ぼんやり令嬢は気づかぬうちに恩を売ってたようです。
地面に倒れこんだレヴィエ様の姿を見て、マリアン様は、夢を壊された子供のように、軽い絶望を孕んだ表情をしていた。
「……私、あんなのが好きだったんだ」
「まぁ、顔よし、家柄良し、実力あり、そして外面もよければ、そりゃ騙されてもおかしくないですって」
冗談交じりにいいつつも、まぁ外面に気を使いすぎて、私は、ぞんざいな扱いしかされてないですけどねぇ、と呆れていると、マリアン様はものすごく落ち込んでいた。
「はぁ……本当に凹むわぁ」
「もう時効ですって」
そう、フォローしていると、先ほど、見事なハイキックをかましたオルハが、颯爽と現れた。
「お嬢~、ジョエルさんに電話しときましたんで、ちょっと、このコレを、ブランデンブルクに着払いで届けてきますわ」
「ありがとうオルハ」
……うん、もはや色々不敬な物言いで、本来、私は咎めなければいけないのだが、もう、訂正してあげる義理もないよな、とあえて放置した。
少し、いや大分大変なことが、起きたがなんとか気を持ち直して、オルドリン子爵家へに入ると、それはそれは丁寧すぎるほどの接待を受けた。
「ベルバニア伯爵令嬢、お待ちしてました。」
まず、使用人総出によるお出迎えに、案内されたお部屋は、ホテルのスイートルームのように豪華な部屋、そして、出されたお菓子は高級品で、紅茶に限っては、珍しすぎる産地のものだった。もはやこれは、貴賓に対する対応なのでは?と思い首をかしげると、マリアン様が説明してくれた。
「うちの親、あの噂を全部鵜呑みにしてるの……。王女様のお気に入りって、かなりすごいステータスだしね。」
「あぁ、なるほど……。でも私に、政治的価値、そんななくないですか?」
「あるに決まってるでしょって、お父様が来るわね……」
ひそひそと話されている声を一気に潜め、マリアン様が言った通り、オルドリン子爵が登場した。
「よくいらっしゃいました。フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢」
上機嫌を隠さない子爵に、私は社交界用の笑みで返した。
「盛大なる歓迎、ありがとうございます。ノーデン・オルドリン子爵様」
「名前を覚えて下さっているなんて、なんとありがたい……」
いやいや、大げさだって、と思うも、それを拒絶するのも何かおかしいかな、とほほ笑んでいると、マリアン様がしびれを切らした。
「お父様、変に相手を持ち上げるのは、見てて見苦しいわよ?」
「変にって、彼女は、賞賛されるべき人間だろう、異国の言葉を難なく操り、王女様に気に入られ、彼女の護衛との仲は王女だけでなく、公爵家も公認だなんて、流石すぎだろう」
ノーデン様はさも、常識のように大袈裟に言うが、私はとりあえず、笑うことしかできなかった。
「あ、あはは……ありがとうございます。」
「して、うちのマリアンとは、どう知り合ったんでしょうか?学科も学年も違いますし」
ノーデン様の発言に、私とマリアン様は固まった。さすがにいやー、言いがかりをつけられて、殴られそうになったんですよねぇ、なんて言えないしなぁ、と思い、どうにかそれっぽいことを言おうとしたが、咄嗟に出た言葉は
「まぁ、そこは乙女の秘密ってことで」
というもう、訳のわかんない発言で、マリアン様も目が点になっていたが、ノーデン様は気にしたようすはなく、笑顔で続けた。
「ははっそうですかそうですか。まぁ、これからも、マリアンと仲良くしてくださると、ありがたいです」
「もちろんです」
終始、社交界用の笑顔を浮かべていると、ノーデン様は気をよくしたのか笑顔で続けた。
「さて、今日は、貴族向けのガトーセックをたくさん用意したので、遠慮なくたべてください。気に入ったものがあれば、申し付けてください。アーレンスマイヤのタウンハウスに、送りますので」
「あぁ、ありがとうございます。では、注文書をもらえますか?」
「あぁ、言ってくだされば大丈夫です」
「いや支払い……」
流石に着払いだと、うちの伯父様が全額出しちゃうんだよなぁ、と考えているも、ノーデン様は首を大げさに横に振った。
「支払いなんてそんなそんな、恩人にそんなことさせられません」
