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第三話 別れ道の中学生


 朝日が昇ってきている。


 平成四年の八月。午前五時半。夏場なので、こんな早朝でも暑い。


 中学三年になった俊康は、新聞配達のアルバイトをしていた。中学一年のときから始めたアルバイト。もう、二年以上も続けている。


 アルバイトは、家計を助けるために始めた。女手一つで自分を育てている母親から、小遣いを貰うつもりはなかった。


 中学入学当初に、アルバイトをしたいと母親に告げた。学校に許可申請を出した。母親も教師も、俊康がアルバイトをすることに、最初は渋い顔をしていた。


 けれど、そんな教師達は、今では俊康に文句ひとつ言ってこない。俊康の成績は優秀で、常に学年で二十番以内を保っていた。二〇〇人ほどの学年の中で、だ。成績が優秀であれば、彼等は文句を言わない。


 母親は今でも「お小遣いが欲しいならあげるから、大変だったら辞めてもいいんだよ」と言っている。けれど、高校にも大学にも進学させてくれると言っている母親に、これ以上贅沢は言えない。


 新聞販売店の自転車を借りて、新聞を積み、区域内で配る。走って、新聞をポストに入れて。また自転車を走らせて。夏場だから、当然、汗が流れ出てくる。


 六時少し前に、新聞を配り終えた。俊康は自転車を漕ぎ、国道沿いを通って販売店に戻ろうとしていた。


「トシぃ!」


 自分を呼ぶ声が聞こえて、俊康は自転車を止めた。


 数台のバイクが、国道をUターンして俊康の方に向かってきた。消音器を抜いた大きな排気音。刺繍が施された特攻服。ヘルメットは、ハンドルのところにぶら下がっている。彼等にとってのヘルメットは、バイクで転倒したときのための防具ではない。人を殴るための凶器だった。


 市内でも割と大きな暴走族。総勢五十人ほどの族だと聞いていた。


狂走会(きょうそうかい)


 その特攻隊長が、数人の後輩を連れて俊康の前でバイクを止めた。


「トシさん、お疲れ様です!」


 特攻隊長である雄馬。彼の後輩が、挨拶とともに俊康に頭を下げた。俊康は狂走会のメンバーではないのに。その上、後輩といっても、彼等は俊康や雄馬より年上のはずだが。


「トシぃ、今、帰りなのかぁ?」

「まあな。雄馬もか?」

「ああ。集会のなぁ」


 雄馬は、中学入学とほぼ同時に狂走会に入った。きっかけは、同じ中学の先輩に誘われたからだった。


 中学入学直後、雄馬は、数人の三年生にトイレで絡まれた。小学校時代から有名だった彼は、入学前から先輩達に目をつけられていたのだ。当たり前のように雄馬は喧嘩をし、いつものように相手を叩きのめした。


 それがきっかけで、三年のトップに気に入られた。その先輩が当時特攻隊長を務めていた狂走会に引き入れられた。


 雄馬は現在、十五歳。当然、無免許である。


 暴走族に所属している生徒と、アルバイトと勉強を見事に両立している生徒。雄馬と俊康の人生は、中学に入ってから大きくその道を(たが)えた。


 それでも、小学生のときほどではないにしろ、二人はよく会い、遊んでいた。


 雄馬は、教師達や世間から「クズ」と言われる生き方をしている。大人達が彼をそう呼ぶことを、俊康は否定しない。けれど、彼の本質は、昔から何も変わっていない。


 雄馬は、野良の子猫や事故で死にかけている猫を、よく拾ってきた。そんなときは、決まって俊康に助けを求めた。


「トシぃ。こいつ、助けたいんだよぉ。けど、俺、馬鹿だからさぁ。どうしたらいいか分かんねぇんだよぉ」


 そんなとき、俊康は、必ず雄馬に手を貸した。拾った猫を動物病院に連れて行ったとき、当然のように高い治療費が発生した。その代金は、雄馬が出していた。貧しい家庭で、しかもアルバイトもしていない雄馬が、そんな金をどうやって捻出したのか。


 聞くまでもないことだった。けれど、俊康は、それを追求も言及もしなかった。


 特に怪我をしていない子猫に関しては、一緒に色んな家を回って里親捜しをした。体が大きく人相が悪い雄馬が人の家を訪ねても警戒されるだけなので、住人と話す役目は俊康だけで行った。


 事故に合った猫が死んでしまったときは、決まって二人で墓を作った。昔、アオを弔った公園の木の下に。


 雄馬は、大柄な体と強い腕っぷしに似合わず、泣き虫だった。お墓を作るとき、いつも泣いていた。


「ごめんなぁ。助けてやれなくて、ごめんなぁ」


 土だらけの手で涙を拭く雄馬は、アオを友達だと言っていたときと、何も変わっていなかった。


 たとえ、どれほど社会からはみ出していようと。



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