表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第八話 友達のアオ

 


 永くひとつの会社で働いていたら、当然のように出世した。手にしている社会的地位は、年々大きくなっていると自覚している。


 それと同時に、色んなものを失ってゆく。若さ。体力。健康な体。


 そんなことを感じながら、俊康は、仕事を終えて帰宅した。


 平日の、午後八時。


 俊康は、四十四歳になっていた。


 令和四年。八月。またこの季節がやってきた。夏祭りの季節。


「ただいまー」


 帰宅してリビングに足を運ぶと、娘が、ソファーに座りながらスマートフォンを見ていた。


 最近、娘は、YouTubeの動画をよく見ている。その音が、俊康の耳にも入ってくる。聞き覚えのある鳴き声。ひよこの声。どうやら、ひよこの動画を見ているようだ。


「あ、お父さん、お帰り」


 言いつつも娘は、俊康の方を見ようともしない。動画に夢中なようだ。どこか素っ気ない。


 これが反抗期か、などと思いつつ、俊康は冷蔵庫を開けた。冷えた麦茶がボトルに入っている。冷蔵庫から取り出し、コップに注いで飲んだ。冷たい感触が喉を通って気持ちいい。歳のせいか、最近すっかり暑さに弱くなった。


 妻は、ダイニングで夕食の準備をしていた。


「ただいま」

「お帰りなさい。今日もお疲れ様」


 夫婦仲は円満と言っていいと思う。いつも、ちゃんと互いを労い合っている。一緒のベッドで寝ている。今でも、月に一度はセックスをする。


 娘の動画の音が止まった。ひとつの動画の再生が終わったのだろうか。


 再生が終わるとほぼ同時に、娘はソファーから立ち上がった。軽い足取りで、俊康のところまで来た。


「ねえ、お父さん。お願いがあるんだけど」

「なんだ?」


 俊康はYシャツのボタンを外しながら、娘の話に耳を傾けていた。


「私ね、また、ひよこ飼いたい。てか、私が産まれたときは、ユーマもアオももうニワトリだったから、ひよこから飼いたい」


 Yシャツのボタンを外す俊康の手が、止まった。


「どうしたんだ? 急に」

「いや、ずっと思ってたんだよ。また飼いたいな、って。今度は、ひよこから面倒見たいな、って」


 この数十年で、世の中は大きく変わった。動物愛護法なんかも取り上げられるようになって、夏祭りでカラーひよこを見かけることはなくなった。


 それでも、と思う。


「まあ、いいけど。でも、祭りとかでは飼わないぞ。飼育状態が良くないだろうからな」


 雄馬は、もういない。ニワトリになることを願いながら売る奴は。


「わかってるよ。あのね、友達のお姉ちゃんが酪農の大学に通ってるんだけど、そこから貰えるらしいの」

「そうか。まあ、いいんじゃないか」


 俊康は妻に目を向けた。


「いいよな、ママ」

「私はもう相談されて、オッケーしてるよ。でも、ちゃんと皆で面倒見るんだよ?」

「ああ」

「分かってるよ」


 俊康と娘が、口々に妻に返事をした。


「じゃあ、ニワトリ小屋、掃除しないとな」

「うん。もう十年くらい使ってないからね」

「名前は、もう決めてるのか?」


 聞くと、娘は、ニンマリと子供らしい笑顔を浮かべた。


「決まってるじゃん。ユーマとアオだよ」


 娘の言葉を聞いて、俊康の頭の中に、幼い頃の記憶が蘇った。今の娘よりも幼かった頃。その頃の、幼馴染みの言葉。


『トシもさぁ、アオの友達だ。トシは、俺の友達だからなぁ』


 自然と、俊康の顔に笑みが浮かんだ。


「そうだな。友達の名前だもんな」





 (終)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい友情の物語でした。感動しました。同じような環境で、互いにささえあった日々は年月が流れても変わらないというのは、なんとも美しかったです。
[一言] ∀・)ちょっと違うけど北野監督のキッズリターン的な。でも昭和から始まり、令和に物語が閉じる。ひよこからニワトリへ。俊康と雄馬、それぞれの人生にそれぞれの意味があるんだと思うと実に深く心に残る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