ぼんやり令嬢はパーティーで困惑する。
一週間というのは早く、あっという間に交流会の日となった。
まるで、辛酸をなめさせられた顔になっている誰が見ても、憂鬱なのがすぐわかる表情をしているお嬢様に反して、私やエマら使用人はお嬢様を着飾らせることを、それはそれは、楽しみにしていた。
特にエマなんて、鼻歌を歌いながらヘアメイクをしている。
「うわぁ……お嬢様お綺麗ですぅ」
「ありがとうエマ、エマのお陰だよ」
化粧とヘアセットが終わったお嬢様は、それはそれはお綺麗で、まさに、深窓の令嬢といったところだろう。
お嬢様は、おおーと可愛らしくものんきな声を出しながら、くるりと向き直った。
「リノン、変じゃないかな?」
「うーん、変なところはないですけれど、ここのリボンはあえて、クリーム色でもいいかもしれません。」
と飾りの黒いリボンを触ると、ヴォルフラム様が手早く候補を手渡す、そのあまりの速さに、一瞬驚くも平常心で答えた。
「リノンさん、それだったら、このレースのリボンどうかな」
「いいわね……はいお嬢様出来ましたよ」
「ありがとうリノン」
そうして仕上げにアクセサリーをつければ、どこからどう見ても、紫陽花の妖精にしか見えないお嬢様がそこにはいた。
お嬢様は全く自覚がないが、社交界の宝石と歌われたティルディア様と、そんな彼女にそっくりなツィリアーデ様が、あまりにも華やかで社交界でも注目されているから、自覚は全くないのだろう。
けれど、顔立ちはティルディア様に似て華やかなのに、ハの字の眉毛が相まってか、はかなげな印象が強くみられらる。
その上、お館様そっくりの髪色に、羽のようにふわふわの髪は愛らしく、お館様と、ティルディア様の特徴がちょうど交わった、菫やアイオライトのような瞳は、とても静謐で神秘的で、肌は白い。
体つきは悲しいかな、一時期淑女教育のストレス、環境が変わったことでのストレス、そして無自覚にもあの男からうけてたストレスから、食が細かった時期が長く、いまも華奢でおもわず守ってあげたくなるようなその様と、社交界にめったに現れないことから、影でこっそり、ベルバニアの妖精と大層なあだ名で呼ばれていることなんてついぞ知らないだろう。
多分、しったら転ぶかなんかしてしまうだろう。
お嬢様は昔から、よくもわるくも自己評価がティルディアさまに怒られていたせいで低いから……。
なんて思っているうちに、さっさと支度を終えたヴォルフラム様が現れ、アーレンスマイヤ家の車で出発した。
「お嬢、綺麗ですねー」
「あたりまえじゃない」
オルハのぼやきに、何言ってるんだと言わんばかりに返すも、オルハは首をかしげて唸っていた。
「でも俺心配ですわ」
「何が」
「だって、お嬢今まで婚約者がいたから、男の人からのアプローチから逃げれたけど、今はもうフリーなわけじゃないっすか」
そこまで言うと、オルハは頭を抱えてつぶやいた。
「俺、お嬢が上手にかわせるとは思えないんですよ」
「……確かに」
お嬢様、自己評価低いのと、男の人苦手なのと、なんてったって、強引にされるのが苦手だから、とてつもなく心配になりながら、ただ帰りを待つことしかできなかった。
パーティ会場である王宮のホールにつくと、あまりのきらびやかさに眩暈がしてしまったが、伯父さんは、そんな私をみて心配そうに顔を覗き込んだ。
「緊張してる?」
「いやぁ、眩しいなぁって思って」
「ははっそうだね、交流祭っていうか、王宮でやるやつって結構大がかりだからね」
ヴォルフラム伯父様はそういって、華やかなお顔で笑うと、それはそれは流れるように自然にエスコートをし、そのままホールへと向かった。
そこにはまぁ、色とりどりの、きらびやかな紳士淑女が大勢集まっていた。
まぁ、パーティだから当たり前だけど、とりあえず私は、この人込みから逃げれるようにバルコニーや、休憩室の位置を確認していると、伯父さんはお母様によく似た表情をした。
「こらこら逃げる位置を最初から確認しないの」
「もしかしたら、暗殺者とかひそんでるかも……」
「ないから、あったとしても暗殺者のが死ぬから」
そう無碍にされても、懲りずに私は問いかける。
「もしかしたら、愛憎劇が繰り広げられるかもしれないじゃない?」
「うーん、それはあながち否定できないんだよなぁ」
……うん、それははずれてて欲しかったなぁ。
なんて思いながら、スパークリングドリンクを飲んでいると、聞いたことのある声が聞こえた。
「あら、フルストゥルさん」
「レベッカ様ぁ、わぁお綺麗です」
前にレポートを手伝ってから、ちょこちょこ話すようになり、少し仲良くなったレベッカ嬢は、つややかな黒髪を綺麗なアップスタイルにしており、凛とした雰囲気のレベッカ様と、紫と銀糸の刺繍が綺麗に散りばめられたドレスは、とっても似合っている……。
