ぼんやり令嬢は義理の母(偽)フィッティングされる。
「昨日はびっくりしたなぁ、胃痛大丈夫か?」
「胃は大丈夫です。慣れてるんで……ははは」
最近、胃の痛みに慣れつつあるものの、昨日ラスターさんから聞いた話は、予想斜め上なんてものではなかった。
もはや予想という概念そのものが破壊されかねない内容だった。
よくわからないけど、私に、意味の分からない強めの感情を、抱いている相手が同じ校舎にいるという事実、いや、今登校しているのかどうかも知らないから、何とも言えないけど、とにかく、そんな思考が分からない人間に、高ぶったその感情を、どんな形でぶつけられるのか想像しただけで、軽く吐いてしまいそうだ。
流石に、人前で胃薬を飲むことは、人目をはばからずできるけど、吐くのはいくらなんでもなぁ……。と考えていると、ニーチェさんは頭を撫でながら優しく答えた。
「まぁ、俺から言えるのはフルルは悪くないから、負い目とかは感じなくていいからな?」
「……え?」
どうしてニーチェさんは、そんな私の思考が手に取るようにわかるんだろうか、と思いながら私は控えめに首を横に振った。
「いえ、私が、もう少し上手に歩み寄れればよかったのに、それらを怠ってしまったから……」
いくら人見知りだとか、首都に慣れてないだの、同世代とのかかわり方も分からないからとはいえ、あの頃は一応婚約者だったんだし、一回、不貞の現場を見ただけで心が離れてしまったのは、ある意味、私の努力不足だったかもしれない。
そう、猛省していたものの、ニーチェさんはそれは違うという言葉が聞こえそうなほど、優しく首を振った。
「たとえ、フルルが歩み寄れなかったからって、あんなひどいことをしておいて、わけのわからない感情の処理の責任を、フルルがしなきゃいけない理由は婚約者とはいえないんだよ。」
「……はい」
「っと説教くさくなっちまったな、ごめんな。」
「いえ、大丈夫です……」
ちょっと油断すると、あまりの優しさに、うっかり泣きそうになってしまうのをこらえつつ、答えた後、ニーチェさんは頭を撫でながら話題を変えた。
「そうだ、このあと用事あるか?」
「ないですけど……」
「ドレスが届いたからさ、母さんに調整してもらおうと思って」
「ありがたいですけど、ノージュさん忙しいんじゃ……」
ノージュさんは、この国に住んでいれば、聞いたことのある服飾店・フロルウィッチの代表。
貴族も、庶民も関係なく人気で、いつも多忙を極めているのに、本当にこんな個人的すぎる、もうそんなのは他のところで、それこそ、そういうのを専門的にやってるところに出してくれよ、となっているのではと思うも、ニーチェさんは肩をすくめて笑った。
「いや、セレスの作品ってきいたら、絶対自分がやるって言ってってさ」
「ありがたいです」
確かにサイズ調整って大事だし、一応、裁縫はできるけど、そこはプロに任せた方が絶対いいに決まりきっているので、大人しく頷いた。
……ノージュさんに会うの、本当に久々だけれどお店に入ったとたんビンタとかされなかな。
息子の睡眠時間は潰すわ、いつの間にか息子の婚約者候補だわ、なんやかんやで連れまわしてるし、あほほど高いドレスとか買わせて、一体何様だと怒られても仕方がない所業すぎて、もうこれは五発くらいやられるのでは?
