ぼんやり令嬢の最低限の良心
「ミルクティーを二つと……」
そこまでシャロが言いかけ、ニーチェさんの方を目だけで見るとそれで何かを察したのかにこやかにほほ笑んだ。
「あ、俺もミルクティーでいいよ。こだわりとか特にないし何でも飲めるし」
「じゃあ三つで、よろしく」
「はい、シャルロットお嬢様」
パタン、と客間の扉が閉じると話をさらっと聞いたシャロが呟いた。
「……むかつくわね、エミリィ様は相変わらず」
「え?」
まず言及するのそこなの?と思いながらもう一度首を傾げると、シャロは続けた。
「冷静に考えてごらんなさいよ。呼んでもないのに勝手に来ておいて、話もろくに聞かず割り込んでくるとか非常識すぎるでしょ……少なくとも子爵夫人として最低ね」
「手厳しいけど否定はできないな」
穏やかに同意するニーチェさんをぼんやり眺めながら、多分軽く敵意をぶつけられた張本人だが、なんとなく攻撃する気にならず口を開いた。
「可愛い娘をさらし者にした奴がきたからじゃない?」
「やったの私だけどね、まぁ来るなら来るでやるけどね……徹底的に」
あぁ、すごいですよこれは本気の瞳をしていらっしゃる……と思いながら、エミリィ様の言動を思い出そうとしたが、それよりルギオス様がさらっと邪魔者扱いしてたことの方が思い出された。
……まぁ、家の中でもあの感じだったら、苦労はするだろうけど……。
「ま、それはいつでもできるから置いといて」
「さらっとすごいこと言わなかったか?」
「立派になって……」
「どこの立ち位置なのよ……で、ラフレーズ様のことも教えてくれるかしら」
シャロがそう言うとニーチェさんがまるで最初から聞かれていることが分かっていたのだろうか、驚くほどすらすらと答えてくれた。
「あぁ、あくまでアイリナ様とルギオス様の話を照らし合わせた俺の意見なんだけど……」
そうして王都派や新興派の話も交えながらの分かりやすい説明をすると、シャロはそれをたった一回の説明で理解した様子だった。
「なるほどねぇ……まぁそもそもラフレーズ様が庶民出身であることもそれを増長させたんでしょうね。あと祝福とか魔力とかの関係は専門に任せましょうか……でも一応、ドミニオン伯爵家も調べたほうがいいかもしれないわね。あとマクシミリアン子爵家は私が調べるわ」
「?マクシミリアン子爵家」
予期せぬ調査対象に驚くとシャロは紅茶を一口飲んでから答えた。
「フェオドラ様が亡くなられてエミリィ様を後妻にしてからちょっと社交界での立場が揺らぎがちでね……だからこそ、この件に一枚噛んでそうじゃない?」
「現当主は分かりやすい古参派なうえに昔ながらの己の欲に正直な貴族ですからね」
当たり前のようにさらさらと答える二人に挟まれ呆然としているとニーチェさんはこちらに気づいて優しく微笑んだ。
「まぁ、職業柄色んな貴族をみてるからかな」
「なるほど……」
シャロも帝王学的なもの叩き込まれているだろうし、流石だなぁ……私も一応淑女教育は受けているけれど、マナーとかそういうのが主で各家の事情はそこまで知らないし、元婚約者とはろくにパーティにもいかなかったからよくわからないし……。
一応、狩猟祭前にその家が主に何をやっているかと、顔と名前とかは一致するようにはしたけどもそこまでは理解していないのよ。
……こんなので私よく狩猟祭の仕事できたなぁ……。
あ、ほとんど専用サロンにこもりっきりだったわそういえばと一人で解決しているも、とある懸念がよぎった。
「ルギオス様大変そう……」
「本当にそうね……多分、機関に入れられたのも聖属性魔法が使えるとかじゃなくて、フェオドラ様に似ているからっていうのが大きいでしょうね」
「えぇー……」
そんな親この世にいるの?本妻を蔑ろにしただけでなくその子供も遠くに追いやるとか親としてどうなの?と思ってしまったが、いるんだよなぁと納得しているとニーチェさんと目があった。
「まぁどこの家も貴族なら色々あるもんだけどな。それだけじゃなく仕事も押し付けられてるみたいだし」
「そうねぇ、本来エミリィ様がやるべき仕事もルギオス様がやってるみたい」
「えぇー……うん?まって?まだ調査前で何も調べていないのに何で知ってるの?」
私の問いかけにシャロは可愛らしく唇を尖らせた後に、にっこりとほほ笑んで答えた。
「…………色々あるのよ」
「ありすぎるよぉ」
なんなのその謎の情報網と謎の間はぁ…可愛いけどぉ…と思いながらぼんやりしているとシャロは続けた。
「まぁいくらルギオス様が大変だからって変に情は移さないようにね。」
「うん、わかった」
元々、こういうことがなければ関わらないだろうしなぁと思った直後、あ、でも何かあったら言ってくれとも言われたしなぁ……と思い出したが、まぁまぁシャロやマオ先生にに言えばいいかぁと思いなおした。
いや、流石にそんな大変な状況の方に頼るのも変だし……と良心からの考えだったが、そのフルストゥルの良心がまさかルギオスの使命を阻止しつつあることなど知る由もなかった。
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