ぼんやり令嬢は館の案内をする
疑問がありつつも、エマの手によってどんどん身支度は整っていた。先ほどまで着ていたゆったりとしたワンピースから、白い生地に青いリボンが特徴的なブラウスに、リボンと同じ、鮮やかできちんとした印象を与えるロングスカートに着替え、客人用のサロンにいくと、何故かアルマと一緒にニーチェさんがいた。
「ニーチェさん……」
「フルル、急に来てごめんな?びっくりしたよな?」
驚いて続きの言葉が出てこない私を気遣うように、困ったような笑みでそういうニーチェさんを見つつ、どうして、わざわざ、しかもこんなにすぐに来たのには、絶対何か理由があると感じ、ない頭で考え、一番合点のいった理由にたどり着き、思わず焦ってニーチェさんに問いかけた。
「いえ、あの……アイン様に、何かあったんですか?」
「安心しな、アイン様は元気だよ。」
意外な返答に、次点にあった理由を述べた。
「じゃあ急ぎのお仕事ですか?」
「仕事もないよ」
「え?」
この可能性も一刀両断にされ、じゃあなんだろうと戸惑っていると、エマとアルマがなんとも言えない表情で、こちらを見ていた。
「……とりあえずお館様のところに行きませんか?」
「そうだねぇ」
エマとアルマに促されお父様の執務室に行くと、お父様は、あまりのことにおどろいたのか、お気に入りの万年筆を落としてしまった。
「……失礼」
「すいません、先ぶれもせず突然訪ねてしまって」
「いや、大丈夫だ。たいしたもてなしもできずに申し訳ない」
お父様は、どうにか持ち直しつつそういうも、ニーチェさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にしないでください」
「すいません 私が何か連絡してれば……」
本当に、いろんな人に迷惑をかけて申し訳ないとへこむと、お父様は優しく頭を撫でつつ答えた。
「問題ないよ……さてと、どれくらいベルバニアには滞在するんだい?」
「一応明明後日までは、ロテュスの町で宿を取ろうと思ってます」
ニーチェさんのその言葉にお父様、アルマ、エマと私は少し悩んでしまった。
「……ロテュスの町は、今、馬の遠乗りできた旅人らと、祭りの観光客で、なかなか宿を取るのは難しいと思うが……」
そう、いつもだったら領民しかいないから、どこでも好きに泊れます、という状態なのだが、首都に出稼ぎに行っていた人々や、親類などがこの時期戻って来たり、その友人らも来たりしてにぎやかな上に、遠乗りできている旅人も含め、一年で数回しかない稼ぎ時。
一言で言うと、無駄にどこもかしこも混むんですよねぇ……。
「でもお館様、ヴィオルに行くにしても遠いですよ?」
エマのその言葉に三人で頷いた。
ヴィオルはベルバニアの海に面した町で、ロテュスの町の次に栄えているが、ここからはすこし遠いそのことを加味して、お父様から結論が出された。
「君さえ嫌でなければ、この館に泊っていかないか?君は、フルストゥルの婚約者候補なのだし、問題はないと思うが」
「俺もその方がいいと思いますねぇ、まぁ、お嬢様が嫌でなければですけど」
お父様の言葉にアルマはそういい、エマも小さく頷いている。私も、今からヴィオルに行くのも大変だろうし、ニーチェさんが泊まることが嫌というわけではなかったので、首を横に振った。
「いやとかは無いですけど、お部屋の準備は……」
「フルストゥルが、館の案内をしてる間に、済ませてもらおう」
お父様は横目で私を見ながらそう言い、それに対して反射的に私は答えた。
「あぁ……はぁい」
知ってますこれ、やれってやつですねぇ、と納得せざる得なかった。
「ごめんなぁ、いろいろと」
「いえいえ、お世話になってますから……とりあえず疲れましたよね?お茶でも飲みます?」
「あぁ……ありがとう」
ニーチェさんはいつものように優しく笑った。
あぁよかった、珍しく戸惑ってるニーチェさんばかり見れたのは貴重だけど、こっちのほうがよっぽどいい。
「じゃあ行きましょうか……リノン」
少し先にいるリノンに声をかけると、すぐさま返事とともにリノンは現れた。
「はいお嬢様って……ええええええええ」
「わかるわかるそうなるよねぇ」
「俺は幽霊かなんかか?」
