ぼんやり令嬢といつでも来ていい場所
正直その後、つまり、胃薬を飲んだ後の記憶は、正直まばらだけれど、ニーチェさん曰く、仕事はしっかりやってたらしい。
……目は泳いでいたようだけれど、まぁそこは仕方がないということで許してもらいたい、と思いつつ気づいたらもう帰る時間になっていた。
「ん、もうこんな時間ねフルルちゃん 気を付けてね」
「はい。アイン様、ありがとうございます。」
執務室の扉を閉め、ニーチェさんの後ろについていき、行きと同じ馬車に乗った。
「あー、そのフルルごめんな?」
開口一番、ニーチェさんはそういうも、私はなんのことか全くわからず、しばらくしてから首を傾げた。
「……え?」
「ほら、勝手にドレスとか揃えちゃって、負担だったか?」
少しばつがわるそうな、まるで、いたずらがばれてしまった子供のような表情を浮かべるニーチェさんが、どこかいじらしくも思えたが、そんなことは置いておいて、私は、頭を下げるニーチェさんを止めた。
「いえいえ、びっくりはしましたけど……」
そう言うと、ニーチェさんは、ほっとしたような表情を浮かべた。
「ならよかった……。ほら、あのバカが、なにするかわからないからさ」
「あぁ、なるほど」
あのバカ、というのは、満場一致でレヴィエ様のことだとすぐわかったけど、今、侯爵家ってそんな余裕あるのかなぁ、とも思ったが、ラスターさんの話を思い出したことで、確かになぁと納得した。
「そういえば、今日うちに寄ってくんだっけ?」
「ぁ……はい、急にで申し訳ないですけど……」
ニーチェさんは、私のその言葉を聞くと気安い雰囲気で、手をひらひらさせた。
「いやいいって別に、うちは、そんな畏まらなきゃいけないとこでもないから」
「いや 人様の家ですし……」
「むしろ、もっと気軽にきていいけどなぁ」
ニーチェさんは、そこまで言うと、私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
なんというか、ニーチェさんの成分って、ほんとうに優しさで出来てるのでは?
これでお仕事もできてしまうんだから、もうなんていうんだろう。本当に恐ろしい人だなぁ。流石王女付き、ただ運よく、妖精の祝福をもらっただけの私とは違いますわぁ……っと、そういえば、ニーチェさんも、なんか妖精の祝福が、あるだかないだかって聞いてけど、今度聞いてみようかなぁと、ぽやぽや考えているとハイルガーデン家もとい、フロルウィッチに到着した。
「あら、いらっしゃい」
ノージュさんに出迎えられ、私は頭を下げた。
「お邪魔します。今日は突然すみません」
「大丈夫よ。仮とはいえ、婚約者なんだから、いつでも来ていいのよ?」
ニーチェさんと、同じようなことを言うのは、まさしく親子だなぁと感心しつつも、これは、どう返すのが正解か悩んでいる間に、ニーチェさんに促され中へと入ると、なんともうティーセットが準備されていた。
……いや、この親子、本当に仕事が早いなぁと驚きつつ、ノージュさんが、淹れてくれたレモンティーを一口飲んでから、本題、といってもそんな大それたものではないが、それに入ることにした。
「これ つまらないものですが、よかったらもらって下さい。」
「ありがとう。開けてもいいかしら?」
「はい……あっ、これ、ニーチェさんの分です」
ノージュさんのハンカチには、若草色の刺繍で、草花の模様が散らしてあるものを、
ニーチェさんのハンカチは、青色の刺繍で、鳥と羽の柄があるものを渡すと、ニーチェさんは驚いたように、何度もハンカチを見返した。
「これ、フルルが縫ったのか?」
「はい……」
「そっかぁ、上手だな。ありがとうな」
私とニーチェさんの会話に、ノージュさんは一瞬、驚いた顔をしたが、いつものクールな表情を崩して、微笑まれた。
「ありがとう、とても綺麗ね」
「ありがとうございます……えと」
ほほ笑んでくれたことに安心し、もう一つの紙袋を出した。
「これもよかったら……。うちの領地で作られてる、ジャムとクッキーです」
「あら悪いわね」
