ぼんやり令嬢と本屋と思い出。
不意にニーチェさんと会い、ブランデンブルク侯爵家に行ったことも忘れるくらい、和やかな午後を過ごせたおかげで、いつもあの家に行くと、心が重くなってその後の食事も喉を通らなくなるくらいなのに、今日はなんだか晴れやかなせいか運転しているオルハも、いつもはすぐにタウンハウスに近道を使ってまで早く戻ろうとするのに、珍しく普通の道を走っている。
「お嬢、気分がいいみたいですし、ちょっと本屋でも行きましょうか?」
「いいの?」
「今日もう予定もないですし、いいですよねリノンさん」
問いかけられたリノンは、一瞬、私の顔を見た後、ブランデンブルグで見せた冷たい表情とは打って変わって、とびきり優しい表情で私の髪をすこし直しながら答えた。
「そうですね、案外お嬢様のメンタルもそこまでへこんでないですし、いいですよ」
「ありがとうリノン」
「じゃあ、あそこの駐車場に止めますかー」
言いながら、しれっと車線変更をして、駐車場に止め降りた途端、エマは体を伸ばしながらつぶやいた。
「お嬢様ー私タバコ買ってきていいです?」
「いいよー気を付けてねー」
エマをそう見送ると、リノンが胸を張ってこたえてくれた。
「お嬢様には私がつきますからね」
「ありがとうリノン」
リノンについてもらいながら、本屋に入ると、図書館ほどではないが、流石首都、新刊のそろいがかなりいいな、と感心していると、また聞き覚えのある声に話しかけられた。
「フルストゥルさん」
「あら、バーナード様ごきげんよう」
そこには、武術の達人たちについて、毎週刊行されている雑誌をもった、いつもよりラフな格好のバーナード様がいた。
「ごきげんよう……その、えっと」
「お嬢様この方は」
私服が新鮮だったのか、すこし言葉を詰まらせてるバーナード様を、少し不思議そうに眺めてるリノンに説明する。
「クラスメイトのバーナード・フィリップス様、フィリップス辺境伯様のご子息で、いつも学院でお世話になってるの」
「そうでしたか、いつもお嬢様がお世話になってます。」
リノンが頭を下げた途端、バーナード様の硬直が解けすごい綺麗な角度で一気に頭を下げた。
「お世話なんて、こちらこそ、フルストゥルさんにダンスの授業で、たくさん助けていただいて本当に感謝してます」
「いやいや、授業ですし頭を上げてください……」
そんないつかのやり取りをしたあとにバーナード様は頭を上げた。
「そういえばフルストゥルさんは何の本を買いに?」
「とくには決めてないですけど……。そうだなぁ、今度の授業で竜のことをやるから、竜がでてくる物語でも読もうかなと」
私がそう言うと、バーナード様はすこし考えこむ様に顎に手をおき、なにか思い出したかのように、ううんと唸りつつ答えた。
「物語かぁ、自分はそういうのに疎いが……、竜から作られた伝説の武器や、伝承の本なら知っているけどどうだろう」
「あ、それも興味あります。」
「よければ取ってきますね、ちょっと待ってもらっていいでしょうか?」
「ありがとうございます、わざわざすいません」
そんな私とバーナード氏のやり取りを少し離れた場所から見ていたオルハは小声で言う。
「年上男子と、同級生を手玉に……俺の知ってるお嬢は一体……」
と、なんか主人でいらない妄想をしてたので、手でそばに来いとジェスチャーをして呼んでから、バーナード様にも聞こえない小声でオルハの耳元に口を寄せた。
「オルハ?給料下げられたい?」
と少し冷たく言うと、オルハは固まりながらすなおに首を横に振った。
「よろしい」
と頷いたが、幸いバーナード様には聞かれてない様子だったが、あまりにもバーナード様が恩から来る行動とはいえ、甲斐甲斐しくつくすものだからオルハは視線だけで、いや何をしたらここまで尽くしてくるんだ、と疑問を送ってきた。
そんなの私も聞きたい。
まさか授業で先生から頼まれてペアを組んだだけで、ここまでしてくるとは、誰も思わないだろう。
「まぁお嬢様は可憐ですから」
「まぁそれもそうか」
親ばかならぬ、使用人バカとはこのことだろうかと、ぼんやりしている間に、バーナード様に本を買ってもらってしまった。
