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第十一話

第十一話


夜空に星が輝く。

僕は人気のない街を走っていた。

虫の声だけが鳴り響き、他には僕の吐息しか聞こえない。肌を撫でる風が気持ちよかった。

アリシアの住んでいるアパートの位置は頭の中に入っている。

あと5分も走ればたどり着くだろう。

「はぁ……はぁ……」

息が切れてきたので僕は一度立ちどまる。

途端にめまいと立ちくらみのようなものに襲われる。

相当死に物狂いで走っていたようで、かなり無茶をしていたようだ。

心臓がどっくんどっくんと強く脈打つ。手に胸を当てなくともそれがわかる。

酸素が取り込まれ、脳へと血管を通って送られる。今まで麻痺していた感覚が徐々に痺れが取れていく。

そんな現実へと戻りつつある頭。そこにある疑問が過った。

なぜ、ノエルは自分で出てこないのだろうか。

おそらく先ほどの銃使いの少女は仲間だろう。口ぶりからして仲間というより部下の方が近いだろうか。

確実に仕留めるならば二人がかりでレルフィムを片付ければいい。僕を倒したところで、ただの人間の僕には力はない。彼らにとって脅威となることもないのだ。

そこで考える。彼は戦うことが嫌いだ。この前も僕が一人でいるところを狙ってきた。

じゃあ、なぜ今回は二人で一緒にいるときを狙ってきたのだろうか。

それも確実性のある二人がかりではなく、たった一人で最強といわれたカードの一人であるレルフィムに戦いを挑んだのだろうか。

あの銃使いの少女の攻撃は遠距離を攻撃するのに都合がいい。その気になれば後ろに下がっている僕を狙い撃つこともできる。

レルフィムはそれを恐れて、僕を逃がした。戦力にならない僕が彼女の足手まといにならないようにするために、そうするであろうことは誰もが考える手だ。

ならば、逆を言えばそれを敵も理解していたはずだ。

気付くと、僕の足は固まって動かなくなっていた。

(動け、動け!)

そう強く念じるが、僕の足は動かない。

たった一人で銃使いの少女が挑んできた理由、それは……。

こつん、こつん。暗闇の中にかかとの固い靴が大きな音を響かせる。

根が張ったように動かない僕の足。なんとか無理やり地面から引きはがそうとするが、まったく動く気配がない。

「無駄だよ。影縫いのシグマをかけさせてもらったからね」

暗黒の中から澄んだ声が響く。

一際高い靴音が鳴る。振り向かなくてもわかる。僕の後ろにはヤツが……ノエルがいる。

足元から寂れた世界が僕の日常を侵食していくのがわかる。

僕の目の前には大洋が広がり、一歩でも足を踏み出せば下に向かって落ちていくことは間違いないだろう。

そこでようやく足が動くようになる。僕は数歩下がり、崖から離れようとした。

そのとき、背中に何かがぶつかるのを感じる。僕は振り向いた。

短い金髪、彫像のように整った顔……ノエルの姿がすぐ後ろにあった。

「うわぁっ!」

僕は振り向いて数歩下がった。かかとに空白を感じる。これ以上は下がれない。

「僕はティオナのリトマスとなった人間の心を求めていた」

彼の手に大鎌が光る。一振りで空気を裂き、心を奪い、命を刈り取るその刃は、僕にはあまりにも大きく見えた。

「リトマスとなった人間、正確にはティオナが初めて姿を表した人間の心には素晴らしいまでの欲望が秘められている。強い欲は強い力を生み出す。僕はその力が欲しい」

「な、何を言って……」

「わからないかい? ティオナは人間を選ぶ。より強い力を持ち、強い欲望を持った人間の元へと姿を現し、その力を借りる。ティオナが最初に姿を見せた人間は強い力を持っている。だからティオナは現れる」

「僕が……強い欲望を……?」

僕にはそんな大望があっただろうか。

記憶を漁ってみるが、そんな覚えは欠片もない。

そもそも、アリシアが僕の前に現れたのは僕がカードに襲われているのを助けるためだったのではないのか。

彼女は言っていた。軟弱な心だ、と。

「欲望の強さと心の強さは必ずしも比例するものじゃない。強い欲望を持っているが、しかし心は弱い者も存在する」

僕の疑問に答えるように彼は呟いた。

「君はまさにその希少種……強い欲望を持ち、そして弱い心を持った人間だ」

彼は高く鎌を振り上げる。そして、叩きつけるように地面へと打ち込んだ。

亀裂が走る。地面が裂けるように盛り上がり、足元がぐらつく。

「君の心は強い欲望を秘めている。人間一人といえど、その力は無限大。歴史上に名を残す人間にも匹敵するほどの強い思いが秘められている。欲望がエネルギーならば、心はエンジン。エンジンはもうすでに揃っているのでね。エネルギーがほしいんだ。僕はその無限大の力が欲しい!」

