傲慢皇帝と合わせ鏡の男
「自分は優秀だと思っていました……周りに持てはやされて、二つ名までつけられて」
ゆっくりと話し始めるその声色には激しい後悔と、輝かしい過去を懐かしむような複雑な声音で彼がどれだけ後悔しているのかが痛いほど伝わった。
「家も裕福な方だったんです何もかも、貴族向けの高級品を与えられたんです。教師も一流のものについてもらいました」
彼の生まれを考えてみるに侯爵家の長男であればその一般的想像するにはたやすかった。
何も違和感もなく話を聞いていると、一気に彼の表情に陰りが広がった。
「…………けれど、親からの重圧に俺は耐えられなかった。そして、あろうことかその鬱憤を何も悪くない婚約者にぶつけていたんです……」
無自覚に、と付け加えた後深いため息とともに言葉を続けた。
「そして表面上何も言わない彼女をいいことに、婚約者の義務も果たさずに遊び惚けてたんです……慣れない生活で困っている彼女を放って」
頭を抱え、心からどうしてあんなことをしてしまったのかと言わんばかりのその光景を滑稽だと切り捨てることはロイエンタールにはできなかった。
何故ならその姿は、まさに自分そのものとしか思えなかったからだ。
「そのくせ彼女に苛立っていたんですどうして何も言わないのか、怒らないのか、泣かないのか、俺のことなんてどうでもいいのかって」
他人事とは思えなかった。
その感情は以前自分がイブリス皇后に感じていたものと全く一緒だった。
暴言を投げかけても、アシュリーと差別をしても顔色一つ変えなかった彼女に常に苛立っていた自分。
そして最後には捨てられた自分とまるで鏡かのように重なってしまった。
「……身勝手でしょう?」
「いや……」
此方の否定が甘いのが分かっていたのか、自嘲めいた笑みは何処までも暗く、でもどこか懐かしむような表情だった。
まるでその様は、色彩を失ってもなお彼の華やかな美貌のせいか亡国の王のようにも思えた。
「いいんです自分でも嫌というほどわかってます。少し考えればわかったはずなんです。そんな自分が見限られるなんてことなのに自分はこちらの方が家格が上だから、彼女はきっと親に何も言えないからとタカをくくっていたんです」
「しばらくして、彼女が法律事務所まで使ってこちらに婚約破棄を申し出るまで、彼女が、自分から愛想をつかして離れることなんてないと思い込んでいたんです」
話を聞くに大人しそうな婚約者だったが、流石に業を煮やしたのだろうかこうやって他者から聞くと、彼女の行動は普通に思えるが自分ならわかる。
きっとそれは思ってもみなかったことだったのだろう。
自分に絶対的な主導権があると信じ込み、相手が絶対牙をむかない、自分に好意を持ってくれていると謎の自信から、谷底に落とされたような気分になったような……心臓を押しつぶされるような気持ちになることは想像できた。
「傷ついてないわけがないのに、わかっていたんです彼女はそこまで自己主張する性格じゃないってことにも波風を立てたくない性格だということも……どうしてあんな風にしてしまったんでしょうね自分は……ただ幼い日のように素直になれればよかったのに……全部持っていたはずだったのに」
その言葉も、まるで自分の言葉のように思えた。
なにか言葉をかけようとしたその瞬間だった。
彼のルビーのような瞳が憎悪、いや執着を帯びた炎を宿した。
「もし、何もかもやり直せるのなら……あの頃から何もかも……」
その声のあまりの切実さと苦し気な表情に、彼の心を踏みにじってしまったのではと思い、急いでその先の言葉を制止した。
「……すまない辛いことを思い出させてしまって……」
「いえ、彼女のことを思いださないときなんてないので……こちらこそお耳汚しを」
「いいんだ。君の気持ちは理解できる……つもりだ」
そういうと彼は心底意外そうな表情を浮かべた。
それもそうだろう。
一国の皇帝がそのような感情抱くものなのか?と言いたげに赤い瞳が揺れていた。
確かに自分で整理するとあまりにも滑稽な話だろう。
自分でも自分の愚かさに笑ってしまいそうになるほどにあまりにも短絡的で浅はかな言動と、そのせいで何も罪もない、むしろ守ってやらねばいけない対象だった彼女を傷つけ、追い詰め、そして今でも彼女の影を追ってしまっていることを自覚してしまった。
――殺したのは貴方たちですよ――
そう告げた冷たい表情と、こちらに気づくまで、同年代と共に楽しげに笑っていた自分には一度も向けてくれなかった柔らかな表情を今後見ることも、彼女に頭を下げることも許しを得ることもできないことに気が付いた時には何もかもが手遅れなこと。
そして目の前にいる彼は、もしかしたらこうなっていた自分なのかもしれない。
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