「恩……とは?」
「マリアンから聞きましたよ、マリアンが突っかかったのを、不問にしてくれたと」
あぁ、そんな折角、ぼかして伝えていたのにと思って、頭を抱えると、マリアン様はそっぽ向いて答えた。
「別に隠しても、あんた得しないじゃない」
「いや、マリアン様だって、全く得しないじゃないですか」
ひそひそ小声でそう話していると、何を思ったかノーデン様は頭を深々と下げた。
「本当に、令嬢の慈悲には感謝しかない。本来なら、不貞をした挙句、暴力を振るおうとしたなど、没落させられてもおかしくはないというのに、謝罪一つで許していただくという、寛大な心には、頭が上がりません。」
「お父様……」
ノーデン様の真摯な謝罪に、マリアン様は小さくつぶやいた。
「……子爵、頭を上げてください。」
「ベルバニア伯爵令嬢……」
不安そうなノーデン様を、安心させるように、柔らかく微笑み私は続けた。
「私は、あの時点でブランデンブルグ侯爵子息との関係は冷え切っていましたし、暴力を振るわれそうになったとはいえ、未遂です。
それに、世の中には謝罪一つせず、お金で解決しようとする方が多い中、知らんぷりして逃げていく方も多い中、マリアン様は心から悔いて、真摯に、謝罪をしてくださりました。許すには十分です」
そう本心から答えると、ノーデン様は深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ではもうこの話は終わりにしましょう?被害者の私が、もういい、といっているんですから」
「はい、でもうちの商品は送らせてください、そしてこれをお受け取り下さい」
そう、手渡されたのはオルドリン子爵家の紋章が書かれたカードだった。いったいこれは何だろう、と首をかしげていると、マリアン様が答えた。
「それさえあれば、オルドリン製菓の商品が無料でもらえるのよ。簡単にいうと、優待券みたいなものよ」
マリアン様の発言に、思わず二、三回見返してから、本音が口から漏れていた。
「……ごめんなさい、ちょっとは遠慮すべきとは思うんですけど、はちゃめちゃ嬉しいです」
「喜んでいただけたなら幸いです、今日はゆっくりしていってくださいね」
私の気の抜けた発言に、ノーデン様は、心から笑顔になっていたのでまぁ、いいかなと思ったのだった。
そうしてノーデン様が去ったあと、マリアン様とわきあいあいとお話をして帰ろうとしたら帰りにたくさんお菓子をもらい、これはオルハに沢山あげよう今日見事なハイキック披露してくれたしとあのハイキックを思い返すも、私あんな脚上がるかなぁ、いや無理だなぁ転ぶな絶対にと確信しつつオルドリン邸を後にしたのだが、迎えに来てくれたオルハを見て思わずつぶやいた。
「…………脚長いなぁ、その脚の長さに免じてお菓子食べる?たっかいやつ」
「俺、初めて人生で、脚の長さのおかげで、高いお菓子もらいましたわぁ」
「よかったねぇ~」
そうして、のんびりとした気持ちでタウンハウスに戻ったが、そういえば、今日すっかり忘れてたのだが、オルハがアレを、ブランデンブルグ侯爵家に着払いで送ったけど、はてさて、侯爵様はどうするんだろう、とぼんやり考えていた。
――不安に思う気持ちも分かるが、ここはこちらに任せてほしい、絶対に、君に危害が及ばないようにする――
――そのときは、ベルバニアの……君たちと法の裁きに従おう――
それは、我々のやり方で好きにしていいってことですよね、といって書面もしたためたり、なんなら、魔道具で録音しちゃったんですけど、流石に今更、真摯に謝罪にされてももう許せないよなぁ、とどこか他人ごとのような気持ちになっていた。が、そんなことより、ニーチェさんに、この書類ケースを渡したら喜ぶかなぁ、と考えることで、精神を安定させることに、成功したのであった。
心のこもった謝罪って何事に対しても大切だよなぁ、と日々痛感してるこの頃です(職場で何かあった人の顔
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
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