彼の表情が歪む。口は耳まで裂け、目は暗く光る。欲望を求める獣の表情となって僕のことを睨む。

「さようなら、人間。君の思い、決して無駄にはしないからね」

そして鎌が動き出す。

地面から引き抜かれた大鎌は恐怖に囚われ身動きのできない僕を狙ってまっすぐに落ちてくる。

「ユウタロウ!」

……それは誰の声だろうか。

僕は目を瞑っていた。その恐ろしい刃を見たくなかったから。

だから、誰が僕の前に立ってくれたのかわからなかった。

僕をまっ二つに叩き割るはずだった刃は僕には届かず……代わりに僕の前に立ちふさがった誰かの体へと降っていった。

「ッ!」

彼女は声にならない悲鳴をあげる。そして、そのまま崩れ落ちた。

僕はゆっくりと目を開いていく。薄く開いていた目はソレを見た瞬間一気に広がり、僕は彼女に飛びついた。

「アリシアっ!」

彼女は右肩からざっくりと大鎌の一撃を受け、胸までばっさりと切り裂かれていた。

「どうして……なんでアリシアがっ!?」

彼女は閉じていた瞳をうっすらと開く。そして、左手で僕のポケットをさぐり、小さな輝石を取り出す。

「これが……あったから……私は……ずっとユウタロウのこと……見てたから……」

それは僕がアリシアから預かった石だった。

「アリシアは……なんで……なんで僕なんかのために……?」

「アンタのことが……好きだからに決まってるでしょうが……」

その一言を呟いたとき、手から石が転がり落ちる。

「アリシア……? 僕のことが好きって……?」

腕が力なく投げ出される。

傷口からたくさんの血があふれている。両手で押さえても止められないほどのものすごい量の血があふれている。

「そんな……なんで……」

アリシアは口を動かさなかった。

虚空を見つめたまま目を見開き、けれどもその瞳に命はなく。

ただ、何を見ているのかわからない虚な表情で口を半分開いたまま黙っていた。

「なんで……なんでアリシアが……」

僕は初めて気付いた。

彼女が僕のことを好きなように、僕が彼女のことを好きだったこと。

そして、そのことに失ってから初めて気付いたということ。

「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

感情が堰を切った堤防のようにあふれだしてくる。悲しみ、怒り、恐怖。そういった負の感情が僕の中を渦巻き、そして口から絞り出されていく。

……それは一つの形を成す。

渦巻く感情は僕の周りをぐるぐると回りながら一つの定まった形を描き出す。

無意識のうちに僕は感情を形にし、一つのシグマを生み出していた。

「アリシア……帰ってきてよ……」

僕の言葉に反応するかのように魔法陣が輝く。

「な……これは……」

ノエルの表情に驚きが浮かび上がる。

「アリシア……帰ってきて……逝かないで……」

一言呟くたびに、感情は形を作る。それはアリシアの傷の上に集まり、深い傷を治していく。

「僕も……アリシアのことが好きだ」

負の感情が正へと転じる。その瞬間光が広がり、荒涼とした崖が一瞬で吹き飛ぶ。

それは元の世界をすぐに形作る。いつの間にか夜の街中へと戻される。

「馬鹿な……僕の世界が……破られるだって……?」

光はさらに強く輝く。今やそれは世界を覆いつくすほどまでに広がり、目を開けていることもままならない。

「ユウ……タロウ……」

今まで開くことのなかった口が開かれる。

「あ、アリシア……!」

「く……これが人間の欲望の力……!」

僕はふらふらと歩み寄り、アリシアの体を抱き抱える。

「ユウタロウ……なんだか暖かい」

「すばらしい……人間とはかくもすばらしい力を持っているのか!」

そして、僕はそのままアリシアの体を抱きしめた。

「おかえり、アリシア」

「はは! 僕が……僕が消える……ッ!?」

とくん、とくん。アリシアの鼓動を感じる。

「ただいま、ユウタロウ」


気付くと光は収まり、ノエルの姿もそこにはなかった。

「ユウタロウ……ありがとう」

「どういたしまして」

アリシアは僕の顔を見て嬉しそうに笑う。

僕も彼女の笑う顔を再び見ることができて、とても嬉しかった。



僕はアリシアを連れて公園へと向かう。

「レルフィム」

公園にもう銃使いのあの少女の姿はなかった。一人、レルフィムは公園のベンチに座り込み、ぼんやりとしていた。

