自分本位な侯爵夫人は現実を受け止められないようです。(ブランデンブルグ侯爵夫人視点)
久しぶりに会った息子の元婚約者は、まるで花の妖精のように、もしくはお姫様のように、どこにもないような美しいドレスを上品に着こなし、人の輪の中心にいた。
そのドレスが、セレスのドレスだと聞いた時、それを贈ったという王女の護衛に溺愛されてると聞いた時、すでに、今まで、彼女を虐げ続けたレヴィエとは、比べ物にならないとは知りつつも、思わず声を以前のようにかけてしまったが、その返答は、あまりにも凍り付いていた。
「みたい、ではなく、私たちはあの日をもってして他人になったのです夫人。ご理解いただけるとありがたいです。」
そういった彼女は、私が敬愛してやまない、ティルディア・ベルバニア伯爵夫人の末の娘であり、物静かで、なんでも私の言うことに頷いてくれていた、扱いやすい少女であるはずだったフルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢の表情は、何処までも冷たく、その、お姉さまによく似ている目元は、何処までも軽蔑の色を孕んでいた。
おかしい、こんな子じゃなかったのに、どこまでも従順で、いつだってブランデンブルグ侯爵家に寄り添ってくれていたのに。
これはきっと、首都での友人たちが、彼女に悪影響を与えているに違いない、と答えを導き出すのには簡単だった。
例えば、シャルロット・ロゼットロア公爵令嬢、彼女は、王家からの信頼が厚い公爵家の生まれをいいことに、学園では令嬢のご意見番として、時には自身の権力や人脈を駆使して、問題を解決し、裁判官でもないのに、子供じみた正義感で仲裁にはいるおせっかいな子。孤立していたフルストゥルちゃんを助けたそうだけど、何か、変な思考を流し込まれてるに違いない。
そして、最近懇意にしているという、レベッカ・ガリアーノ伯爵令嬢。
元をただせば、貴族の血も引いていない、錬金術師と騎士の家系、レベッカ嬢も、もっぱらそちらの方面に興味があるのは知っている。どちらの腕も、いいところまで来ているのはしっているが、そういう男勝りな所が、変に彼女に伝染したのかもしれない。
……このままじゃ、彼女の将来に悪いと、心から思って、私はよかれと思って声をかけた。
「友達選びは慎重になさいと、お姉さまにも言われてたでしょう?フルストゥルちゃん、女の子は貞淑でいないと」
それは、昔から私が母に言われていた言葉だった。
「女の子なのに、剣術や錬金術にかまけてる子や、権力を振りかざすような子と付き合って……」
よくないわ、と言おうとしたその瞬間、フルストゥルちゃんの表情が険しく、そう、チェーザレ様そっくりな威圧感を纏って、感情を隠すことなく冷たく言い放った。
「取り消してください」
「え……?」
あまりにも冷たい声に反して、私は思わず間抜けな声が出てしまっていたが、そんな私に、敵意を向けたまま、彼女は告げた。
「今の言葉を、今すぐに取り消して、二人に謝罪してください。」
こんな感情的な彼女を、冷酷な態度をを自分に対してとる彼女を信じられず、放心していると、さらに、彼女は冷たく言葉の槍を降らせた。
「それができないなら帰ってください。私のことならいざ知らず、友人を侮辱するような方と話したくないです。」
その言葉を聞いて、ようやく自我が戻ったというより反射的に、私は、年下の令嬢に頭を下げていた。
私が、内心で見下していた令嬢に、頭を下げるなんて屈辱だったが、ここで彼女の機嫌を損ねたら、きっと一生会ってくれなくなる、その思いからの行動だった。
幸い、二人ともすぐに頭を上げるようにいってくれたことで、すぐにその場から離れることができた。
休憩室で呆然と、ロゼットロアの庭園を眺めていると、長年、社交界にいたせいか、様々な話し声が耳に入ってきた。
「以前から、彼女の態度は、目に余るものがあったからね」
そんな言葉を皮切りに、連鎖はどんどん続いていく。
「まったく、息子だけでなく夫人もあんなだなんて、ダイアン様が気の毒だわ」
「まぁ、でも自業自得よ?彼だって、ノルドハイムの後ろ楯がほしくて、当時の恋人と縁を切ったんだもの 」
「あぁ、あったわねそんなこと」
