ぼんやり令嬢と醜聞とプレゼント
夕食時、今日のことを伯父様に正直に言うと、呆れを隠すことも無く肩を大きく落とした。
「はぁ、全くあのバカは、こればかりはダイアン様には同情しかないよ」
「そこは同意です」
ダイアン様だって、こんなことになるだなんて、予想はしてなかっただろうし、本当に気の毒すぎる。
「で?オルハ着払いって何したの?」
「え?ブランデンブルグ侯爵家に届けましたよ?」
あ、これ多分本当に届けただけだ。結構怪我してたし、気絶してたけど、一切治療せず、痛みとか無視した運び方しただけだ。絶対そうだ、と思いつつ、目を閉じて聞いていると、オルハはしれっと答えた。
「大丈夫ですって、事情は会う人会う人全員にちゃんと説明しましたし、侯爵家着いたら、ちゃんとジョエルさんにも、ダイアン様にも言っといたんでね。咎められることは無いでしょう」
「まぁ、それ咎められる立場じゃないもんねぇ」
その程度で咎められるなら、多分お父様が本気出して、いやぁ、出さずとも没落させてしまうのでは?という懸念がよぎった。
今、ただでさえ私への慰謝料が莫大なあげく、フィリア様のやらかしがあって、もう家計火の車を超えて、もはや業火の戦車?いや、まてなんかそれはそれで強そうだな……。じゃなくて、そんな状態なのを、どうにか最近、持ち直しつつあったところこれでは、流石に、気の毒にもほどがあるなぁ、と思い私は静かに口を開いた。
「まぁ、私からは今回のことで罰は求めないよ。ただ話しかけられただけだし、オルハが止めてくれたし、それに、会う人全員に説明したってことは、充分に醜聞は広がるだろうしね」
「お嬢、いいんですか?もっとコテンパンにしなくても」
オルハは不満げに口を尖らせて、子供っぽく答えるのに反して、どこかため息交じりに返事した。
「今回はね、でも二度目はないし、ちゃんとした誓約書を書いてもらうよ」
「ねぇ、伯父様」
「なんだい?」
「伯父様のお店に、もし美術品に詳しくて、スケジュールや、帳簿の管理ができる人がきてくれたら、どう思う?」
私の意図を察知したのか、伯父様はうっとりするくらい、綺麗にほほ笑んだ。
「あぁ、そういうことか……流石だねフルル」
二人で完結した会話に、オルハは、疑問符をつけたまま首を傾げた。
「?どういうことです?」
「うーん、金ではらえないなら、体で払えってね?」
「やだ、俺、お嬢をそんな子に育てた覚えはないです」
育てられてないんだよなぁ。だって三歳しか変わんないんだもん、と思いつつ、私はオルハにまぁまぁと話しかける。
「まぁそのうちわかるよ」
私はそれだけ言うと、オルハはまた腕を組んで、うんうん頭を悩ましていた。
そうして、翌日平常運転で学院にいくと、噂は私の予想よりも早く広がっていた。
――レヴィエ・ブランデンブルグが、フルストゥル・ベルバニアに復縁を要請している――
――今まで冷遇していたのに、彼女が王女に気に入られてから焦りだして卑しい――
――どうやら、彼女に付きまとって、暴力を振るおうとしたらしい――
――でも、あっけなく彼女の護衛に倒されたんですって、みっともない――
……まぁ、怖いね、貴族社会って、私と婚約破棄したのが明るみになるまでは、やれ炎薔薇の貴公子だ。ブランデンブルグの期待の侯爵子息、だなんて言われてたのに、まるで、それがはるか昔のように感じるくらい、軽蔑されているだなんて、とぼんやり歩いていると、シャロよりも強い力で肩を叩かれた。
「あれ?ニーチェさん?」
そこには、すこし焦ったような、ひどく心配そうな顔をしたニーチェさんがいた。
あれ、今日って朝から仕事だったっけ?と首をかしげていると、ニーチェさんは続けた。
「フルル、大丈夫だったか?」
「ニーチェさん、お仕事は?」
私がそう首をかしげると、気を落ち着かせるためか、私の頭を、ぽんぽん撫でながら答える。
