え盛る森をどこまでも歩いていく。行く宛もなく、行き先もない旅路はどこまでも続くのであった。
End
というわけではないですよ。
「はい、ユウタロウ、あなたの好きな人は?」
「アリシアです」
「胸は大きい方が好き?」
「小さい方が好きです」
「カラスとヘビ、どっちが好き?」
「ヘビです」
「よろしい」
調教を終えたアリシアは一息ついてお茶を飲む。
「さて、これでユウタロウは誰のものかはっきりしたわね。いいわねカラス」
「そうです……く、屈辱だわ……」
「こっちのカラスはもっとお仕置きが必要なのかしら。議長、お願いします」
「ロイフ」
「ひぁッ!? く、くすぐったい! ダメ、やめ、きゃああぁぁぁ!」
威力を調節すればこちょこちょマシーンにもなるベアトリクスのシグマは実に万能と言えるだろう。
「はい、もう一回。黒カラス、ユウタロウは誰のもの?」
「アリシアのものです……」
「はい、よろしい。今日はこのくらいにしてあげようかしら」
「今に見てなさい……絶対奪い返してやるんだから」
「何か言ったかしら? ご希望とあれば議長のシグマを連続一時間食らわせてもいいのだけれども」
「覚えてなさい!」
そう言ってレルフィムは部屋へと駆けて行く。完全なる敗走である。
「まったく、いきなり起こすから何かと思えば……お仕置きなんてずいぶん懐かしいですね」
「何かいい罰はないかなって考えたらちょっと議長のお仕置きを思い出しまして……さ、ユウタロウ! ご飯食べよ!」
「う、うん……」
こうして坂下家の夕食は今日も平和だった。
嫉妬とは恐ろしいものです。皆さんも女性の方は怒らせないように・・・。






