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リーリエは彼のほうこそ|精霊<シー>ではないかと思った。町や村で人々の祭りの晴れ着姿は見慣れているが、こんな立派な姿の人は初めてだ。
都会風の凝った刺繍の胴着に、金糸を織り込んだ青い半袖の上着。上等な旅行用マントの下からのぞく手首や二の腕の装具。額の金の輪に腰の帯剣。
目尻のきりりと上がった、癇の強そうな、若々しい引きしまった顔。太い濃い眉と、少しくせのある量の多い黒髪。
リーリエは踊り手の眼で、若者の持つ独特の雰囲気に気付く。
命令する事に慣れた傲慢さ。強い自負と誇り。
町や村の男達には、決して持つことの出来ない何か。
(|精霊<シー>でなければ、どこかの貴族の若様だわ)
リーリエは貴人への礼をとって丁重に答えた。
「この林の先の、踊り部の里の者でございます」
「なるほど。踊り手の卵か」
男は池のほとりに馬を乗り入れると、ゆっくりとリーリエの周囲を回った。
重い馬の蹄が、リーリエが丁寧に均した地面を掘り返す。
茂みの奥からあと二人、馬に乗った男達が出てきて、リーリエの退路を塞いだ。
「踊り部の里の、踊り手か」男がにやりと笑って言う。
「さて、コドラン、踊り部の里の境界はどのあたりだ?」
名を呼ばれた男がきびきびと答える。
「里の中央広場から周囲一里まで。ここでは、そう、あの林の半ばあたりになりましょうか」
「なるほど」
嫌な予感に、リーリエは後ずさる。
「踊り部の里は第二王子月の皇子の管轄だ。だが、娘、ここは里の外。外にいるおまえは脱走者だな」
そんな!
「里の外にいるのが何よりの証拠。捕らえて仕置きをしてやらねば」
男が馬上から手を伸ばす。
「来い!娘!」
伸ばされた手を素早くかいくぐって、リーリエは馬の腹の下に飛び込んだ。
「うわっ!」
驚いた馬が棹立ちになり、乗り手を振り落とす。
後も見ずにリーリエは林に飛び込んだ。
後ろから歓声と荒い足音が追ってくる。
手足でシャラシャラと鳴る鈴の音にリーリエは焦った。鈴付きの子猫のように居場所が丸わかりだ。
隠れてやり過ごすことが出来ない。必死で走って里に逃げ込むしかなかった。
道に慣れたリーリエが有利かと見えたが、男は力任せに枝を折って追いすがる。
斜面を回ったリーリエが息をついた途端、男が崖を飛び降りて眼の前に立った。
目前の勝利に低く笑って腕をのばす。
身を翻して若木の後ろに隠れたリーリエは眼の高さの枝を摑んでいた。
男の腕を避けて、若木を回って手を放す。
思い切り引いて弾いた枝が男の顔にまともに当たった。
「うおっ!」
仰向けに転倒し滑った男の身体が、リーリエの足を払う。
「きゃっ!」
リーリエはもろに男の上に倒れた。
下敷きになった男が、ぐっ、とうめき、そのまま二人は斜面を滑り落ちる。
怪我ひとつ無く、リーリエは男の上から跳ね起きた。
男はぐったりして動かない。茂みの影になった薄暗い中、その顔に黒っぽい血の色が見えた。
(し、死んじゃった?)
体重を乗せた自分の肘が相手の鳩尾に見事に入って、当て身をくらわせた事など知らず、リーリエは青くなった。
連れの二人が男を呼ぶ声が近づいてくる。男が呻いて弱々しく手を動かした。
我に返ったリーリエは飛び上がった。男の装身具に絡まった腕輪を引き離し、身を翻して茂みを抜ける。
里の敷地はもう眼の前だった。