辺境伯子息の後悔(バーナード視点)
今回は堅物系思い込み男子バーナード視点です。
自分はバーナード・フィリップス。
先代から武芸で身を立て、辺境伯までのし上がった新興派貴族。
自分たちはそのことを誇りにすら思っているのだが、古くからある、由緒正しい家門が多く所属する王室派という派閥に、あまりよく思われていない。
社交界では、もともと貴族としてのふるまいも拙いせいで、肩身の狭い思いをしてきた。
品定めするような令嬢らの視線も痛かった。
だが、騎士系の新興派が多く参加する夜会に現れた彼女は違った。
「やぁ、バーナード君、楽しんでいるかね」
「ブランデンブルク侯爵、ごきげんよう」
何やら、上機嫌な様子で侯爵様はグラスを傾けると、レヴィエ様に向けるより、かなり優しい視線と、フィリア様よりも丁寧に、とある令嬢を前に促した。
「紹介しよう、旧レウデールの血を引きながら、キャシャラト王室に長く仕える、ベルバニア伯爵家の令嬢でうちの息子の婚約者だ。」
「フルストゥル・ベルバニアと申します。」
そう紹介されて現れたのは、上品な紺色の、ところどころに、宝石とレースで彩られたドレスを着た、夜空のような藍色の肩まで伸びた羽のようにふわふわの髪に、青にも紫にも見える長いまつ毛に縁どられた猫のような目をした、華奢な令嬢だった。
あまりにも綺麗な礼に、一瞬体が固まったが、粗相をしてはいけないと、緊張の中なんとか声を振り絞った。
「あ、あぁ、自分はバーナード・フィリップスだ。よろしく。」
自分でも、あまりにも愛想がないと思ったが、フルストゥル嬢は気にした様子もなく、およそ社交界用の表情だろうが柔らかく微笑んだ。
「あのロイエン様のご子息とお会い出来るとは光栄です。」
「父のことを知っているのですか」
「えぇ、刀鍛冶の息子が一代で辺境伯まで駆け上がったなんて、誰もが憧れてやまないお方ですもの」
他の令嬢の、侮蔑や軽蔑を含んだ、どこか差別をしたような敵意めいたものはなく、純粋な尊敬を丁寧に伝えてくれたことが、嬉しかった。
「フルストゥル嬢は、そういった歴史に明るくてな。この通り王室派の家門だが、偏見もないよくできた令嬢だよ。」
「いえ、侯爵様それは褒めすぎです。」
そう控えめに謙遜するさますらも、好ましいとおもっているんだろうか、あの気難しいと言われているブランデンブルク侯爵が、心から彼女のことを気に入っているのがよく分かった。
同時に、初めて王室派の令嬢に、わけのわからない敵意をぶつけられないことが意外で、彼女のことが頭から離れなかった。
「彼女も王立学院に通っているんだ、何かあったら助けてやってほしい」
侯爵様は、とても彼女のことを気にかけている様子で、きっとレヴィエ様にもとても大切にされているのだろう、と信じていたのだが、まさかあんな扱いを受けているとは、その時、露とも思っていなかった。
その一年後、まさか魔法の成績が上がったことから、彼女と同じクラスになったときには、かなり驚いた。
あの夜会以降、遠目でその存在を見ることはあったが、こうして近くで見るのはかなり久しかったものの、見間違えることはなかった。
いつからか仲良くなったのか、常に、ロゼットロア公爵令嬢とともに、一緒に行動しているのがよく目に入った。
魔法の授業は苦手なのか、いつも遠い目をしながらうけており、そのたびに、隣の席にいるギャラン様に助言をもらって難を逃れているが、こっそり自分で、放課後勉強している様子はかなり好感が持てたものの、どうして彼女は、魔法が得意なレヴィエ様に、教わりにいかないのだろうと、疑問に思っていた。
けれどそれは、他人があまり深く聞くのも、おかしいだろうと思い聞かずにいた。
そんな中、やはり貴族令嬢や令息が通っているからだろうか、休憩時間に令嬢らが話している声が、ふいに耳に入った。
「ギャラン様と同じクラスなのは嬉しいけど、成金の新興派まで、一緒のクラスなのは耐えられないわ」
「そうよね、彼らってやっぱりマナーもなってないし、品性がないもの」
