ぼんやり令嬢と決別
「あぁ、やっぱりフルストゥルだぁ」
「……なんだこいつ」
ファジィル王子は心底気持ち悪そうに、まるで、亡霊のように私を見てニタニタ笑うレヴィエ様を見て、吐き捨てる。
「俺はレヴィエ・ブランデンブルグ、フルストゥルの婚約者だ」
「はぁ?彼女の婚約者は、ニィリエ・ハイルガーデン男爵子息だろう?」
「……違う」
ファジィル王子にそう食ってかかろうとするも、ファジィル王子の魔術のお陰か、一定の距離から動くことは無かったが、それを破ろうとするその姿はあまりにも異常だった。
「俺だっフルストゥルの婚約者はおれなんだぁああああ」
下品に叫び散らかすレヴィエ様を、心底うっとうしい、否汚らわしいという表情で、肩をすくめた。
「お前の中ではそうなんだろうけどなぁ?この国の高位貴族と、俺らは知ってるけどそれが嘘なのか?」
「そうだ」
血走った視線を何とも思わず、ファジィル王子はこちらを向き直り、普段サロンでよく見せる気安い笑顔で続ける。
「へぇ愚かだなぁ、行こうベルバニア伯爵令嬢、クティノスから菓子がたくさん届いてなぁ。ニィリエもいるだろうし、王宮に行こうか」
「え?あぁ……」
ファジィル王子に促されて、その場を去ろうとするも、後ろから、レヴィエ様の絶望したかの声が聞こえた。
「嘘だぁ……全部、全部嘘なんだぁ」
「ファジィル王子、少し待っててもらえますか?」
「ん?いいけど」
大丈夫か、と気づかわしげにファジィル様はこちらを見るが、私は少し微笑んでから、レヴィエ様の前までゆっくりと歩いた。
「……レヴィエ様」
「フルストゥル……今まですまなかった。俺にはお前しかいないんだ……」
「……」
すがるような目で見てくる彼を見て、驚くほど何も思わないまま、ただ彼の言葉を聞いた。
「これからフルストゥルの行きたいところに行こう。ドレスだってたくさん買うし、本も好きなだけ買っていいから……課題だって俺が、俺が全部教えるから……」
「いやです」
「え?」
今更、というより呆れと怒りでどうにかなりそうな気持を抑えて、いや抑えきれず、怒るとお父様そっくりと言われた表情で、軽蔑しかない視線で睨みつけた後、私は、首都に来て初めて堂々と、面と向かってレヴィエ様に宣言した。
「……私の婚約者は、ニィリエ・ハイルガーデン男爵子息様ただ一人です。
貴方からもらいたいものなんて、何にもありません」
そこまできっぱり言い切ると、予想に反した言葉だったのか、レヴィエ様は口をぱくぱくさせ驚いており、ファジィル王子はその様子をただ見守っていた。
「舞台も、職人街へも露店も、本屋も全部ニーチェさんが連れてってくれました。美味しいごはんも一緒に何度も食べてます。」
それも全部、いやな顔をせず、私が辛い時には私を元気づけるために、いつもいつも彼の行動は優しさからで、一緒にいて嫌な気持ちになったことは一度もなかった。
目の前のこの男と違って、そう思うと自然と言葉が止まらず、すらすらと出てくる。
「ニーチェさんには、セレスのドレスを一式プレゼントしてもらいましたし、いつも送り迎えしてくれます」
「だったらおれも……」
同じことをすれば、許されると思っているであろうその浅はかさに腹が立ち、私は、違いを分かりやすく説明した。
「貴方と違って、私を罵倒したり、暴力を振ったことはありません。私のプレゼントを捨てたり、他人に上げたりなんかしないし、馬鹿にしたりしたことは一度もないです。」
「それは騙されてるんだ……」
あまりにもずさんな言葉に、私は怒気を強く答える。
「私なんか騙して何の得があるんですか?ニーチェさん……。いやハイルガーデン家は、身分こそ男爵家ですけど、資産自体はベルバニア家以上ありますよ。それに、ノージュさんは、政界に進出しようとかあまり思ってませんよ。ちゃんと調べたんですか?」
