ぼんやり令嬢の婚約者は傲慢なようです
嫌悪や怒りを隠さないまま婚約者様は私を嘲笑した。
あーやめなさいって、こらこら顔だけはいいんだからあなた様は……、と脳内の姑が注意するも虚しく婚約者様はそのまま続ける。
「昼間から男遊びとは感心しないな 婚約者殿」
それあなたが言う資格あるんですかねぇ、ちょっと喋っただけで浮気扱いって自分のこと棚じゃなくてどっかの山脈にでもおいてきたんですか?と嘲笑したいのを抑えて冷静に答える。
「なにか誤解をされているかもしれないですが……」
前置きをしながら深呼吸をする、ここで激昂したりしてわめき散らかしたり、無視したりするのは得策ではないしあまりにもみっともない、そもそもそこまで感情は動いていない。
ゆっくりと目線を合わせ、冷静に言葉を選ぶ。
「私はやましいことなど一切しておりません、疑わしいと思うのであれば監視用の魔道具を確認してくださってもかまいません」
「はっ どうかな」
あぁ、全くこの男はと頭を抱えたくなったその時に私たちのやりとりをきいてたニーチェさんがこの重苦しい空気に見合わないあっけらかんとした態度で
「あーこれ誤解してる感じか?」
雰囲気をみて察したのか子犬がじゃれてきた程度のフランクさで答える。
「安心しろよ、ブランデンブルク侯爵子息 王女に誓って俺もやましいことはしてないよ」
「……そこまでいうなら信用しましょう」
さすがに王女様に誓って、といわれたらこれ以上強くは言及できないと判断したんだろう、けれども嫌々というのがにじみ出てきすぎている。学生とはいえいいのか未来の侯爵よ 社交界に出たら子供のままじゃいられないんですよ。
だからマナーの成績私より悪いんですよ。
いいんですか?うちの領地からマナーの鬼である母親を召喚しますよ?
私が呼んでも来てくれる保証は何処にもないですけどね。
もしかしたらお父様なら来てくれるかもしれませんけど。
「思ってもないこと言わなくていいぞ まぁでも疑ってんならお嬢ちゃんが言う通り魔道具を確認すればいいと思うけどな」
あっさり見抜いていたらしいニーチェさんはにこやかなままだが少しだけ圧のある物言いにようやく婚約者様は自分がどれだけ失礼なことをしたのか分かったらしい。
「……頭に血が上っていたようです 失礼しました。」
気持ちが入ってるのかないのかわからないようなおざなりな謝罪を無視するようにニーチェさんは婚約者様を一切見向きもせず私にやさしい表情で話しかけた。
「ごめんな お嬢ちゃん俺としゃべっただけでいやな思いさせて」
こちらが悪いのに大人で助かった。こんなのほぼ言いがかりでしかないのに激怒するわけでもなく心配してくれたその心遣いに感謝しながら頭をさげる。
「いえ、大丈夫です。こちらこそ申し訳ございません」
「俺は大丈夫 気にしなくていいよ」
とげのない笑顔で、こちらのせいで変な言いがかりをつけられてしまったのに一切怒りを見せず大人な態度でいてくれる彼には感謝しかない。
「お嬢ちゃんと俺が少ししか喋ってないのに不貞だなんだって断定するだなんて、はたから見たらお前最低だよ?」
「そうね、そのとおりだと私も思うわ、ニーチェさん」
「シャロ……」
レポートが終わったシャルロットが軽蔑と怒りがにじみだした表情で、とげとげしさを纏った口調で追撃をする。
「まったく、変な言いがかりをフルルにつける暇があるんだったら自分の交友関係を見つめなおしたら?」
呆れた、と言わんばかりに髪をなびかせシャロは怒りのままに続ける。
「あんたみたいな不貞まみれの男、私だったらとっくに婚約破棄してるわ。フルルの家が伯爵家だからって好き勝手やってるのだったら本当に最低よ」
バシッと効果音がついてもいいくらい気持ちよく言い切ったシャロに心の中で大歓声と大拍手を送るのもつかの間、婚約者様はもはや怒りを抑えきれないと言わんばかりにシャルロットに殴りかかろうとするのを瞳が捉えたときには体がシャルロットを庇っていた。
