ぼんやり令嬢の苦手なもの
不安があるとはいえど、今まで婚約者がいたということと、彼が不貞を犯していたおかげで、いろいろと面倒な社交活動は最小限に収まってはいた。
けれど、こうなった以上、少しずつ自身の名誉のためにも、出席しなければいけない。
さてさて、どうしたものかなぁ。
エスコートは、伯父様かお兄様あたりにでも頼もうかな、と放課後王宮の廊下を歩いていると、見事な銀髪と、少し陰のある褐色の肌をした男性が、こちらに気づいたと思ったら、ずんずんずんとすごい勢いで近くに寄ってきた。
あまりの勢いに、若干の恐怖もから、立ち止まっていると、見覚えのある、深い青の瞳をした、傷のある顔だというのに、あふれ出る覇気に身に覚えがあり。
あの時の、と目を見開くも、言葉がでないこちらとはよそに、その男性は、まるで古くからの友人に会ったかのような、気安さで話しかけてきた。
「よぉ、ケーキ屋の時の令嬢だよなぁ?あの時はありがとうな」
ケーキ屋、という単語でようやく、あったことのある人物だと思い出した。
「あぁ……」
驚きから漏れた言葉に続いて、あのあと、大丈夫だったか聞こうかと、言葉を発しようとしたが、ふと言いかけて、男性の服装と、王宮にいることを踏まえ、おそらく、クティノス王家に連なる方とみて、間違いないだろう、礼を欠いてはいけないと、クティノス式のお辞儀をすると、男性は驚いた。
「おぉ、なのってもいないのに、この国は教育が行き届いているな。」
うんうんと、男性は満足そうに微笑むと、私の手を取った。
「俺は クティノス第二王子ファズィル・パージャ・アガートラァム・クティノスだ。」
「太陽のいとし子にご挨拶をさせていただきたく」
「面をあげて、名を名乗るのを許そう。」
「ベルバニア伯爵家よりまいりました。フルストゥル・ベルバニアと申します。」
「ベルバニア……なるほど亡国の血を引く一族か」
ベルバニアが、旧レウデールであることをしっているなんて、国内にも少ないのに、やはり王族きっちりまなんでいるのだろう。
一瞬、鋭い瞳と目があったが、そのあとに男性、もといファジィル王子はふむと思案しつつ、私を一瞥するとほほ笑んだ。
「あの時は本当に助かったよ、これはあの時のお礼だ、受け取るといい」
そう手渡されたのは青い宝石をあしらったブローチだった。
一目みたときはサファイアににているように見えたが、すこし菫色にもにた輝きは、角度を変えると青ではなく、紫にも見える。
宝石を主に扱っている伯父から聞いた、聞きかじりの知識だが、気づいたら名称がうかんできた。
「…アイオライト…、…ですか?」
「お、よくわかったな。」
「……綺麗……あ、でもこんな高価なもの……」
もらえない、と断ろうとしたが、ファジィル王子は、気前のいい笑みでいいはなった。
「いいっていいって、もっておきな遅延分だ」
「ありがとうございます。」
そこまでいいきってくれたのに、これ以上断るのも逆に失礼になるよな、と手のひらにおかれたそれを大事に握っていると、ファジィル王子は、一度こちらをちらりと眺めたあと呟いた。
「それにしても 綺麗な髪と眼だな」
「光栄です。」
そういえば、クティノスは海の女神を信仰していて、青色はかなり縁起のいい色だと、授業で聞いたからそれかな、とぼんやりしていると、不意に手を握られた。
「はい?」
「側においたら幸運が舞い込んできそうだな。どうだ?うちの国にこないか?」
「え?あのぉ……」
唐突の提案に、どうしたらいいかわからず、戸惑っているうちに、手に口づけを落とされてしまった。
「!?」
「貴族令嬢なのに初々しいな、可愛らしい」
驚きすぎて声にならない声を上げ、硬直ながら、なれないこの状況に戸惑い、逃げれもしないこの場を、一体どうしていいかわからないのと、元婚約者のせいで、何をされるかわからない恐怖から動けずにいると、よく見知った、頼れる背中が現れ、即座に背に隠し庇ってもらった。
「……失礼します。ファジィル王子、彼女は王女の侍女見習いです。あまりお戯れをされるのは」