「大丈夫?」

「ん、ああ、ユウタロウ」

彼女に声をかけて初めて彼女は僕の存在に気付いたのか、ゆっくりと体を起こす。

「大丈夫?」

もう一度僕は彼女に声をかける。レルフィムはゆっくりと頷いた。

「なんとか……ね」

彼女の服はところどころ乱れ、綺麗だった黒いドレスも縮れていたり、汚れていた。

「あのカード……とても強いわ。私でさえ、負けそうになるほどに……」

公園の惨状を見ればその様子はわかる。ところどころ遊具は破壊され、何本かの木が折れていた。地面には大穴が空き、煙を上げている。

「エルフィドを展開する暇さえないほどの連続攻撃。正直、ここでこうしていられるのが不思議なくらいだわ」

「どうなったの!?」

彼女はぶらりと腕を投げ出して答える。

「なんとか隙を作って、エルフィドを展開させてもらったわ。そうしたらあの子、逃げちゃったけどね」

「そっか……」

トドメを刺すには至らなかったようだ。それを聞いて少し安心する。

カードといえど、誰も死んでほしくはなかった。

「そっちは無事だったみたいね」

「いや、あんまりそうでもなかったんだけどね……」

僕は身の回りで起こったことをレルフィムに話す。

ノエルに襲われたこと、アリシアが助けに来てくれたこと、アリシアが斬られたこと、アリシアを僕が助けたこと、ノエルがいなくなったこと……。

「凄いわね……。ユウタロウ、人間なのにシグマが使えるの?」

「そりゃそうよ。私が見込んだ人間だもの。それくらいできてもおかしくないわ」

なぜかアリシアが胸を張って答える。

「今は私のリトマスだけどね」

ぷ、とレルフィムが笑って受ける。それにちょっと青筋を浮かべるアリシア。

「まったくあんた何様? 人のリトマスにちょっかい出して……斬るわよ?」

アリシアがそう言うと、彼女の身の回りに風が螺旋を描き始める。

「あら、やる気? 別に私はいいわよ? 負けないから」

レルフィムの周りにも闇が色濃く渦を巻き始める。

僕は慌てて二人の間に割って入った。

「ままま、待ってよ! ともかく二人ともここは抑えて、ね?」

唸りながら見つめあう二人のユジュー。視線の間を火花が飛び交っている。

「いいもん。いつか取り返してやるから」

「ええ!? アリシア、別のリトマス探すんじゃなかったの!?」

「何よ。嫌なの? 嫌なの? そうならはっきり言いなさいよほらぁ!」

アリシアは僕の口の端をつかんで思い切り左右に引っ張る。

「いひゃ、いひゃいいひゃい! あいひあ! ひょ、ひゃへへ!」

「えー? 何言ってるのかわからないわよ? もっかい言って御覧なさい」

「ひゃははひゃへへっへいっへふほ!」

僕はアリシアの脇の下に手を差し入れてくすぐった。

「きゃ! ちょ、ちょっとユウタロ!? や、くすぐったい!」

アリシアはきゃあきゃあと悲鳴を上げながら脇を閉じる。口への攻撃が緩んだ隙に僕は体を回転させてなんとかアリシアの拘束から逃れる。

「アリシア酷いよ……口が痛い……」

「あんたがあんなこと言うからいけないんでしょー!」

アリシアはぷっくりと頬を膨らませて口を尖らせる。

「べ、別に嫌だなんて……そんなつもりじゃ……」

「嫌なのよ」

そのとき、レルフィムが突然口を挟む。

「ユウタロウは私と一緒にいたいの。あなたのことなんてこれっぽっちも想っていないのよ」

「ふん、せいぜいさえずるといいわ。カラス」

「カラス……ですって……?」

いままで余裕たっぷりの笑みを浮かべていたレルフィムの額に青筋が浮かび上がる。

「そーよ。真っ黒な羽なんか生やして、かーかーさえずるだけなんてカラスみたいじゃない」

「……ヘビ女」

「どこらへんがよ!」

「そのヘビみたいに長いドレスとか、ヘビの鱗みたいな甲冑とかそっくりよ。ただのヘビじゃ可哀想だから、せめてキングコブラと呼んであげるわ」

「なんかハシブトガラスがさえずってるわね」

「さすがキングコブラ、発言も毒だらけだわ」

なんだか僕の目の前で底知れない戦争が勃発していた。

カラスVSコブラ。普通に考えたらコブラが勝つだろうが、このカラスは普通のカラスじゃない。まさに化け物ガラス。ハシブトガラスというたとえは正確ではないだろう。

「まま、待っ……」

「「何よ?」」

二人同時に睨まれる。そのあまりの迫力に僕はしゅんとして縮こまる。

まさに一触即発というにふさわしい空気だった。

