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次の朝。
昨日のショックで寝過ごしたリーリエは、興奮したアリナとサンにゆさぶられて眼をさました。
「起きて、起きて!
凄いことよ、リーリエ!都の皇太子殿下、日の皇子様がお忍びで見えたの!」
「すっごい美男子、立派な方だって」
「お顔を見に行きましようよ、リーリエ!」
いやな予感がして、リーリエは首を振った。胸にどん!と鉛の塊が乗ったような気がしている。
いやいやながら出ていくと、肥った舎監が皆を広場に追いたてて、そわそわしている校長の前に並ばせようとする。
「皆さん、落ち着いて!
私達は踊り手。水の大神殿に属する者。第二皇子、月の皇子様にお仕えする者ですよ!」
格式の高い水の大神殿は、国王の第二子、月の皇子を最高位の神官長に頂いている。
皇太子日の皇子とは、あまり仲が良くないと噂されていた。
「騒いだり愚かしい真似をしないように!月の皇子様のお顔を潰すような真似は許しませんよ!水の大祭も近いのです。絶対に粗相の無いように・・・」
激しい注意も聞かばこそ。若く美しい貴公子の訪れに、少女達は小鳥の群れのように囀りまくっていた。
華やかな色合いの一団が近づいてくる。
リーリエの耳に校長の諂い気味の声が届いた。
「ご命令どおり、最上級生「花の蕾」全員を揃えました。『龍王の舞踏』を踊れるのは、この娘達でございます」
一団が並んだ少女達の前を通って来る。少女達が順に両手を胸で組み、頭を下げる。
眼を伏せたリーリエの前に、来る。
(気づきませんように、どうか気づきませんように・・・)
二本の足が目の前で止まった。
必死の願いもむなしく、ぐいと腕をつかまれ、引き出される。
「顔を上げろ」
冷たく燃える男の眼がリーリエを見下ろしていた。眼の片方が、あうー・・・見事な青あざに・・・。
その手がチリ・・・と鳴る小さな鈴を突き出し、リーリエの手首の腕輪に合わせる。
二つに割れた金具がぴたりと合った。
「こいつだ」
副校長が進み出た
「恐れながら皇子、この踊り部の里は水の大神殿直属の自治領。踊り手達はみな、弟君月の皇子様の所有になる者でございます。
ご無礼をはたらきました事は重々お詫び申し上げます、厳しく詮議いたしますゆえ、今日のところは・・・
!」
皆まで言わせず、皇子が副校長を蹴り倒し、リーリエを担ぎ上げた。
「俺が直々に処罰する。文句があるなら王宮へ来い!」
ずかずかと繋がれた馬の所まで戻ると、リーリエを鞍に放り上げ、皇子は身軽に後ろに飛び乗った。
(日の皇子様だったなんて・・・大変な方に怪我をさせてしまった・・・)
どうなるんだろう、どうなるんだろう、どうなるんだろう。
ショックで硬直した頭に響くのはその言葉ばかり。
お付き二人を引き連れ、皇子はそのまま里を出て街道のほうへと馬を進める。
「誰かに話したか?」
「え?」
「俺が一瞬でも意識を失った事をだ」
(一瞬じゃなくしばらく気絶してましたけど・・・)
それに落馬したし、顔を枝でぶたれたし、とは言わず、「いいえ」と答えるリーリエに、「そうか」とほっとしたような響き。
(ひょっとしてこの人、それを言いふらされるのが嫌で、私を?)
リーリエはじたばたした。
「誰にも言いません!言いませんから私を帰して下さい!」
「お前、自分の立場がわかっておらんな。民が皇子に手を上げたのだ。どんな極刑を言い渡してやろうか」
極刑!極刑っ・・・。どうなるんだろう・・・。