眼帯従者はベルバニア領へ到着する。(ニーチェ視点)
間抜けな声とは反対に、どこか男性なのに艶のある、余裕差を漂わせながら家主は現れた。
「おや?ニーチェ君かぁごめんごめん」
玄関先で予期せぬ客人が来たことに驚くわけでもなく、美貌と、さんは申し訳なさそうに答えた。
「えっと……フルルは、大丈夫なんですか?」
「うーん、疲れてはいたけど、凹んではないよ?でも流石に、酷いかおだったしねぇ……」
苦笑しつつ、そういう表情からは暗さは感じ取れないが、疲れていたという単語を聞いて、流石に手放しでは喜べなかった。
「そうですか…」
少し心配から気落ちしてしまうと、ヴォルフラムさんは少し考えたあとに、笑顔で提案した。
「君さえよければだけど、ベルバニアまで送ってこうか?」
「え?」
予想外の提案に、ありがたさよりも驚きがでてくるも、それを無視して、ヴォルフラムさんは笑顔で答えた。
「心配なんだろう?フルルが」
「はい」
もはや、やや前のめりでいうも、相変わらず世間話をするほどの軽やかさで、いやむしろ、親戚のような気軽さに近い雰囲気で返す。
「じゃあちょっと待っててね……あぁ、時間がかかると思うから、上がって上がって、そういえば早い時間だけど、朝食は食べた?」
「食べてないですけど……」
「じゃあ食べてきな」
「え?」
数分前と同じようなやり取りをするも、それも気にせず、ヴォルフラムさんは笑顔で答えた。
「どっかの国では、こういうことわざがあるんだよ、腹が減っては戦はできぬってね」
その笑顔は、少年のように親しみがあり、その言葉に、ようやく張りつめていた緊張の糸が、ほぐれた。
以前にも来たことがあるが、まとまりが良く、品のいい雰囲気のリビングに通され、つくりのいい椅子に座っていると、こんがりと焼かれたパンと、目玉焼きにベーコン、そしてサラダにトウモロコシのスープを、エフレムさんがさっと作ってくれた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
少し気が気でないものの、せっかく作ってくれた朝食を食べていると、エフレムさんが淡々とフルルの状況を教えてくれた。
聞く限り、へこんで寝込んで落ち込みすぎて、食事もとれない程ではないのが分かって、安心した。
それが分かったのなら、別に行かなくてもいいと思う人もいるとは思うが、心配ももちろんだが、それを差し引いても、ただ、フルルに会いたい気持ちが確かにあることに自分でも驚いた。
「お待たせしました。ヴォルフラム様」
ガチャリ、と白いドアを開けたのは、見覚えのあるひまわりのような黄色い髪と、青い瞳をした男。
もとい、元ブランデンブルグ侯爵家の侍従、ラスター・テューリンゲンだった。
「ラスター、すまないね。彼を急ぎで、ベルバニア邸までつれてってくれるかい?なるはやで」
「かしこまりました。なるはやですね」
どうして、ジルベール様のところに勤めているラスターが、何故ここまで、ヴォルフラムさんに忠実なのか、少し気になったものの、二人に促されて、車に乗り込んだ。
「では急ぎましょうか」
「頼みます。」
そうして、ベルバニアに向かってもらう最中に、ラスターは少しため息をついた。
「悪いなぁ、休みだったか?」
「いえ、そうじゃないんです」
ラスターは、少し気まずそうな表情をしつつ、口を開いた。
「以前、フルストゥル嬢が半月ほど休学しても、レヴィエ様は一度も見舞いに行かなかったし、贈り物や手紙の一つすらもなかったなと……」
「呆れたものだな」
ニーチェはそう一刀両断する。
ハイルガーデン家は基本平民よりの貴族だが、さすがに最低限の礼儀とかは……貴族というより、人としてのそれはしっかり、母親と父親代わりのウィンターにきっちり教え込まれたが、流石に、恋愛感情は無くても、そこまで放置することは無い
というか、そもそも、不慣れな都会で苦労している幼馴染を、ここまでしんどくなるまで放置など、自分だったら絶対にしないだろう。