リノンの驚きの声と、ニーチェさんの落胆の声から、のんびりとしたティータイムが始まった。
冷たいフルーツティーと、お昼を食べ損ねていたニーチェさんには軽食、私にはレモンゼリーが出され、ようやく、ほっと一息つけるほど、気持ちが落ち着いてきた。
「で、なんの用事だったんですか?」
「いや、フルルに会いに来ただけだよ?」
まるで、当然の義務かのようにニーチェさんはいうも、あまりしっくりこず首を傾げてしまった。
「…………うん?」
「どうして疑問形なんだ?……心配だったんだよ」
ニーチェさんは私の頭を撫でつつ言う、その表情をみて、あぁこの人は、本当に心配してくれてるんだなぁ、と実感し深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「うん、どういたしまして」
その後ものんびりとお茶をしてようやく、私はニーチェさんに館の案内を始めた。
「なんていうか変わった模様が多いなぁ……」
「あまり見慣れないですよね。基本的にうちは、旧レウデールの模様や意匠を主に使ってるから、そのせいかもしれないですね。」
「へぇ、派手過ぎず上品だなぁ、もしかして前に刺繍してくれたのも?」
「そうです」
よく気づいたなぁと感心しつつ、ニーチェさんにはその後も書斎や、馬宿にいってアントワネットを見せてもひくこともなく、マークスさんから、私が乗馬できることを知っても笑顔を浮かべた。
「フルルは、、何でもできるんだなぁ」
そう肯定した後、マークスさんにも笑顔を向けた。
「何よりここにいる人は、みんなフルルを大事にしているのが、よく分かります。」
「嬉しいことをいってくれるねぇ」
涙もろいマークスさんが、また泣き始め、ニーチェさんは驚いてこちらを見返す。
「あ…いつものことなんで、放っといていいですよー」
「いやぁ歳だねぇ」
「……あ、いいんだ」
私のその言葉に戸惑っていたが、ケロっとしてるマークスさんをみて、ニーチェさんは安心したかのように、軽い口調で答えた。
「ジゼル、また花をみせてくれる?」
「いいですよ お嬢様……とそちらの方がニィリエ様ですか?」
「あれ?なんで知ってるの?」
「知ってますよぉ。お嬢様の大事な方ですもの」
にこりと私に可愛く微笑んだ表情のまま、ジゼルはニーチェさんにも、そのままの笑顔で頭を下げた。
「私はベルバニアの庭師の一人、ジゼル・コルディーニです。ここのお庭は自信作です。何でも聞いてください」
「ありがとう。俺は、ニィリエ・ハイルガーデンだ よろしくな」
二人がそう笑顔で挨拶してるのを見てよかった。と思いつつ、ニーチェさんと、ゆっくりジゼルが育ててくれた、旧レウデールの花をのんびり眺めていると、やっぱり目立つのか、ニーチェさんも、青いダリアに目を奪われていた。
「やっぱ綺麗ですよねぇ」
「それは自信作ですからね。嬉しいです」
「そういえば、これはなんて名前の花なの?」
私の問いに、まってましたとジゼルは笑顔で、説明を始めてくれた。
「サンドリヨン・ダリアという名前です。お嬢様にも言った通り、旧レウデールの王が、愛する妃のために、妖精に祈ったという逸話があるんですよ。」
「へぇロマンがあるなぁ。それにこれだけじゃなくて、どの花も綺麗だなぁ」
「ありがとうございます。」
ニーチェさんは心底感心しながら、ジゼルの育てた花をじっくり眺めていた。
その後も、しばらく館の案内をしていると、丁度お兄様とばったり、廊下で鉢合わせになった。
「あぁ、あなたが……、俺はジィド・ベルバニア。妹がいつも世話になってます」
「いえ、挨拶が遅れました。ニィリエ・ハイルガーデンです。」
二人が、きちんとした挨拶をしている横で、手持無沙汰な私は、小声でお兄様に聞こえるか聞こえないかの大きさで呟いた。
「……私も頭下げたほうがいいかな?」
「どうしてそうなる……?まぁいいや、せっかく首都から来てくれたんだし、一緒に、花灯篭をみに行こうかと誘いに来たんだ。」
「いいんですか?」
「いいよ別に、二人も三人も変わらないだろう?」
お兄様のあまりに大雑把なその一言で、何と三人で行くことが決定したのだった。
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