ぼんやり令嬢の小さなお手柄
――昔はあんなんじゃ無かったのになぁ。
逞しい背中をみて、しみじみと痛感する。
小さい頃、月に二回ほどあっていた時キラキラした目で首都での生活や、今自分が、どんな勉強をしてるかとか。
一緒にドラゴンが出てくる本や図鑑を読んだり、おやつを一緒に食べたりした。
それなりに仲良くしていたのだが、あちらの家が仕事で忙しくなって、しばらく合わない間何があったのだろうか。
都会的なお嬢さんがいいと言うならば、婚約破棄も受け入れるけれど、こうも当て付けのようなことをされ続けられるのは、流石にめんどくさい。
「大丈夫?」
「あー、多分」
シャルロットの気遣いに、心から感謝しながら、当初の目的でもある学園近くの商店街に足を運んだ。
ここ一帯は学生をターゲットにした店が多く、貴族向けの店とは違い子供だけでも気軽に入れるし、簡単に手に入る価格帯の店が多い。
「なんか、人多くない?」
普段も学生や、多くの人々を見かけるが目をこらすとあまり見慣れない格好の人々が目に入った。
なぜだろうな、と首を傾げるとシャルロットが口を開いた。
「まぁ再来月あたり狩猟祭だからね」
「狩猟祭……あぁ」
首都にいること少ないせいか、聞き覚えがなく、ぼーっとしながら小さく頷いた。
狩猟祭というのは毎年、秋頃豊穣祭の前夜祭として開催されるいわば貴族らが多く参加する狩猟の腕自慢大会である。
その時期はちょうど社交シーズンも重なり、多くの国の人々が参加する一大イベント…らしい。
そういった行事は基本姉が出席していたし、姉が結婚した今では兄が出席している。
婚約者様から誘われることもなかったせいか、あまり実感らしきものもわかない。
「こりゃ 国際学科の子達は大変ね」
多くの外国人たちをみて、シャルロットはそう呟いた。
「え?なんで」
「語学とってる生徒は、実習として通訳で駆り出されるんだって」
「えぇ、大変そう」
「大変よねぇ」
他人事で良かった、といわんばかりに二人で胸を撫で下ろしながら、雑貨屋に足を踏み入れた。
そこには学院にもっていくのにちょうどいいカバンや髪留めやかわいらしい文房具などがたくさんあふれていた。
「じゃあ私髪留めみてくるね」
「わかった 私は文房具みてくるよ」
いやなことにも出くわしてしまったし、いつも買わないような、かわいらしい少し高価な筆記具や付箋を買おう。
そう心に決めて見ていると、ケンカを売っているようにみえるほど、目を細めて吟味したにも拘わらず、結局必要分しか籠に入れれなかった。
「私ってやつは……」
「どういう落ち込み方よ」
自分の変な倹約ぶりに、脳内で姉が、けちくさいわよとささやいてきた気がして軽く落ち込んでいると、いつの間にか会計を終えたシャルロットが、隣で呆れながら肩を下した。
「あ、早いねシャル」
「ねぇこれ可愛くない?」
シャルロットはそう言いながら、刺繍の可愛いリボンがついたモスグリーンのカチューシャと、花を模した髪留めを袋からとりだした。
「あ、ほんとだ可愛い」
「でしょう?料理とか魔法の授業の時邪魔だからさ」
「いいねぇ」
「はいこれあんたの分」
シャルロットは、アイボリーのカチューシャを私の頭にはめると、満足そうに笑った。
「うん、似合うじゃない」
「ええ 控えめに言ってできた彼氏過ぎません?私をどうしようっていうの?」
「どうもしないわよ、さっさと会計行ってきなさいよ」
「はぁい」
シャルロットに背中を押され、お会計をすまし店の外へ出ると、向かいのドーナツ屋の店主が明らかに困っている顔をしているのが見えた。
屈強な男に絡まれても、よくわからないクレームを入れられても、まったく動じないあの女将さんのあんなところ今まで見たこともない。
あまりにも気になって、シャルロットに耳打ちする。
「ねぇ大丈夫かな?」
「どうしたんだろ」
近くまでいき声をかけると、それまで不安だったのだろう、ほっとしたような顔をしたあと、場都合の悪そうな顔で事情を説明しだした。
「この人がなんか困ってるみたいなんだが 何を言ってるかさっぱりで困り果ててたんだ」
ちらりと視線をやると、そこにいたのは濃いピンク色の髪に垂れた兎の耳をもつ獣人の女性だった。
「…イズゥムルの人?」
シャルロットが、特徴的をよく観察してから口を開いた。
「なんでイズゥムルの人だとおもったの?」
「獣人で、色が白くて魔力とも神聖力ともちがう不思議な力の波長を感じるからね」
「すごぉい シャルロット」
ぱちぱち、と小さく拍手をすると、シャルロットは呆れたように真顔でつぶやく。
「授業でやったわよー」
それに対して私も真顔で拍手をしたまま返す。
「いや私あの先生苦手なんだよ」
「わかるけどねー」
「でしょー」
イズゥムルというのは、十年程前から交流を始めたばかりの北の小国、イズゥムル語自体そこまで広がっていない、突然意味不明な言葉で話しかけられたら誰だってびっくりするだろう、姐さんが戸惑うのも無理はない。
「イズゥムル?なるほどわからないわけだ」
姐さんはがくりと肩を落とした。
どうしようか、といつもなら言っているはずだが、そうする必要を不思議と感じなかった。
自分でも意味のわからない自信が、いや確信が生まれた。
「えっちょ……フルル」
