ぼんやり令嬢の忙しすぎる休日
「おはようフルストゥル」
そう声をかけてきたのは、白金色の癖毛にアメジストを思わせる、涼やかで高貴ささえ感じさせる紫色の瞳に、すらっとした体躯をした青年のようにしか見えない華やかな顔立ちをしたこの人は、ヴォルフラム・アーレンスマイヤ伯爵ことヴォルフラム伯父さん。
お母様の年の離れた弟で、今ではお弟子さんもいるほど、有名なジュエリーデザイナー兼宝石商、それにしても華やかな見た目は血筋なのか、相変わらず年齢を感じさせない美形さである。
「昨日は遅くまでお疲れ様 おじさま」
「ありがとう フルストゥル、昨日はお手柄だったんだって?ファランに聞いたよ」
「道案内しただけだよ?」
「立派じゃないか よしよし」
相変わらずこの伯父様、あまりにも私に甘すぎる、ありがたい、と頭を撫でられるのを甘んじて受け入れていると伯父様はにこやかに続けた。
「今日は大図書館まで行こうか ちょうどそのあたりで仕事だから」
「いいの 行く、行きたい」
即答すると伯父は待ってました、と言わんばかりに頭をなでながら笑った。
「フルルは本が好きだよねぇ、よし行こうか」
そうして大図書館につき、伯父と別れた後思うままに足を進めた。
ここはその名前の通りに大きい図書館で、ここに寄贈されてる本は、基本的には身分に関係なく貸し借りでき、しかも古めかしい本や図鑑ばかりでなく、最近市井で出回っている小説や絵本などもそろっている。
そのせいか市民のほうが多く利用している。
だが、一般市民の図書館にはなかなかない諸外国の言語の本も多く、本当に話を盛るわけでもなく何時間でも居られてしまうほどだ。
とはいえ、少しタウンハウスから離れているせいか、あまり来ることも少ないし、学院の図書館で済ませてしまうことが多いからか、新鮮に感じつつ昨日のことを思い返し、イズゥムルの本を眺めていると不思議とすらすらと読めることに自分で驚いた。
確かに領地にいたときに、絵本や図鑑も眺めていたが、いつの間にここまですらすら読めるようになったのだろう、と首をかしげた。隣にあるクティノスの本も、眺めてみるとなぜだかすらすらと読めてしまう。これはもしや私天才なのではと思い、手に取ったクティノスの本を、顔がくっつくほど近くで読んでいると頭上から聞き覚えのある声がした。
まさか、と振り向くとそこには顔面国宝、じゃなくてギャラン様がいた。
「ベルバニア嬢じゃないか」
「……キャシャラトの太陽にご挨拶を……」
急いでワンピースの端をもって礼を尽くそうと頭を下げるとギャラン様は困ったようにそれを手で制する。
「あぁ、いいっていいって頭上げてくれ」
「ですが……」
「堅苦しいのは王宮の中で十分なんだ 頼むよ」
……あなたが良くても場合によっては、理不尽に不敬罪が成立して、私の首があなたの後ろの美少女メイドの手によって、胴体とさようならする可能性があるし、何なら今、この空間にいるかもしれない過激派に、ひどい拷問を受ける可能性もなきにしもあらず。
だがしかし、権力には逆らえない、なぜならうちは平凡伯爵家、考えろ、考えるんだフルストゥル・ベルバニア・・・。
貧弱な頭脳で、できるかぎり考えるんだ。
…てかなんでこんな休日に大図書館にいるんでしょうか。
家で高尚なソファに座ってれば、なんでも出てくるでしょうに、なんでわざわざこんな離れた場所に?
