神官見習いの少し寒い夜
そんな暖かなタウンハウスとは反対に、神官候補生育成機関はピリピリしていた。
理由は、折角広がったベルバニア伯爵令嬢の噂があっという間に収束したことにより、ラフレーズがとうとう一般生徒にも煙たがられ始めたこと。
ルギオスの妹が周囲の不興を買うような行動をしてしまったこと。
これに関してはルギオスに非は全くないが、マクシミリアン子爵家に対しての印象はがたっと落ちてしまった。
何より問題なのが、あの男受けだけはいいラフレーズが、まったく王太子に相手にされていないこと、それだけでなく王宮に出入りも制限されている現状。
せめて王太子とは言わないが、その周辺の男性にでも引っ掛かればいいと思っていたが、全く引っ掛かっていない。
どうにかして中枢に乗り込みたいところなのにどうもうまくいかない。
こうなってしまっては、ルギオスには申し訳ないが、どうにかあのフルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢といい仲になってくれればもう少し融通が利きそうだが……と、考え込んでいるとこんこんと扉を叩く音が聞こえた。
「ラフレーズか」
「はい、先生遅くなりました」
ノックと同時に来たのは綺麗な苺色の髪と、相変わらずどこか庇護欲を掻き立てられるような愛らしい少女……ラフレーズと、その後ろに静寂を擬人化したような存在
「……ルギオスも来てくれたのか」
「えぇ……」
相変わらず、正反対だなと思いながらもゆっくりと口を開いた。
「とりあえずルギオス、ご苦労だったな」
「いえ」
「……ベルバニア伯爵令嬢の反応はどうだ?」
少し、ルギオスの瞼がピクリと動いた気がしたが、それに構わずに少し待っていると、ルギオスは淡々と答えた。
「我が家の事情を全て知ってるかはわからないですが……悪くはないと思います……けど」
「けど?」
「かなり周囲に守られているのと、全幅の信頼をニィリエ・ハイルガーデンに置いているように感じます」
「王女の護衛かぁ……タイミングが悪かったな」
「タイミング?ですか?」
子供らしくルギオスが首を傾げると、先生……もとい神官はため息をついた。
「令嬢はかなり長い間、元ブランデンブルク侯爵子息……いやブランデンブルグ侯爵家に苦しめられていたそうだからな……その最中にお前と会えていたら……」
その言葉を聞いて、この空気に似つかわしくない甘い声と、不満げを隠さずにラフレーズは言い放った。
「えー協力してる身として言いますけど、こんな不愛想にそんな器量あると思います?」
「…………」
「先生、せめて否定してくださいよ」
「すまない……」
そんな少しコミカルなやりとりの後に、その場を和ませるわけではないがルギオスが淡々と呟いた。
「まぁ、努力します」
「そうか……お前たちには期待してるぞ」
そこで会話は終わり、神官と別れると別に神殿というものにそれほど期待をしていないが、ここまで俗世にまみれているとはなぁと落胆してしまったが、今に始まったわけじゃないかと切り替えると、隣にいたラフレーズは短く息を吐いた。
「まったく、あれで激励のつもりなのかしら?」
「さぁな……あの人はそこまで考えてるのかはわからないがな……」
「相変わらず他人の評価、容赦ないわよねぇアンタ」
何様なんだか、と肩をあげて下げた後、ラフレーズも自室に戻った。
「他人の評価か……」
自室でそうポツリ呟いて思い出すのは、他人のことをこき下ろしてばかりの父のことだった。
――ロゼットロアは所詮、マナガルムの後釜にすらなれない臆病者の一族だ――
――所詮神官も人の子よ。金さえあればどうとでもなる――
――地方貴族ごときが、どんな汚い手で王家にすり寄ったんだか――
――王も王だなんで他国の令嬢を王妃なぞに、側妃がいるならまだしも――
あまりの醜悪さに頭を横に振りつつ、そんな父を持っているせいか色んな人々に同情の眼を向けられることもあった。
なによりもそれを疎ましく思っていたのは自分なのに、まさかラフレーズの言葉で自分のそんな一面を気づいてしまうなんて皮肉としか思えなかった。
そんな醜悪な人間になってしまっているんだろうかという、自分への失望とこんな人間が誰かに好かれるだろうか。
まだ付き合いも浅いのに、付き合いというほどのものもないのに、純粋に心配してくれたフルストゥル・ベルバニアは自分のことをみてくれるのだろうかと思い返すたびに、少し灰色がかった青紫にも紺碧にも思える瞳に、そういった醜さまで見られているような気がしてしまうのだった。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
いいね、評価してくれる方本当にありがとうございますとてもモチベーション向上につながっております。
お暇なとき気軽な気持ちで評価、ブクマ等していただけたら幸いです。