何にも調べていないことはわかっていたが、ここまでずさんだと、品はないが反吐が出そうになる。
「もっとあたま使って喋ってくださいよ、頼みますから。」
前髪をかきあげて、嫌悪を盛大に含んだ表情で言い切った。
私のその言葉で、レヴィエ様はこちらを睨みつけ、魔術を弾き返そうとするがそれが叶うことは無かった。
「レヴィエ・ブランデンブルグ、こちらへ来てもらおうか」
今回は、ファジィル王子がきちんと手続きを踏んで外出をしたからか、衛兵たちが、レヴィエ様を取り囲んでいた。
「ファジィル様、大丈夫でしょうか?ささこちらへ」
「おう、お疲れすまないな」
「いえ」
「ベルバニア伯爵令嬢……何かされませんですか?」
「いえ 大丈夫です」
私とファジィル王子は、衛兵たちにより、安全な場所からその光景を見ていた。
「やめろおおおお触るな、フルストゥル、フルストゥル助けてくれ」
「えっとぉ……」
少なからず、私とレヴィエ様との関係を知っているのだろう、女性の衛兵さんがこちらをチラチラ見るが私は満面の笑みで答えた。
「あぁ、いいですよ。さっさと連れてっちゃってください。抵抗するなら、死なない程度に暴行しても構いません」
「容赦ないなぁ。一応婚約者だったころもあったんだろう?」
ファジィル王子は苦笑、というより大笑いしたいのをこらえ、私に問いを投げかける。
「ええ、いいんです 嫌いなんで」
あっけらかんそういうと、心の中に、ずっと泥のようにたまっていた膿のようなものが、ようやくすっと取れた気がした。
……目の前のレヴィエ様は、みるみる絶望するのが見えたけれど、そんなものもう知らない。
「さて、じゃあ王宮に行くか」
「ええとぉ……」
もしかして、竜車にファジィル王子と二人きりになってしまうのでは、それはちょっときまずいなぁと思っていると、竜車の中にギャラン様がいた。
「怪我がないみたいでなにより」
「ギャラン様」
ギャラン様に驚くもつかの間、王族のためにあつらえられた広く豪奢な竜車の中には、クティノスの美人な侍女の方と、ギャラン様の侍女である、お人形みたいに可愛らしい方がいてくれて安心したが、一応見習いと言えど、アイン様の侍女見習いである私は、到底たちうちできません。ごめんなさいアイン様負けました。
でも負けた分は、アイン様の美貌でカバーしてください、と懺悔していると、ファジィル王子は、にやにやとこちらを見ていて、何事だろうと疑問符がたくさん浮かんでしまった。
「まさか、アイオライトが、あそこまであの眼帯男に夢中だとわな」
「なっ……」
違う、ともいいきれず、実際とても優しくしてくれているし、それこそ、レヴィエ様とは比べ物にならないくらいだし、男性が苦手な私でも、嫌な気持ちになることも無く、穏やかな気持ちになれるから嫌いではないし、むしろ好ましく思っているけれど、第三者からみて、そこまでと目がぐるぐるしそうなほど頭をフル回転していると、ギャラン様が、それこそ、いつもの魔術の授業の時のように、助け船を出してくれた。
「あまり、俺のクラスメイトを、虐めないでください」
「いじめるだなんてとんでもない、まぁ君に免じてここまでにしておこう」
「ありがとうございます……」
どうにか助かったとほっとしていると、ギャラン様の侍女が、前髪をかき上げたせいで乱れた前髪を直してくれているうちに、王宮ではなく、なんとギャラン様の気遣いで、わざわざアーレンスマイヤのタウンハウスに、着いたのだった。
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