「ユウタロウ君!」

と、そこになぜかトモミとリオナが現れる。

「誰かが戦ってる気配がすると思って来てみれば、この公園の有様は何事ね! アリシア達がやったのね!?」

「私じゃないわよ。このカラスがやったのよ」

「私だってカードとやりあってたのよ」

「なぜエルフィドを展開しないね。現実世界にこんな大影響を及ぼすとはユジューの風上にもおけないね!」

「エルフィドを使うつもりだったわよ。でも、すばしっこい相手でなかなか使わせてくれなかったのよ」

「だからってここまで酷くなるまでやりあうね!? ありえないね!」

トモミが心配そうな表情を浮かべながら僕の方を見つめる。

「ユウタロウ君、怪我ない?」

「いや、うん。僕は大丈夫。アリシアが守ってくれたから……」

「やっぱりお前達二人がやったね! ユウタロウを取り合うのはいいけど……いや、よくないね。それはともかく、こんなになるまでやりあうなんて論外ね!」

「だからこれやったのは私じゃないわよ」

「もう許せないね! 私がまとめてお仕置きね!」

炎を体にまとうリオナ。あまりのややこしい状況に僕は頭が痛くなってきた。

「この私とやりあうつもり? この前コテンパンにされたことを覚えてないのかしら?」

「リオナ、あなたとはいつか決着をつけたいと思っていたわ」

ユジュー三人はぎゃーぎゃーとわめきながら夜の公園跡で戦闘を繰り広げる。僕とトモミは巻き添えを食わないように端っこの方へと避難する。

「大丈夫、ユウタロウ君?」

「僕は大丈夫だけど、アリシアもレルフィムも心配だな……」

一人は体を半分切り裂かれ、もう一人は限界ギリギリまで戦ったばかりなのだ。心配するのも当たり前だろう。

「何かあったみたいだね。話を聞いてもいい?」

僕はトモミに事情を話して聞かせる。彼女はうんうんと頷きながら、話の腰を折ることなく話を聞いてくれた。

「というわけなんだ。だから、この公園がめちゃくちゃになってるのは何から何までレルフィムのせいってわけじゃないんだよ」

「そういうことだったのね。納得納得」

トモミは壊れかけたベンチに腰かけながら話を聞く。僕も隣に座って話をしていた。

「というわけで、リオナにもそう伝えてくれないかな? 僕じゃ話を聞いてくれそうもないから……」

向こう側では風と炎と闇が荒れ狂っている。とてもじゃないが僕が止めることはできなさそうだ。

「そんなの私だって無理無理。あの中に飛び込んでいけるわけないでしょ?」

「だよねー。あはははは」

豪快な破壊音と共に何かの破片が飛んでくる。もうこうなったらやるところまでやってしまえという気分になっていた。

「それにしても、ユウタロウ君はいいな……戦える力がその体にあるなんて羨しいよ」

「トモミだって強いじゃないか。あんな強力な魔導書を作り出せるなんて……」

「ムーティエンを作れても、私はそれを扱うことができない。だから私にはあんなもの、角が厚いだけの本にしかならないの」

「角で殴ったら痛そうだね……」

かなりあの魔導書は分厚い。それこそ一撃で脳震盪でも起こせそうである。

「そういう問題じゃないでしょ。ともかく、ユウタロウ君はどういうわけかシグマが使えたんだよね。それって、凄いことだと思うよ」

そう言われると、自分でもなぜあんなことができたのか謎である。いや、それ以前にどうやってやったのかも謎だ。たぶん、もう一度やれと言われてもできないだろう。

「でも、やり方もわからないし、あのときは夢中だったから……」

「一回できたってことはまたできるかもしれないってことでしょ?」

確かに彼女の言葉には一理ある。

一度できたのだから、またできてもおかしくない。

「まあ、それはそうだけど……」

「だったら方法を考えましょ。自在に使えるようになったら戦力になるじゃない」

「うーん……あの後少しふらふらしたからな……そんなに何度もできないと思うけど……」

「それでも、戦うための力を持ってるんだよ? もっと自信を持とうよ」

「まあ、そうだけどさ……」

僕の力でノエルを倒したことは確かだったが、そう何度も使える能力ではないように思える。

今回だってアリシアが瀕死の重傷を負ったからこそ使えたわけで、またあのような状態にならないと使えないというのなら使い勝手が悪すぎる。それではたとえ戦う力になったとしても、戦力として考えることはできない。

