傲慢皇帝と全てを失った男の邂逅
彼女がレイラントからキャシャラトに去ってから、全ての歯車が狂ってしまった。
「どうしてだ……?」
何もかもがうまくいかない、会議も書類仕事も、人事も何もかもめちゃくちゃになってしまった。
どうして、何故と考えていると家臣たちが口々にイブリスのことを話し始めた。
「いつも城内の人事はイブリス様が手配してくれてました」
「各領地に関する仕事はいつもイブリス様が目を通して、イブリス様のみで処理できるものは処理してくださっていました」
「アシュリー様の仕事もほとんどイブリス様がやっておられました……こちらの生活に慣れるまでは……と」
何故それを教えてくれなかったと聞くと全員虚を突かれたような表情のあとに、申し訳なさげな表情を浮かべた。
「皇后のことを自分の前で話すなと言われましたから……」
そうか、そうだった。
当時の自分は、視界にも入れたくない、声も聴きたくないほどに彼女のことを拒んでいた。
実際、彼女に何かされたわけでもないのに、ただジークレスト家のものというだけでただそれだけでまるで親の仇かのような態度しか取れなかった。
その間、彼女はきちんと出された責任を全て背負っていた。
母親を人質に取られ、父親に虐げられ続け、その上自分にまでひどい扱いを受けて。
それなのに義務は果たしてくれていた、だなんて
そんな彼女にしてしまったことに対して、後悔ばかりが募った。
ふと、書斎に行けば彼女が各国の文化などを調べていた跡が、ふと彼女がつかっていた部屋を見るとあまりにも簡素な部屋でどれだけ彼女に何もあたえていなかったか、家令にきけば自分がそんな扱いをしていたせいか侍女たちもバカにしていたというのも聞き自分の愚かさを呪った。
「ロイエンタール様は私のことなんて、どうせリーセ様に対する当てつけ程度にしか考えて無いですよね?」
アシュリーにそう問いかけられて心のどこかで図星だったのだろうか、すぐに言葉が出てこなかった。
「そんなことは……」
「じゃあ、私の好きなものが分かりますか?好きな花は?食べ物は?好きな作家は?……何か一つでも答えられますか?」
アシュリーの問いかけになにも答えられず、アシュリーは心の底から軽蔑したような、いやようなではない表情で告げた。
「貴方のエゴのためにどれだけ周りを巻き込んで人生をめちゃくちゃにすれば気が済むんですか?私達にも感情があって傷つく時があるというのをお忘れですか?」
アシュリーはその言葉の後、踵を返し自身の宮に帰っていった。
もう、こちらの言葉などいらないと言わんばかりに扉は固く閉ざされ、公務や必要な時以外姿を見せることが減っていった。
その頃からだろうか、一人、また一人とどんどん従者が愛想をつかして自分の元を去っていった。
同時期に、その現実から逃げるかのようにキャシャラトから引き取った元貴族たちと会うことにした。
彼らの処遇はイブリスが、人手が足らない肉体労働に、魔法が使えるのであれば制限をつけて魔力を使って労働をする方向となった。
勿論常に監視はついている。
「……ロイエンタール様……お前ら手を止めろ」
「いや、いい気にしないでくれ…………あれは……まだ若くみえるが?」
ふと目に入ったギャランと同じくらいの灰色の髪をした男がきになり従者に告げると、少し間を開けてから口を開いた。
「あの、元キャシャラトの侯爵家ブランデンブルグの長男です……在学中は炎薔薇の貴公子と呼ばれるほど有能だったみたいです」
「そんな男が何故……」
「すいませんそこまでは……」
「いや、いい少し気になっただけだ……彼と話がしたいんだがいいか?」
「しかし、相手は……」
「拘束もしてあるし制限もかけているだろう?何かあったら自分でなんとかする」
そこまでいうと従者は仕方がないと思ったのだろう。
それ以上彼が何か言うことは無く、彼と会わせてくれた。
「かけてくれ」
用意された部屋で彼にそう促すと、生まれのせいなのかその所作に丁寧さを感じた。
「失礼します」
そこに現れた彼は、戸惑いを隠せていない様子だったがそれ以上に鮮やかな赤い瞳に反して何も移していないような、空虚な瞳が気にかかった。
「あの、私がなにか……」
「急にすまない君がなにが問題があったわけじゃないんだ少し聞きたいこと」
「……聞きたいこと……ですか」
「あぁ、君は侯爵家子息で才能もあるのに……どうして彼らの誘いに」
「……あぁそのことですか」
遠い過去に思いをはせるように遠い目をした後に、乾いた笑みを浮かべ告げた。
「じゃあ聞いてもらえますか?何もかもを自分の愚かさで失った馬鹿な男の話を」
そういう彼の瞳になにか歪んだ光が見えたのだった。
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