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 カリヤムの樹に囲まれた、昼も薄暗い池の畔。


 一人になりたい時、リーリエは用具室の裏から学校の敷地を抜け出してここに来る。

 他の子達は|精霊〈シー〉が怖いので、暗い林の中には入ろうとしないのだ。


 リーリエは妊娠して追放になった上級生からここを教わったのだった。


 踊り手達は皆、神殿の主、龍王様に捧げられた者。ゆえに若い踊り手は水の大神殿で初めての奉納の舞をするまで、純潔でなければならない。水の祭りは三年に一度なので、踊りが上達せず進級の遅い子は、十七、八になっても恋人を作ることが出来ないのだった。


(内気なやさしい人だったのに)

 妊娠が発覚し、舎監に閉じ込められた彼女に縋られて、リーリエは恋人に急を告げるためにここへ走ったのだ。

 だが不実な若者は娘を見捨てて逃げ、身寄りのない彼女はただ一人、踊り部の里を追われたのだった。

(男なんて嘘つきで、自分勝手で、卑怯者で、大嫌い!)


 百年前なら、神に捧げられた神聖な踊り手を誘惑したら打ち首になっていたところだ。いまではだいぶ処罰も軽くなって、鞭打ちか罰金刑で済み、二人と身内が望むなら結婚することも許されるのに。


(今頃どうしているのだろう)


 踊り部の里の禁忌を破った彼女は、二度と正規の踊り手になることは出来ない。踊っていたければ流浪の旅芸人になり、奉納の舞台も無く祭りに踊り手を招く余裕も無い、田舎の貧しい村々を流れ歩くしか道はないのだ。

 神々に舞いを捧げる踊り手が、その踊りを卑しい芸として売るなんて!

 リーリエは身震いした。


 池の畔の小さな空き地を、リーリエは丹念に小石を取り除き、平らに踏み固めて自分だけの練習場にしていた。


 夕闇が近づき、カリヤムの林に野生の茉莉花の甘い香りが強くなる。

 池を彩る淡紅色の蓮の花は、踊りの『花』のポーズそのままに合わせた手の形に閉じていき、木々に絡まる蔦夜顔のほの白い蕾がほころび始める。巣に帰る小鳥の群れが騒々しく空で鳴き交わす。まもなくそれは餌を求めに出る蝙蝠の乱舞と変わるのだ。


 夕闇の落ちる前の、不思議の時。|精霊〈シー〉が人の前に姿を現す時だという。



 暗くなる前に、もう一度。 

 さっき間違えたところを舞ってみる。


 キリア湖のほとりで少女が美しい若者と出会い、共に踊り始める。若者は龍の化身。やがてその本性を現し、少女は龍と舞い踊り、最後に龍は天に昇って行く。他の踊りのように終幕のポーズを入れず、少女は龍を仰ぎ見る形で、余韻を持って幕となる。


 三年ごとに奉納される、水の祭りの最後の舞い。だが、百二十年に一度の大祭だけは、この最後の振りが違うのだ。その振り付けは水の大神殿の秘事であり、伝えられるのは選ばれた「水の巫女姫」ただ一人。


 他の神々の踊りの時は仮面をつけた踊り手が神に扮するが、龍神だけは人が扮してはいけないきまりだった。故にこの舞いは一人舞いながら二人舞いの形式を取り、踊り手は観客に架空の相手、龍の姿を想像させねばならないのだ。踊りの難度の高さとともに、繊細な表現力を要求される。この龍王の舞踏が最高の難曲とされる所以だった。


(そう、ここのステップ。ちゃんと覚えているのにどうして、何度でも間違ってしまうのかしら)


 そのほうが、気持ちが良いからなのだ。

 水が形に沿うように、何も考えないうちに身体が動いてしまうのだ。

(ここの不自然な振り付けを決めた昔の人を恨むわ!こう動く方がずっと自然なのに!)


 とにかく、間違わないように練習するしかない。何度でも、何度でも、身体が覚え込むまで。

 最終試験まであとふた月足らず。五十人の「蕾」のうち、首都に登って晴れやかに奉納の舞台を踏めるのは約七割。そしてこれほど練習を重ねても、この『龍王の舞踏』を舞えるのはただ一人、最高の舞姫、「水の巫女姫」の栄冠を頂く一人だけ。


(私。絶対私。マリエールなんかに負けちゃダメ。イメージするのよ。私が最高。弱気になったら負けなんだから・・・)



 お復習いに夢中になっていたリーリエは、彼女の踊りをじっと眺めていた観客に気付かなかった。


 馬がブルルと鼻をならす音に、リーリエは飛び上がった。

 見事な黒馬が茂みをかき分けて現れ、夕映えの空を背景にして、馬上の男がリーリエを見下ろす。


「こんな所でただ一人踊るとは。お前は|精霊〈シー>か?」


 男は少しばかり畏怖を交えた声で尋ねた。



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