ぼんやり令嬢の近況報告。
ここは、世界有数の魔法大国であり多くの海路をもつ、海洋国家キャシャラト国の王立中央学院。
莫大な学費がかかることから、基本的には貴族の令息、令嬢が多く通うなかで魔法の素養があるものは、様々な分野のエキスパートを目指し、また数多くのエリートを輩出し続ける国一番の学院であり、この学院を卒業するだけで、かなりの箔がつくとさえ言われている。
ここはその学院でも、エリート中のエリートばかりが配属されている、魔法学科、ここに配属された生徒は、魔法の素養に恵まれていて、こう説明すればするほど自分には場違いであることがいやというほどわかってしまう。
私フルストゥル・ベルバニアは、お世辞にも家柄がすこぶるいいわけではない。
ベルバニア伯爵家は、キャシャラト国の西方の領地を治めている、今はなき旧レウデール国の頃からある家門である。
統合されてから王家に忠誠を誓っている、歴史ある家門の1つ、キャシャラトに反旗を翻し弾圧された貴族が多いなか、旧レウデール国の血をひく最後の貴族なのです。
・・・とはいってもじゃあ大きな力を持ってるかと言えば否。
政界に進出するわけでもなく、先祖代々慎ましやかに領地の運営をしているだけなのだが、ありがたいことに王家から手放しで、信頼されている。といえば聞こえはいいが、要するに少し家柄が古いだけの地方貴族の端くれ、正直に言えばベルバニア伯爵家より裕福な商家や新興貴族は数多くあるくらいだ。
私が特別優秀なのかといわれたらそれも否、年の離れた姉はしっかりしていたし、年の近い兄も、跡取りとしてそこそこの期待も応えられた。
優秀なうえ二人のおかげで、両親からとりあえず健康だったらそれで充分だよ。
くらいの期待しかされてなかったせいか、最低限のことができてればいい、とそこそこの学習しかしていなかったし、魔法に関しては、昔から家事の手伝いの足し程度にしかできなかったし、それで十分だと思いのばすこともほぼしていなかった。
そんな私が、この学園に入学させられたのは、婚約者のせいだとほぼ断定できる。
お相手は新興貴族で、あまりにも若い家門なことから、やや王室派に侮られがちだとか何とか、これからもっと邁進するには、古くから、王家に忠誠を誓っている王室派の家門の後ろ楯がほしいものの、首都の主要な貴族の令嬢は、ほぼ力をもった貴族や豪商と婚姻を結んでおり残っていたのがうちだけだったらしく。
これから、力をつけようとされてる侯爵家であり、なんとまぁ私にまで箔をつけようと半ば強制的に入学させられることとなり、付け焼刃の勉強で、なんとか入学でき全然伸ばしていなかった魔法の属性が3つもあることが判明しまさかの王子と同じ魔法学科に配属されてしまった。
――あの、猫に小判すぎませんかね?
という。私の心の声むなしく今に至る。
今、この教室では、各自攻撃用の魔法を編み出し改良する授業が行われている。
ある生徒は、風属性で作った風の刃、またある生徒は、水属性で作られた追尾性能のある弓、魔力で作られた、毒性のある鳥を模した術式等々、実用性の高い術式が編まれており、教師は一人一人の作品を見ながら、改良点やよかったところを評価しているなか、私ことフルストゥル・ベルバニアの心中は穏やかとは言いがたい状況であった。
「ハイ次」
「……はい」
教師の声には、どうしたものかと言わんばかりのため息が交じり、私は私で弁明をするべきか、教師からの叱責をどう受け流すか、考えすぎて硬直し、お互いに気まずい雰囲気が流れた後教師はすこし咳払いをしてからなんとか言葉を吐き出した。
「まあお前にしてはよく頑張ったほうだな」
そう教師から言われた私の机の上には、炎でできた蝶々がゆらゆらと踊るように飛んでいた。
「相変わらずなんというか芸術点はすごい高いな、攻撃力は……」
生暖かい視線と、妙に優しい口調で言いながら、蝶を指でさわるも顔色一つ変えなかった。
それもそのはず、その蝶々の温度は人が触れてもほぼやけどしない、ないしはせいぜい蠟燭に火をつけれる程度なお飾り程度な火力に教師は肩を落とす。
「これ色も変えれるんですよ」
そう言うと、先ほどまで赤色だった蝶々は紫色に色を変え、ふわふわと優雅に飛ぶその様子に、女子生徒たちはきれいという一方で、教師はそれに反して肩を落とした。
「なんでそんな細かい調節はできるんだ」
「ありがとうございます」
教師は落胆を隠しもせず眉間を押さえる、この教師も教師で、私の今までの蟻の歩くスピード程度の成長を知っているせいか、何とも言えない表情で蝶々を見つめていた。
「パーティとかに重宝しそうでいいな、それ」
教師の落胆とは正反対に、愉快そうに笑うのは、顔面国宝よろしくひどく顔の整った我が国の王子様である、ギャラハッド・ノワルーナ・エルドラドレーヴェン様、通称ギャラン様そのひと。
王子の癖して、いや王子ということを抜きにしても、このルックスの良さで気さくとか、この人は、すべての女性を狂わせるためにつくられた生体兵器といっても過言ではないのでは?
