真面目系女子はぼんやり令嬢のいろんなことに気づく。(エフレム視点)
「エフレムさんって女の方だったんですねぇ」
そう目の前でぽやぽや、と擬音が聞こえてきそうなほど、のんびりとした調子で喋る彼女は、フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢。
私が、首都に来るきっかけを与えて下さったお方だ。
「紛らわしい名前なのでよく間違われます」
「ごめんなさい、てっきり男の方だと思って、伯父様の、執事見習いだなんて言ってしまって」
「大丈夫ですよ。助手として働かせていただけるなら、男装も致しましょう」
私がそういうと、フルストゥルお嬢様は、元から垂れている眉をさらに下げて
「いやしなくて大丈夫だよぉ、とりあえずこれからよろしくね?」
と、困ったように微笑みながら差し出された手は、華奢で、今まで庶民同然の自分の手と違い、驚いてしまったと同時に、守らなければという義務感が生まれた。
お嬢様のことは時々、おじいさまから聞いていた。
侯爵家の坊ちゃんの婚約者、大人しくて、華奢で、口数が少なくて、快活な坊ちゃんとは、正反対な内向的な性格だが、幼い頃は、とても仲良くしていたのだと、過去形で言われたときに、思わずオウム返しに聞くと、おじいさまは深くため息を吐いた。
曰く、坊ちゃんは社交界にでてから変わってしまったと。
おじいさまが言うには、数多くの侯爵家にあやかろうとする貴族たちや、逆に新興派の成金と蔑む人々や、それらを聞いた夫人による徹底的な教育のせいか、段々と、かつての、少し活発すぎるが優しい坊ちゃんから、段々と、誰かを蔑むことで心を満たすような、それこそ、女性を近くに侍らせて遊ぶような、軽薄な人間になってしまったのだと、嘆いていた。
おじいさまは、何度も当主や夫人に進言したらしいが、事業に社交に忙しいということで、ここまでほったらかされたらしい。
そして、そんな坊ちゃんに対し、お嬢様はずっと、ずっと婚約者としての義務を、当然のように、淡々とこなしてくれていたそうだ。
けれど、信じられないことに坊ちゃんは、そんなお嬢様のことを、首都に来たばかりで不安だらけな彼女に、きつく当たったり、義務を果たさなかったり、それはひどかった様だ。
それでも、お嬢様が婚約破棄をここまで言い出さなかったのは、自分が我慢すれば、丸く収まると思っていたらしいのだが、最終的に、他の令嬢らが傷つくのが我慢ならないと、それが引き金になり、正規の手続きを取ったらしい。
それだけ聞いたら、なんというか、優しいのか抜けているのか分からないなぁ、という印象だった。
けれど正直、自分とはかかわりのない人間だろうと、思っていたが、まさか、このような形で関わるとは思ってすらいなかった。
「お嬢様はどうして私のことをここに導いてくださったんですか?」
素直に問うとお嬢様は一瞬、可愛らしい猫目をぱちくりとさせた後、嫌みなく口を開いた。
「導くって大げさだなぁ……。大した理由はないよ?ジョエルさんから聞いていただけだし……。伯父様の補佐が、ウォーレンさん以外にもいてほしいなって、思っていたしね」
お嬢様は困ったように、へにゃりとした笑顔でそう答えるも、何故か、納得できず疑問を、素直にぶつけてしまった。
「けれど、私を呼びつけるより、ブランデンブルグに、もっと制裁を与えるとか……」
「もう、十分すぎるくらいお金は払ってもらったから、もういいんだよ。私は、あの家ともう、関わりたくないしね」
トントン、と本を整頓しながら、どこか懐かしむような遠い目をしつつ、そういうお嬢様は、とてもはかなげだった。
「まぁ何にせよ、私は、エフレムさんが来てくれて嬉しいよ?」
首をかしげながら、こちらをうかがうようにほほ笑むお嬢様は、同じ女性からみても、とても可憐で、一瞬、言葉を失ってしまった。