「やっぱり僕が戦うなんて無理だと思うな。こんなに使い勝手が悪いんじゃ使いものにならないし……」

「私ね、ユウタロウ君が羨しい」

「……え?」

「いつもリオナは一人で戦っている。私は後ろに立ってただ見守ることしかできない。だから、それがとてつもなく悔しいの。私にも何かできることがあったらって思うのに……」

「トモミ……」

彼女は背を向けて一人誰に語りかけるでもなく呟く。

「私はリオナの負担を少しでも軽くしてあげたい。あの子は頑張り屋だから……一人でなんでも抱え込んじゃう」

僕はリオナの方を見た。元気にレルフィムやアリシアと戦っている。公園はますます酷い状況になってはいたが、なんだかその様子が楽しそうにしているように見えた。

「最初にアリシアちゃんが一緒に戦ってくれたとき、本当は嬉しかったんだ。この前はアリシアちゃんを抱え込んじゃダメなんて言ったけど……ユウタロウ君ならうまくやれると思うから……アリシアちゃんをよろしくね」

「わかった。今は確かにレルフィムのリトマスかもしれないけど……アリシアも僕が面倒見るよ」



ようやく一段落ついたのか、三人はお互い構えを解かないままであったが、ともかく戦わずに睨み合っていた。

「終わったの?」

「一時休戦よ」

アリシアがそっけなく言う。二人はぷいと横を向いた。

「皆力が尽きたね」

「特に私は連戦で疲れてるからね」

確かにレルフィムだけは連戦で力を使い切ってるはずだ。それなのにもかかわらずに二人と戦うだけの余力を秘めていたということになる。さすが最強と自称するだけのことはある。

「そんなの理由にならないね」

「あら、何か言ったかしら、赤犬」

「あ、赤犬って何ね!」

「自分のことだってわかるってことは多少の自覚はあるってことね。まあ、ご主人様に尻尾振ってるだけだもの。犬と変わりはしないわ」

「トモミはご主人様じゃないね! 大事な友達ね!」

レルフィムはふふと笑いながらリオナの放った炎弾を回避する。

「ほんと、しつけのなっていない犬ね」

「がるるるるる!」

牙をむき出してレルフィムと向かい合うリオナ。確かに言われてみれば犬にちょっと似てるかもしれない。しかし、赤犬といえば某国では食用にされている犬種ではなかっただろうか。

「赤犬は美味しいわよ」

やはりそうであったようだ。

「ま、それはともかく私は帰るわ。疲れたからさっさと寝たいもの」

そう言ってレルフィムは公園から去って行く。その様子を額に青筋を浮かべながらリオナは見送る。

「リオナ、よく我慢したね。えらいよ」

「うー……やっぱりあいつ嫌いね」

リオナはしゅんとしながらトモミによりかかる。彼女は笑ってリオナを出迎え、その腕で抱いた。

「仕方ないね。でも今は味方だよ? もう少し頑張ってみようよ」

「……わかったね」

リオナはゆっくりと頷いた。

「アリシアはどうする?」

「私? どうしよっかな……。もし、もしもの話だよ? ユウタロウが……ユウタロウが私を迎えてくれるなら……」

彼女は頬を赤く染めてちらりとこちらを見る。彼女の言わんとしていることはわかっていた。

「もちろんだよ。アリシア、戻ってきてほしい」

「ありがとう……ユウタロウ」

アリシアはニコりと嬉しそうに笑う。

その表情を見て、僕まで笑いを浮かべていた。

「じゃあ、帰りましょうか」

「うん」

「あ、ユウタロウ君」

そのとき、思い出したようにトモミが声をあげる。

「ん?」

「また明日ね」

「うん」

僕達とトモミ達は公園で別れる。

僕は久しぶりにアリシアとの帰路を歩いていた。

「こうしてユウタロウと歩くの、何日ぶりだろう……。まだそんなに前のことじゃないはずなのに、もう何カ月も前のことみたいに感じるわ」

「そうだね」

日にちにして二、三日というところだろうか。たったそれだけの短い間離れていただけなのにもかかわらず、僕は久しぶりの帰り道を満喫していた。

夜空には満天の星々が輝く。

名も知れない虫の声が響く夜道は、僕にとって何にも変えがたいものだった。

なんとか丸く収まりました。

さてさて、これから新キャラ登場です。

一体どうなることやら・・・。

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