ぼんやり令嬢と刺繍、そして驚愕の先回り
「お嬢様、何をしているんですか?」
職人街に行った日の夜、私は自分の部屋ではなく、タウンハウス内のこぢんまりとしたサロンで、何かに追われているわけではないのに、チクチクと刺繍をしていると、エフレムさんが通りかかりそう尋ねてきた。
「エフレムさん。えっと、この布をハンカチにしてるんだ」
「そうなんですか、すごい綺麗に縫えてますね。まるで商品みたいです」
エフレムさんは、言いながら私の手元を見ると、少し驚いたように目を見開いた。
「ありがとう」
素直に賛辞を受け取ると、それを見ていたリノンは私より嬉しそうに、どこか誇らしげに答えた。
「お嬢様は、ベルバニアにいたころから、色々やってますからね」
「こういっては何ですけど、高位貴族には珍しいですよね」
エフレムさんの、驚きに満ちた問いに、私はそうかなぁと思いながらも口を開いた。
「うちはもともと、外様貴族だからねぇ、あとお母様の代で色々あったみたい」
「なるほど…。でもそれに淑女教育もって、大変だったのでは?」
うちが純粋なキャシャラト人でないことと、お母様の代は、結構、戦争の負債で不景気の割を食ってしまった家も多かったようで、そうなったとき、平民としても生きていけるように、身売りをしなくてもいいように、料理や裁縫、読み書き計算など一通りと、何かあったとき逃げれるよう馬に乗れるように、などなどそこまで心配しなくとも、とシャロやレベッカ様はちょっと驚いていたが、私はそういうものかぁと思っていたことを説明すると、エフレムさんはまたまた驚いていた。
「大変だったけれどね。そういうもんじゃないのかなぁって思ってましたし……っとできたぁ」
「相変わらず綺麗な縫い目ですね」
「ありがとうリノン」
私とリノンのやり取りを、ほほえましいような、でも不思議そうな表情で見つめ呟いていた。
「……お嬢様は、もっと自信を持った方が、いいと思いますけど……」
「ふふっ私もそう思うけど、今はお嬢様が、のびのび楽しくできてればいいかなぁと」
「なるほど、未熟ながら私も尽力します」
リノンとエフレムさんの、そんな会話の横で、温かい紅茶を飲み、ちまちまちまちま、大量のハンカチを生産していたのだった。
そして翌日、机の上に沢山置かれたハンカチを見て、シャロは挨拶をした直後に、すぐさま突っ込んだ。
「こんな作ることある?業者?」
「いやぁついつい腕が乗っちゃって」
シャロの驚きに満ちた表情に、逆にこっちが驚き、少し照れながらそう答えると、ギャランさまが何かを思い出したかのように小さくそれに返答した。
「流石、刺繍の先生に教えること、あんまないから好きにしてなって言われて、他の生徒の課題を有料でやってただけあるなぁ」
あったなぁ、そんなこと。あの日食べたフレンチトースト、美味しかったなぁ。
「いや何やってるんですか?」
「若気の至りかなぁ」
レベッカ様が、驚いているその斜め後ろで、ギャラン様がぽつりとつぶやく。
「え?でもわりと最近の話だよな」
……ばれてたわ……流石だわ。
我が国の王太子と、遠い目をし、心の中で称賛しながら視線をそらし、何なら体勢も変えて、シャロとレベッカ様に向き直った。
ちなみに、ギャラン様は、まだ見守っている……きまずいなぁ。
「あっそうこれ二人に……」
ピンク色の糸で、沢山の花の刺繍をしたハンカチを、シャロに、ミントグリーンの糸で、沢山の鳥を刺繍したものを、レベッカ様に手渡した。
「え?くれるの?」
「うん、この刺繍糸のセットの色見たら、二人に合うなぁって思って」
手渡した後、二人はまじまじと、ハンカチを眺めていた。
「えっとぉ、気に食わなかったら、雑巾にでもしていいよ?」
おそるおそるそういうと、レベッカ様は、一瞬、信じられないものを見たかのような表情をした後、首を横に振った。
