ぼんやり令嬢と不穏な空気
婚約破棄から二週間後、フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢が、最も信頼を置いている侍女である、リノン・アイヒェルに、頭を悩ませる問題が起き始めていた。
「リノ姉、お嬢様あてに贈り物が届いてたんですけど、どうしましょう。」
「そう、送り主はわかっているの?」
ベルバニア領から、しばらく首都のタウンハウスに宿泊している、ベルバニア夫妻が、連れてきた使用人の一人であり、フルストゥルお嬢様の専属の運転手、及び護衛であるオルハ・アクイラの姉。
エマ・アクイラが、困り顔で問いかけてきた。
「いや、それがなくって……一応確認はしたんで、危険性は無さそうなんですけど。」
「いつもなら、送り主書いてあるのに…怪しいですね。」
オルハの言葉に確かに、と思案する。
お嬢様に贈り物をしてくるのは、大概ヴォルフラム様か、ブランデンブルク侯爵夫人、ツィリアーデお嬢様、ジィド坊ちゃま。
たまにお館様あたりで、奥様は、そもそも直接来ることが多いのでその線はないが、送ってくる誰もがきちんと送り主を明確に表示してあるしな。
首をかしげて、今いるメンバーの中で、年長者として告げた。
「とりあえず、一回開けてみて確認しますか。」
そういうと、アクイラ姉弟は頷いた後、爆弾処理班よろしく、慎重に開けるも、そこには脅迫めいたものも、嫌がらせのようなものもなかったのだが、私も、エマもオルハも、絶句するしかできなかった。
「「「うわぁ…………」」」
そこにあったのは、真紅に黒をアクセントにした、金の装飾の華美なドレスが入っていた。
その、あまりの主張の強さに三人は絶句した。
そこに添えられた、ブランデンブルグの印章が押された手紙と、見慣れない文字と名前。
……レヴィエ・ブランデンブルク、お嬢様を虐げたあのゴミくず野郎だ。
お嬢様は、義務としてだが、何年も婚約者として尽くしてきたのに、平気でそれらを踏みにじった。
手紙を隅から隅まで読み簡単に要約すると。
失って初めてお嬢様が大切だと気づいただなんだ。今まで本当に申し訳なかっただ、このドレスをきたお嬢様と一緒に夜会で踊りたいだの。
まぁまぁまぁ、ふざけたたわごとの羅列が書かれており、こんなの、お嬢様に見せられないわ、目の毒すぎるわ、と速攻で破り捨てた。
そのあと、ドレスを眺めながら、やや青ざめた顔で恐怖というか、意味の分からなさに、いつもより早口で、オルハはぶつぶつと、つぶやいていた。
「いや、うん…。お嬢は案外、顔立ちも奥様に似て実は華やかだし、肌も白いから何でも似合うけれど、これはないわぁ。」
「それは同意、てかなんの意図なんだろうね。」
今更過ぎない?と肩をすくめて、エマは首を傾げた。
「大した意味なんてないんじゃない?どうせ社交界での悪評を払拭したいとかじゃないの?」
「え?浅ましいにもほどがありません?」
あまりに浅すぎる理由に、エマは目を見開くも、かなしいかな事実過ぎて、遠い目をして答えた。
「あのぼんくらに、そこまで考えるあたまがあったら、お嬢様にあんなことしないでしょ?」
「「たしかに」」
アクイラ姉弟は納得したのか、首を縦にふった後、オルハは呟いた。
「恥知らずっすねぇ」
その言葉に同意しながらも、この、お嬢様の好みや、似合う色も全く無視したこのドレスを指さして、エマに指示した。
「……エマぁ燃やしときな」
「はい、わかりましたリノ姉」
「……これ売ってご飯行きません?」
オルハの呟きに、エマはため息をついた。
「馬鹿、ばれたらめんどくさいじゃないの」
「そこのリスク管理はできるんだ、姉さん」
だれも燃やす、捨てることを、止めることないこの会議に、ヴォルフラム様が乱入し
「……気持ちはわかるが送り返しなさい。」
と、場をまとめた後、とあるオートクチュールに、ドレスの注文をしていたことも、誰も止めることはなかった。
……にしても、嫌な予感がして仕方がない、お嬢様に、何もなければいいけれど。
リノンが、嫌な予感を感じていたころ、その予感はフルストゥルに直撃していた。
「やぁ、フルストゥル」
「……っ。」