ああ、さようなら私の顔面、でも怪我したら夜会とか行かなくていいのではと不謹慎な願望を抱いたのもつかの間、私の顔をすごい痛みが襲い掛かる……ということはなかった。
ニーチェさんが片手で婚約者様のこぶしをびくともせずにいなしていた。シンプルにその動体視力の良さに感心しながら眺めていると
子供に言い聞かせるように穏やかな表情と声色でニーチェさんは続ける。
「えらいな、君らはお互い庇いあっていい関係だ」
それに比べて、とニーチェさんは柔らかな雰囲気を取っ払って言い放つ
「お前、本当に最低だよ」
「っ……」
「じゃあな」
「あのっ本当にありがとうございました。」
「あぁ いいよ」
じゃあな、とさわやかにニーチェさんは立ち去るのを見送ると周りにはざわざわといつの間にかギャラリーが集まっており
こちらが何か悪いことをしたわけではないのにすごい居心地の悪さをかんじ苦笑いしかでない中、シャルロットとお互い何とも言えない気持ちで図書室を後にし、裏庭のガゼボに座った瞬間にシャルロットは思い切りテーブルを叩きつけた。
「本当に最低あの男!!!!信じらんない!!!!」
「うん……そうだね」
その怒りはもっともで本来ならば私も怒らなければならないんだろうが、呆れと失望と自分の中の何かが崩れ去ってしまった反動でぼんやりと同意をすることしかできなかった。
重いため息を吐く私をシャルロットが心配そうに見つめているのに気づきどうにかして取り繕わなければ、と思ったのだが見覚えのある桃色の髪が目に入った。
この前クラスに怒鳴り込んできた令嬢がさっきの騒ぎを聞きつけたのであろう申し訳なさそうな顔をしていた。
「あ、えっとこの前の」
言うや否や、令嬢は勢いよく頭を下げた。
「この前は本当にごめんなさい!!!!」
呆気に取られているこっちにはお構いなしに彼女は続ける
「……私 あなたのこと何にも知らなかったの、自分がどれだけ浅はかだったのかも」
「とりあえず 座ります?」
オルドリン子爵令嬢は促されて座るともう一度頭を下げた。
「ごめん」
「あぁ、大丈夫ですよ びっくりはしましたけど」
「……優しいのね、いわば私あなたの婚約者に色目をつかったようなものじゃない」
「気にしないでください、婚約者様はあぁいうかたなので」
「フルル……」
「昔は違ったんですけどね、いつの間にか私たちはもう修復不可能なところまできてしまったみたいです」
学院に来たばかりのころ、心細かったときに藁にも縋る気持ちで探しに行ったとき様々な令嬢に囲まれているのを見たときに
その時のこちらを馬鹿にするような表情を見たときから少しずつ少しずつずれていたのかもしれない。
首都の貴族はそういうものか、とあきらめてそれを咎めたり告発したりするのも躊躇った私も悪いのだと説明するとマリアン様は私の手を包んで深々とまた謝った。
「私、今まであんな王子様みたいな見た目でスマートな人見たことなくって優しくされて舞い上がっちゃって周りが見えてなくなっちゃって」
あぁ、あの人見た目だけはいいものね、と内心納得しながら、この方はただ純粋に惹かれていただけなんだな。
でも仕方ないだろう、あんなキラキラした見た目をした人に優しくされて、高価なものを買ってもらって憧れてるさなか婚約者がいるとなれば邪魔で邪魔で仕方がないだろう。
オルドリン子爵家はもともと商家上がりだから社交界の習わしとかルールも知らない中、芽生えてしまった恋情に歯止めなどかけられず、華やかな王子様を束縛する地味な許嫁、さぞ邪魔で邪魔で仕方がく目障りでしかなく、どう考えても敵でしかなかっただろう。
「恋は盲目ってやつね」
シャルロットの鶴の一声そのものだ、その言葉がすとんと胸に落ちてきたときにふと自然と願望が口から出た。
「あー婚約破棄したいなぁ」
「ええええええええええええええええええ」
その呟きに驚いた二人の声が中庭に響いたのであった。