「仕事はいいんだよ。それより、話は聞いた……。何か嫌なこととかされたり、言われたりしなかったか?」
「ないです、オルハが守ってくれましたから」
「よかった……」
ニーチェさんは心底、安心したような表情を浮かべたあと、またまた心配そうな顔に戻った。
「変なことを言われたとかは?」
「変……?あぁ、俺のために夫人に怒ったんだろ、とかいってましたけど、意味がわからなすぎて」
「……そっか、まぁなんもないならよかったよ」
一瞬、物凄く怖い顔をしたが、あえて触れないようにしよう。
「じゃあ、また放課後に迎えにくるから」
「え?」
ニーチェさんのその言葉に、思わず意外そうな声がそのまま出たが、ニーチェさんも、同じテンションの声色で聞き返してきた。
「え?」
「朝から私も仕事なのでは?だから、ニーチェさんが来たんじゃ……」
ここでもう一度、二人で間抜けな声を出し合う。
「え?」
「え?」
その後、ニーチェさんが戸惑いつつ、チョコレートを渡しながら続けた。
「いや、心配だから来ただけだよ?」
「ありがとうございます?」
「うん、なんも怪我なくてよかったよ」
ニーチェさんは優しくいうと、頭を撫でてから踵を返した。
本当に、私が心配で、損得とかじゃなくて、義務でもないのにここまでやってくれるだなんて、どこまで優しいんだろう、と放心交じりにぼんやりしていると、周囲からの視線が集まっていることに、ようやく気付いた。
「やっぱり、王女公認なだけあって、相思相愛ね」
「どちらかというと兄妹みたいな感じですけどそれも可愛らしいですよね」
「どういう出会いだったんでしょうか」
と、私たちの仲を、温かく見守ってくれてる方々が半分といったところだった。
「というか、王女とどうやって知り合ったんだろう?王女って、あまり公の場に来ないよね?」
「もしかして、ベルバニア伯爵家って、すごい家なんじゃないの?」
「ブランデンブルグ侯爵家を、ここまで追いやったんだし、もしかしたら……」
と、我が家のありもしない権力をいぶかしむ声が半分。
……うーん、前者はまぁ、まぁうまいこと見えてるなら、こちらの思惑どおりでありがたいんだけど、後者は、いやいやいや調べなくても、うちが、そんな大した家じゃないの、速攻でわかると思うんだけどなぁ、とすこしその想像力に敬礼したいほどだった。
まぁ、悪口じゃないならもういいや、と考えることをいったん置いておくことにした。その日は、つつがなく授業を終えて、ニーチェさんの迎えを待っていると、またまた周りは色めきだっていたが、ニーチェさんは、それをそれは、見事なアルカイックスマイルで受け流しており、思わず馬車の中で自分の口の端を持ち上げてみたがニーチェさんに
「口の端切れるからやめときな?」
と優しく止められたのだった。
「あぁ、そういえばニーチェさん」
「ん?どうした?」
「迷惑でなければいいんですけど、これよかったら」
そう手渡したのは、先日、マリアン様と入った文房具店で購入した革製の書類ケースだった。
「え?俺に?」
「たしか、留め具が外れてたなぁっておもって、お嫌でなければ、受け取ってもらえると嬉しいです」
「え?すごくうれしい、いいのか?」
嬉しい、というその一言で安心とちょっとした歓喜が心に駆け巡ったが何とか平常運転で取り繕う
「……いつものお礼です」
「ありがとう大事に使うよ」
いいながら、また頭を撫でてくれ、もう一度書類ケースを眺めた。
「お、これ前のよりポケットが多いわありがたい」
「それはよかったです。」
そういえば、身内以外の異性にプレゼントをあげて、ここまで喜んでくれたのは初めてで、今まで、センスがないだの、古臭いだの言われて傷ついた心が、少しだけ報われた気がした。
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