……頑張って氷、速攻で出せるようにしとこう、と手を眺めているも、ニーチェさんは予想外のことをつぶやいた。
「母さんフルルのこと気に入ってるしな」
何をもってして、そもそも、そんなにあっていないのにと首をかしげていると、ニーチェさんは笑顔で答えた。
「あぁ、よく母さんに仕事の話とかするからさ、フルルは本当に気が利くって、よく言ってるからかな」
「気が利くって……」
「え?自覚ない?いっつも書類とか見やすく整頓してくれたり、インクの補充とかやってくれてるし、ゴミだっていやな顔しないで捨ててくれるじゃん?あれ、結構助かってるんだよね。」
「いえいえ」
そんな過大評価です、と首を振るもニーチェさんにそれは遮られた。
「褒められたら素直に受け取る」
「はいー」
「ん、素直でよろしい」
そうして、のんびりとした時間が流れる執務室での仕事が終わり、ニーチェさんの家、もといフロルウィッチへと向かった。
「いらっしゃい、準備はできてるわ。」
「ぁ、お願いします。」
相変わらず凛々しい美人なノージュさんに、緊張しながら答えるも、ノージュさんは、数分じっとこちらを見た後、ぽつりとつぶやいた。
「……貴女、甘いものは平気?」
「……はい」
「そう、お客さんからクッキーをもらったんだけど、よかったら食べる?」
突然の提案に、どう答えるのが正解なのか困り果てているとニーチェさんが助け船を出してくれた。
「うん、ちょっと食べときな、こういうのって意外と疲れるから」
「……はい」
そうして、言われるがままクッキーをぽりぽり食べていると、隣の部屋からお針子さんたちの声が聞こえてきた。
「まさか、生きているうちに、セレスの作品が拝めるなんて」
「見て、ここ裏地にも柄がある」
「このレース手縫いよ?もはや狂気よこんなの」
そう楽しそうに、本当に嬉しそうにしているのをみて、少なくとも、仕事増やしやがって、と思われてなさそうで安心した。
小休憩をはさんだ後、ドレスの微調整が始まった。
とはいっても、わたしはたっているだけなのが、やはりノージュさんはすごかった。
「コルセットをする前提だと、もっとしまるから……ウェストはもっと詰めていいわね、ちょっとミィナあれもってきて」
「はぁい」
「ここ、押さえといてくれる?もう一回計るわ」
「はい」
的確にスタッフさんに指示を出しながら、どんどん作業は進んでいく。
「……ちょっとここ、長いから調節しましょう、貴女はそっちから、私が指示だすからやってもらっていい?」
「わかりました。」
「ミィナ、さっきのところ終わった?」
「終わりましたー」
まるでひとつの軍隊のように、無駄なくぱっぱと手際よく進んだ結果。
袖を通したドレスは、まるでオーダーメイドのように、ぴったりと体に馴染んだ。
「きついところは?」
「ないです」
答えると、ノージュさんは、ちらちらドレスを確認したあと、肩を撫で下ろした。
「うん……大丈夫そうね」
「ありがとうございます。」
感謝を込めて頭を下げると、ノージュさんは、何かに納得したように、深く頷いた。
「……素敵ね」
「えぇ 綺麗ですよね、このドレス、ニーチェさんが選んでくれたんです。」
「…… そう、流石ね」
「はい」
……少し気まずい沈黙のなかどうしようと、この絶妙な雰囲気を打破した方がいいんだろうか、と軽く悩んでいると、ニーチェさんの声が聞こえてきた。
「フルル、母さん終わったか?」
「終わったわよ」
ノージュさんの言葉を聞いた後、ニーチェさんはゆっくり入ってきた。
「………………。」
いつもすぐに褒めてくれるニーチェさんが、口を押えて呆然としてるのを見て、一瞬にして、思考が高速で回り始めた。
あぁぁぁぁ、やってしまった。こんな素敵なドレス、こんなぼんやりな私に似合うはずがなかったんだ。大金払ってもらったのに申し訳がなさすぎる…。あぁ、どうしよう。
困惑していると、沈黙を破るように、ぽつぽつと話し始めた。
「あー……可愛いな、本当に似合ってる、綺麗だ。」
いつもより、言葉につまるニーチェさんの、どこか照れたような表情見て、なぜかこちらも照れてしまい、言葉に詰まっていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「おぉ、見たことある令嬢がいると思ったら、ベルバニア伯爵令嬢じゃないか」
「ウィンターバルドさん」
そう、いろいろとお世話になりすぎたといっても過言ではない相手、ウィンターバルド大先生だった。
「綺麗だなぁ、ノージュが直したのか」
「えぇ、そうよ」
「流石だな、まるで花のお姫様みたいじゃないか」
「ちょっと、フルルにちょっかいかけるなよ」
「ぼーっとしてるお前が悪い」
心は不安でいっぱいだったが、目の前で仲のいい家族をみて、心が何とか落ち着いたのだった。
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