と個人的に疑問に思ってしまう。
「それに この時点でやたら攻撃力高いの作られてもそれはそれで怖いと思いますよ」
「まぁ それもそうですね」
腑に落ちたのか、納得したのか、はたまたギャラン様の美貌にやられたのか、教師は後ろの席に移動し採点を続けた。
いや、当たり前に勉強も運動も魔法もなんでもできるとは知ってたけど、そんな助け船も出せるだなんて流石すぎます。
ありがたいの極み、このご恩はそれなりにわすれません。
……一週間くらいは。
「いやぁ またギャラン様に助けられちゃったわね」
可憐に笑う彼女の名前は、シャルロット・ロゼットロア。私の数少ない友人でなんと公爵令嬢である。
栗色の髪にピンクトパーズのような愛らしいピンクの瞳をしたかわいさと気品を持ち合わせた私の自慢の友人。
いやほんとめちゃくちゃいいこ、女神はここにいたんだ、好き、結婚して?
「圧倒的に光属性だよねぇ」
「そうね、おまたせ帰ろうか」
「うん 今日はどこかに寄って行く?」
「うーん特にないけど、ちょっとウィンドウショッピングでもしようか」
「いいねぇ」
廊下を歩きながら、そんな雑談していると、前方から聞き覚える声が聞こえてきた。
声の方向を先に見たシャルロットが、舌打ちしたのを見て、少し驚いているとふいに見知った人物が、令嬢と体を密着させながら現れた。
「おや、婚約者殿じゃあないか それにシャルロット嬢も」
「お久し振りです。婚約者様」
そう、この金髪赤目の美丈夫こそ私の幼い頃からの婚約者、レヴィエ・ブランデンブルグその人。
反省どころか、後ろめたさ一切なしのその態度に、呆れも怒りも抱けない中、ため息が漏れ出した。
なんというか、そこまで堂々とされたら、怒る気も感情が動くこともないというか、そんな私の反応を知ってか知らずか、婚約者様は、嫌味な表情を浮かべた。
おいおい、いいのかそんな顔して、顔はいいんだからもったいないよ?って思わず注意したくなってしまう。
すると、ふいに視界にいかにも都会的な令嬢が、こちらをのぞき込んだ。
「レヴィエ様ぁ だぁれこの子」
砂糖菓子よろしく、ベタベタと婚約者様にくっついている令嬢が、純真無垢にこちらを向いた。
「俺の婚約者のフルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢だ 優しくしてやってくれ」
「え?婚約者さんがいたんですかぁ」
甘ったるい声で、婚約者様に甘えるよう体をよせながらこちらを値踏みするように見ると、婚約者様には見えないくらいのかすかな笑みをうかべた。
私の方が上ね、ってところか奇遇ですねぇ私もそう思うんですけどね?
……お似合いだと思うよ、私は一切止めないですよ。
あなたのが胸でかいし?睫毛もながいし髪サラサラだしね?
他の人が好きになったらなったでね、婚約破棄すればいいのにしないんですよこの人。
ワケわかんなくないですか?
「ごめんなさぁい、私知らなくってぇ」
「いえ、大丈夫です」
糖度が限界値の令嬢のしゃべり方に対して、事務的すぎるかわいげのない私の様子に、婚約者様は、気にくわないと言わんばかりに眉をつり上げた。
ええ、なんでぇ……いじめたり、暴言を吐いたりしたわけじゃないのに、なぜそんなお顔をするんでしょうか。
「……じゃあな、婚約者殿」
「……はい」
とってつけたような笑顔を浮かべる婚約者様と、感情のこもってない私を見て、婚約者だと誰がしんじてくれるのだろうか。
お互いの顔も見ないまま、私たちは学園を後にした。
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