「いえ、いつも綺麗な服もらってますし……。色々、良くしてもらってるので」
「気にしなくていいのに、でもありがとうね。」
ノージュさんは、柔らかい笑みのままそう言う、と一度、ニーチェさんをみたあと、こちらに向き直り、しれっと言い切った。
「何か困ったことがあったら、ニーチェに頼むのよ?この子器用だから」
その言葉に、どう返事するのが正解なのかわからず、首を傾げていると、ニーチェさんが代わりに答えた。
「まぁ、俺は全然いいけどな」
「もうしわけねぇですわぁ」
脱力しきって、ふにゃふにゃな私を撫でながら
「丁寧なのか雑なのかわからないしゃべり方だなぁ」
と、優しい口調で答えたのだった。
もうもはや、ニーチェさんに、ぬいぐるみよろしく撫でられるのが、習慣になりつつあるなぁ、でも撫でるの上手だなぁ、ニーチェさん、と感心していると、手土産を整頓していたノージュさんが、また目を見開いた。
「あら」
「ん、どうしたの?」
「ハンカチ、こんなに縫ってくれたの?」
クッキーとジャムの隣に、大量に縫われたハンカチを見て、ノージュさんは驚いた顔で呟くのを見て、恐る恐る答える。
「あ…、従業員さん分……って思ったんですけど、何人いるかわからなくて、あるだけ縫っちゃって……、もし多すぎたら雑巾にでもしちゃって下さい」
「ありがとう、でもきっとみんな喜ぶわ」
「すごいなぁフルル、こんなに縫ったのか?」
「はい、最近、狩猟祭も近いから、課題も少な目ですし」
「だとしてもすごいよ」
ニーチェさんは、そうしきりに、まるで、今騎士学校に通っているお兄様と、同じくらいに褒めてくれ、なんだか、くすぐったいような気持ちになっていると、一枚一枚ハンカチを見ていたノージュさんが、顔を上げてつぶやいた。
「でも本当に綺麗ね。昔からやってるとは聞いたけれど、正直これで食べてけるわよ?」
「本当ですか?」
「ええ、どこでもやとってくれるわよ」
「よかったぁ……。何かあったとき安心です」
ほっと胸を撫でおろす私を、ニーチェさんは戸惑ったような表情で、眺めつぶやいた。
「何の心配なんだそれ?というか、そんなことになっても、第一王女付き見習いだろ?」
「あくまで見習いなんで……。私より優秀な人が出てきたら、何があるか分からないですよ。」
「シビアだなぁ」
そう脱力するニーチェさんの隣で、ノージュさんは優雅にレモンティーを飲んだ後ぽつりと
「現実を見ることは大事だものね」
そう呟く、流石ノージュさんそのしぐさだけで説得力があった。
やっぱり女当主で、人気デザイナーにしてオーナー、ここまで沢山苦労したんだろうなぁ、多分、私なんか想像できないくらいにはと、ノージュさんの後を追うように私もレモンティーを飲むとニーチェさんは、肩を落とした。
「フルルはもうちょっと夢見てもいいとおもうけどなぁ」
「夢…………将来は、可愛い猫を飼いたいです。出来たら毛が長くて、お目目がきゅるんって感じの」
ニーチェさんの言葉を聞き、なんとか可愛らしい夢を思い浮かべるも、とっさに言うもニーチェさんはすこし違うなぁ、という表情というか、苦笑交じりに
「あぁ……猫なぁ、可愛いよなぁ」
と答え、その後ろでは、ノージュさんがうんうんと頷きながら
「そうね、可愛いわね」
と答え、この親子仲がいいんだなぁ、と心が温かくなった。
そうして帰るときに、ノージュさんが玄関まで送ってくれたとき、控えめに優しく、声をかけてくれた。
「今日は本当にありがとうね、いつでも来ていいからね」
「はい」
いつか、フィリア様に言われたその言葉が、まさか、ここまで嬉しく思える日が来るなんて夢にも、思っていなかった。
それは、そのころから、フィリア様の身勝手さに疲れていたのか、ブランデンブルグに、もう嫌気がさしていたからなのか、絶対に、気軽になんて行きたくはないと思っていたのに、どうしてだろう。
ここに、いつきてもいいと言われたとき、それが建前だと分かっていながらも、確かに、胸がじんと温かくなったのだった。
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