いつものような気安さや、親しみはそこになく、王女の護衛として、他国の貴族に堂々と意見を述べるその姿は、さながらできる男そのものな、ニーチェさんがそこにはいた。
「そうかそうか、悪かったよ。」
手をひらひらさせ、立ち去るファジィル王子の姿が消えるのを、ニーチェさんの後ろから眺め、安心してため息をつこうとしたときに、ファジィル王子はこちらを振り返った。
「アイオライトの君、またな」
何そのおしゃれすぎる二つ名、かっこいい・・・。と思う以前にまたな?またがあるんですか?何それ、怖いし勘弁していただきたいんですけど。
「全く、あの人は強引なとこあるからな大丈夫か?」
「だいじょ……ぶじゃないですぅ。」
「だよなぁ」
ニーチェさんは、力の抜けた私をみて、いつものようにそうだよな、と笑いながら視線を下に落とすと、私の手がすごい勢いで、ニーチェさんの服の裾をつかんでいた。
かなり、思い切りつかんでいたようで、今にもしわになってしまいそうなのを見て、勢いよく手を離した。
「あぁごめんなさい……つい……」
「気にするな、本当に気にしてないから。」
そんなことより、とニーチェさんは、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「なぁ 顔色だいぶ悪いけど大丈夫か?」
「あーちょっと怖いのと、びっくりしたのでこう」
「なんか今のだけじゃなさそうだな?聞いてもいいか?」
「……はい。」
いつもなら、いやシャロにさえ大丈夫だよとしか言わないのに、まぁ、あのあと、すごい聞かれて根負けして喋ったけども、ニーチェさんが年上だからか、素直に学院であったことを答えると、ニーチェさんは一瞬、眉間に皺を寄せた。
「元婚約者が急に……なるほどな。」
ニーチェさんに、今日あった不安の原因となった出来事を説明すると、私ではなく、元婚約者に対して、呆れたような表情をしていた。
「えぇ、ちょっと今日そんなこともありまして、ちょっと、過敏になりすぎちゃったのかもしれないです。」
「いやそりゃ怖かったろ。俺が聞いている範囲だけでも、十分、男性不信になっても可笑しくはないから。」
無理もない、とニーチェさんは頷き、私の言葉を遮ることなく聞いていてくれた。
「みんながみんな、そうではないとしってはいるんですけど、強引にされるとなんかされるのかな?と思っちゃって。」
「だよなぁ」
うんうん、と深く頷くニーチェさんに、なぜか安心し、視線を再び服の裾に戻した。
「そんなことより、服大丈夫ですか?」
「こっちのほうがそんなことなんだけどな」
大丈夫だよ、と微笑むニーチェさんに手を引かれ、アイン様の執務室にはいると、なにやらアイン様は、にやにやと笑っており、何事だろうと首をかしげると、愛らしい笑みをうかべた。
「まぁまぁ、手なんか繋いじゃってなかよしねぇ」
「手………………」
アイン様に指摘されて、眼を落とすと、なんと、私からニーチェさんの手を、がっつりと握っていた。
途中で離すタイミングはたくさんあったのに、そのままにしていたことに、驚きあわてて手を離した。
「うわぁ!!!!ごめんなさいぃ」
「むしろ今ので傷ついたんだけど!?」
「まぁまぁ」
にやにや、という擬音が似合いそうな笑みを浮かべたまま、アイン様は続けた。
「私は別に職場恋愛反対しないよ?フルストゥルちゃんならニーチェをまかせられるし?」
「こーら、いたいけな年下からかわない」
「ちぇーつまんないの」
ほっぺを膨らませるアイン様のかわいさも相まって、兄妹のような二人のやりとりに、のほほんとしつつ、心のなかで、いやいや、アイン様、私なんかに、こんなハイスペックイケメンまかせちゃダメですって。
十年来の幼なじみの、コントロールすらできないんですからこちとら。
と思いつつも、困った笑みを浮かべることしかできなかった。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
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