ぼんやり令嬢のジョブチェンジと破滅の予感
「……ありがたい提案ですけど、あの一体どういったことをすればよいのでしょうか?」
「切り替え早いなぁ」
ニーチェさんは感心するが、一呼吸置かずとも元々ベルバニア家は王室派。
つまり古くから、王家を支持してる忠臣……。
まぁ地方貴族だけど、であればアイン王女の頼みであれば断らないのは、当たり前といえば当たり前ではある。
とはいっても私に何が出来るんだろうか、期待される前に自白しようと、ニーチェさんに告げた。
「先に言えるのは、私、隠密の訓練とか暗殺の技術とかないですよ?かろうじて馬には乗れますけど」
「なんで今それをカミングアウトしたんだ?馬に乗れるのはえらいけども……」
ニーチェさんの、すこし困ったような表情が意外だなぁ~。
なんてのんきに思いつつ、淡々と答えた。
「え?なんかこうギャラン様の情報を探れ、とか諸外国の動向を探れとか言われるのかと……」
アイン様は私の発言をきいて、上品に笑いながら否定をする。
「ないない、私そういう野心無いもの」
じゃあ、アイン様は何のために私に声をかけてきたのだろう。
悶々としているとアイン様は、にこにこと可愛らしい笑顔で続けた。
「私はただ単に優秀な人材が欲しいだけよ」
「優秀?」
自分とは無縁の言葉に疑問しか抱けず、首をかしげると、アイン様はにっこりともう一度言った。
「そう、優秀」
「誰が?」
「フルストゥルちゃんが」
「………………はい?」
生まれてこの方、無縁すぎる優秀という言葉に、戸惑いを隠すことができずに、呆然としていると、追撃のようにアイン様は続けた。
「何か自己評価低いけれど、クティノス語もイズゥムル語も読むのも喋るのも大変なのに、すんなりできてしまうのはすごいことなのよ?」
アイン様の言葉に、ニーチェさんは大いに頷いたあと、アイン様はさらに説明するように指をたてて続けた。
「それに確かギャランと同じクラスなんでしょう?」
「一応そうです。」
クラスは同じとはいえ、多分レベルはかなり差があるんだよなぁ。
ギャラン様が優秀なのは当たり前として、私たまに先生がなに言ってるかわからないときあるし。
まぁ、わからないままノートはとってるけど。
「あのクラスっていうのは魔法だけが優秀な生徒のクラスって思われがちだけどほぼ特進クラスで成績の基本水準は高いの。だからそのクラスに入れるだけ充分に優秀ってこと」
「……そうなんですかぁ」
二年目だというのに初めて知った事実だ。
なんなら自分は劣等生くらいの気持ちでいたからか、本当に驚いた口が閉じなくなってしまった。
そんな私を見て、ニーチェさんとアイン様は呟いた。
「その顔は本当に自覚なかったんだな。」
「まぁ実力がないくせに態度だけでかいよりかは全然可愛いんだけどね」
――アイン様が毒を吐いた気がするけど、聞かなったことにしよう。
呆けてると、アインさまは思い出したように私に向き直った。
「とりあえずフルストゥルちゃんには狩猟祭の間私のお手伝い、というよりニーチェの補助をしてもらいたいの」
「よろしくな、とはいっても基本来賓の方の接待とかいろんなセッティングの補助とかになるな」
「がんばります、あ 学校とかそのたもろもろとかはどうなるんでしょう。」
「学校は普通に通って大丈夫よ、連絡もろもろはニーチェにさせるから。」
「はいはい」
ニーチェさんは、わかりきってたよという表情をうかべつつ、軽くメモをささっととっていく。
「仕事増やしてごめんなさい」
「いいよ、あの莫大な人数から一人を探すのに比べたらマシだから」
「すいません……」
別に隠していたわけでも、嘘をついていたわけでもないのだが、疲労の一端を担ってしまっていたことに関して、申し訳なくなってしまい頭を下げた。
すると、ニーチェさんは、いいっていいってと笑い飛ばしてくれた。
いや、大人すぎません?私だったら流石に一か月は引きずりますよ?って待て待て?もしかして、王女付きって、そこまで心広くないと務まらないのだとしたら、私、無理なのではという不安を察知したニーチェさんは、優しく声をかけてくれた。
「いや本当にきにしてないからそんな目をぎゅっとしなくてもてかまつ毛長いな」
「本当にニーチェさんの健康を阻害する気はなかったんです……あと目は母親似らしいですぅ。」
「わかってるわかってるって……あー確かになぁ」
「そうね、色合いは全体的にチェーザレ伯爵に似てるけど目元とかは夫人にそっくりねぇ」
美形二人にまじまじと顔を見られ、たじたじになってしまい、私明日から本当にこの美形二人と正気を保てるんだろうか。
