ぼんやり令嬢は感情のセーブを諦めたようです。
「ア……アイン王女殿下」
「良かった、私のことはわかるみたいね?」
狼狽えるフィリア様に反して、アイン様は堂々と、それはそれは美しく首を傾げた。
「それで、私の大事な側近に手を上げた理由は、なんなのかしら?」
フィリア様がもごもごといい淀んでいるため、私は主人であるアイン様に、挙手をした。
「私から説明してもよろしいでしょうか」
「えぇ、いいわよ」
アイン様の許可をもらい、私はこみ上げた怒りを深呼吸で落ち着けてから、言葉を発した。
「……私だけの発言だと、主観が多いに入ってしまうかもしれません」
「構わないわ、話してくれる?」
「どうやらブランデンブルグ侯爵夫人は、私がニーチェさんに、誑かされたと思っているようでして、なんの確認も証拠もなく、ニーチェさんにグラスを投げつけたのです。」
そこまで言うと周囲の方々はざわつき、ヨハンナ様は扇子で口元を隠しながら、その様子を咎めたり止めるわけでもなく、静観してくれていた。
これは、好きにやっていいということだろうと、解釈し、軽蔑の感情をこめてフィリア様を眺めると、焦ったように口を開いた。
「そんな…私はそんなこと」
「じゃあ、なんでニーチェさんの周りに、ガラスの破片があって、スーツも濡れてるんですか?」
淡々と告げる私は、よほど怖いのだろうか、フィリア様は、じりじりと後ずさった。
「っ勝手に転んだだけでしょうっ」
この期に及んで、そんな子供でもしない言い訳に呆れながら、私は首をかしげてほほ笑んだ。
「……だったら証拠を見せましょうか?」
「え?」
「これ、指輪に見えますけど魔道具なんです。撮影と記録のための……。こういったことが、起きたときのためにつけてきたんです。」
主にあなたの息子のせいで、いとも簡単にこんなものを扱うようになってしまったが、やっぱり論より証拠、フィリア様は悔しそうに、唇をかみしめていた。
そして、苦しい言い訳を何か言う前に可愛らしい声が聞こえた。
「それだけで信用できないのなら、私たちが証人になります。」
「シャロ…レベッカ様……」
「……ですって?さぁどうするの侯爵夫人」
その場に似つかわしくない、可愛らしい声でアイン様は問いかける。その様はまるで、氷の薔薇のような美しさだった。
「まさか、また面白い言い訳なんて言わないわよね?」
それは、フィリア様にとって、詰みの宣告と同義だったのか、フィリア様はうなだれていた。
「まさか、だって、フルストゥルちゃん、一回も不満なんて言わなかったじゃ……」
言わないからって、不満が全くないわけじゃないんですよ、とフィリア様の想像力のなさに落胆しつつ答えた。
「私は、レヴィエ様が学院で、誰かに恋をしたら婚約解消に応じるつもりでしたよ。もしくは平民の方だったりしたら、全然側室やら愛人やら、容認するつもりでしたよ」
「じゃあ……」
何で、と言いたげなフィリア様に、私は、淡々と続けた。
「でもそれは、婚約者としての義務を果たしていたらの、話です」
そう答えるも、どういうことと首をかしげるフィリア様に、私は肩を落として続ける。
「さっきニーチェさんが言ったとおりです。」
ふぅ、と一回感情的にならないように、またまた深呼吸をはさんでから、嫌みなほど、他人行儀な笑顔で答えた。
「会うたびに、罵詈雑言を投げかけて、心配したら暴力を振るわれる。
挙句、不貞三昧……。付け加えますと、私が体調を崩しても見舞いなんて来ないのは当たり前。あげく、プレゼントにケチをつけるなんて、通常運転…。挙げだしたらキリがありません。」
私の発言に、周囲はざわつくも、その声の中に、レヴィエ様を擁護する声はなかった。
「やっぱりそうだったのね」
その一言から始まり、周囲はひそひそと話し始めた。
「学院では、多くの女生徒と常にいたとか……?」
「私もそれ聞きましたよ。たしか家の専用車にも乗せたとか」
「そもそも夜会にも、ベルバニア伯爵令嬢じゃない方ばかりといたような」