選択授業の後、のんびり中庭で、カフェオレを飲んで読書をしていると、謹慎が明けたレヴィエ・ブランデンブルクが、初めて見せるような、甘い表情と声色で突如話しかけてきた。
その様が、未知の生き物のように見え硬直してしまっていた。
何を考えてるかわからない。
逆恨みで何をされるかもわからない、怖い、早く逃げよう。
「あー……え、ごきげんよう、それでは」
頭を下げて、すぐさま踵を返そうとするが、腕をつかまれてしまい、逃げれない状態になってしまった。
「つれないな、俺と君の仲じゃないか」
「仲って……」
その仲とやらを、壊す原因を作った本人が、何を言っているんだ。
そんな思いと、ただただ、何をされるかわからない恐怖とで、まぜこぜになった。
その結果、それ以上の言葉が出てこず、どうしようと思っていた時だった。
「おや、フルストゥル嬢いいところに……って、おやおやレヴィエくん、レディの腕はそんな風に扱っちゃぁいけないよ?」
「……チェルシー先生」
救世主の名前を呼ぶと、先生は笑顔を崩さずに、鮮やかすぎる手腕で、ブランデンブルク侯爵子息の腕をほどいてくれた。
まさに神技と、普段のテンションで、脳内で賞賛することもできず、固まっていると、ふと憎悪に近い感情を浮かべた、ブランデンブルク侯爵子息が目に映った。
あまりの恐ろしさに目をそらし、チェルシー先生に問いかけた。
「先生、私になにか?」
「あぁ、そうそう明日のマナーの授業で、ちょっとダンスが苦手な子のことを、頼みたくてっね」
チェルシー先生は、子息を無視して、にこにこと余裕な笑みを崩さず、私に向き直った。
体でその視線を遮ってくれるのが、本当にありがたく安心しつつ、質問に答えた。
「……大丈夫です。」
「助かるよ、フルストゥル嬢は教えるの上手だから、ありがたいよ。」
「先生、それは認められません。」
突如、そう声を上げられどんな意味がわからず、というか、私が授業で誰と踊ろうが、むしろこれからパーティで誰と踊ろうが、関係ないのではなかろうか。
………いや無いな、どう考えたって、と変に冷静に思考をめぐらせていると、チェルシー先生は、わざと可愛らしい表情と口調で話す。
「?君には関係ないだろう?もう他人なんだしさ、そもそも、坊やに授業妨害される義理、ないんだよね」
あまりの正論に、あちらがあっけに取られているうちに、チェルシー先生が、それはそれはスムーズに逃がしてくれた。
そのことを聞いたのか、そのあとマオ先生が
「チェチェから聞いたが、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか……。ちょっと、今後の対策を考えないとな、ああいうのが、一番めんどくさいからな」
心の底からのため息を吐き、俯くその様に、経験あるんですか、先生。と聞きたくなった。
「とはいっても、もう夏季休暇入っちゃうよねぇ」
と、突如マオ先生の肩から、猫ちゃんよろしくひょっこり現れたのは、シャルル先生だった。
「シャルル先生」
「やっほー、いやぁ~。上級生の授業見てきたけど、ヘンな空気だったよぉ」
「ん、お疲れさん」
いいながら、ルル先生はさも当たり前のように、マオ先生にぴっとりとくっついた。
「えーもっと褒めてよマオちゃぁーん」
「はいはいはい」
慣れた手つきで、ルル先生を撫でながら、マオ先生は向き直った。
「まぁ何かあったら……じゃない。なんか起きる前にいいなさい」
「あっ先生、ラウンジでたべた、ビーフシチューとプリン美味しかったです。」
「何で今報告するんだ……?いやぁよかったな?」
「よかったねぇ、よしよし」
戸惑いつつも肯定するマオ先生と、ルル先生に優しくされたものの、ブランデンブルク侯爵子息、もとい、レヴィエ様の考えていることが全く理解できず、言い知れない不安が心を埋めていた。
――あぁ、これ以上何も起きませんように。
そう祈るばかりだった。
この世界にはブルべとかイエベとか骨格なんちゃらとかいう概念はあるのかないのか。
あるとしたら多分フルストゥルはブルべ夏っぽいなとか思ってます。
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