傲慢な婚約者はぼんやり令嬢が気に食わないそうです(レヴィエ視点)
今回は婚約者様ことレヴィエ視点で送っております。
──婚約者様──
静かなのに、無駄に可憐な声が脳に勝手に再生され響き渡った。
よりにもよって、あんな婚約者の声を思い出すとはどうかしている。
夢の中の婚約者は、夜会の時の装いでいつも野暮ったく下ろしてる髪は蝶の髪飾りでまとめあげられ、細いうなじがあらわになり、長く繊細な睫に縁取られたダークブルーの瞳を、より強調するかのような白い肌、淡く色づいた桜色の唇、今流行りの肩があらわになった形のパールブルーを基調としたドレスも相まっていつもの数倍は美しくなっていた。
―レヴィエ様―
不意に何年かぶりに名前を、尊敬や親愛の情を込めて呼ばれたその時に、ああこれは夢なのだと目が覚めてしまった。
「最悪だ」
それは、こんな夢をみてしまったことにたいしてなのか。
夢から覚めてしまったことなのか。
「レヴィエ、この子がお前のたった一人のレディだよ、大事になさい」
そう父親に言われて連れてこられたのは、自分よりひとつしたの、あまりにも小さな女の子だった。
「うん、大事にする」
幼い頃の約束は果たされることはなかった、あの女は結局俺に助けを求めることはなかったのだ。
彼女が学園で友人をつくれたことは、心から喜ぶべきことであるはずなのに、気にくわなかったし戸惑いよりも先に疑念が浮かんだ。
いつも一緒にいるシャルロット嬢も、どうせフルストゥルを自分のことを引き立たせるための道具としか思ってないに決まっている。
彼女はどうせ、クラスでもあぶれてて困り果ててるに違いない、だから どうしてもというのであれば助けてやろうと思っていた。
今では本当に気に食わない、腹だたしい、そんな気持ちばかりが脳内を高温で駆け巡っている。
多分互いに恋なんてものはない、とくにあちらは、自分のことなどただの侯爵子息という名の案山子程度にしか思っていないのだろう。
現に他の令嬢と遊んでいるところをみても、その令嬢らに高価なものをあげようとも、舞踏会で踊っても、たまにあうときに比較するように話しても、最初のころすこしだけびっくりしたような驚いたような表情をした程度で、今となっては顔色一つも変えることはなく、まるで他人事のような表情で固定されているのはおろか、失望や呆れさえも感じさせる顔が気に食わなかった。
お前のことなんてどうでもいい、どうせ自分は次期侯爵夫人なのだからといわんばかりの冷めた視線、小馬鹿にしたように首をかしげるそのそぶり、何もかもが自分を憤怒させた。
最悪な目覚めの理由は、月に一度母の要望で行われるお茶会当日だからなのか使用人たちに促されるまま支度をしていると、ふと先日のことを思い出す。
自分を非難したシャルロット嬢を迷いなく庇う婚約者、自分を否定してきた従者風情に謝罪と感謝を繰り返す婚約者、そして自分に毅然と立ち向かい冷静に事実を述べる婚約者、そして自分に向けられた怯えと、どこかあきらめたような瞳も、鮮明に再生でき怒りがこみあげてた。
それと同時に、どうやっても自分とのつながりを、断てないことに優越感を感じていた。
そんなことを思い返しているうちに、婚約者が到着したらしくエントランスまで迎えに行くと学生服ではなく派手過ぎず地味過ぎない、淡いラベンダー色のワンピースを着ており、頭にはアイボリーのカチューシャをつけており、学園にいる時より可憐さと清楚さが引き立っているように見えた。
「ごきげんよう」
「あぁ」
自分と婚約者の中が冷え切っていても、かまうことなく行われるこのお茶会に、彼女はどう思っているのだろう。
こちらの思いを知ってか知らずか、母はにこやかに婚約者に話しかける。
「フルストゥルちゃん、学院はどう?」
「楽しく過ごさせてもらっています。」
「そう よかったわ 困ったことがあったらなんでもいってね?」
行儀よく食事をする彼女を、心底嬉しそうに見つめる母は心の底から嬉しそうな、蕩けるような笑みを彼女に向けた。その表情や胃もたれするほどの甘さは自分に向けられたことは一切ない。
──レヴィエ、貴方は次期侯爵なのだからしっかりなさい──
そう口癖のように言い聞かせ、一切のミスも許さないといわんばかりの冷たい目をしたいつも厳しい母は、もうそこにはいなかった。
「いつも気にかけてくださり、ありがとうございます」
「いいのよ、フルストゥルちゃんが楽しく生活できてれば」
「チェーザレ殿も心配してたからな、よかったよかった」
厳格である父も、母に同調してまるで心優しい義父のように振舞っていている。
いくら古い家門だといっても、格下の伯爵家の出来損ないの末子に、そこまでへりくだって機嫌をとる理由が一切わからなかった。
「意外だな、人付き合いが苦手で、根暗な君が楽しく過ごしているだなんて、てっきりもう領地に帰りたいというのではないか心配してたよ」
言った瞬間、両親の冷ややかな視線と凍った空気が襲い掛かってきたが、構うものかと続けるも流石に、すこし言い過ぎてしまったと後悔したが、婚約者は一瞬だけ考えた後になにもなかったと言わんばかりに静かに語った。
「…最初こそ戸惑いはしましたが、仲良くしてくれる方もいますし 何より領地では学べないことも学べますから」
「そう、安心したわ」
「レヴィエ、今のは言い過ぎだ」
謝れ、と言われるのだろうなと身構えるも婚約者は余所行きの笑顔で答える。
「いえ、大丈夫です。事実ですから」
「だが……」
「私はレヴィエ様に比べたら交友関係も狭いですし、魔法もそれほど得意じゃないですから」
だから言われても仕方がない、気にしていないと続ける。
「フルストゥル嬢、愚息が申し訳ない」
「ごめんね フルストゥルちゃん、私から厳しく言っておくから」
「いや、気にしないでください」
表情をゆがめることなく、両親にそつなく対応する彼女と一瞬目があったが、そこにあったのは諦めと落胆だった。
それを隠すためこほんとすこし咳ばらいをした後に、音もたてず立ち上がり淑女の礼をしながら感情がなさそうな表情と声色で冷たく語り掛ける。
「婚約者様およびブランデンブルグに恥ずかしくないよう精進します。」
美しい所作と微動だにしないその表情からまるでこれ以上干渉するな、と言われたような気がして。
その顔を、すずしげな顔をめちゃくちゃにしてしまいたい感情に襲われたが、彼女が帰ったことでそれはかなわなかった。
どれだけうわべだけ繕おうが、彼女には自分しかいないはずなのに、この女は自分にすがることも依存することもなく、学院内で少ないが友人を作り楽し気に過ごしているのをみたときから、言いようもない不安とも怒りともわからない感情が生まれてきた。
──自分は何故あの女との婚約を破棄できずにいるのだろう──
彼女が直接何かしたわけではない、自分のように異性と多くの関係をもっているわけでも、直接罵詈雑言をいってきたわけでもない。
ましてや何かを強請って来たり、口うるさくしてきたわけではない、彼女はそういうことをする人間ではないそれは百も承知だった。
幼いころ自分だけに見せていた、あの控えめな笑顔も、すがるような瞳も、もう自分のだけのものではなくなってしまったという事実が、自分の中では受け入れがたいものに成り下がってしまっていた。
いったいこの感情はどうすれば収まるんだろうか、その答えは自分ではわからなかった。
わからないが自分にこんな感情を抱かせている彼女を許したくはなかった。
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