その自信は、シャルロットの不安そうな表情を見てもゆらぐことなく、女性のほうまで歩いてしまっていた。
『大丈夫ですか?』
一度も話したことすらない、イズゥムル語が自然と口から出てきたことに一瞬驚いたが、それに反して祖国の言語を聞いたからか、女性は心底安心した顔をした、異国の地で喋れないとなるとその不安は絶大だったろう。
『大変でしたね』
『ありがとうございます』
『どうされたんですか』
あいさつをかえすと、女性は少し深呼吸をした後に、私の顔を覗き込んだあとゆっくりと喋り始めた。
どうやら一緒に来た人とはぐれてしまったようだったので、交番への道を案内した後に、必要なら大使館に馬車で送ってくれることも教えた。
女性は、なんどもなんども、頭を首が折れるのではないかと心配になるくらい下げて走っていった。
「あんたすごいじゃないか、普段ボーッとしてるのに」
その背を見送りほっとひといきつく前に、女将さんの威勢のいいこえに圧倒された。
「……ボーッとって」
「しかもペラペラだったじゃないか」
私のぼやきを無視して、女将さんは気をよくしたのか勢いよく背中をバンバン叩く。
内臓が出そうなすんでのところで、何とかシャルロットの後ろに避難する。
「女将さん叩きすぎよ 内臓と骨がやられちゃうわ」
シャルロットは言いながら、私の背中をさすり穏やかにたしなめると、女将さんはまったく悪気なく笑う。
「ああーわるいわるい、ほらこれうちのドーナツもってきな、礼だよ」
女将さんは、ショーウィンドウのなかの大半を袋に詰めて渡してきた。
「ほら あんたがすきなやつ入れといたよ」
「お手柄ねフルル」
「うん」
シャルロットを経由してドーナツをうけとると、中から甘い匂いが漂ってきた。
中身を覗こうとすると、シャルロットに問いかけられた。
「でもフルルがイズゥムル語ができるなんて知らなかった。いつ勉強したの?」
「昔 絵本とか読んでたからかなぁ」
「えぇ だとしたら凄いわよ?」
「そうなの?」
「まぁなんにせよお手柄ね、じゃあまたね」
「うん また学校でね」
シャルロットと別れた後私はアーレンスマイヤ家が保有しているタウンハウスに足を踏み入れた。
アーレンスマイヤ家は母方の実家で、主に鉱石加工で有名な伯爵家だ。
ではなんでここにいるのかというと、私の学院行きが決まった際に、さすがに毎日領地から通うのは現実的ではなかったし、かといって友人が一人もいないのに寮生活はむごいだろうと両親が反対いや両親どころではない、話を聞いた兄や姉も、それどころか使用人全員も「前世でどんな罪を犯したらそんなむごいことを」と口をそろえた。
婚約者側の家に世話になる案もあったらしいのだが、あちらの事業が忙しくてそれどころじゃなくなり消えた。
そもそも、父親がそんなの気が休まらないだろうと言ってくれていた。
姉夫婦のところも考えたが、姉の嫁ぎ先は学院からは遠い…と考えあぐねた結果、
母の弟であるヴォルフラム伯父さんが快く引き受けてくれここで下宿生活を送ることとなった。
「おかえりなさいませお嬢様」
「おかえりっす、お嬢」
「おかえりぃ フルルちゃんごはんすぐ作るからねぇ」
領地から心配でついてきてくれたリノンとオルハ、それに昔から孫のように接してくれてる、アーレンスマイヤ家の乳母であるファランさんのおかげで、快適に過ごせている。
「へっきし……うぅい」
「あら 大丈夫ですか お嬢様」
「うんへいきー」
「だれが噂してるんすかねー」
―フルストゥル・ベルバニアがくしゃみをした時刻王宮にて―
「久しぶり ソロン」
「ミド、久しぶりね元気だった?また痩せたんじゃない?」
「大丈夫だよ」
そう答えたのは洋装とも和装とも言えない、不思議な服装と、腰までのびた美しい銀髪。
ブルーグリーンの右目と、左目に黒い眼帯をした、儚げでありながら、どこか近寄りがたく一部の隙もない雰囲気をもつ美しい女性。
彼女は、ミドガルド・クロエ・プロディギウム・イーオケアイラ。
キャシャラト王妃、ソロン竜妃の数少ない対等の友人でありながら、イズゥムル国第三王女にして、イズゥムルの純血の王族。
かつて世界に蔓延る蛮神を屠った英雄そのひと。
彼女がとある蛮神を倒したおかげで、キャシャラトの水源はより豊かになったことから、キャシャラト人は、彼女に尊敬と感謝を抱いている。
中には彼女の剣技に心酔し、イズゥムルにわたるものも多いとか。
「今年の狩猟祭も楽しめそうだな」
「当たり前じゃない」
「そう言うと思ったよ」
自慢げな笑みに、ミドガルドは静かに笑った。
「そういえば 流石だなキャシャラトは」
「何、急に」
「いや ミリスとはぐれてしまってな、王立学院の生徒に助けてもらったんだよ」
「へぇ 国際学部の生徒かしら」
「ミリスはイズゥムル語しか喋れないから助かったよ」
「優秀な生徒が多いようね、教育に力を入れててよかったわ」
この時二人ともまさか魔法学科の、そして侯爵家や公爵家でもなくただ昔からあるだけの伯爵家の娘が、そんな手柄を立てたとはこれっぽっちも想像すらもしていなかった。
読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
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