耳を塞ぎたくなるそんな話を、たとえ何十年も前の話だとしても、そんな話をされるのはいい気がせず、そちらから気をそらすと、別方向からは、ある意味で耳を塞ぎたくなるような会話が、フルストゥルちゃんと、あの王女の護衛がお似合いだと囃し立てる会話と、お互い褒めあう会話、祝福する周囲、どれもどれも聞いたことは無かった。
レヴィエがフルストゥルちゃんのことを褒める言葉も、その逆も無かったことを思い出した。
けれど、それは私のせいじゃないはず。
だってそれは本人同士の問題だ。私が口を何度もはさんだというのに、あの出来損ないの息子は、女の子一人の機嫌も、それも、一番大切にしなきゃいけない、お姉さまの娘になんてことをしてくれたのだと、怒りがふつふつとわいてきた。
次男のオースティンの方が、出来がいいし、いまは、何かにとりつかれたようなあんな役立たず、どうにかして廃嫡してしまいたい。
そうしたらきっと、フルストゥルちゃんも許してくれるはずだ。そうだ。もう一度話しかけてみよう。
――あの子が、私のことを許さないわけがないのだから――
気を取り直してまた会場に戻ろうとすると、また、あの王女の護衛と仲良くしているあの子が目に入った。
駄目よ。そんな下位貴族の男となんか仲良くして、あなたは、男爵夫人なんて、ちっぽけなものになっていいわけないじゃない。
そんなことになったら、幼いころからの努力は、苦労はどうなってしまうのだ。
それもこれもあの男が、レヴィエに傷つけられたフルストゥルちゃんに、優しくして、惑わしたからに違いない。そんな卑怯なこと、許されるわけがない。そんなことになったら、もう何もかもが全部崩れてしまう。
この男だけはどうにかしないと。
…………そう思っていたのに、物事はいい方向に行かなかった。
「……せいで……」
「夫人?」
「貴方のせいで、貴方がフルストゥルちゃんを誑かしたくせに、資産も大したことない男爵家の癖に………」
怒りのままにそう告げて、グラスをぶつけるも、王女の側近である、ニィリエ・ハイルガーデンは、涼しい表情のままだった。
「……たしかにうちは男爵家で、名のある貴族に比べたら、資産は少ないかもしれません。」
「そうよ、フルストゥルちゃんは今まで、うちに嫁ぐためにどれだけ努力したことか、それを、こんな男に取られるなんて」
あっさり負けを認める男に、私は本心をぶつけるも、男は涼しい顔のまま、いや、瞳に呆れを宿して答える。
「……先に、フルルの努力を踏みにじったのは、そちらなのでは?」
「フルルって……なれなれしいのね」
しれっと、息子にも呼ばせていなかった愛称を簡単に、当たり前のように呼ぶのが、癇に障り、思わず嫌な顔を隠せず言ってしまったが、それを気にせず、嫌みな笑顔で男、ニィリエは答えた。
「えぇ、信頼されてるので俺は」
侮辱とも思えるその発言に反論しようとするがそれはあっけなく遮られた。
「いくら優しいフルルでも、会うたびに罵詈雑言を投げかけて、心配したら暴力を振るわれる…。挙句不貞三昧、私と出会わずとも、見切りをつけられていたのでは?」
「このっ」
パン、といい音が鳴ったその瞬間に、フルストゥルちゃんの表情に、明らかな敵意が現れた。
「……あなた方の、そういうところが嫌いなのです」
「フルストゥルちゃん?」
どうして、そんな表情をするのか。どうして、こんなに怒っているのか分からず、首をかしげると、フルストゥルちゃんはただただ冷酷に告げた。
「どうして、自分の思いどおりにならないというだけで、すぐ暴力に訴えるんですか? それが礼儀ですか?」
答える間もなく、いつもよりも饒舌に、感情的に、しゃべる彼女に圧倒された。
「何が違うんですか?何も違いないですよ。私が、レヴィエ様にされた仕打ちも、今、フィリア様がしたことも、何も、嘘偽りはありません」
それを皮切りに、私は、夫人たちとアイン様に問い詰められた。先の婚約破棄のせいで、いろいろ切り詰めている侯爵家の資金を、また切り崩すことになってしまったが、正直、その話し合いという名の尋問の最中のことは、正直あまり覚えていないが、脳内で、彼女の言葉が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
――ニーチェさんが大丈夫でも私は許せません、絶対許しません――
あんな言葉、絶対レヴィエのためにあの子は言わない、認めたくない事実だが、それだけは確信してしまった。
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