ぼんやり令嬢と台風一過
え?ニーチェさんそんな顔できるの?怖くない?裏社会の方?と、戸惑う私の隣でアイン様はあーぁ、とため息交じりに笑い、私は、これから何が起きるかもわからず固まっていると、ニーチェさんはおもむろに分厚い資料を机に置いた。
それは、確か狩猟祭に必要な物品の購入等の領収書や、支出計算表から始まり、様々な国の文化や歴史、経済状況などの資料でそれを見たラフレーズ様は固まっていた。
「な、なんですかコレ……」
「狩猟祭に必要な資料や収支報告書だよ。これら全部フルルが全て整頓して、一部は翻訳して使用人たちにも教えている」
いつもの優しさ全肯定さわやかお兄さんは何処へ行ってしまったのか、淡々としゃべるニーチェさんにびっくりしている私をよそに、ラフレーズ様は膨大な資料に驚いていた。
「これら……全部?」
「あ……流石に作成はしてないですよ?あきらかに数が変だったり、金額が計算に合わなかったりしてないかの確認くらいですし……」
流石にまるまる最初から最後まで私が全部やったように答えるのは憚られ、慌てて訂正するもニーチェさんは優しく私の頭を撫で答えた。
「でも、翻訳はかなり助かったよ。それにフルルはほぼどの国の言語もマスターしてるし」
「……それは」
祝福ですし、と言おうとするも、ニーチェさんが一瞬でまた鋭い顔つきに戻った後、にっこりとそう、それは毒を吐く前のアイン様のように妙に明るい笑顔でラフレーズ様に問いかけた。
「で?君は何ができるわけ?」
「私は、治癒術と結界術に長けてて……」
「ふぅん、それで?」
興味のかけらもないような冷めた声でニーチェさんの問いかけに、ラフレーズ様は焦ったように答えるが全く興味のかけらもない、むしろ感情何処に捨ててきたんですか?って聞きたくなってしまった。
私だったら閉口してしまう所、流石ラフレーズ様、臆することなく答えた。
「機関でも聖女の再来って言われてます。光属性の魔法も得意です」
「へぇ……」
だから何?と言いたげな明らかに冷たいニーチェさんの態度を咎めるわけでもなく、アイン様はどこか満足げにほほ笑みながら肩を叩いた。
「ニィリエ、もういいわ」
「はい」
アイン様に言われ、ニーチェさんは大人しく下がり、それを見ていたラフレーズ様はあからさまに安心したように胸を撫でおろしてた。
わかるわかる、本当にニーチェさん怖かったしねぇ……と、同情のような気持ちで見ているとアイン様が、はたから見たら友好的な笑みを浮かべていた。
「確かに貴女は優秀かもしれないわね」
「!!ありがとうございます」
「でも……先入観で周りに迷惑をかけて、仮にも王族である私への失礼な発言に、フルルちゃんを明らかに下に見た発言をしてもいいって理由にはならないわよね?」
他人が天国から地獄に突き落とされる瞬間というのだろうか、ラフレーズ様のバラ色の頬は一気に血色を失ったのを見て、何度か他人のこういう場面見たことあるけど、あまり気分がいいものではないなぁと謎の冷汗を流してしまった。
そんな私の様子をみて、アイン様はにっこりとほほ笑んでいた。
「まぁ、流石に極刑とかはしないわよ?弟のクラスメイトだし?」
「ほ……」
流石にね、流石にクラスメイトが不敬を働いて極刑になったら青春に影を落とすどころじゃないものね。
あぁ、よかったと思っている私に反して、ニーチェさんは少しだけ不満げな表情の理由があまりわからず固まってるのを知ってか知らずかアイン様はにっこにこでラフレーズ様に語りかけた。
「でも、あまり顔は見たくないかなぁ……ちょっと神殿に連絡とっておくわね」
その言葉で更にラフレーズ様の表情がもはや凍てついてしまったのだった。
「嵐が過ぎ去った……」
ラフレーズ様が騎士様に連れられて出て行ってからしばらくして、ようやく口から出た言葉はその一言でアイン様はそうよねと笑顔で頭を撫でてくれた。
「新学期そうそう馬鹿の相手は疲れるわよねぇ」
相変わらず穏やかな表情で毒を吐くなぁと感心した後に、ふとニーチェさんを見上げると先ほどの暗殺者のような表情から一変、いつもの優しい表情に戻っていて、アレ?さっきまで双子の片割れとかと入れ替わってました?と聞きたい気持ち半分と、どうしたらいいんだろうという気持ちが混ざり合い固まっているとアイン様が頭を撫でてから答えた。
「ニーチェもお疲れ様」
「いえ……でも人を独断と偏見で平気で見下す子の相手は楽しくないな」
「すいません……」
ニーチェさんの言葉に、心の中では自分が全部悪いわけではないと分かっているのに長年の癖からか頭を下げると、ニーチェさんは困った表情で頭を撫でてくれた。
「いや、フルルが謝ることじゃないだろ?別にけしかけた訳じゃないし……」
「まぁ、ニーチェの顔怖かったもんねぇよしよし」
「えぇ?ごめんな?」
そうして、一つの嵐が過ぎ去った王宮とは反対に、神殿には嵐が訪れようとしていた。
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