そんな不安をよそに、ニーチェさんが、かがんで目線を合わせながら聞いてくれた。
「一応ベルバニア家とブランデンブルク以外にマオさんには連絡入れとくな?」
一瞬、ブランデンブルグの名前を出したとき、嫌そうな顔をしたことよりも、意外な人物名に驚きを隠せず、つい感情のまま声が出ていた。
「え?ニーチェさん、マオ先生のこと知ってるんですか?ってマオさんって」
「俺の先輩なんだよ」
「世間って広いようで狭いんですねぇ」
「そうだなぁ」
……多分、マオ先生驚くだろうな。
あと、またこう、おばあちゃんみたいな心配のされ方するんだろうなぁ。
担任の心配事を増やしてしまうんだろうな。
最近心配しかさせてないな……。
申し訳ないな、と虚空に担任を浮かべつつ、心の中で謝罪をしていると、ニーチェさんに声をかけられ、虚空の担任は霧散した。
「 とりあえず今日は送っていくよ、明日も学院まで迎えにいくから授業が終わったら裏門で待っててくれ」
「表門じゃないんですか?」
「騒ぎを防ぐためにな」
「はぁ~なるほど」
確かに、王家の馬車あったら私だったらびっくりするし、以前ミドガルド様がきたときも、剣術学科とか、騎士系の生徒たちの盛り上がりは、えげつなかったからなぁ。
それにしても綺麗だったなぁミドガルド様。
遠かったけど、逆に遠かったからか、あの、もはや信仰したくなるほどのカリスマを、近くであびたら、信者超えて、狂信者になってしまいかねないからなぁ、としみじみ思い出しながらニーチェさんのエスコートで安全に帰った。
すると、思いもよらない声が聞こえた。
「久しぶりね フルストゥル」
困り顔の伯父さんの後ろから、堂々と現れたのは、伯父様とおなじプラチナブロンドの美しい髪に、社交界では宝石でできた、菫と謳われるほどの美しい瞳をした、年齢不詳の美女。
社交界の華でありながら、入手困難である様々な情報をもち操るその姿から、ひっそりベルバニアの魔女といわれてるとか、ないとかかんとかなこの方こそ、私の母親、ティルディア・ベルバニア伯爵夫人だ。
「お母様久しぶりです」
「元気そうね、とりあえず上がりなさい」
「いや、僕の家なんだけど姉さん」
「……文句あるの?」
「ナイデスヨー」
……世の中の姉を持つ弟は、やっぱり苦労しているのかな。
オルハも、ものすごく伯父さんに対して、わかるよっていうか悲しげな瞳で見てるもの……。
この前少し脅しちゃったから、明日にでも好物のチョコクロワッサンと、シュークリーム買ってあげよう。
「何ぼんやりしてるの」
「あぁいやお母様に会うの久々だなぁって」
「何当たり前のことを……」
心底呆れたようにつぶやく母を見て、心の中で思わず苦笑してしまったが、そんな相変わらず気が合わないというか、波長が合わない母親とのやり取りを心配そうに伯父さんは見ている。
まぁ、別にお母様は私を虐げたいのではなく、本当に思考とか、物事の受け止め方が違いすぎて、理解ができないし、しようとも思ってないだけなんだろうなぁ。
とはいえ、全く傷ついてないわけじゃないけど、慣れって恐ろしいよね本当に~。
「……まぁ元気そうでよかったわ」
何か小言を言われるのかと思っていたが、何にも言われずそれで終わり、逆に今日調子悪いのかなと心配になったが、口は禍の元、とりあえず無難に返事をした。
そうして夕食時、姉弟の会話を食事用の環境音として流して聞いていたら、伯父は母に問いかけた。
「姉さんは明日にはベルバニアのタウンハウスに行くんでしょう?」
「そうね、とりあえず私とチェーザレは明日ブランデンブルク侯爵家に行ってくるからそれが終わったら」
「そっかぁじゃあ話がまとまり次第教えてくれる?僕もいろいろやることあるし」
「……えーとお母様、ブランデンブルク侯爵家って……」
絶対私と婚約者様との話だよな、と思い問いかけると、お母様は優雅にほほ笑んだ。
身内ひいきを抜いても、圧倒的美人な母の背後に、圧倒的な怒りのオーラが業火のように燃え盛っているのが見えたのは、絶対気のせいではないだろう。
「あぁ、まぁお母様たちに任せておきなさい」
――副音声で、「お母様たちがちょっと軽くしばいてしてくるから」と聞こえたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
それを聞いて、あまりの急展開に、食後のカフェオレの味がわからなくなるほど、びっくりしたのはいうまでもない。
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