「しませんよ。ただ、あまりにも売り物みたいで、びっくりしちゃいました。」
「そうかなぁ」
「それにしても、綺麗ねありがとう」
「うん、よかったぁ」
レベッカ様とシャロが、喜んでくれたのを見て、安心していると、シャロがハンカチを綺麗に折りたたみながら
「大事に使うわね」
と、呟いたが、素材的に、日常からガシガシ使っても大丈夫なやつなので思わず
「いや、遠慮なく使って」
というもシャロは再度ハンカチを眺めた後
「いう割にはすごい綺麗な刺繍なのよねぇ……」
と呟いた。
「本当 緻密です」
「褒めすぎだと思うんだけどなぁ」
口ではそういいつつも、二人が褒めてくれたことと、喜んでくれたことがとてもうれしく、心が温かくなったのだった。
そうして放課後、いつものように正門に向かおうとすると、珍しくニーチェさんが教室まで迎えに来てくれていた。
「あれ?私そんなに行くの遅かったですか?すいません」
「あぁ、大丈夫だよ。なんとなく俺が来たかっただけ」
言いながら、私の、決して軽くはないカバンをいともたやすく持つと、周囲は、私とニーチェさんの様子を、まじまじと見ていた。
「やっぱり、お似合いよねぇ」
「そうよね、レヴィエ先輩といたころより、フルストゥル嬢、いい顔してますもの」
「やっぱり?あぁでもいいなぁ、王宮での職場恋愛なんて大人じゃない?」
などなど彼女たちは恋愛に夢見ているところだけれど、ニーチェさんの名誉のために言っておくけれどあくまでニーチェさんは婚約者候補であって、なんならその肩書もいろいろことが済むまでの仮というかいわば偽なんですよと胸を張って言いたい、本当ニーチェさんの優しさに甘えてるだけなんですよと全員に言いたいくらいだがそれを抑えて馬車に乗るとニーチェさんに今日の授業は楽しかったかとかお昼何食べたかとかそういった他愛もない話をした。
「他の生徒の課題を有料でやって、その金で、人気店のフレンチトースト食べに行くって……。たくましいのか何なのか」
「美味しかったです。はちみつかけ放題なんですよ?すごくないですか?」
ニーチェさんが、うんうん唸っているものの、そんなことよりと言わんばかりに、そういうとニーチェさんは、そうだなぁと同意した。
「あー……うん美味しかったかよかったなぁ」
と優しく言った後、頭を撫でてくれた。もうこれも日課だなぁ、と謎の安心感に包まれた。
「おつかれ、フルルちゃん」
「アイン様、ごきげんよう」
またまたこれも日課のように、天使のごとき美貌を誇るアイン様に挨拶をし、今日は、狩猟祭の前夜祭、後夜祭に関しての、様々な相談や、食事の内容は、どこかの国にとってタブーではないかとかを調べたり、場合によっては、滞在している各国の貴賓の方々に、聞いたりするのが主な仕事らしく、何度も何度も、図書室やサロンを行き来することとなったが、何とか、アイン様に質問する余裕ができた。
「アイン様、私って前夜祭とか後夜祭出るんですか?その場合って、ドレスとか、新調した方がいいですかね?」
「あぁそうねぇ……。ゲスト側ではないにしろ、ドレスはあったほうがいいわね」
「そうですかぁ」
確かに、アイン様の横に控えているとはいえ、流石に制服のままとか、今着ている侍従服のままでは、ちょっと見栄えというか、そういうのもあるだろうしなぁ、とぼんやり考えていると、さもニーチェさんが当たり前のように言った。
「まぁ、全部そろえたけどな」
「え?」
今なんて言ったこの人、と問い詰めようと思ったら、ニーチェさんはさらに驚くべきことをまた告げた。
「前夜祭と後夜祭分で」
「えぇ?…………ちょっと胃薬飲んできます」
…………もう、もはや流石ニーチェさん、と褒めたたえるより、あまりの先回りっぷりと、迷いのなさに、驚くほかなかった。
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