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第七話 可愛かったんだ

 


 休日の朝。


 目が覚めて、俊康は、ベッドの上で大きく伸びをした。時計を見ると、午前九時半だった。


 同じ部屋にあるもう一つのベッドは、(から)になっていた。妻と娘は、もう起きているらしい。


 大きなあくびをひとつして、俊康はベッドから降りた。寝室から出る。一軒家の二階。階段を降りて、一階のリビングに足を運ぶ。


 平成二十四年。季節は、秋になっていた。十月。


 リビングに入った。娘が、リビングのテーブル席で朝食を食べていた。


「あ、パパ。おはよう!」

「ああ、おはよう」


 娘に挨拶を返す。


 キッチンでは、妻が洗い物をしていた。


「あら。起きたの? 休みだから、もう少し寝てるかと思った」

「いや、なんか目ぇ覚めた」

「朝ご飯、食べる? 何か作る?」

「ああ、頼む」


 妻に言うと、俊康はリビングのソファーに腰を下ろした。テレビを点ける。ニュースが放送されていた。


 市街地から離れた場所にこの家を買って、もう十年近くになる。それを機に俊康は、当時一緒に暮らしていた妻と結婚した。四年前には、娘も産まれた。長く働いている職場では、係長になっていた。


 平凡で、幸せな生活。


 リビングの窓から、庭が見える。そこにある、それほど大きくないニワトリ小屋。この家を建てるときに、付属で作って貰った小屋だ。


 そのニワトリ小屋には、もう何もいない。


 雄馬からひよこを貰ってきた夜。当時一緒に暮らしていた妻は、驚きながらも、飼うことに反対しなかった。それどころか、俊康よりも二羽のひよこを可愛がっていた。


 二羽のひよこは、すぐに立派なニワトリになった。当時住んでいたアパートでは、飼うのが難しくなった。


「一軒家を買って、結婚しようか。そうしたら、この子達も庭で飼えるし」


 そう提案したのは、妻だった。


「私も働いてるから、なんとかなるだろうし」


 あれから、十年近く。


 二羽のニワトリは、立派に天寿をまっとうした。


 一羽は、今年の春に亡くなった。もう一羽も、後を追うように夏に亡くなった。


 十年近くも一緒に暮らしたニワトリが亡くなったときは、さすがに悲しかった。妻も泣いていた。けれどそれ以上に、娘が大泣きした。娘が産まれる前からこの家にいたニワトリは、彼女にとって、友人であり兄のような存在だったのだろう。


 雄馬とは、結局あれから会っていなかった。二羽のひよこを受け取った、夏の夜から。


 あまりに連絡が来ないので、ひよこを受け取ってから一年ほど経った頃に連絡してみた。しかし、架けた電話は「現在、使われておりません」のガイダンスが流れた。送信したメールは、宛先不明で返ってきた。


 雄馬は結局、二羽のひよこがニワトリになった姿を、見れなかった。


 ──雄馬。お前は、ニワトリになったアオと一緒に暮らせたんだぞ。アオを見送れたんだぞ。


 テレビから流れるニュースを見ながら、俊康は、そんなことを胸中で呟いた。もう長いこと会っていない、幼馴染みへの語りかけ。


 そんな心の声に似合わないニュースが、テレビでは放送されていた。物騒なニュース。市街地で、ひとりの男性が遺体で発見されたという。


 遺体には、暴行された痕があった。それも、ひどく凄惨な暴行。明らかな他殺。死後からそれほど時間が経っていないと推測されているようだ。


 殺害された人物。その顔写真が、テレビの画面上に表示されて。


 俊康は、目を見開いた。


 そこには、雄馬がいた。まだ若い──高校生の頃の、雄馬の写真。


 ニュースのテロップで、雄馬の肩書きは、暴力団組員と記載されていた。年齢は、三十四歳。当たり前だが、俊康と同じ歳。


『しばらく連絡取れなくなるけど、必ず連絡するからさぁ。そんときは、ニワトリになったそいつらに会わせてくれよなぁ』


 最後に聞いた、雄馬の言葉。十年前の、雄馬の言葉。


 ──なんだよ。連絡、くれなかったじゃねぇか。約束、破ってんじゃねぇか。


 悲しいとか辛いという感情より先に、俊康は、そんな悪態を突いてしまった。


『二羽とも、元気なニワトリにするからな』

 

 俺は、お前との約束を守ったんだぞ。二羽とも元気なニワトリになって、毎日、うるさいくらいに鳴いてだんだぞ。


 それなのに、お前は。


 胸が痛んだ。でも、悲しいとか、苦しいという気持ちじゃなかった。ただ、悔しかった。ただ、残念だった。


「パパー、ご飯できたよー」


 娘に呼ばれて、俊康は、ハッと我に返った。


 娘が、俊康の方へ早足で来た。ちょこまかと、ひよこのような足取りで。その姿は、例えようもないほど可愛い。


 ふいに、俊康の頭の中に、昔の雄馬の言葉が蘇った。アオを買った翌日の、彼。


『でも、こいつが一番可愛かったんだぁ』


 自分のところに来た娘。その頭に、無意識のうちに手が伸びた。撫でる。愛おしむように。ずっと一緒にいたいという気持ちを、込めるように。


「パパ、ご飯!」

「ああ、わかったよ」


 ソファーから立ち上がる。食卓テーブルに足を運ぶ。


 その直前に、俊康は、ちらりと窓の外の庭を見た。


 もう何もいない、ニワトリ小屋。その片隅には、二つのお墓があった。亡くなった二羽のニワトリを弔ったお墓。木の板を墓標にした。


 墓標には、娘が拙い字で書いた、二羽のニワトリの名前。


 俊康に字を教わりながら、娘は、泣きながら二羽の名前を書いた。


『アオのおはか』

『ユーマのおはか』


 二羽のニワトリは、仲良く、この家の庭で眠っている。



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