どう考えたって、侯爵家のせいで苦労させてるんだし……と、思わずあのバカの立場になって考えていると、ラスターはうなだれつつ答える。
「最初からあなたならフルストゥル嬢は体調を崩すことも無かったかもしれないと思うと……」
「光栄だけどな。別に、大したことはしてないんだよ」
最初に会った時から、別に特別なことはしていない。
ただ、自分がしたいようにしてるだけなのと、婚約者候補になってからは、より一層大切にしたいと思うようになったし、むしろ、そうするべきでもあったから、それはもう、堂々と大事にしたが、いやだからこそ、10年も付き合いがあるのに、あそこまでぞんざいにしていたことが許せなかった。
「その、大したことでもないことができない人が、世の中には多いんですよ」
「……それもそうだな。」
ラスターのその言葉は、以前、自分がフルルに言った言葉とよく似ていた。
しばらくすると葡萄の匂いが微かに鼻をくすぐった。
……ということは、ベルバニア領の近くまで来たのだろう。
何せベルバニアは葡萄で有名、それこそワインやジュース、またパンやクッキー、ジャムに加工されており、関税の影響か、あまり首都ではみかけないが、ベルバニア近辺では、とても有名であることは周知の事実だ。
その予想が当たったのか、すぐに、ベルバニアの主要な町であるロテュスの町が見えてきた。
町は、どこもかしこも花で彩られているのと、可愛いらしい家や商店が並んでいて、童話の中の町の様だ。
おもわず、アイン王女が好きそうだなと思ってしまう。
「そろそろつきますね、お屋敷はあの丘の上の館です。」
ラスターが運転しながら前方を目で示した先には、そんな街を見下ろすように、小さな丘の上に、これまた童話の家のような、かわいらしい館がそこにはあった。
「へぇ……なんか絵本に出てきそうなかんじだな。」
「えぇ、旧レウデール時代の館を改修してそのまま……。もちろん、メンテナンスはしてますけど」
「そうなのか、確かに趣があるな……というか土地広いな……」
遠目から見ただけでも、馬や牛のいる厩舎や草原、畑、館の周りには、ごく一般の貴族の屋敷ではみないほどの、牧歌的風景がひろがっていた。
いい意味で、貴族らしくない雰囲気の景色は、良くも悪くもイメージ通りだった。
「着きましたよ」
「あぁ、ありがとうな」
ベルバニア邸の前で、いざ門扉を叩こうと思った時に、フルルの側に仕えているオルハという青年と、その姉のエマによく似た、顔に傷がある男性が目に入った。
「ん?何だぁ なんか用事か?」
「……フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢の、婚約者候補ニィリエ・ハイルガーデンと申します。フルストゥル嬢はいますか?」
「あーあーあー、君かぁオルハとエマが言ってたのは」
男性は、なるほどと何かに納得してから頭を下げた。
「俺はアルマ・アクイラ ベルバニアの使用人の一人 見ての通りオルハとエマの父親だよ。君のことは、よぉく聞いてるよ。上がんな上がんな」
「ぁ……はい」
アルマさんのあまりの気安さに驚いていると、首都でよく見ていた人物、エマさんがひょっこりと現れた。どうやら角度的に見えていないらしく、アルマさんにだけ話しかけていた。
「お父さんどうしたの?」
「何って、うちのお姫の王子様がきたんだよ。お姫は何処にいる?」
「ジゼルの花を見に中庭に……って、えええええええええ」
「じゃあ行こうか」
言われるまま、こちらの手をとって進もうとするのを、エマさんは全力で阻止した。
「いや待て待て、お嬢様にも支度がありますから……。とりあえず、サロンで待っててください」
「えー」
「えー、じゃない」
「カーラ、リゼ。もてなしをお願い、私はお嬢様のとこに行くから。」
そうして、エマさんが走って行ってすぐ後に、聞きなれた声が遠くから響いてきたのだった。
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