悲しいかな、全部事実なんだよな、と思いつつ、レヴィエ様の所業を振り返り、傷つく段階はとうに超えているため、彼女たちの言葉を止めようとも思わなかった。
私は、フィリア様をじっと見つめると、フィリア様は一歩たじろいだ。
私ごときでそんなたじろぐなら、何でこんな馬鹿なことをしたんだろう、とあきれ果てていると、またもフィリア様は、アイン様がいうところの、面白い言い訳とやらが聞けるのかと思ったが、もっとおかしなことを口走った。
「だったら、レヴィエと、籍だけ入れてくれれば……」
本当に心からこの女は話が通じないのか、現実が分からないのか、夢みがちなだけなのか、そのどれかでもどれかでなくても、不愉快極まりない。
もはや、表情を取り繕うのもばかばかしく感じ、もはや声色さえも取り繕う気もしなくなってしまった。
「……私に、一生、彼に虐げられてくれって、言ってるのと同義ですよね?」
断言すると、ニーチェさんに文句をいっていた時とは、比べ物にならないくらい狼狽しているのに、またもやおかしなことを口走る。
「そんなこといって……。だったら?オースティンとでも……」
「オースティン君の、意見は聞いたんですか?」
「あの子はまだ小さいから大丈夫よ」
意味の分からない主張をする彼女に、辟易しているのは私だけではないらしく、周囲にいる方々は、呆れと落胆、まさに、私が今までブランデンブルク侯爵家に対して、感じていた感情そのものだった。
「何が大丈夫なんですか?あなたの願望のために私だけじゃ物足りず、今度は、オースティン君の将来まで縛るんですか?」
もはや怒りを通り越して、虚しささえ感じながら、フィリア様に詰め寄った。
「……あなたは一体、どこまで、私を馬鹿にしたら気が済むんですか?」
今までにないほどの怒りが、業火のように脳を焼き尽くす勢いで駆け巡った。
普段、ここまで感じたことのない、怒りの行き場がなく、今すぐに、目の前のこの女を、どうにか痛めつけたい衝動をこらえるために、頭を抱えると、後ろから優しく体を支えられた。
「フルル……もういい、もう大丈夫だ」
「ニーチェさん……」
ニーチェさんは怒るわけでも、悲しむわけでもなく、ただ優しく頭を撫でてくれた。
「いっぱい怒って疲れたろ?それに、話が通じない相手となれば、なおさらな」
私には優しく、けれど、フィリア様に釘をさすことも忘れず、そういった後に、アイン様が普段と可愛らしく優雅にほほ笑んだ。
「フルルちゃん、ニィリエ……、ちょっと休んでおいで?」
「アイン様……でも」
この人を、このままにしていいんだろうか、一応当事者だけれど、被害者といえばニーチェさんもだけど、それを加味して首をかしげるも、アイン様はほほ笑んで続けた。
「ほら、ニィリエのスーツ濡れたままだし、ほっぺも治療してあげて?」
「はい……でも……」
ちらりと、うなだれている夫人を見てる私を見て、アイン様は、一瞬、目を細めてから、笑顔に戻られた。
「大丈夫、ちょっと夫人たちと話し合いをするだけだから、…ね?ロゼットロア公爵夫人?」
「仰せのままに殿下」
主催であるヨハンナ様が、頭をさげたあと、話し合いに行くのかと眺めていると、アイン様はいちど振り返った。
「あ、フルルちゃん。さっきの魔道具借りてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、じゃあね」
指輪を手渡したあと、アイン様を先頭にして、引きずられていくように会議室に向かっていくその様は、これから、断頭台に罪人を連れていく図にしか見えなかったが、不思議と同情する気は、これっぽっちも起きなかった。
そんな図を横目に、シャロがこちらに来てくれた。
「フルル、ニーチェさん休憩室に案内するわね」
「シャロ、ありがとう」
「いいのよ、たくさん怒ったから疲れたでしょ?」
……私が普段怒らないせいか、シャロにも、ニーチェさんと同じ心配をされたことに関しては、もう何も言えなかった。
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