「あぁ、ごめんなさい」
「いいですよこのくらい」
「あぁ……申し訳ない」
なんか、お昼ごはんといい、本といい、今日はいろんな人におごってもらってしまって、申し訳ないな、と思ったが、あまり謝り続けるのも心証が悪いだろう。
逆の立場だったら気を使わせてしまったな、と思って委縮しちゃうし、ありがたく受け取ろうと、社交用の笑顔に切り替えた。
「……ありがとうございます。バーナード様、大事に読みますね。」
「……っあぁ、そうしてくれると嬉しいではまた学校で」
「はい」
バーナード様は、一瞬驚いたような表情をしたが、何か用を思い出したかのように、そそくさと書店を後にした。
私みたいな末っ子ならまだしも、やっぱり貴族子息って忙しいのかな、と首をかしげたが。後ろでリノンが小声で問いかけた。
「お嬢様ってそれ計算でやってます?」
「お礼ぐらい計算なしで言うよ。」
「いや、そうじゃなくて」
リノンの言ってる意味が分からず首をかしげるも、リノンは小さい声でなにやらぶつぶつ言っていたが、とりあえず本も買えたし帰ろうと、促し駐車場に戻ると、車の中でコーヒーを飲みながら待っていたエマがにこにこと声をかけてきた。
「おーおかえりーみんな」
「ただいま、エマ」
「お嬢様、いい本は買えましたか?」
「買えたというかなんというか、うーん」
私がうんうん唸っていると、オルハが運転しながら、代わりにエマに答えてくれた。
「お嬢の同級生の方が、プレゼントしてくれたんですよ。」
「へぇ、お嬢様やりますね」
エマはにこにこと私に微笑みかけるも、とうの私はいいのかなぁ、と首を傾げた。
「そうかなぁ、あんまりプレゼントなんてもらったことないから……」
いいのかな、とただでさえ婚約者にさえ、ろくにプレゼントの一つもらったことがないからなぁと、呟くとエマは可愛らしい顔を一瞬にして険しく変貌させた。
「なんだってぇ、あのあんぽんたん野郎、せいぜい家柄と金しか取り柄がねぇくせに、なぁにケチってんだくそが」
「まぁまぁ、エマ、それら含めて一括で払ってもらったからもういいんだって」
「お嬢様は優しすぎます、五発くらい殴って、骨の三本くらい折っても許されますよ?」
「多分それやろうとしたら、私の拳がダメになるのよエマ」
それもそうか、とエマは振り上げたこぶしを何とか下し、タウンハウスに帰って、部屋に戻り竜と武器の本と、竜ととあるお姫様の物語を読みながら、ふと昔の、まだレヴィエ様と仲良くしていたころを不意に思い出した。
「フルストゥルは竜本物の見たことないの?」
「うん、ないの」
そう首を横に振ると、幼いレヴィエ様はえっへんと可愛らしく胸を張って答えた。
「じゃあ、首都に来たら竜を見せてあげる」
「本当?……でも怖い……」
「大丈夫、俺が守ってあげる、約束」
「うん」
そういって指切りをしたこともあったなぁ。
とかつての淡い良き日の思い出に浸ってみると、色々思い返された。
キャシャラト一番の剣士になってお姫様にしてあげる。
お金持ちになったら水晶でできた部屋をあげる。
私の髪の色と同じ色の竜を飼って暮らそう、そんな、子供じみたいつかの約束をたくさんしていた。
でも、結局そのどれも叶うことはなかった。
あまつさえ守るどころか、逆に脅威にすらなった彼を、私を平気でないがしろにしてきた彼と、幼い時の優しい彼を同一に考えたくはなかった。
優しい記憶を、思い出せば思い出すほど、人間は容赦なく変化する、容赦なく平気で約束も人の気持ちも、踏みにじるようになることを、再認識させられた。
使用人のみんなは、ニーチェさんや、バーナード様との仲の進展を、待ち望んでるように見えるけど、いつか見た物語の魔女のように、あと一回でも裏切られたら、私は耐えきれなくなってしまうだろう。
流石に世の中全てを、呪って災厄はまき散らさないけど、けれどもう、これ以上期待して裏切られるのはもう嫌だな、と強く思った。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
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