「……そう……ですか。」
「じゃあ、お休み」
お嬢様は、自分が、言葉に詰まったのはさほど気にならなかったらしく、そのまま部屋に戻られた。
その後、ヴォルフラム様に、仕事や生活について聞きながら、早速仕事に取り掛かりつつ、このアーレンスマイヤの、タウンハウスで働いている方々と交流をすると、みな、お嬢様のことを大事にしているのが、手に取るようにわかった。
ベルバニアから来た三人は、それはそれは宝物のように彼女を大切にしてるが、このアーレンスマイヤの方々もそうだ。
例えば、ウォーレンさんは自分の娘のように、ファランさんは孫娘のように、とても親愛を込めて仕えていることが、ひしひしと伝わった。
逆に、お嬢様も、このタウンハウスの人々を、本当の家族のように思っていることも、私のことも、大切にしようとしているのが分かり、この人は、今まで他人から与えられた愛情分を、ちゃんと他人に返すことができ、また他人に、当然のように、打算もなしに優しくできる人で、話せば、触れ合えば、ただ少し、自己肯定感の低いだけのお嬢様に、どうしてあの坊ちゃんは、平気であんなことをしたのだろうと、それだけは分からなかった。
もう関わることもないし、そんなことを考えるより、今はもっと仕事を覚えていくほうが、有意義だと、そのことは放っておくことにした。
「お嬢様は王宮で……、しかも、王女様のお傍で働かれているのですか?」
「働くというか、ただお手伝いしてるだけだよぉ。外国の人とのやり取りに、私がいると、楽だったりするみたい」
「いや、結構すごいですよそれ……」
「そうなの?」
きょとんとした顔で答えるお嬢様の後ろで、何やらエマさんが、にやにやと何か言いたげな表情で現れた。
「しかもお嬢様は、王女付きの護衛であるニーチェさんに、溺愛されてますもんね~」
「はい?」
あまりの新事実に驚いていると、お嬢様は、溺愛という言葉に引っ掛かったのか、うーんと言いながら首を傾げていた。
「溺愛……なのかなぁ」
「毎日送り迎えだけじゃなく、セレスのドレス一式貰ったり、何度も食事にいったりしてるじゃないですか」
「うぅん確かに?」
まだしっくりきていない様子のお嬢様に、エマさんは、やきもきしたような表情で畳みかけてきた。
「それにあの人、息をするように、頭撫でてるじゃないですか」
「多分高さがちょうどいいんだよ」
「流石にそれは……」
それさえも、スルーしてしまうお嬢さまに驚くも、逆にお嬢様は私たちの表情に驚いていた。
あとで気づいたのだが、お嬢様は本当にそういうのに鈍いらしく、その説明をしていたリノンさんが、大きく肩を落としていた。
「まぁ、お嬢は昔から良くも悪くも他人にあまり興味ないまま成長しちゃいましたからねぇ」
「そうねぇ、特に異性に関しては、本人も避けているようだったし」
オルハさんと、リノンさんは、ため息をついた。
「まぁ、お嬢様はそういうところあるけれど、優しい方だから、のびのびとやって大丈夫よ」
「はい」
首都に来たばかりの私をよく気にかけてくれ、私の作った、稚拙なバングルも、すごいすごいと褒めてくれ、そのうえ、職人街に一緒に行く約束もしてくれた。
いつもいつもお嬢様がくれる言葉は弱く、優しく、脆かったが温かった。
いつも見える表情も弱々しいが、柔らかかった。
けれどそれ以上に
「フルル」
ニィリエ・ハイルガーデン様が、お嬢様に向ける声も、視線も仕草も、すべてがお嬢様が私たちに向けるものの、その何倍も優しく甘いことに気づいた。
これに気づいていないお嬢様の心は、一体どういう仕組みになっているのだろう。
貴族って難しい、とエフレムはその疑問を胸の端にしまっておいた。
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