・・・もしや、もしや逢引?だとしたら詳しく話は聞きたいな、野次馬とかではなく王室派としてこう手だすけを、嘘です興味本位です。
いやまて私、それはロマンス小説の読みすぎだ落ち着け、ここは無難にいこう。
「ごきげんよう、ギャラハッド様 お元気そうで何よりです」
「ああ ベルバニア嬢もな」
ギャラン様はそう言って私が持っている本に目を落とした。
「へぇ クティノスの本か珍しいな、ってこれ翻訳されてないじゃないか」
「え?翻訳されたやつあるんですか」
言ってよぉ、普段 恋愛小説とかばかり読んでるからわからないんだよぉ。
なんか人も少ないなぁとは思ってはいたけれども。
「あぁ、あるけど案内しようか」
「いえ、大丈夫です。勉強もかねてこっちで頑張ってみます」
王族の手を煩わせるものでもないな、と思い頭を下げると一瞬驚いた表情をされた後に、いつものすべての女性を虜にする控えめな笑みを浮かべた。
「…いい心がけだな、ベルバニア嬢」
何その変な間、無駄に意味深なのやめていただきたい。
ごほん、いけないいけないと思いながら頭を下げる。
「いえ 殿下ほどでは」
「ではまた 学院で」
去っていく背中を見届けると、肩の荷が下りたような感覚と、やっぱりギャラン様は顔面国宝だな、とただただ感心するばかりであった。
しばらくして、仕入れの商談を終えた伯父が迎えに来た。
「お待たせフルル」
「お疲れ様」
「じゃあ行こうか」
大図書館から出ると、後ろから見ても気品を感じる女性が目に入った。
見覚えがあるなぁと眺めていると、その女性は振り向きそれはそれは上品な微笑みを浮かべた。
「フルストゥルちゃんじゃないの」
優雅にほほ笑むその人は、フィリア・ブランデンブルク侯爵夫人。
……婚約者様の母であり、一応未来の義母……になるのかなぁ。
どうなるんだろうなぁ、フィリア様には可愛がってもらってるけど、肝心の婚約者様があんなんじゃあなぁ、ともやもやと考えながらもお辞儀をする。
「ごきげんよう侯爵夫人」
「ご機嫌よう、ええとそちらの方は」
「あぁ、申し遅れました。私はヴォルフラム・アーレンスマイヤ。
フルストゥルの伯父、いやティルディア・ベルバニアの弟といえばわかりやすいですかね」
「まぁティルディアお姉様の弟君?いわれてみればティルディアお姉様にそっくり」
「よくいわれます」
伯父さんを頭の先から爪先までじっくり見たあと、フィリア様はとても満足そうに笑った。
フィリア様と、私の母であるティルディア・ベルバニアは、かつて同じ女学校に通っていた先輩後輩の間柄であり、上級生が下級生とペアになりマナーや学業などのサポートをするという擬似姉妹のような制度があるらしく、私の母はフィリア様の学校での姉だったそうで、その習慣からか、フィリア様は未だに私の母をお姉様、と呼び慕っている。
「ティルディアお姉様はお元気?」
「はい、元気です」
「そう 首都に来られたらいつでも歓迎しますって伝えといてくださる?」
「はい」
「あとフルストゥルちゃんも」
フィリア様は私の方を見ると優しいが、少し蠱惑的な笑みを浮かべ頬に触れた。
「遠慮なんてせずにいつでもうちに遊びに来てね?貴女ならいつでも歓迎よ 私貴女がいつ来てもいいようにおやつや本沢山用意してるんだから 来てくれないと寂しいわ」
少し寂しそうに唇を尖らせいうそのさまは、少女のように見える、なるほどこれが愛嬌か、今後の参考にしよう。
心底感心しながら頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「では ごきげんよう」
フィリア様が優雅に立ち去ると、伯父さんは不思議そうに首をかしげた。
「いやぁ 凄い気に入られようだね、ブランデンブルグ侯爵夫人ってもっと冷たい人だと思っていたよ」
「そう?いつもあんなかんじだよ」
何なら月一でマナーや社交を学びに行っても、そんなことよりお買い物に行きましょう。と何回もデパートや、宝飾店に連行されたり、普段会うこともない派閥の、お茶会に連れてかれたことか、今思い出すだけで疲労感がぶり返してくる。
心のなかでがっくり肩を落とすと、伯父はそれを知ってか知らずか笑顔を浮かべた。
「まぁフルルは可愛いから当たり前か」
「そうかなぁ」
「もっとフルルは自信を持たないと」
甘いなぁ、伯父様は砂糖菓子より甘いなぁ身内とはいえ基準が甘いんだよなぁ
多分理由としては、うちと同じで長女であるユリアナ様が早くに結婚したからなのかな、と勝手に推測しながらももう考える気力はもうなかった。
「とりあえずどこかでお昼食べていこうか」
「うん」
なんだか知り合いに連続で会ったせいか、心が少し疲れたがもうご飯を食べてゆっくり休もう、と心に誓うのであった。