ぼんやり令嬢は油断していたそうです
これでも警戒はしていたつもりだった。
……が、どうやらそれは不足だったらしい、と握られた方の手を眺めていたが、多分、この行為には特別なものがあるわけではなく、きっとフェオドラ様を亡くされてからずっと張り詰めていた気が、私のなんて事ない一言で緩んでしまったのだろう。
自分にもそんなことがあったからよくわかる。
むしろ、私は泣いたり休学したり散々だったからこの程度で済むのなら私が黙っていれば済む話だろう。
なんて、変な先輩風を吹かせた後、でも何か落ち着かず少し深呼吸してから部屋に戻った。
翌日、行きと同じように竜車にのり学院へと戻る時、昨日のことがあったから少し距離を置こうとしたものの流石に竜車を変えるわけにはいかず
それはかなわなかったが、シャロとレベッカ様の間に入ることでこちらの気分は上昇したのは言わずもがなだった。
「戻ったら今度は芸術祭ねぇ」
「そだねぇ」
この学院、行事多いんだなぁと思いつつ、もう次のことも考えないといけないのかと少し気が遠くなった。
「余裕ねぇ」
「まぁほとんど何かくかも決まっているしねぇ」
少し不満げなシャロにのほほんと答える。
シャロも別に絵を描いたりなにかを作るのが嫌いではないが、公爵令嬢という肩書のせいかいろんな人が品定めのように見てくるのがいやらしい。
……うわぁ、それは確かにいやかもぉ……という表情になっているとギャラン様が意外そうな表情を浮かべた後に、そういえばという表情に切り替えた。
「ニーチェさんはフルストゥル嬢が絵を描けること知ってるっけ?」
「一応知ってますよ。領地に来た時も見たし……植物園にいった時もみてもらったかと……」
ニーチェさん、ものすごく褒めてくれたなぁとほっこりしていると、シャロはにっこりとほほ笑んだ。
「その様子だと結構褒めてもらったみたいね」
「ニーチェさん優しいからねぇ。なんでも褒めてくれるよなんなら文字書いてるだけでも綺麗な字だなぁって褒めてくれるし……」
ニーチェさん、会えば心配か手紙とかのお礼か、宿題やちょっと事務仕事をしてるときにいつも褒めてくれる。
まるで本当に息をするように本当に自然に……、本当に優しいんだよなぁとしみじみしていると、レベッカ様が優しい笑みで口を開いた。
「実際フルストゥル様はとても字が綺麗ですよ?」
「そうですかね?あまり気にしたことなかったからわかんなかったです」
流石にミミズのような文字ではないし、読めるとは思うけど人に褒められるほどではないと思ってたので喜ぶ前に驚いていると、ギャラン様が肩を落とした。
「謙遜以前の問題なんだよなぁ……姉さんも褒めてたから自信もってな?」
「がんばります。自分のこと甘やかしちらかします」
「言い方ぁ……語弊がすごすぎるのよ」
ふんと拳を握りしめていうも全く、といつものように優しい呆れ顔でシャロが吐露するうちにようやく首都が目に入った。
意外かもしれないが、なんでかしらないが懐かしいような気持になったのは自分が存外首都での生活に馴染んでいたんだなぁ、と自分の成長に感心した。
「着いたみたいですね」
リーセ様がそういうと、学院の広場に迎えの馬車や竜車が何台もあるのが見え、まるでこの世全ての馬車でも見せられているのかという気分になっていたのだが、いやでも見覚えのある紋章が目に入った。
「「…………え?」」
思わずリーセ様と口をぽかんとあけてるのを見て、ギャラン様はあーーと呆れたようなどこか申し訳なさそうな表情の後に小さく頭を下げた。
「すまん。前もって言うと二人が心から課外授業楽しめないと思って」
そういいながら三人でじっと見つめる先にはかつてリーセ様を苦しめ続けた国、レイラント皇室の紋章だった。
「いや、それはいいんですけど……今更どの面下げてきたんですかあの人????」
「表面上では、俺へ会いに来たってことらしいけど……」
ギャラン様はそういうとちらりとリーセ様を見るが、さきほどのぽかんとした表情から一変、その美しい顔には一切の表情は無く温度さえも感じさせない程だった。
「え?あれ?」
「ふふ、大丈夫ですよ。私はリーセ・ドミートリィですから」
その言葉には暗に、自分はもうレイラントにもロイエンタール皇帝にも、もう何も関係がないということだろう。
そこまできっぱり、すっきりした表情を浮かべているリーセ様を見てほっとしているも、今度はリーセ様とギャラン様がこちらを心配そうに見ていた。
「どういう感情のどういう表情ですか?二人とも」
「いや、逆に何でそっちが普通なんだ?」
そっちこそ色々あっただろ?と言われて記憶の奥隅に置いておいた狩猟祭のあれやこれやなどを思い出した。
ロイエンタール皇帝もそうだが、なにより旧き神の信徒に傾倒しかけた自分の元婚約者のことが浮かんでは頭と胃を締め付けられる思いに駆られた。
うーん…頭と胃が同時に痛くなったら何を飲めばいいんだろう……。
憂鬱な私をよそに竜車は無慈悲に止まるのだった。
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