はぁ、すごい眼福ですわ。
これで、来たくもなかったパーティの元は取れたといっても、過言ではないだろう。
「フルストゥルさんもとっても綺麗よ、美人過ぎて、誰かわかんなかったもの」
いやいや、褒めすぎ褒めすぎって、と普段なら言ってるが、ここではそれを抑えて、上品にほほ笑んで答えた。
「いやぁ、伯父様と使用人が、頑張ってくれてねぇ」
レベッカ様と話していると、伯父さんは珍しそうに声をかけた。
「フルストゥル、この子は?シャルロット嬢ではないみたいだけど」
「フルストゥルさん失礼ですけどこの方は?」
「あぁ、伯父様この方は、レベッカ・ガリアーノ伯爵令嬢、私のクラスメイトです。」
「あぁ、ガリアーノ伯爵の、私はヴォルフラム・アーレンスマイヤ、フルストゥルの母方の伯父だよ。」
「え?伯父様……?」
わかる、私がそっちの立場なら、そんな上品な驚き顔できませんもん。
なんだったらすごい疑いの眼差しを向けてしまうだろう。
それこそ暗殺者のような顔で。
なんか血なのかな、アーレンスマイヤの家系は、華やかなうえに、そのうえ若く見られる人が多すぎるんだよなぁと、しみじみしていると、今度は見慣れない男性が、こちらに声をかけてきた。
「もしかして、君がフルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢かね?」
「ええそうですけど」
こんな、筋骨隆々のおじ様と面識なんてあったかなぁ、と少しびっくりしてしまった心を落ち着け考えるも、当てはまらず困っていると、男性は少しだけ人懐っこい笑顔で、フランクに話しかけてきた。
「すまない、驚かせたね。私はロイエン・フィリップス、バーナード・フィリップスの父と言えばわかるかな」
「あぁ、バーナード様の……お世話になっております」
「いやいや、あの息子がここまで踊れるようになったのは、フルストゥル嬢のおかげだってしきりにいうからな、私としても礼がしたいと思っていたんだよ。」
男性、もといフィリップス辺境伯様は、快活に笑うも、私はいやいやと首を振ってこたえた。
「そんな……あくまで授業ですし」
「はは、謙虚だなぁ」
「お父様……困ります」
「おぉバーナード、遅かったな」
一瞬、辺境伯様に、全くもう、という表情をした後に、バーナード様はこちらに向き直った。
「フルストゥル嬢、授業では本当に感謝しています。」
「そんな、本当に気にしてないですから」
深々と、頭を下げるバーナード様に、頭を上げるようにいうも、なかなか上げる様子がなく。本当に焦ったが、ようやく頭を上げてくれた時は、心底ほっとしたものの、頭を上げたバーナード様は、そわそわと落ち着かない様子だった。
「バーナード様、大丈夫ですか?」
「あぁ……大丈夫だ、心配には及ばない」
「ならいいんですけど……」
女の人多いからね、無理しないほうがいいのでは?と心配していると、伯父様が不思議そうな表情でバーナード様に問いかける。
「バーナード君ね、ええと姪とはどういう?」
「フルストゥル嬢は、自分のクラスメイトであり恩人です」
あまりにも堂々と仰々しくいうものだから伯父様は戸惑っている。
「……恩人て、何をしたの?」
「授業でダンスのペアになっただけだよ」
小声で伝えると、一瞬大きく目を見開いて驚くも、伯父様は、すぐにいつもどおりの表情に戻った。
「なんか、義理がたいんだねぇ」
と伯父様は苦笑した。
「ふふ、でもあのバーナード様が踊れるようになったのは、クラスの皆さん驚かれていたのよ?」
「過大評価しすぎですよ……。ああいうのは、コツさえつかめばもう慣れですから」
レベッカ様とそんな風に話していると、いつの間にか音楽が流れてきて、どうやらダンスの時間が始まったようだ。
いつものように、我関せずといわんばかりに壁際に行こうとしたが、伯父様に捕まった。
「さすがに一回は踊ろうか?」
「はい……」
あぁ、とてつもなく家に帰りたいなぁ、と思いながら、音楽に身を任せて踊る作業が始まってしまったのであった。
「うん、やっぱり踊るのが上手だね」
そう褒められたり、久しぶりだったりして一曲目が終わって、さぁ休もうと壁際に行こうとしたら意を決したようなまなざしのバーナード様がこちらに来た。
「フルストゥル嬢、一曲いいだろうか」
あの、口下手なバーナード様が誘ってくれたんだしな、と手を取ろうとしたら、聞き覚えのある声がした。
「こまるなぁ、フィリップス辺境伯子息私の婚約者に」
「は?」
今まで見たことない蕩けたような表情と、なにか煮詰めたかのような、どろどろの感情を抱えたレヴィエ様が、当たり前のようにそう言ってきたが、処理が追い付かず、呆然とするしかできなかった。
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