……どこにでも一定はこういう令嬢は居るものだな、と思いながら聞いていると、その内容はだんだんとエスカレートしていった。
王室派の令嬢ばかりなのか、それとも暗黙の了解なのか誰も止めるものはいなかった。
「ねぇ、そう思うでしょう?ベルバニア伯爵令嬢」
「我々より古い家門ですもの、思うことがないわけないですよね?」
まるでハイエナのように彼女に群がるも、フルストゥル嬢は一瞬きょとんと眼を開いた後に、困ったようにほほ笑んだ。
「……あぁ、ごめんなさい、私、ずっと領地にいたからそういったことに詳しくなくて、恥ずかしいです。」
その悪口に加担するわけでもなく、控えめに言いうと、彼女らが、じゃあ教えてあげますと、とにかく色々ぶちまけて、あわよくばマウントをとろうと言わんばかりの令嬢らは言おうとするも、フルストゥル嬢は相変わらず、困ったような笑みを浮かべたまま続けた。
「ありがとうございます、けどごめんなさい私、ちょっと補習があって、そろそろ失礼しますね。また、お時間あるときに、首都での色々を教えてくださるとありがたいです。」
と、誰も、敵にまわすことはないその鮮やかな立ち回りに、彼女への好印象は、かなり大きくなっていった。
それ以降はただのクラスメイトとして、遠くから、彼女がロゼットロア公爵令嬢と楽しく過ごしているのを遠目で見ているだけだった。
だがとある噂が社交界にあっという間に広がっていた。
それは、信じがたいごとに、レヴィエ様がフルストゥル嬢を蔑ろにした挙句、暴言や暴力を振るっていたということだ。
にわかに信じがたいことだが、あの父が確かめてきた結果、その事実は本当らしく、ブランデンブルグ侯爵家は一気に社交界で立場をなくしていった。
彼女より秀でた令嬢は探せばいるかもしれないが、どうして、あそこまで侯爵が大切にしていた彼女を、どうしてそこまで害したのか。
理由が全く分からなかったが、こちらがどう考えても、ブランデンブルグ側が有責で婚約破棄になった事実が、なくなることはなかった。
それと同時に、彼女の婚約者の席が空いたことを、どこか喜んでいる自分がいたことに、自分でも驚いたが、あまりにも浅はかすぎるその思いは、心の奥に蓋をしてしまった。
そんな折だった。
あまりにもダンスが誰と組んでも不慣れなことと、女性が苦手なことから、なかなか上達しない自分に、チェルシー先生が成績上位の方をつけてくれるといってペアになったのは、なんとフルストゥル嬢だった。
あまりにも不慣れで、なおかつ緊張で固まってる自分をとても気遣ってくれて、あまつさえその理由が自分にあるのではと思ったのか、彼女は信じられないことを言った。
「じゃあ、私が嫌いとか?ペア変わります?もしそうだとしたら、全然変わるし、全然傷つきもしないですよ、私」
「いやっそんなことない絶対に……」
その言葉に過敏に反応してしまったが、フルストゥル嬢は気にした様子もなく、優しくゆっくりと、なんども練習に付き合ってくれ、なんとか及第点に届いた。
彼女に何度お礼をいっても、自分の手柄ではないと控えめにいっていた。
そんな控えめな彼女に、閉ざしていたはずの気持ちがあふれてきそうだったが、自分を、クラスメイトとして信用してくれてる彼女を、困らせたくはなかった。
なかったはずなのに、思わず、彼女を侮蔑していた令嬢らの好意を断ろうとしていたところを、フルストゥル嬢に咎められたときに、自分の好意を受け流そうとした彼女に、思わず声を荒げてしまい、手を強く握ってしまった。
どうしてこの思いを認めてすらくれないのか、という困惑と、傲慢な思いが入り混じったが、急に冷たくなった手と、彼女が信頼している王女付きの護衛の方の言葉で、ようやく自分が彼女に対して、好意を押し付けていただけということに気づかされた。
……がその時にはもう、秘めた思いも、彼女との関係もすべて終わったことを、青い瞳が涙をたたえながら、大丈夫だと気丈にふるまうその姿をみて、深く自覚させられた。
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